ある日のこと、悠人は怪我をしてしまった。とはいっても、すりむいただけだが。 
エスペリアは、簡単な怪我に大げさに回復魔法を使うのは馬鹿馬鹿しいというので、 
慣れた手つきで消毒治療をしてくれた。 
「はい、これで終わりです」 
「やれやれ、これは強烈にしみるな・・・」 
「そういうものほど効果があるものです」 
「『良薬は口に苦し』ってやつか」 
「『良薬は口に苦し』・・・それは、ユート様の世界の言葉なのですか?」 
「ああ、よく効く薬ほど苦かったり、しみたりするってこと。確かそんな意味だったと思うけど」 
「そうなのですか・・・あ」 
「どうしたんだ?」 
エスペリアは薬箱の中を見て反応していた。 
「いけません、薬が切れてきました。買ってこなければいけませんね」 
「そうか、じゃあ俺が行ってこようか?」 
「ですが、ユート様は薬のことはわからないでしょう?」 
「う、そういえば・・・」 
悠人はこの世界に来てからというものの、怪我をしても 
回復魔法に頼りっぱなしで薬のことは触れたことはなかった。 
「私が行って参ります。ユート様は、留守をお願いします」 
「わかった。いってらっしゃい」 
薬を補充すべく、エスペリアは、町へ出ていた。 
「ええと、いつもの薬屋さんは・・・」 
馴染みの薬屋。最近ではあまり行かなくなったが、数年前まで、オルファが館に来てからすぐの間は、 
外で遊んでは擦り傷だらけで帰ってくることが多かったので、館の薬の消費量は莫大になり、 
無くなる度に薬を補充しに行くうちにすっかり顔を覚えられていたのだ。 
「あ、ここですね」 
ガチャ。カランカラン・・・ 
扉を開けて中に入ると、恰幅のいいおばさんが目に入る。 
「いらっしゃい!お、エスペリアさんかい。久しぶりだねぇ~」 
「おばさま、お久しぶりです」 
「今回も、傷薬かい?」 
「はい、瓶詰めで三本ください」 
「はいよ。あ、そうそう、面白い薬が入荷したからさ、おまけにつけておくよ」 
「面白い?どのような薬なのですか?」 
薬屋のおばさんは丸薬の詰まった瓶を取り出す。 
「これなんだけどね、男の人がかっこよくなるって噂の薬なのさ。ほら、確か、あんたんとこの館に 
エトランジェの若い男の人がいたでしょ。試しに飲ませてみたら?」 
「大丈夫なのですか?その、副作用とかは・・・?そもそも、本当に効くのですか?」 
「南方では結構有名らしいから大丈夫だよ。うちののんべえ亭主には効かなかったけどね。」 
エスペリアは少し考えてから、笑顔で答えた。 
「・・・折角なので、いただいておきますね。はい、代金です」 
「まいどあり!またおいで!」 
エスペリアは店を出るなり、妙に早足になっていた。 
これを悠人に飲ませるとどうなるのか知りたい、という目的があるのは明らかだ。 
「(ユート様がもっとかっこよく・・・!ああ、どうなるのでしょう!ワクワク)」 
・・・飲ませるつもり100%の思考状態。悠人の運命や如何に!? 
