誰も知り得ぬ場所で…

 ここは…どこだ?
 一面の闇。上下も左右もない。
 自分自身の肉体の感覚もない。
 あるのは自身を「高嶺悠人」と形作っている「意思」だけだった。
 俺は確か…シュンを倒して、それで…
「誰だ」
 記憶を辿る悠人に突然声(?)がかかった。
 闇からいでる気配。
 それは俺の知っているもの。少し違和感があるが間違い無い。
「瞬…か?」
「…貴様か…悠人」
「何故だ?お前は死んだはずじゃ…」
 確かに、倒した。なのに、何故。
「ふん、だったら貴様も死んだんだろう」
 そうだ、思い出した。
「という事は、ここは…」
「さしずめ、死後の世界とやらだろうな」
 ……
「世界は、ファンタズマゴリアはどうなった?」
「見せてやろうか…」
「そんな事が出来るのか?」
 瞬から得意げな気配が伝わってきた。そんな事も出来ないのか?、と。
「簡単さ。見たいものをただ、心の中に思い浮かべるだけでいい」
 少しむっときたが、意外にも瞬は教えてくれた。
 言われるままに、思う。
 瞬間、闇の中に光が弾けた。

 まるで映画のように映し出された別世界の情報。
 悲しみから立ち直ってそれぞれの道を歩き出したファンタズマゴリアのみんなが見えた。
 小高い丘に時深が立っている。悲しみにひび割れた心は何かを見つけて旅立つ。
 光陰、今日子。二人は通学路の途中で連れを待っていた。
 そして、二人に追いついて来たのは小鳥と佳織。
「佳織っ!」
 天涯孤独になってしまった、義妹。
 でも、あいつらがいるなら大丈夫だ。きっと佳織を支えてくれる。
 悠人は満足げに微笑む。
「これが貴様の望んだ結果か?お粗末だな、悠人」
 悠人の気配を察してか、瞬が口を挟んできた。
「なんとでも言えよ、瞬。確かに俺の守りたいものは守られた。俺は満足さ」
 二つの世界は守られた。みんなちゃんと生きている。これ以上何を望もうか。
「佳織の幸せはどうなる?」
「佳織は、強い。俺がいなくっても、自分で幸せを掴むさ」
「わかってないよ、悠人ッ!奴らはあっちの世界の事を知らない。知ってるいるのは佳織だけだ!これがどういう事だかわかるか?」

「!!」
「佳織の中には一生孤独が残るんだよ!ニ重の意味でな!!」
 肉親を失った孤独。そして真実の記憶を持つのが自分だけという孤独。
 佳織はこの先ずっとそれに苛まれていくというのか?
「くそっ!なんでそんな事がわからないんだ!なんでそんな奴が佳織の一番近くにいるんだよっ!!」
 激昂の意志。
 それはとても熱く純粋で、それゆえに容赦無く悠人の心に突き刺さった。
「僕の思ったとおりだった。貴様はやっぱり疫病神なんだよ!死んでも佳織に付きまとう。佳織を苦しめる!
もう貴様には任せておけない、佳織は僕が守るんだ、今度こそ!」
 瞬の意志。それは我が身すら焼く炎のように。
 強く、そして熱く。
 瞬の意志は悠人の意志から遠ざかっていく。
「どこへ行くんだ?瞬」
「決まってる、佳織のもとへ。今度は……間違わない」
「!!」
 悠人は唐突に気付いた。最初に会ったときの違和感。これだったのだ。
 瞬の中にあった狂おしいほどの歪みが跡形もない。
「貴様はもう少しここにいろ、悠人。いろいろなものが見える。それを見てからでも、遅くはないだろう」
「…ああ、そうか。なら、気の済むようにしたらいいさ」
 今のあいつなら、大丈夫だろう。黒い歪みと神剣に縛られていた男は、もういない。

「…そうだ、ひとつ言い忘れていた事があった。一度しか言わないからよく聞け」
「?」
「お前は「世界」から僕の意志を解き放ってくれた。その事だけは礼を言っておいてやろう…」
 暫しの間があいて…
「…ありがとう。……もう会う事もないだろうな」
「…じゃあな、瞬」
 そして瞬の意志はいずこかへと消えた。
 ………

 ……

 …

 再び場は静寂に満ちる。
 そして、俺は楽しい夢を見ていた。
 肉体がないから、目を閉じているわけでもない。眠っているわけでもない。
 でも確かにこれは夢なんだ。
 俺が笑っている。周りのみんなも笑っていた。
 心の全てが幸せに包まれて、笑っていた。
 俺に関わる全てが幸せな夢…
 そんな、楽しい夢だ。

 やがて…夢を塗りつぶすように白い光が満ちていく。


 目覚めの…時が来る。