失望、そして逆転

───ある日の真夜中・・・・・・第二詰所付近の庭園にて───

「はぁ・・・はぁ・・・」
まるで追い詰められた様にに息を切らし、足元を見つめる人影。
その足元には、ラキオス城の兵士の死体があった。
「これでいい・・・・・・これで・・・」
そう、その『殺人犯』たる人影は兵士を殺害したのだ。

ガサガサ・・・ つきあたりから誰かの足音がする。
「(・・・!まずい!)」
『殺人犯』は、なるべく気配を殺して逃走した。
なにしろここはスピリットの館の近く。やってくるのがスピリットならたちまち捕まってしまう。

どうやら、やってきたのはスピリットのようだ。幸いにもこちらには気づいていない。
「(・・・・・・そうだ、あいつがやったことにすれば・・・!)」
『殺人犯』の中でとんでもない考えが渦巻く。


突如として起こった殺人事件。
───それは、エトランジェである悠人の新たなる戦いの幕開けであった・・・

───次の日の朝、俺はエスペリア特製のハーブティーをすすっていた。
体中をすぅっとする感覚が突き抜ける。目覚ましにはちょうどよかった。
「ふう、やっぱ朝はこれだよな・・・」
「ユート様のようなネボスケにはよく効くんですよ。オルファもよく飲んでいました」
「ちぇっ、言ってくれるよな。俺だって早く起きようと思えば起きれるぜ?」
「じゃあ今度から自分で起きてください。毎朝起こしに行くのも疲れますから」
「・・・・・・やっぱ無理かも」
「ふふ、まあそうですよね」
俺とエスペリアは食卓で談笑する。今日は休日。
窓からの日を浴びてのんびりお茶を飲んでいると、オルファが慌てて駆けてくる。

「パパ!パパ~!大変だよ~!」
「・・・・・・どうしたんだ?オルファ」
「はぁ、はぁ・・・、えっと、えっとね~えっと」
「落ち着いてください、オルファ。何があったんですか?」
「えっと、え~っと、と、とにかくこれ!これ見て!」
オルファは一本の書簡を差し出す。この装飾、どうやらレスティーナからの書簡のようだ。
俺は、中から羊皮紙を取り出す。
「え、と。・・・・・・読めない。エスペリア、頼む」
俺は、聖ヨト語の言葉こそ喋れるものの、読み書きはまったく学んでいないことを思い出した。
こういう時に読めないのは致命傷かもしれない。
「だから、読み書きも勉強してくださいと言ったのに・・・」
ぶつぶつと文句を言いながら、エスペリアは読み始めた。

「ラキオスのスピリット隊隊長エトランジェ、『求め』のユートに玉座への出頭を命ずる。
今回の件は一般には極秘であるため、書簡にて言伝をするものであり、詳細は玉座にて伝える。
補佐として、スピリット隊副隊長エスペリアとともに至急出頭せよ」

「・・・・・・だ、そうです」
「極秘だって?なんだろう、一体・・・?」
首をかしげる俺たちを尻目に、オルファは説明を始める。
「それなんだけどね、今日オルファがね、ネリーたちと一緒に遊ぼうと第二詰所に行ったの。
そしたらね、なんか大騒ぎになってて、その、第二詰所の近くで人が死んでたんだって!」

俺たちはそろって驚く。
「・・・な、なんだって!?人が・・・?」
「敵の襲撃なのですか!?」
「オルファも詳しいことはよくわからないの・・・。とにかく、女王様のところに行ってみて」
人が死んだ・・・!!どんなことにしろ、ただ事ではないのは確か。
これは一大事と、俺たちは神剣を手に、玉座の間に急ぐことにした。

俺とエスペリアが玉座の間に到着すると、そこにはレスティーナとヨーティアがいた。
ヨーティアはいつもの調子のようだが、レスティーナはとても不機嫌そうだ。
「よ、やっと来たかボンクラ」
「ユート!遅いですよ!緊急事態だというのに!」
「はぁ、はぁ、すまない。それより、人が死んだって・・・!」
「レスティーナ女王陛下、一体何があったのですか!?」
「まあ、レスティーナ殿は緊急事態って言ってるけど、落ち着いて聞け」
ヨーティアは慌てて息を切らす俺たちを落ち着かせてから、今回の件について話し始めた。

「さて、ご存知の通り、第二詰所の付近の庭園で兵士が殺害された。
私が調べたところ、被害者の死亡推定時刻は昨日の午後11時30分から45分。
凶器は岩。後ろからゴツン、とやられてるね」
「凶器はその場にあったのか?」
「ああ、そうさ。被害者の血液も放射状に付着している。まず凶器は決定的だね」
「岩で殴られた・・・ということは、スピリットが犯人の線は薄いですね」
エスペリアがそう言うと、ヨーティアとレスティーナは神妙な面持ちになる。
「(・・・なんだ?どうしたって言うんだ?)」
「・・・・・・それが、そうでもないんだよ」

「え?」
俺の中でいやな予感が通り過ぎる。

「私たちに通報した兵士のピエールが言うには、殺人現場には、血まみれの岩を持つ
スピリットがいたというのです」
「そして、そのスピリットの名前は・・・・・・ヘリオン・ブラックスピリット」
「な、なんだって・・・?ヘリオン!?」
「そんな、まさか・・・」
「そして、私たちは重要参考人および殺人容疑で、彼女を捕らえました・・・」

