秋は恋色に染まって

いつもと変わらない情景。いつもと変わらない『家族』。
そんな平和の中で、悠人はいつもより少し苦いお茶を啜って窓の外を見ていた。
元の世界で言うと秋なのだろうか、木の葉は紅く染まっていた。
残暑を乗り越えたおかげで風は涼しく、やさしく頬を刺激して気持ちいい。

考えていたのは、元の世界のこと。
秋の寂しい景色をみると、どうもホームシックになってしまうようだ。

たしかに、みんなといると楽しいし、戦いでも生きていることを実感できる。
元の世界にいるよりも生活に充実感を持てる。

だが、やはりこちらに無い物のことを考えると、懐かしくなってしまう。
バイト漬けの毎日の中で暇を見て食べていたカップラーメンとコーラの味。
佳織がたまに作ってくれた味噌汁。醤油漬けにして食べたジャガイモ。


「(・・・・・・って、食べ物のことばかり考えてるな。まあ、食欲の秋とも言うしな)」
それでもいいと思っていた。今この場は平和だからだ。

「(そういえば、秋にもいろいろあったよな)」

食欲、読書、芸術・・・・・・様々な秋を反芻してみたが、どうも自分に縁があるのは食欲だけだ。
「(さっき昼飯食ったばかりなのに、また腹が減ってきた・・・まあお茶があるからいいか)」
もう一口、お茶を啜る。この季節には、こんな苦いお茶がぴったりだった。

30分ほど黄昏ていると、とことこと、誰かがやってくる足音が聞こえてくる。
そちらに目をやると、黒髪の少女が目に入った。目線が悠人に向いていることから、
悠人に用があるのは明らかだった。

「・・・ヘリオン、何か用?」
「え、えっと~、あの、ゆ、ユート様!今、お暇ですか~?」

窓際でお茶を飲んでのんびりしているくらいだ。暇じゃないといえば嘘になる。
「まあ、見ての通り暇だけど」
「あの、それでしたら、あの、その~、ま、町に行きませんか?」
「町に?俺は別にいいけど・・・」

悠人は少し心配していた。
ヘリオンは黒髪。見かけは人間に近いとはいえ、スピリットに違いは無い。
町に出ても、軽蔑の目で見られてしまうのではないかと。

レスティーナのお陰で少しずつは良くなっているとはいえ、それでもスピリットを嫌う人はいる。
エスペリアやネリーたちと一緒に行ったときも、汚いものを見るような視線がチクチクと刺さってきたのだ。
だから、なるべくならもう誰にもそんな目には遭わせたくは無いと思っていた。

「(でも、それじゃいけないんだよな)」
人間とスピリットが仲良くなるには、やはり行動あるのみだろう。
そういう意味では、ヘリオンの行動は勇気のあるものといえる。


「そ、それじゃあ、行きましょう!ユート様!」

・・・・・・悠人とヘリオンは町の商店街を歩いていた。
まだ真昼間ということもあって、そこは活気に満ち溢れていた。
幸い、あの時のような嫌な視線は刺さってこない。が・・・

「・・・それで、何したいの?」
「と、特にやりたいことは無いんですけどぉ・・・」
「いや、行こうって言ったんだから、何か目的があったんじゃないのか?」
「はうぅっ!えと、そ、それはぁ・・・」

とにかく、さっきからこんな調子。何をしたいのか聞いてもちゃんと答えてくれないし、
言おうとしても口篭っていて何を言っているのかわからない。
いつものぎこちなさにさらに輪をかけた状態になっていた。

「(とりあえず、この妙な緊張感を取り除いたほうがいいな)」
町にいて、落ち着けるようなところといったらあの場所しかない。

「じゃあヘリオン、とりあえず俺に付き合ってくれ」
「へ?あ、は、はいっ!お付き合いさせていただきますっ!」
「(・・・やれやれ)」

向かうのは、あの町を見渡せる高台。ヨフアルを二、三個もってあそこに行けば、
緊張もほぐれるんじゃないだろうか。それが悠人の考えだった。


ヨフアル屋のある方に向かって歩いていると、路地の中に紺とも紫ともとれるローブに身を包んだ女性がいた。
悠人がちらりとその方を見ると、突然ローブの女性に呼び止められた。
「もし、そこのお二方・・・」
「・・・はい?」
「はう~、なんですか~?」

何かと思っていると、女性はローブの裾から水晶玉を取り出して言った。
「私は、北方を旅して回る占い師です」
「う、占い師さんですか~?」

水晶球が鈍く光っている。見るからに怪しい雰囲気をかもし出すローブに水晶玉。
やや暗い表情に少し厚めの化粧。どこぞのゲームに出てくる占い師にぴったりのイメージだった。


「で、その占い師さんが俺に何か?」
「はい・・・貴方の背後に、とてつもなく大きな運命の影が見えます」
「大きな・・・運命?」

よく考えてみたら、異世界の住民である悠人がこの世界に来ていること自体、
とんでもない運命を感じさせる出来事だった。それなのに、
いつの間にか自分がここにいることが当たり前になっているせいで、そういった概念を思いつくことは無かった。

