日付・記述し忘れ。
珍しく、特にするべき事もなくて自室の窓から外を眺めてた。
いつもいつも、心の中では本当の家族と思っている大切な仲間たち。
長い長い戦争は終わった。
本当に、色々なことがあったと思う。
だけど、なんだろう。
名前も知らない、会ったこともないし顔も声も知らない。
なのに、家族と思う仲間たちと同じくらい大切な誰かが。
とてもとても大切な、決して忘れえぬはずの誰かが心の奥より深いところにいる。
今、自分でこうして日記を書いて気がつく。
どうして私は、「忘れえぬはずの」と書いたんだろう。
最初からまったく知らないのに、どうして忘れえぬのだろう。
見上げた空は、これまでの戦争のけがれを清い風でさらうかのように優しく青い。
ふと、下から声がした。
ネリーとシアーが、見知らぬ誰かと楽しそうに話している。
どうしてスピリット隊の詰め所に民間人が、と思ったけれども。
でも、あの優しい青の向こうから「別にいいじゃないか、セリア」と聞こえてしまった。
まったく知らないはずの、その優しくて力強くて頼りなさげな声に怒りたくなる。
「ここが何処か、そして状況をわかっているんですか、あな…たは…?」
知らない、でも懐かしい名前を呼びたいのに呼べなかったのがちくりと痛かった。
ため息をつきながらネリーたちを見てると、その民間人と遊びはじめた様子。
その黒髪をお団子にまとめた民間人の女の子はヨフアルをお土産に持ってきたらしい。
この3人は、以前に街で出会ったことがあるのだろうか?
民間人の子供が、スピリットを疑問も無く友達と認識して。
なんの疑いもなく、ただ友達だから友達であるスピリットの顔を見にここに来た?
もしそうなのなら…レスティーナ女王が理想と掲げる、新しい時代を示すような場面。
もちろん、それはあくまで私の信じたい未来でしかないのだけれど。
でも、仲間たちと誰かのためにも信じたい未来でもある。
ヘリオンが頑張った夕食は、ネリーとシアーのその時の話のおかげで余計に美味しかった。
日付・またも記述し忘れ。
午後からの訓練の前だけれど、ふと館の玄関から見える風景がなぜか恋しくなった。
開いた扉に左手をかけて、目の前を眺める。
ううん、私はきっと…待っていたんだろう。
初めから知らない、そして二度と帰らぬのにまた会いたい誰かを待っていたんだろう。
記憶の断片を、頭の中で無造作に散らかしてみるけど何も見つかるはずはなかった。
そうしていたら、ほど遠くない場所から声がするのに気づく。
ハリオンとヘリオン、そしてこの前の民間人の少女だった。
少女は今日も、大量のヨフアルをお土産に持ってきていた様子だった。
どうやら、ネリーとシアーはたまたまいないのでハリオンとヘリオンが代わりに遊ぶらしい。
なんとはなしに、私はぼーっと眺めていた。
何やら準備するから、と少女をそこで待たせて館に戻っていく二人。
ちらりと横目で見た、二人の笑顔はとても優しさに満ちていた。
それだけで、私も何故か優しい気持ちになれた。
ほどなくして、二人が準備をすませて少女のもとに戻っていく。
二人は、それぞれ普段とは別の服に着替えていた。
…どうやら、少女が目隠しして二人がその周囲をぐるぐる回って。
それで、合図したら目隠しをとった少女が二人がどちらか当てる遊びらしい。
午後の日差しは、やわらかくて。涼やかなそよ風は頬を撫でていく。
二人がぐるぐる少女の周囲を回るのを止めて、合図で少女が目隠しを外す。
「レイザーハリオンハードスピ~!」
「プロジェクト・Gヘリオンマン、です!」
私はそこではじめて、眼前の光景の異様さに気づいた。
あまりの風景と日差しと風の優しさに、正常な感覚が麻痺していた自分を呪った。
フオォォと異様な唸り声をあげるハリオンと、見るからにゴキゴキしいヘリオン。
そして、真剣に二人がどれかわからなくて見比べながら考え込む民間人の少女。
3人の間に、見えない火花が無意味にほとばしるのが確かに見える。
いくばくかの長い沈黙の後で、ヨフアル少女はヘリオンを指差して名を叫んだ。
「セリア!」
まぶしいくらいに爽やかな笑顔の3人。
私も、きっと同じ笑顔をしていたと思う。
その笑顔のままで腰の「熱病」を抜き放って、ゆっくりと3人に近づいた。
あとは覚えていない、むしろあえて強引に忘却の彼方へ押しやった。
何故かはわからないが、王家の未来に拭いきれない不安を感じた日だった。