そんなはずはない。ヘリオンに限ってそんなこと・・・!思わず俺は叫んでいた。
「ヘリオンがそんなことするわけ無いだろ!何かの間違いじゃないのか!?」
「ユート様!落ち着いてください!」
エスペリアが興奮する俺を静止する。
「・・・ピエールが言うには、ラキオスのスピリットの制服に、ツインテールの黒髪。
間違いなくヘリオンだったそうだよ。さらに、凶器の岩からヘリオンの指紋が発見されている。
これで疑うな・・・って方が難しいね」
「なんてこった・・・くそっ!」
「・・・それで、ヘリオンはなんと言っているのですか?」
「彼女は容疑を否認しています。『思わず岩を持ち上げちゃったんです!』・・・と」

実にヘリオンらしい否定。これじゃ疑われても仕方ないけど・・・
「なんとかならないのかよ!ヘリオンはやってないんだろ!?」
「おい、落ち着けボンクラ。なんのために呼んだと思っているんだ」
「?どういうことだ」

一気にいろんなことが起きて混乱している俺をなだめるようにレスティーナは言い出した。
「ユート、あなたを呼んだのは、ヘリオンを救うチャンスを与えるためです」
「え・・・ヘリオンを救うって、どうやって?」
少し希望の光が見えたようだった。助けられるなら、助けたい。ただそう思っていた。

「ヘリオンを救う唯一の方法・・・それはユート、あなたが明日の王国裁判で彼女の無実を証明することです」
「・・・裁判、ですか?」
「ああ、これは私の勘だが、この事件、どうもきな臭いように思えてね。
そこで、レスティーナ殿に手回ししてもらって、ヘリオンに助け舟を出してやったのさ」
裁判。それは『法廷』で真実を明らかにし、被告人を裁く方法。
「でも、スピリットが裁判なんて受けられるのか?」
「確かに、本来人間のための裁判をスピリットが受けるということに関しては批判も多かったのです。
ですが、ヨーティア殿のご助力により特別に受けられることになりました」
「なるほどな・・・」
ただでさえスピリットが差別を受け、虐げられているこの世界。
レスティーナとヨーティアの助けがなければ、ヘリオンは裁判を受けるどころか言い訳すら許されず、
とっくに処刑されていてもおかしくはないだろう。

「・・・ですが、それはあくまで『機会』です。もし、彼女の無罪を証明できず、有罪が確定したら、
そのときは、即刻死刑・・・スピリット隊のけじめとして、隊長であるユートが、直接首をはねることになります」
「ッ!やめてくれ!そんなこと、考えたくもない!」
偽らざる本音。俺はどうあってもヘリオンを助けたかった。
「それで、俺たちはどうすればいい」
「ユート、あなたには、裁判の際に彼女を弁護してもらいます。エスペリアはユートを補助して」
「はい。陛下」
つまり、ヘリオンの弁護士になれってことか。
「・・・ちょっと待て。俺は誰かの弁護なんてしたこと無いぞ」
「ああ、そこは安心しろ。なにしろ、検察側・・・つまり告発する方も初心者だからね」

「?」
「まあそれはおいといて、だ。ユート、とにかく、今からでも情報収集をするんだ。
少しでも多くの情報、証拠を集めとかないと、明日の裁判で負けることは目に見えてる」
「・・・そうだな。武器は多いほうがいい」
「それで陛下、ヘリオンはどこに?彼女にも話をうかがっておきたいのです」
「地下牢にいます」
「そうか、じゃあ早速話を聞きにいってみよう」
「ユート、忘れるなよ。ヘリオンの命運は、すべておまえにかかっているんだ・・・!」
「ああ!」
俺たちは、ヘリオンに話を聞くべく地下牢へと向かった。


ラキオス城の地下牢、そこには俺は入ったことは無かったが、イメージ通り、薄暗くて黴臭い空間。
いくつも並ぶ牢獄の中から、俺たちはヘリオンを見つけた。すっかりふさぎこんでいるようだ。
「ヘリオン」
「え・・・?」
ヘリオンは重々しく顔を上げる。
「ゆ、ユート様・・・!」
「・・・大丈夫か?」
「は、はい。でも、私・・・わたし・・・!!」
「落ち着けよ。俺たちは、話を聞きに来たんだ」
「ヘリオン、事件があったときのことを話してくれますか?」
「・・・・・・」
ヘリオンは言い渋っているようだ。まあ自分が犯人にされてるんだから無理も無いけど。
「ヘリオン、大事なことなんだ。こんなこと言いたくないけど、
もし、俺が君の無実を証明できないと、俺は・・・君を斬ることになる。
俺はそんなことしたくない。ヘリオンを助けたいんだ!だから、頼む・・・。」
俺は懇願するように言った。
「ゆ、ユート様・・・。わ、わかりました。あのときの事、お話します」
ヘリオンは、静かな声で話し始めた。