「貴方は、いずれこの世界にとって重要な役割を果たすでしょう」
「世界を、救うってことか?」
「そうとも取れます。ですが、世界を救うために、貴方は究極の選択を迫られます」
「究極の選択?」
「・・・な、なんですか?その究極の選択って?」

悠人の中でいやな予感がよぎった。
世界を救うことに関して究極の選択を迫られるということ。
それは、自分が世界と、自分の大切なものを天秤にかけるということではないだろうか、と。

「それが何なのかは判りません・・・ですが、そのどちらを選んでも、貴方にとって正しい道になりうるでしょう」
「・・・そうか」

元々悠人は占いなど信じない性質だったが、今回ばかりは何か本気めいたものを感じた。
何が起こるかもしれないのかを考え付く限り考えてみたが、どうもパッとしない。
そんなことを考えていると、隣のヘリオンが声をかけてきた。

「あの、ゆ、ユート様・・・少し、あっちに行っててくれませんか?」
「え?どうしたんだよ、急に」
「い、いいですからっ!!」
「うわっ!とと・・・」

ヘリオンに突き飛ばされて、路地から追い出されてしまった。
「(何か占ってほしいことでもあるのかな)」

やっぱり女の子は占いとかに興味があるものなのだろう。
元の世界でも、あの的中率がネジ飛んだ奇妙な雑誌で占ってもらったっけ。
本当はこんなこといけないんだろうけど、悠人は路地の入り口に隠れて聞き耳を立てることにした。


小さな声で、ヘリオンと占い師が話していた。
「あの、占い師さん」
「何でしょうか・・・」
「えっと、わ、私を、う、占ってくださいませんか?」
「いいでしょう・・・何について占ってほしいのですか?」

やはりそこは占い師なのだろう。占う対象は様々なようだ。
ヘリオンはきょろきょろと辺りを見て、悠人がいないことを確認すると、恥ずかしそうに言った。
「あの、その、れ、れれ、恋愛運をお願いします!私と、ユート様の・・・・・・」
「(・・・え!?)」
驚きを隠せなかった。まさかヘリオンがそんな風に考えていたなんて。
ここまで聞いてしまったら、男として途中で抜けるわけにはいかない!

「・・・ユート様とは、さっき隣にいた殿方のことですか?」
「はい!そうです!」
占い師は、少し笑いをこらえるように言った。
「ふふっ、わかりました」


占い師は、水晶玉に意識を集中し始める。すこし、水晶玉の中が白く光ったかと思うと、
なんと占い師は、水晶玉の光の中から一枚のカードを取り出したのだ。
そのカードを見るなり、占い師の表情は少し強張り、暗くなった。

「これは・・・・・・」
「ど、どうなんですか?」
ヘリオンは期待して次の言葉を待っていた。それが悲しみを生むとも知らずに。

「・・・・・・今すぐ別れなさい」
「・・・え?な、なんでですか!?」
最悪の答。こんな答えは欲しくなかった。最高にうまくいく、までは行かなくても、
そこそこうまくいく、といった感じで励まして欲しかったのに。

「・・・さっき、彼に究極の選択の話をしましたよね?」
「!もしかして、その中に私が・・・?」
「いいえ、その究極の選択の中に貴女はいません。ですが、彼がどんな道を歩もうと、
貴女と彼の間の恋が成就することはないということです・・・」
「そ、そんな・・・」

占い師は、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「残酷なことに、もし無理矢理に彼との愛を育んで運命を書き換えようとすると、
貴女たちは長くは生きられません。数年のうちに、二人とも死んでしまいます。
その過程でも、悲しいこと、辛いことばかりで、決して幸福な未来はありません。
ですから、今のうちに別れ、忘れてしまったほうが貴女のためです・・・」

「そんな、そんなことって・・・そんなことって・・・!!」
信じたくなかった。自分の好きな人と一緒にいられないなんて。
涙が溢れる。
悠人と一緒にいたいという気持ちと、生きたいという気持ちが心の中で葛藤を生じさせる。
純粋なヘリオンの心に、それが更なる悲しみを生んでいた。
止まらない涙と、これまで味わったことのない心の揺れがヘリオンを支配していた。

「ああ、い、いや、いやああぁぁぁー!!」
大粒の涙を散らしながら、ヘリオンは走り去っていってしまった。

「ヘリオン!?」
『契約者よ、あの妖精を追うのだ!我にも、【失望】の底知れぬ叫びが響いてきた。
あのままでは暴走してしまうぞ!』
占いの一部始終を聞いていた。だから、今のヘリオンの気持ちは痛いほどわかる。
【求め】に言われるまでもなく、悠人は走り出していた。

【失望】の気配を追いながら、オーラフォトンを展開して全力で走る。
それでも、かなりの素早さを誇るヘリオンに追いつくのは至難の業だった。


どれくらい走っただろうか、悠人はリュケイレムの森のかなり深いところまで来ていた。
「くそっ、まだ追いつかないのか!」
『契約者よ、左だ』
反射的に左の方に足が向かう。
50mほど走ったところで、ヘリオンは木にもたれかかって塞ぎこんでいた。

