ぷろじぇくとG

こそこそっ、こそこそっ。
「……?」
ささっ。
さっきから、なんかおかしい。居間でぼんやりとお茶を飲んでいるだけなのだけれど、
妙な気配を感じて目を向けては、別に何の姿も見て取れない状況が続いている。
こんな風に隠れて覗くのは、アセリアとかシアーが主だったりするが、
俺が気付いたと分かれば前者はほんの少しだけ表情を緩めて、後者は恥ずかしげにはにかみながら姿を現してくれる。
かといって、オルファやネリーあたりが遊んでいるわけでもなさそうだし。
第一、あの二人ならこんなに長く隠れてられるわけもない。
何故なら俺の目の前にはお茶請けのお菓子があるんだから。
そこまで考えて、もう一人の候補に思い当たった。
そう言えば、初めて会った時にだってこうして陰からこっそりと覗いていたんだっけ。
さて、それじゃあ次に気配を感じたらちょっと呼び止めてみようか。
…………こそこそ。
……今だっ。
「何してるんだ、ヘリオ……ン!?」


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   カサカサ ~ ̄> ̄> ̄>   ヽ

「う、うわああああ!」
「は、はぅぅっ!?」
なんだか見てはいけないものを見てしまったみたいだ。
いや、気を取り直してもう一度見てみると、
ヘリオンの格好はいつもの戦闘服やメイド服とは違っているというだけだ。
妙にテカテカとした硬質っぽい材質で作られた衣装に身を包み、四つんばいで歩いている。
どうにか目線を合わせようと、恐る恐る屈みこみながらヘリオンに尋ねてみた。
「い、一体それは何なんだ……?」
「ふぇぇん……そんなに驚くこと無いじゃないですかぁ。
あの、この服はですね、オルファがカオリさまに聞いたという、
ハイペリア最強の生物をモチーフにしてヨーティアさまが作られた特殊な戦闘服なんですっ。
何でも、四つんばいでしか動けないにもかかわらず黒スピリットの素早さを何倍にも高める効果が有るとか無いとか、
敵を大きくひるませる効果が有るとか無いとか、わたしが着るとイメージのギャップでダメージ倍増だとか違うとかっ。
……あ、あのユートさま……? その細長く丸めた戦略地図は一体……?」
はっと気付いて、いつの間にか右手に握り締めていた大判の地図を元の場所に戻す。
「何でもない、気にしないでくれ。それで、どうしてさっきから物陰で隠れてたんだ?」
「え? えと、あの……その、に、似合っているかどうか、お尋ねしたくて……でも、えっと」
もじもじと顔を赤らめながら、床から俺を見上げる↓。

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  モジモジ ~ ̄> ̄> ̄>   ヽ

うわあ。
ヘリオンは決して悪くない。悪いのは自称天才。それは俺にもしっかりと分かってるのだけれど。
そんな俺の心の葛藤を読み取ったように、ヘリオンの顔色は見る見るうちに沈み込んでしまった。
「はぅ……やっぱり似合ってないんですね……
お時間を取らせてすみませんでした、あの、それじゃあ戻りますね……」
何のフォローも思いつけないまま、すごすごと帰り道に向かって方向転換をするヘリオンを見送る。
最後に一つ、力なく一息をついてから、彼女はおもむろに……

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           ≦Ξ∋ ( リ〈 !ノルリ〉))
        / ̄ ̄ ̄ノノ(!リ゚ ヮ゚ノリ((
   ブーン ~ ̄> ̄> ̄>   ヽ

「飛ぶなぁぁあああ!!!」
「い、いっったぁぁぁいっ!」
思わず、というか無意識に、というかもう既に本能のままに。
俺はもう一度丸めた地図を引っつかみ、すぱこーん、とヘリオンの後ろ頭を引っぱたいてしまった。

「……ごめん」
「ふぇ~ん……ひどいですよぅユートさまぁ……」
ぽとり、と落ちて仰向けに倒れたヘリオンを助け起こして頭をさする。
良かった、傷もこぶもできてない。
柔らかな髪を撫で、思わずその心地よさに手を動かし続けながら話した。
「悪かった。……でさ、やっぱりその服、できれば着るのはやめてほしいな」
敵だけじゃなくて、味方に及ぼす影響が大きすぎると思う。
それ以前に、俺がこの格好のヘリオンや、場合によっては他の黒スピリットたちを見たくない。
ヘリオンの目に浮かんでいた涙がいつの間にか消えて、くすぐったそうに笑みを浮かべている。
「そうですか……はぁ、この服で強くなれればなぁって思ったんですけどね」
「服で強くなったりしても、しょうがないだろ?
それに、戦闘服が似合うとか似合わないとかも考えたくない。
そうだな、もし普段の服が別のになったりしたらまた見せてくれるかな?」
もっともヘリオンを初め、ここの皆ならよっぽどのものでない限り似合わない服なんて無いだろうけれど。
……うん。実際のところ、目の前の奇妙な服だって、動作にさえ目を瞑れば、
動きやすいようにピッチリと身体にフィットしたスーツや、背中を守る硬質の素材やら何やら、
ヘリオンが着ているというだけで、決して悪いものでは無いとも感じられるのだから。
「は、はいっ。……あの、ゆ、ユートさま?」
うん? と軽く首を傾げてみせたら、ヘリオンは大きく息を吸い込んでから、
「もし、お小遣いが服を買えるくらいに貯まったら、似合いそうな服を選んでくださいませんか?」
吐き出すように声を上げてから、真っ赤になって呼吸を整え始めた。
返事として、頭をもう一度くしゃくしゃと撫で回して大きく頷く。
その時に見せた嬉しそうな顔は、首から下の動きを無視すれば、実に心に残るものとなった。

「あ、あのぅ、それでもう一つだけお願いがありまして……
この格好で動き回るのってユートさまはお嫌いなんですよね?」
腕から解放して、まだ仰向けのままで寝転がっているヘリオンが尋ねてくる。
四つんばいになればまたかさこそと動いてしまうための処置らしい。
「ま、まぁ、そうだな」
「この服って、わたし一人じゃ着たり脱いだりできないんですよね、
だから、ヨーティアさまの所まで戻らなきゃいけないんです。
元の服もあそこに置かせていただいてるままですし。ですから、その……」
「分かった、ヨーティアの部屋まで運べばいいんだな」
と、ヘリオンを抱え上げようとしてふと気付く。背中のプロテクターやら、
関節の自由が利きにくい服の作りやらが邪魔して抱きかかえられない。
「あぅ、そ、それじゃぁこの方法で失礼しますね……」
どうしたものかと動きあぐねていると、ヘリオンがよっと横転して、
俺の脚から背中へとよじ登っていった。……うん、今の動きも忘れよう。
「全く、とんでもないもんを作らないでほしいよ」
「あ、あはは、そうですね……」
そうして俺達は、向かった先のヨーティアの部屋で盛大におんぶ状態をからかわれるのも知らずに、
どうやって文句を言ってやろうかと背中のヘリオンと喋りながら、二人で城の中へと歩きだすのだった。