十分ほどで、エスペリアは館に戻ってくる。 
「あ、エスペリア、お帰り」 
「ユート様、ただいま帰りました」 
食卓のテーブルで、薬箱に傷薬を入れていく。当然、『あの薬』は悠人に見せるように置いた。 
「あれ、その薬、傷薬とは違うな」 
「あ、はい、えーと、これは南方の新しい風邪薬で、飲んでおくと風邪を予防できるそうです」 
「へぇ、そうなんだ」 
「これからの季節、風邪を引きやすくなりますから、飲んでおいてはどうでしょう?」 
口八丁のエスペリア。これで悠人が騙されないわけがない。 
「そうだな、戦闘中に風邪なんかひいてられないもんな。飲んでおくか。エスペリア、水持ってきて」 
「はい!ただいま!」 
エスペリアは内心、小躍りしていた。 
「はい、ユート様。お水です」 
悠人は瓶の中から2,3粒とって口に含み、水とともに飲み込んだ。 
「ゴクッ・・・ふう、こんなもんかな」 
「・・・・・・」 
「あれ?エスペリア、どうしたんだ?急に黙っちゃって」 
「(やはり、すぐには効果は現れないんでしょうか・・・)」 
「エスペリア?」 
「きゃっ!」 
不思議そうに顔を近づける悠人に、妄想の世界に入っていたエスペリアは驚いてしまった。 
「うわっ!ど、どうしたんだよ」 
「す、すみませんユート様、ちょっと考え事・・・を・・・・・・?」 
「え?」 
エスペリアは悠人をじっと見つめ、みるみるうちに頬が赤くなっていく。 
「ど、どうした!?」 
「・・・どうもしません、ユート様・・・」 
「どうもしないってことないだろ・・・ってわあっ!」 
ガバッ!いきなりエスペリアが悠人に抱きつく。 
「なにするんだエスペリア!(チョットウレシイケド)」 
「私は、ユート様が好きでした・・・会ったときから、いえ、あなたが生まれる前から・・・」 
「な、何わけのわからないこと言ってるんだよ!・・・くっ!」 
「あ・・・」 
悠人は無理矢理エスペリアを引き剥がす。 
「どうしちまったんだよ!普段のエスペリアは、こんなことしないだろ!?」 
「普段は普段、今は今です・・・ああ、私のユート様・・・」 
どう見ても正気じゃない。神剣に飲み込まれている、というわけでもなさそうだ。 
「(こうなったら、とりあえず逃げるしかない!!)」 
今、アセリア、オルファ、ウルカは訓練で第一詰所にはいない。 
近場で頼れるのは、第二詰所のメンバーだ! 
「とにかく、誰かにかくまってもらおう!」 
悠人は、第二詰所に急いだ。 
ドアを開くなり、悠人は第二詰所に飛び込んだ。 
「あれ~?ユート様どうしたの~?」 
「どうしたの~?」 
そこには、ネリーとシアーがいた。 
「あ、ちょうどよかった。ちょっとかくまってくれないか?」 
「別にいいけど~何から逃げて・・・る・・・の~?」 
「どうして~・・・逃げてるの~?」 
「(うっ!まさか!?)」 
どういうわけか、ネリーとシアーも頬が赤くなり、とろ~んとした目で悠人を見つめている。 
「ん~♪ユート様~だ・い・す・き~♪」 
「だ~い~す~き~♪」 
二人は、今にも抱きついてきそうな勢いだ。 
「(やばいッ!ここもだめだ!)」 
後ろのドアから逃げようとするが、開けた瞬間、帰ってきたハリオンとヒミカに目が合ってしまった。 
「げっ!」 
「あらぁ~ユート様~?出会い頭に『げっ!』はないと・・・思い・・・ますよ~?」 
「まったくです!なんなのですか・・・ユート・・・様?」 
「(お、おいおいおい!)」 
この二人にも例の症状が出る。 
「ふふふ~私の好きな子が悪いことしたら、『めっ』てしてあげませんとねぇ~」 
「そうね~おしおきしないとね~」 
好かれるのは悪い気はしないが、この状況はどう見ても異常だ。 
「「「「ユート様~」」」」 