「わ、私、昨日の午後11時30分ぐらいに、外から妙な物音が聞こえてきたんです。何かを叩くような・・・。
そ、それで~、何があったのかを調べるために外に出たんです。
音のしたほうに行ってみると、そこで、人が血まみれで死んでいたんです!
そ、そのとき、これで殺されたんだと思って、思わず血のついた岩を持ち上げちゃったんです」
「なるほど、そのとき見つかったのか。・・・タイミング、悪かったな」
「ちなみに、物音を聞いてから現場に行くまでどれくらいかかりましたか?」
「に、2~3分ぐらいだったと思います・・・」

つまり、死亡推定時刻とヘリオンの行動した時刻はほぼ一致。でも変だな・・・
「ヘリオン、そのとき他に誰かいなかったか?」
「わかりません・・・」
「2~3分もあれば、逃走は難しくないと思います。おそらく、既に・・・」
「・・・だろうなぁ。でも参考になったよ、ありがとうヘリオン」

しかし、それで気分が晴れるということは無く、ヘリオンは目に涙を浮かべていた。
「で、でも、もしユート様が失敗したら、私・・・」
「・・・・・・そうだ。でも、そんな目にはあわせない。絶対に」
「絶対なんて、ありえないです・・・」
今にも泣き出しそうだ。ここでヘリオンを不安にさせるわけにはいかないな。
「大丈夫。だって、殺してないんだろ?俺はヘリオンを信じてるから。必ず無実だって事をを証明して、
ヘリオンを助け出してみせる。だからさ、ヘリオンも俺を信じてくれ」
「そうです、ヘリオン。ユート様を信じて」
「・・・・・・わかりました。わ、私、ユート様を信じます!」
ヘリオンの瞳に輝きが戻ったように感じた。そうだ、こうでなくては。俺はヘリオンを助け出すんだ!

「ユート様、次は殺人現場に行ってみましょう」
「ああ。じゃあヘリオン、また明日、法廷で会おうな」
「は、はい!私、信じてますから・・・・・・!」
俺たちは、ヘリオンの信頼の視線を浴びながら、牢獄を後にした。

少しして、俺たちは第二詰所付近の庭園、殺人現場に来ていた。
ヨーティアの気遣いあってか、現場はしっかりと保存されているようだ。
「ここに、倒れていたのですね」
そこには、どす黒い血だまりができていた。
「そうだな。それで、この岩が凶器ってわけか」
球体にすると直径15cmほどの無骨な岩。その一角に放射状に血痕がついていた。
「う~ん、それ以外にも何か無いかな。」
下手に現場を荒らすのも良くないが、ヘリオンを助けると誓った手前、
何か証拠を探さずにはいられなかった。

「あ・・・ユート様、これは?」
エスペリアが何か見つけたようだ。
「なんだこれ・・・?歯、かな?」
「被害者の歯でしょうか・・・?」
「そうだな、それはとっておいて。あとでヨーティアに調べてもらおう」
俺は、ドラマとかでよくあるように、証拠物件をビニール袋に入れとこうかと思ったが、
この世界にはビニールはない。瓶の中に歯を入れることにした。
「他にも何か無いかな」
俺たちは、現場のあたりをしばらく探索していたが、他にはこれといったものは見つからなかった。
「ん~・・・こんなもんなのかな。エスペリア、どうする?」
「そうですね・・・とりあえず、現在までにわかったことを整理してみましょう」


俺たちは、状況を整理してみた。
まず、被害者はラキオスの兵士。後ろから岩で殴られて殺害された。
殺害されたと思われる時刻は11:30~11:45の間。
ほぼ同じ時間にヘリオンが物音を聞き、2~3分で現場に行って、
思わず岩を持ち上げたところを発見される。
そして、現場には誰かの歯。

「・・・・・・う~ん、全然わかんないな」
「まあ、そんなに急いでも結論は出ないでしょう。とりあえず、ヨーティア様のところに行ってみましょう」
「そうだな、この歯を調べてもらおう」
俺たちは城に戻ることにした。


俺たちは城に戻り、今までのことをヨーティアに話した。
「ふむふむ、なるほど。それで、この歯を調べりゃいいんだね?」
「でも、俺たちはこれ以上何を調べればいいんだ?」
「ユート様、私に考えがございます」
「え、何?」
俺はエスペリアの意見に期待した。
「ヘリオンを見かけたという、兵士のピエールに会ってみてはどうでしょう」
「あ・・・!」
すっかり目撃者のことを失念していた。そうだ、まずは目撃者に会うべきじゃないか!
「ああ~、それだったら無理だよ」
「え、な、何でだよ!」
「実はね、彼は検察側の証人として保護されてんのさ。とはいっても、
目撃したときのことは明日の裁判で証言するつもりらしいけどね」
「なんだよ!それじゃもうお手上げじゃないか!」
俺は思わず怒鳴る。しかし、ヨーティアは冷静に答えた。
「ユート、裁判ってのは、判決が出るまでが勝負だ。当日の証言から、
無実への糸口がつかめることもある。決してあきらめるんじゃないよ」
「あ、ああ・・・」
「ま、この歯はなんとか調べとくからね。今日はもう館にもどんな」
「エスペリア、大丈夫かな・・・?」
「私には判断しかねます・・・。ですが、必ず助け出すのでしょう?」
「もちろんだ!」
決意を新たにすると、ヨーティアが声を張り上げた。
「あ~そうだそうだ、おいユート、これをお前に渡しとくぞ」
ヨーティアは、封筒を取り出して俺に渡してきた。