「はぁ、はぁ・・・よかった。こんなところにいたのか」
「ゆ、ユート様ぁ・・・」
あんなことを宣告されたばかりなのに、心はしっかり残っているようだ。
とりあえず見つけたことと、暴走していないことの安心感が悠人を包んだ。

「占いなんて、信じるもんじゃないよ」
「でも、もし本当だったら、わ、わたし・・・!」
また涙が溢れ出す。占いでここまで信じてしまうとは、
ヘリオンがどれだけ悠人のことを想っていたかが伺えてしまう。

「私には、ユート様と一緒にいられる未来なんてないんです・・・」
「確かにそうかもしれない」
ここで変に否定するのは、さらに傷つける事になってしまう。
悠人は、優しく諭してやらなければと思っていた。そうでなければ、さっきの二の舞になる。


「隣、いいか?」
「は、はい・・・」
ヘリオンの隣で、木にもたれかかって悠人は話し始めた。

「あのさ、俺は占いってのは、勇気を手に入れるきっかけなんだと思うよ」
「あの内容じゃ、勇気なんてもてないです・・・」
確かにそうだろう。あの占いで告げられたのは、ヘリオンにとっての究極の選択。
生か死か、悠人をとるか未来をとるかという、きっと悠人でも耐えられない『失う』恐怖。

「でもさ、未来ってのは、必ずしも占いの通りになるとは限らないよ。
俺と一緒にいられる、そんな未来もあるかもしれないじゃないか」
「私、怖いんです。そうやって希望を持っていて、裏切られちゃうことが・・・」

リイイイィィン・・・
【失望】が、ヘリオンの言葉に同意するかのように干渉音を響かせる。
それが【失望】たる所以なのだろうか、あの占いで、希望も何も失ってしまっていた。

「だったらさ、未来なんて考えない方がいい」
「み、未来を、考えない・・・?」
悠人は、自分の素直な考えを伝えた。

「だってさ、今この瞬間は、俺とヘリオンしかいないんだぜ?」

「あっ・・・」
悠人はヘリオンの肩をそっと抱く。その小さな体は恐怖で小刻みに震えていたが、
体温が伝わってくるにつれ、その震えは次第に無くなっていった。

「未来なんか考えないで、今を生きよう。少なくとも、今は一緒にいられるから」

「ユート様・・・」
その声からは、恐ろしい未来に対する恐怖の影はもう感じられなかった。
そして次の瞬間、決意を新たにしたような言葉が飛び出したのだ。

「わかりました。私、今を生きます。ですから、ユート様、私を支えてください・・・」

ヘリオンは涙を拭ってすっと立ち上がった。その顔には光しかない。
風が吹いた時、黒髪のツインテールが靡く。舞い散った紅葉がヘリオンを映えさせていた。
悲しげだけど、綺麗な情景。悠人の目に映ったものは、ただ美しかった。

悠人の心が大きく揺れ動いた。大切な人を失うこと、それは決して他人事ではない。
「(今俺は、ヘリオンのこと好きだって思ってる。だから、俺が究極の選択を迫られるとき、
俺も生か死かを選ぶことになるのかな。いや、この時ぐらいは、そんなことは・・・)」
もう何も考えたくなかった。ヘリオンのことが好きだってことが事実なんだから。
ただ純粋に目の前の少女に愛を注ぎたかった。

悠人は、無意識のうちにヘリオンを抱きしめていた。
いたいけな少女の体から温もりが伝わってくる。ツインテールの髪が頬に当たって少しくすぐったかった。

「ヘリオン、今、しあわせだろ?」
「はい・・・しあわせです。しばらく、こうさせてくださいね・・・ユート様」


しばらく抱き合っていたあと、二人はまた木を背に座り込んでいた。
どれほど時間がたっていたのだろうか、空も赤く染まり始めていた。
時折吹く風が、色々な意味で火照った体を心地よく冷やしてくれる。

「そういえば、ユート様・・・」
「ん?どうした?」
「占い・・・聞いていたんですか~?」
「あ゙・・・あ~」
そんなこと、すっかり忘れていた。あの内容を知っていたからこそ、あんなことが言えたんだ。

「や、やっぱり聞いていたんですね!?」
「え、いや、それは」
「聞かれたくないから追い出したのに~!ユート様のばかぁ!ばかぁ~!」
ヘリオンは悠人の肩をどんどんと叩く。でも、その痛みが今はすごく気持ちよかった。

「(そう言えば、いつの間にか緊張が解けてるよな)」
ヘリオンの、いつもの悠人を前にしたときの緊張した、ぎこちない口調は既にない。
それどころか、すらすらと自分の素直な気持ちを表に出している。

「(占いは勇気を手に入れるきっかけ、か・・・)」
少なくとも、二人は今を生きるという勇気を、
ヘリオンに至っては、悠人と一緒にいるという勇気をも手に入れていた。


その後、悠人は決心していた。
─────例え、どんな運命が待っていても、今を生きて、未来だって生き延びてやる。
                          ヘリオンと一緒に、ずっと生き延びてやる。と──