「(に、逃げろ~ッッ!)」 
とりあえず、食卓に逃げ込む。
「ユート様!どうしたんですか?そんなにあわてて」 
「ユート様、興奮状態にあります。とりあえず、沈静してください」 
「あ」 
セリアと、ナナルゥだ。 
「セリア!ナナルゥ!助けてくれ!追われてるんだ!」 
セリアは、悠人を追う面々の様子を見てあきれたように言う。 
「まったく、ユート様!よりにもよって何人にも手を出すなんて!スケコマシにも程が・・・あ?」 
「仲間の異常を確認。ユート様、これ・・・は?」 
「え゙」 
案の定、セリアとナナルゥにも症状が出た。 
セリアは頬を赤くしてやさしい目をしているが、 
ナナルゥは青い炎を帯びたハイロウを展開している。まるっきり人魂だ。 
「・・・ユート様。あなたと、ずっといっしょにいたいわ・・・」 
「ふ、ふふふふ、ふふふ♪ユート様・・・」 
「ヒィィ~~~!」 
正気を失っているせいか、普段のセリアからは絶対に出ない言葉。 
少しうれしいが、八つ墓村状態になったナナルゥが何よりも恐ろしい。 
悠人は飛ぶように二階へと逃げていった。 
「どっかの部屋に隠れたほうがいいか・・・」 
適当にノックも無しに部屋の中に飛び込む。 
「きゃ!ゆ、ユート様!」 
「ッ!ユート!」 
黄色い悲鳴。何かと思って振り向く悠人。 
「あ゙あ゙ッ!」 
そこには、ニムントールとファーレーンがいた。・・・しかも着替え中。 
仮面オフ状態どころか、半裸のところを見られてしまい、ファーレーンは固まってしまう。 
「あ、あ、あ、ああああ・・・」 
「む゙~~ッ!!ユート!なにやってんのよ!」 
「うわあっ!ご、ごめん!いま逃げてたんだ!」 
「そんなこと関係ない!早く出ていっ・・・て・・・」 
「ゆ、ユート様!私は、わたし・・・私は・・・」 
「(う、嘘だろ~!?)」 
二人とも態度が豹変してしまっていた。 
「うにゅ~ユート~ずっとここにいていいからね~♪」 
「はい・・・ぜひとも、見ていってください・・・」 
ファーレーンは艶やかに下着を外し始める。もはやストリップショー状態だ。 
「だ、駄目だ駄目だ~!」 
「あん、ユート様・・・」 
「ユート~まってぇ~」 
ちょっと見たい気もするけど、そんな心の余裕は無い。悠人は廊下に飛び出す。 
「くそっ!どうすればいいんだ!」 
「あ、あの~何かあったんですか~?」 
騒ぎを聞きつけたのか、ヘリオンが部屋から顔を出す。 
「あ、ヘリオン!頼む!助けてくれ!」 
「ゆゆ、ユート様のピンチ!?な、なんだかよくわかりませんけど、こちらへ!」 
悠人とヘリオンは部屋に入り、ドアを閉じ、鍵を閉める。 
「ふ~」 
「そ、それで、ゆ、ユート様、一体どうしたんですか~?」 
「ああ、じつは、突然みんなが・・・」 
「・・・・・・」 
じーっと、頬を赤くしたヘリオンが見つめている。 
「・・・ヘリオン?」 
「ユート様・・・」 
「(ぜ、全滅か~~!?)」 
・・・と思っていると、ヘリオンは魔法の詠唱を始める。 
「神剣よ、彼の者の動きを恐怖で封じよ・・・。テラー~」 
「うぐッ!」 
『失望』が煌き、足元から生えた影の手が悠人の体の自由を奪う。 
「ヘ、ヘリオン・・・な、何を・・・」 
「ユート様・・・ごめんなさい・・・」 
ヘリオンは、悠人と自分の顔をぐっと近づける。 
「(こ、これは~~!!)」 
「ん・・・ユート様・・・いただきます・・・」 
「(これはキスじゃないのか!?ま、まずい!いくらなんでもそれは~!)」 
普段、ヘリオンが悠人を前にしてのぎこちない口調や行動はもう微塵も無く、 
何のためらいも無く顔を近づけてくる。 
「(う・・・)」 
悠人とヘリオンの唇が重なろうとしたその瞬間のことだった。 
ドカーン!