「・・・これは?」
「私が死体を調べた結果、わかったことが全て書いてある。ちゃんと目を通しておけ」
「・・・!そうか、ありがとうヨーティア」
「ありがとうございます、ヨーティア様」
「例には及ばないよ。私もヘリオンを助けたいからね」
それでも、信頼できる武器が手に入るのはこの上なく心強かった。

俺は、館に戻って、食卓でエスペリアと相談をしていた。
「・・・で、なんて書いてあったんだ?」
「えーとですね、後頭部の致命傷の他に、腹部に打撲の痕、それと、3つ、腕に引っかいたような傷があったようです」
「・・・それだけ?」
「これだけですね」
本当に少なかったのか、要らん部分は省略されているのか。これだから天才は厄介だ。
これじゃ、死体に傷が増えただけだ。相変わらず何も進展しない。
「う~ん、さっぱりだ」
「いいえ、わかったことはあります」
「え?何が?」
俺はきょとんとしていた。
「普通、人を殺害する場合、致命傷は最後に与えられます。つまり、
致命傷である後頭部への岩による一撃は最後についたものの可能性が高いです」
「ふむふむ?」
「要するに、腹部の打撲、腕の傷はその前についたことになります」
「あ・・・!!」
「わかりましたか?被害者は、死ぬ前に犯人と戦っていた可能性があります」
被害者は死ぬ前に犯人と戦っていた・・・!それがどういうことか、すぐにわかった。
「普通の人間は、真正面からスピリットと戦おうとなんてしないよな?」
「その通りです。もし戦っていたら、おそらく致命傷だけが付くでしょう。
つまり、犯人はヘリオンではなく、別の人間である可能性が浮上するのです!」
大きな手がかりを得た。ヘリオンの無実を手助けする手がかりを・・・!
俺たちは、その手がかりを手にして、明日に備えて休むことにした。
「(ヘリオン・・・待ってろ。必ず、俺が助け出してやるからな・・・!)」

───強烈な日差しの昼下がり・・・・・・俺は『求め』を右手に立っていた。
ここは町の広場で、周りには何百人もの人々。
そして、俺の目の前には───正座した状態で拘束されたヘリオン。
「(なんだこれは・・・・・・何が始まるんだ・・・・・・)」
今考えている意思とは別に、俺は言葉を紡ぐ。
「・・・・・・これより、ヘリオン・ブラックスピリットの処刑を執り行う!」
「(─────!!)」

周りから、耳を劈くような歓声が聞こえる。
「(こ、これは!まさか、俺が立っているのは・・・処刑台!?)」
俺は、自分の立っている状況、そして、周りから聞こえてくる人々に目と耳を疑った。
人々は、『早く殺せ!』といわんばかりに騒ぎ、まるで処刑を愉しむような目で見ている。
「(なんだよこれ!そんなにヘリオンが死ぬところを見たいのかよ!)」

だが、体の自由は利かない。俺は淡々と言葉を続ける。
「大罪を犯し、法の下に死を受け入れるものよ、何か言い残すことはあるか?」
「(違う!これは俺の言葉じゃない!)」
そう言って、俺はヘリオンを見下ろしていた。
「(・・・・・・泣いてる?)」
「ユート様・・・私、信じていたのに・・・。どうして・・・?」
俺は黙っていた。何も言えなかった。
「でも、仕方ないんですよね・・・・・・。ユート様、私のこと・・・・・・忘れないでください・・・」

「もういいだろう・・・せめて、苦しまないように・・・」
俺は『求め』を振り上げた。これから、処刑が始まる───
「(や、やめろおおおおぉぉぉっ!やめてくれええぇっ!!)」

───そして、俺は真一文字にヘリオンの首を───

「う、うわあああああぁぁぁあっ!!!」

一瞬で風景が入れ替わった───ここは、館の俺の部屋。
俺は、ベッドから上半身が跳ね上がった状態で、体中が汗まみれだった。
「はぁ・・・はぁ・・・、くっ・・・ゆ、夢か・・・・・・」
縁起でもない。これから裁判だというのに。
「もし、失敗したら・・・現実になるんだよな。くそっ!」
とんでもない夢。正夢にするわけにはいかない、絶対に。
「もう、眠れそうにないな・・・」
まだ明け方だったが、すっかり目が覚めてしまった。
『契約者よ』
「・・・?なんだよ、バカ剣」
昨日は全然言葉を発しなかった『求め』が呼びかけてくる。

『お前の夢、我も見させてもらった。我からすれば、なかなか面白い趣向だったぞ』
「ふざけるな・・・!!」
『契約者よ、夢というのは、その者の心が大きく影響するものだ。
お前がそのような夢を見たということは、それを何よりも恐れているということだ』
「そうだよ。俺はヘリオンを手にかけたくない」
『・・・今まで、数え切れないほどのスピリットを斬ってきたのにか』
「!!そんなことは」
『関係ない、か?フ、まあそれでも良かろう。お前が助けるのは、スピリットではない。
志を共にする仲間、そうだろう?』
「(・・・・・・そうだ。俺は、ヘリオンという仲間を助ける。それだけだ)」
『契約者よ、敗北を恐れるな。少しでも隙を見せれば、恐怖はお前を支配してしまうだろう』
まるで賢者のような言葉で俺を諭してくれる。これがバカ剣なりの励ましなのだろう。

