残り灯

「そう……行くのね」
「ああ、もう決めたんだ」
「止めても……無駄、よね」
「……ごめん」
「っ謝らないでよ! 謝る位なら……っっ」

いつもはちゃんと言える事が、どうしても最後まで伝えきれない。
語尾を吸い込んでいく夜の空気。風に流れていく言葉。森の翳に隠れる表情。

「……俺は忘れないから」
「え…………?」
「俺は絶対、忘れないから。例え……」
「…………許さない」
「え?」
「絶対、絶対に許さないんだから……」
「…………ああ、今までありがとう。本当に感謝してる……もう行く、な」

俯き、握り締める両手。背中に聞こえる、土を踏む音。彼が――立ち去る足音。

「許さないから……忘れてなんか……やらないんだから……」

呟きに、答えは返って来ない。聞こえるのは、透明な鳥の囀りだけ。

「だから、ちゃんと帰ってきなさい、よ…………」

睨みつけていたはずの地面がぼやける。一粒二粒、彩られる黒い染み。

りぃぃぃぃん…………

腰の『熱病』が、澄んだ音色を立てる。そっと鞘から抜き放つ。銀色に輝く刀身。
ぎゅっ、と唇を噛み締めた。これまでの想い出。その全てを確かめるように。

  ―――――ばさっ

何も無い空間に広がる、蒼の房。散らばり往く光達。もう、いらない。戦いに必要の無い物は切り捨てる。
戦い以外の生きる意味。その全ては、凝縮されて、たった今彼が持っていってしまったのだから。
…………唯一つ、余熱の欠片を残して。胸の奥に、その残滓だけを酷く滲ませたまま。

「お姉ちゃーん、お腹空いたぁー」
「ちょっと待って、もう少ししたらおやつにするわ。我慢できるわね?」

忙しい日々。目の回るような日常。
もう、誰も死なせない。もう、誰も失わせない。どこか記憶の隅に引っかかる、急き立てるような感情。
それに従い、戦いの後、初めて自分で選んだ私自身の「戦い以外の生きる道」。

「お姉ちゃーん、お客さんが来たよぉ!」
「はいはい…………全く、忙しいのに。またヘリオン達が遊びに来たのかしら」

洗い物を途中で放り投げ、前掛けで手を拭きながらぱたぱたと戸口に出る。

「あら…………」

逆光で良く見えないが、大柄な影。がしがしと頭を掻いている、見慣れない人物。

「あ……髪、切ったんだ」
「あの、どなたです、か…………」

何故か、声が掠れる。雷に打たれたように震えだす全身。ちくり、と胸を刺す感情。

りぃぃぃぃん…………

久し振りに聞いた、『熱病』の声。それは、酷く懐かしく、そして――――

「ただいま。っていうのも変かな……約束、だからさ。その…………帰って、きた」

ばつの悪そうに、ハッキリしない態度。
ぼそぼそと呟く意味が判らない言葉。針金のようにごわごわした髪。
どちらかというと、第一印象は最悪。その上、全然知らない人の筈なのに。
…………なのに、湧き上がってくる残り火みたいな感情。
わたしはどうしても、胸のずっと奥深くから溢れてくる微笑みを抑える事が出来なかった。

  ――――――お帰り、なさい――――――