部屋のドアは破壊され、スピリットたちがなだれ込む。
「あ~!ヘリオン!く~るなネリーのユート様になにやってんのよう!」 
「ユート様はシアーのなの~」 
「ふふふ~♪私のかわいいユート様~逃がしません~♪」 
「ユート様、私は、ユート様をお慕い申しております・・・」 
「ユート様は誰にも渡さないわ・・・。ヘリオン、例えあなたでも、ユート様を狙う以上は・・・敵よ」 
「ユート様・・・ゆーとさま・・・ユートサマ」 
「ちょっと、なにいってんのよ!ユートはニムだけのなの!」 
「ニム、悪いですが、ユート様は私のものです」 
「~~~!!」 
「ユート様、お邪魔虫みたいですので・・・やっつけます・・・」 
「みんなやめろ~!」 
と、叫んだところでやめるわけが無い。乱闘になり、たちまち部屋は地獄絵図と化した。 
そのおかげか魔法が解けたので、今のうちにと、悠人は窓から飛び降りて逃げた。 
「でも、一体なんであんなことに・・・?」 
悠人は、必死で記憶の糸を手繰り寄せる。 
「・・・あ!あの薬!ひょっとしてあれ、風邪薬じゃなかったのか!?」 
どうかんがえてもアレが原因としか思えない。 
悠人は、周りを警戒しながら第一詰所に急いだ。 
第一詰所に着くと、そこにはアセリア、オルファ、ウルカ、それとエスペリアが倒れていた。
「あ、パパ♪」 
「ユート殿」 
「ん、ユート」 
「・・・ッ!」 
思わず逃げ腰になるが、ウルカは落ち着いた様子で話し始める。 
「ユート殿、大丈夫です。手前たちにこの薬は効きませぬ」 
「・・・へ?」 
三人は、合いの手で説明を始めた。 
「パパ、このお薬はね、飲んだ男の人に周りの女の人がベタ惚れしちゃうっていう惚れ薬なんだって」 
「そして、この薬は、女性が飲むと、薬を飲んだ男性からの薬の効果を受け付けなくなるのです」 
「そうだ。私たちもこれを飲んだ。だから安心しろ、ユート」 
「そ、そうだったのか~」 
一気に力が抜けた。ようやく開放されたのだ。 
こんなものを飲ませてくれるとは、エスペリア許すまじ。 
「そういえば、なんで効果がわかったんだ?」 
「サーギオスで、似たようなものを見たことがあります故。もしかしたらと思いまして」 
なるほど、『南方』ってのはそういうことだったのか。 
「エスペリアは・・・?」 
「エスペリア殿はこの薬のせいで様子がおかしかったので、気絶させて飲ませておきました。 
目が覚めたころには、元に戻っているはずです」 
「エスペリアお姉ちゃんがおかしかったからわかったんだよ。このお薬のせいだって事」 
「ああ、そういうことか」 
すこしその場に佇んでいると、悠人は第二詰所が戦場となっていることを思い出す。 
「・・・って、そうだ!ヘリオン達が・・・!」 
「ユート殿、第二詰所に行っていたのですか!」 
「パパ、早く飲ませなくちゃ!」 
「ん、ユート、行こう!」 
悠人たちは、薬を持って第二詰所に急行した。 
しかし、暴走した9人のスピリット達を止めるのは生半可な努力では勤まらなかった。 
全員を止めるころには、悠人たちもボロボロになっていて、夜中になっていた。 
次の日、エスペリアを除く全員が大怪我を負っていたため、 
スピリット隊はほとんど機能せず、あとでレスティーナにこってり絞られてしまう悠人だった・・・。 
「そういえば、どうして薬屋のおじさまからは効果がなかったのでしょう・・・?」 
首をかしげるエスペリアだったが、酒と一緒に服用すると効果が無くなる事を知るのは 
まだまだ先の話であった。 
─続かない─