「(・・・サンキュな)」
俺は一礼した後、『求め』を腰に下げて食卓に向かった。

俺とエスペリアは食卓で朝食を済ませて、戦い(裁判)の準備をしていた。
「ユート様、資料はお持ちになりましたか?」
「ああ、大丈夫。全部あるよ」

とはいっても、今までわかったことを(日本語で)記したメモ。それと、ヨーティア直筆の検死書。
今のところ、武器となる証拠はこれだけだ。
「ユート様、落ち着いてくださいね」
「わかってるさ。さあ、行こう!」
俺たちは、裁判が行われる場所、ラキオス城内の法廷へと向かった。


俺は、控え室でイメージトレーニングをしていた。
「(少しでも、緊張に耐えられるようにないと)」
「あ、ユート様?お客様ですよ」

そういわれて扉のほうを見ると、そこには、頑丈な手錠をしたヘリオンがいた。
「ゆ、ユート様・・・」
やはり心配そうな顔。でも俺は笑って答えた。
「大丈夫だよ。必ず助けてやるって言っただろ?」
そういって、頭をなでてやる。すると、ヘリオンも少し笑顔になった。
「は、はい!あの、ゆ、ユート様、頑張ってください!」
「ああ!」
ヘリオンの激励を受けると、兵士の言葉が響く。
「これより裁判を行う!被告人および弁護人は入廷せよ!」
「よし!行くぞ!」
いよいよだ・・・!俺たちは、意を決して法廷へと足を踏み入れた。

ガヤガヤガヤ・・・法廷は意外と騒がしかった。というのも、傍聴席にはスピリット隊のメンバーがいるからだ。
・・・・・・たった一人を除いては。
本来ならスピリットは裁判を見ることもできないのだろう。周りの人間たちはざわめいている。
「・・・静粛に!」
裁判長に扮したレスティーナが木槌で音を鳴らす。
「(う~ん、元の世界の裁判によく似てるな)」
そう考えていると、エスペリアは驚きの表情になった。
「・・・!ユート様、あれは!?」
エスペリアの視線は検察官のほうに向いていた。俺もその方を向くと、そこには・・・!
「な、せ、セリア!?」
「ユート様。あなたが弁護人だったのですね」
傍聴席にいないと思ったら・・・!俺の視線はすぐにレスティーナの方に向いた。
「レスティーナ!これはどういうことなんだ!」
「実は、人間の検察官が皆出廷を拒否してきたのです。それで、最も冷静に、状況を判断できる人物。
ということで、セリアを検察官に抜擢したのです」
俺は反射的にセリアを睨んでいた。
「セリア・・・、まさかセリアは、ヘリオンが犯人だと思っているのか?」
「ユート様、私だってヘリオンが犯人だとは思いたくありません!ですが、
私たちの役目は真実を求めることです。公私混同はしないでください。迷惑ですので」
「ユート様、セリアの言うとおりです。決して、憤慨なさらないよう・・・」
エスペリアは俺をなだめる。でも、納得いかない。
「で、でも、セリア!」
「ユート様!今日は、真実を求める立場上敵となります。情けなどかけないでください!」
びしっと止められてしまった。やるしかないのか・・・!
冷静沈着で頭脳明晰のセリアを相手に、果たして勝てるんだろうか・・・。
『契約者よ、まさか、我の言葉を忘れたわけではあるまいな』
不安になる俺に、『求め』がアプローチをかけてきた。
「(敗北を恐れるな・・・か。そうだよな、必ず助けるって誓ったもんな)」
『そうだ、それでいい』
深呼吸を二、三度繰り返す。よし、落ち着いた。レスティーナの声が響く。
「これより、ラキオス王国裁判を開廷する!!」
───戦いが、始まった。───

「まず、今回の件について、検察側、冒頭弁論を」
「はい。今回は城内第二詰所付近の庭園で起こった兵士殺害事件です。
死亡推定時刻は二日前の午後11時30分から45分の間で凶器は岩。
ほぼ同時刻、兵士のピエールが現場にいた被告人を発見し、拿捕。
また、凶器に被告人の指紋がついていたことから、検察側は被告人を告発しました」

「ご苦労。弁護人」
「は、はい」
「この冒頭弁論に異議はありませんね?」
ほとんど昨日聞いたとおりの内容。一応メモにも目を通すが、間違いは無い。
「はい、ありません」
「よろしい。これより、事件の真実を紐解くため、検察側が証人を用意しているとのこと。
検察側、証人を入廷させなさい!」
「はい!証人、ピエールを入廷させてください」
「(さて、これでどう出るかだな・・・)」
・・・と考えているとエスペリアが耳打ちしてくる。
「ヒソヒソ・・・ユート様、落ち着いて証人の言葉に耳を傾けてください。
ヘリオンが本当に無実なら、どこかで矛盾が生じるはずです」
「わかった・・・やってみる」

今回の事件の目撃者、兵士のピエールが入ってきた。
「証人、名前と職業を」
ちょっと突っ込みをいれたくなった。いや、形式的なものなのだとわかってるんだけど。
「私はピエール。ラキオス城の兵士です」
「殺人現場を目撃したとのことですが・・・」
「はい!私は見てしまったんです。血まみれの岩を持ったスピリットがいるのを!」
「では、その時のことを証言してください」
ピエールは証言を始めた。俺は聞き逃すまいと、一字一句を集中して聞こうと思った。

「あの時・・・午後11時20分ごろのこと、私は警備のため、城内を歩き回りました。
10分ほど歩いていて、第二詰所のあたりまでくると、人影があったんです。
近づいてみると、そこには血まみれの岩を持ったスピリットがいたのです!
私は大急ぎで応援を呼びました。その後すぐ、そこのスピリットを捕らえたのです」

「(・・・・・・なるほど、もっともっぽい証言だけど・・・)」
ふと目を横にやると、エスペリアはヘリオンを見ていた。
「ヒソヒソ・・・どうしたんだ?」
「ヒソヒソ・・・ちょっと気になることがあるんです」
「?」
「ヒソヒソ・・・ヘリオンの服装ですが、あれは事件当日のままなのでしょうか・・・?
ユート様、それも交えて尋問を行ってください」

ヘリオンの服装・・・それは、いつも見ているラキオスのスピリット用の制服。
丸一日以上地下牢に入っていたせいで汚れていること意外目に付く事は無い。
「では、弁護人。尋問を」
「は、はい」
なんとかやるしかない・・・!

とりあえず、俺は俺が気になったことを聞いてみる。
「えーと、証人、大急ぎで応援を呼んだ、と言ってましたが、
実際に被告を見てから捕らえるまでどれくらい時間がかかりましたか?」
「他にも警備をしていた兵士がいましたし、大声で叫びながらでしたから、
1分もかからなかったと思います。」
大声で・・・?ヘリオン・・・よく逃げなかったな。ん?待てよ・・・。
俺はさっきのエスペリアの疑問を思い出す。
「・・・ヘリオンの服装ですが、あれは事件当日のままなのでしょうか・・・?」
発見されてから捕まるまで1分もかからなかった。当然、着替える暇も無かった。
つまり、ヘリオンは今も事件当日の服装をしていることになる。もしかして・・・!

「証人、あなたが見たのは、血まみれの岩を持った被告、間違いありませんね?」
「はい、間違いありません」
「証人、それでは、被告を告発するのには不十分なのですよ」
「ユー・・・弁護人、どういうことですか?」

驚きのあまり、レスティーナは思わず俺の名を呼びそうになる。が、俺は続けた。
「証言からすると、証人は被害者が殺害された瞬間を見ていない。
血まみれの岩を持った被告を見ただけだ」
「・・・何が言いたいの?それでも、告発には十分だと思うわ」
と、セリア。
「セ・・・いや、検察側。被告を見て何も気づかないのか?」
「何って・・・、手錠以外は薄汚れたいつもの格好ね・・・・・・あ!!」
「気づいたようだな・・・」
「ど、どういうことですか」
ピエールはうろたえている。ここがチャンスだ!と思って、俺は説明を始めた。

「いいですか、みなさん。もし被告が本当に兵士を岩で殴って殺害したとすると、
決定的なものが足りないのです。」
「弁護人・・・それは?」
「血痕・・・そうでしょう?」
「そうです、証人はさっき、発見してから捕らえるまで1分とかからなかった、と言いました。
着替える暇も無かったはずです。つまり、被告は今も事件当日の格好をしているのです」
法廷内の全員の視線がヘリオンに向かう。
「もうお分かりですね?ヨーティアの報告によると、岩には被害者の血痕が放射状に付いています。
それほど血が飛び散ったのなら、今、被告の服にも血痕が付いているはずなのです!」
「────!!」

「・・・それが、どうしたの?」
セリアは至って冷静だ。
「スピリットが防御障壁を貼れる事は知っているでしょう?神剣による攻撃でなければ、
攻撃と同時に障壁を展開することは可能よ」
あくまでヘリオンを攻撃するように言うセリア。でも俺はすぐに反論した。
「・・・ブラックスピリットの防御障壁は同時に反撃を行うものだから、すぐ動けるように
障壁はほかのスピリットより範囲がすごく狭いんだ。だから、おかしいんだよ、
血痕が一滴も付いていないというのは・・・!」
「!」
さらに俺は続けた。ここで一気に押すッ!
「それと、ここに検死書がある。これによると、
被害者は後頭部への致命傷以外に腹部への打撲と腕に引っかき傷を受けている。
ということは、被害者は死亡する前に犯人と争っていたということになる。」
「それは、いくらなんでも被害者だって抵抗するでしょう」
「・・・・・・裁判長、もしあなたが被害者なら、スピリットを相手に抵抗できますか?」
「あ・・・!」
「そう、もしスピリットが犯人なら、こんな余計な傷は付きません。
スピリット隊で一、二を争うスピードの持ち主である被告ならなおさらです。
普通の人間なら、回りこまれたと気づくことなく一瞬で決まるでしょう。
このことから、被告は、被害者が死亡してから現場に来た可能性が高い!」
・・・決まった。これで大分有利になったと思うけど。
「・・・つまり、弁護側の主張は、犯人は別の人間である・・・と?」
「そうです」
「・・・ですが、それでは犯人が別にいるという可能性を示しただけに過ぎません。
被告を無罪にするには、決定的な証拠が必要です」
「それに、今重要なのは犯人が誰か、ということではなく被告が犯行を行ったかどうかよ」
ステレオで否定されてしまった・・・!これじゃあまだ説得力不足だ!
「え、えと・・・」
「ユート様!落ち着いてください!」
「おそらく判決は先延ばしになるでしょう。被告はまだ被告のままですね」
頭の中が真っ白になる。・・・何も思いつかない!くそっ!ここまでなのか!?

あきらめかけていたその瞬間、法廷の扉が勢いよく開かれた。
「うお~っし!間に合ったぁ~!」
大声とともにヨーティアが飛び込んできた。その手には歯の入った瓶と封筒がある。
「おいボンクラ!これが決定的かつ最強の武器だ!」
ヨーティアは封筒を俺に渡してきた。俺はすぐそれを開けて、エスペリアに読ませた。


「ユート殿、依頼どおりに歯を調べた結果、次のことが証明された。
まず、この歯は被害者の死亡推定時刻とほぼ同時に抜けたものであること。
そして、この歯は被害者以外のものである! ・・・以上」


「・・・・・・・・・」
法廷内がしん、とする。
だが、俺の中である考えが形を作り始めていた。おそらく、これが真相だ・・・!
「・・・で、それがどうしたのですか?」
「被害者以外の歯・・・ね。ということは、犯人のものということになるのかしら」
そこだ!とばかりに俺は発言した。
「そういうことです。おそらく、犯人は被害者と争った時に、顔を殴られるとかして
歯が取れてしまったんでしょう。これでさらに、スピリットが犯人である可能性が
減りましたね。さらにこんなこともあるんですよ」

俺は語った。
「みなさん、ご存知ですか?スピリットは、体の一部が切り離されると、その部分が
マナの霧になるということを・・・!」
俺は、イースペリアでのアセリアとウルカの戦いでそれを見ていた。
ウルカの斬撃で切り離されたアセリアの髪が、マナの霧になっていたこと。
「つまり、この報告書は、犯人はスピリットでは有り得ないと証明しているんだ!」

「─────!!」
法廷内が騒然とする。これでどうだ・・・!
「ユート様、どうやら大勢決したようですね」
少しして、レスティーナは口を開く。
「・・・弁護側の主張を認めます!検察側、何か異議はありますか?」
レスティーナはセリアに目配せする。セリアは、それを待ってましたとばかりに言った。
「いいえ、ありません。被告が無罪であることを、検察側も認めます」
「わかりました。では、被告人、ヘリオン・ブラックスピリット、前へ!」
「は、はいっ!」
ヘリオンが証言台に上ると、レスティーナは、法廷内の全員の顔を見渡してから言った。
「被告人に判決を言い渡します!・・・・・・無罪判決を!!」
法廷内は歓喜に包まれた。
スピリット隊のメンバーも全員笑顔を浮かべてこちらに手を振っていた。
俺はそれに応えた。
よかった。これでヘリオンは開放されるんだ・・・!


「ちょ~っと待ったあぁ~!!」
ヨーティアが大声を上げた瞬間、法廷内は静寂に包まれた。
「ど、どうしたんだよ。もう判決は下されたんだぞ」
「あんたらね~大事なことを忘れちゃいないかい?」
「大事なことって・・・あ!」
どうやらレスティーナとセリアは気づいていたようだ。
「真犯人か・・・!」
「そう、まだ真犯人に対する判決が残っているじゃないか」
「でも、判決は今からじゃ無理じゃないか?犯人をヘリオンだって決め付けてたから、
ろくに捜査はしていないんだろ?」
俺がそういうと、ヨーティアはあきれたように言ってきた。
「何言ってんだい。犯人の手がかりなら、もう持っているじゃないか」

「そうか、この歯の報告書・・・!」
「そういうこと。あの時、現場に来れた人間は城内警備兵だけ。
つまり、その中から抜けた歯が一致する奴が、犯人だってことさ」
「では、早速調べてみましょう!」
エスペリアは急かすが、どういうわけか俺は落ち着いていた。
「俺のいた世界に、『犯人は現場に戻ってくる』って言葉があるんだ。
というわけで、まず手近なところからいってみようか。・・・ピエールさん?口を開けてもらえますか?」

視線が証人に集中する。
「その必要はありませんよ・・・」
さっきまで黙っていたのに、突然喋りだす。
「まさか、あなたがやったのですか・・・?」
「はい、女王陛下。私が此度の殺人事件の犯人です。・・・こうなっては、もう逃げられませんからね」
「真相を、聞かせていただけますね?」
「はい」
ピエールは語りだした。
「あの晩、私はあいつと一緒に警備をしていたのです。
ですが私は、ある動機からそのとき既に殺害衝動に駆られていました。
スピリットの館の前まで来ると、そこで一撃で人を殺せそうな手ごろな岩が目に入りました。
あいつは鎧を付けていても兜はつけていなかったから、剣よりも岩のほうがいいと思ったんです。
そして、あいつを気絶させようとして取っ組み合いになり、腹に入れて怯んだところで岩を持って・・・。
そのあと、人の気配を感じたので、すぐに逃げたんです。・・・そのとき、魔が差したのでしょう。
そのときやってきたスピリットに罪を着せようだなんて・・・。そして、回り込んで応援を呼びました」

淡々と紐解かれる真相。それによると、初めからスピリットに罪を着せようとしたわけではなく、
ヘリオンがやってきてしまったのは、どうやら本当にただの偶然らしい。
「(・・・・・・ヘリオン、つくづく運が無いんだな・・・)」
「それで、動機というのは・・・?」
彼の口から語られた動機。それは、彼の奥さんが被害者と浮気をしていたことによる妬み。
なんとも、低俗な動機。俺は、同情の余地は無いな、と思っていた。
『殺人犯』ピエールは、その後、有罪判決とともに20年間の強制労働を言い渡された。

「・・・・・・それでは、今回はこれにて閉廷!!」
戦いは終わりを告げた・・・


数十分後、俺たちは控え室で裁判の反省会をしていた。

「ユート様、おめでとうございます」
「ありがとう、エスペリア。本当に助かった。俺のほうが先に死ぬかと思ったよ」
「いいえ、私はなにもしていません。全てはユート様の洞察力と発言の賜物です」
「ははは・・・(そんなこと無いけどなあ)」
俺は完全に力が抜け切っていた。裁判に勝ったこと、ヘリオンを助け出せたこと。
これで、本当に終わったんだ・・・。

『フ、契約者よ、それはどうかな?』
「・・・?どういうことだ、バカ剣」
「あ、ユート様。今日の最高のお客様がおいでになられましたよ?」
エスペリアも、なんだか悪戯っぽく笑っていた。
首をかしげていると、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。


扉が勢いよく開き、黒い影が胸に飛び込んできた。
「ユートさま~~~!!」
「ヘ、ヘリオン!?ってうわっ!!」
虚を突かれた俺は、抵抗する間もなくヘリオンに抱きつかれた。
「ゆ、ユート様、ありがとう、ありがとうございます~!」
「え、あ、ああ、よかったな。疑いが晴れて」
突然礼を言われて、なんだか変な返答をしてしまった。

「ユート様、わ、私、信じていました。絶対に勝って、私を助けてくれるって!」
「うん。俺も、ヘリオンを信じてた。だから、あれだけ本気で弁護できたんだ」
「で、でも、私、本当はすごく怖かったんです~。もしユート様が負けちゃったらって~」
本当に怖かったのだろうが、俺は少し吹き出すように言った。

「何言ってるんだよ。信じてたんだろ?」
「そ、それでも、怖かったんです~!何度も、泣きそうになりました・・・。」
「そうか・・・辛かったよな。突然、人殺しの濡れ衣を着せられたんだもんな」
「は、はい。でも、私、ゆ、ユート様に信じてくれって言われて、わかったんです!
わ、私の涙は、辛かったり、怖かったりするときに流すものじゃないってこと・・・」
「え?」
何を突然言い出すのか。俺はあっけらかんとしてしまった。

「わ、私、今すごく嬉しいんです。だから、今ここで泣かせてください・・・ユート様・・・」
「お、おい・・・」
止めるまでもなく、今までの皺寄せが一気に来たように、ヘリオンは泣き出してしまった。

「ぅう、うう、うえええぇ~~~ん!!ユート様!ユート様ぁ~~!!」
俺の胸を借りて思いっきり泣きじゃくるヘリオン。少し嬉しいけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。
ふと目をやると、エスペリアはくすくすと笑っている。
・・・・・・しかも、そのさらに後ろでいつの間にか来ていたセリアまで笑いを堪えていた。
『フフ、役得だな。契約者よ』
「(・・・まあ、今ぐらいはこんなのもいいか)」

俺はヘリオンを落ち着かせるように、そっと頭を撫でてやった。
「う、うっ、ひっく、ひっく・・・ゆ、ユート様・・・ありがとう~・・・」
俺たちは、しばらくそうしていた。なんだか、時間が止まったような感覚。
こういうのを幸せっていうのかもしれない。現に、俺は幸せだった。
俺は、ヘリオンが助かってよかったと、心の底からそう思っていた。

『・・・・・・契約者よ、いつまでそうしているつもりだ?もう10分ほど経つぞ?』
「え・・・あ゙」
バカ剣に突っ込みを入れられ、俺は我に帰った。
エスペリアとセリアは、笑いを通り越してあきれたような目で見ていた。
いきなり現実という現実に押し戻された気がする。・・・・・・死ぬほど恥ずかしい・・・。

「ヘ、ヘリオン?もういいだろ?」
「はうっ!は、はい~・・・」
幸せに浸っていたのは俺だけじゃなかったようだ。まあ無理も無いか。
「さ、みんな!ヘリオンの無実を祝って、館に凱旋だ!」
「はい!ユート様、参りましょう!」
俺たちは、意気揚々と館に戻っていった。


その夜、俺たちスピリット隊のメンバーは第二詰所で祝賀会を行った。
今まで、こんなにまで幸福を感じたことがあっただろうか。
俺たちは時が経つのを忘れ、全員が疲れて寝てしまうまでどんちゃん騒ぎをしたのだった。
・・・・・・まあその次の日、レスティーナに叱られたのは俺だけど。でもいいかな。


「・・・・・・むにゃ、ん~、ユート様ぁ~・・・私は、ユート様に会えて、幸せです~・・・むにゃ」
今まで運の無かったヘリオン。だが、今この時は、『悠人』という幸運を手に入れていた──。


               ── お し ま い ──