「…………暇だな」
机の上に肘かけてぼーっと窓の外を眺める。明るい日差し。湿度の低い涼しい風。
「平和なのはいいんだが……こう、する事が無いってのも何だか持て余しちまうな」
いつものように訓練を終え、昼食を摂り。こういう時は誰かしら遊びに来るものだが、今日はまだ誰も来ない。
毎日のように起こるトラブルも一向にその兆候を見せず、正に泰平そのもの。
向こうの世界ではいつも必ず授業中にしていたように、悠人は頬杖の上で生あくびを噛み殺した。
北方五国を収め、束の間の平和を得たラキオス。
対マロリガン戦が刻々と濃厚になってきたとはいえ、とりあえずは暇だ。訓練以外にする事も思いつかない。
佳織をどこかへ連れて行こうかとも思ったが、最近はレスティーナの手伝いで割りと忙しいらしい。
「…………たまには顔を見せてみるかな」
昼下がりのぽかぽかとした陽気に誘われて、悠人はふと第二詰所に散歩にでも行こうかと『求め』を手に取った。
第二詰所の居間は、がらんとしていた。食堂を覗いても誰もいない。
行った事は無かったが、構造は知っていたので悠人はそれぞれの居室へと続く廊下に足を踏み入れた。
「………………」
廊下は静けさと、女の子特有のなんだか甘酸っぱいような匂いが濃厚に折り重なって詰め込まれている。
きちんと掃除されているらしい壁や床も木目がつやつやと輝いて、まるで息遣いまで聞こえてくるよう。
こつこつと自分の足音だけがやけに大きく響き、なんだか女子寮に無断で侵入しているような感じがしてきて少し落ち着かなかった。
こんこん。
「は~い……あっ゛! ユ、ユートさま!」
一番手前の部屋を試しに叩いてみると、すぐに気怠るそうな返事が聞こえ、扉が開いてヒミカが顔を出した。
「よっ、暇だからちょっと遊びに来てみたんだけど」
「え、ええと……」
「?」
しかし悠人の顔を見るなり短く息を飲んだかと思うと、ちらちらと後ろを窺って落ち着かなくなる。
何だか慌てて服のファスナーを上げたり、短い髪を掻き上げたり。どうでもいいが、一瞬胸元が見えてしまった。
ヒミカには珍しく、普段凛とした態度を崩さない赤い瞳に動揺の色まで走っている。悠人は肩越しに部屋を覗こうとしたが、
さっ。
「………………」
「………………」
ささっ。
「………………ヒミカ?」
「あ、はは……あの、どうしてこちらに?」
すばやいフットワークで機敏に左右に動くヒミカに、視界を遮るように塞がれてしまった。
乾いた笑顔を浮かべながら、大粒の汗を額に滲ませている。何かを隠しているのは明白だった。
「…………いや、別に何か用事があったって訳じゃないんだけど。迷惑だったかな?」
「い、いえ! 決してそのような事はないのですが!」
「う~んヒミカさぁん~……どこに行かれたのですかぁ~」
「わっ、馬鹿ハリオン! 寝惚けないでよっ!」
突然部屋の奥から聞こえる、気怠るげなのんびりとした口調。慌てて振り返ったヒミカが思わず叫ぶ。
良く見ると、微妙に乱れたヒミカの服。先程の態度と台詞が相まって、悠人の頭は一瞬真っ白になってしまった。
「ハリオン……? 寝惚け……?」
「え、ええと、これはその……」
≪んふふ~……お姉ちゃ~ん≫
≪ん……もう、ニムったらそんな所触らないで……あっ≫
真っ赤になったヒミカが何か言おうとした所に、隣の部屋から薄い壁を通していやに艶っぽい声が伝わってきた。
「…………」
「あ、あのユートさま誤解しないで下さい、これは……」
「…………」
自分の、目の前で動揺している少女を見る目がだんだんと醒めて行くのが自覚出来る。
うろたえながらもまだ部屋の前を塞いでいるヒミカを無視して、悠人は無言で隣の部屋に向かった。
ノックと同時に返事も聞かず、中に入る。このざわざわと落ち着かない気持ちを一刻も早くどうにかしたかった。
「ユ、ユートさま?!」
「ファーレーン……何やってるんだ?」
「な、何ってその……えっと……」
果たしてそこには、同じベッドの上で絡み合うように折り重なっているファーレーンとニムントール。
急に部屋に入ってきた悠人に驚いたのか郵便ポストのように顔を瞬間沸騰させながら慌てて後ろを向く。
わたわたと手探りで何かを探しているようだったので、悠人は無言で机の上のフェイスガードを取ってやった。
「あ、ありがとうございます……んあっ!」
「………………」
しかし会話の途中で、悠人が来た事にも気付かないのかニムントールがファーレーンの胸に擦り寄ってくる。
敏感な場所にでも触れたのか、顎を仰け反らせて甘い嬌声を張り上げるファーレーン。
「んん~ん……お姉ちゃん、気持ち良い……素敵☆」
「ちょ、ちょっとニム起きて!……あんっ! あ゛……こ、これはその……んっ!」
「判った……邪魔して悪かったな」
「あ! ああ! 違うんです、これはその……」
ぱたん。
ファーレーンが泣きそうな顔で(もっともフェイスガード越しで見えはしなかったが)手を差し伸べていたが、
悠人は黙って部屋を出、その扉を静かに閉めた。何か見てはイケないものを沢山見てしまったような後味の悪さが残った。
廊下に出たところでまだそこにいたヒミカと目が合う。
「あ、ははは……あのユートさま、誤解なさってます、よね……?」
≪ナ、ナナルゥさん、困ります私…………≫
≪捕捉確認。黒でしたか≫
≪はわっ! どどどどこ見てるんですか!……あ、あれ? 何だか急に身体が火照って……ちょ、ナナルゥ、さん?≫
≪ン……先制攻撃、行きます≫
≪え、え? ちょっと舌なめずりなんかして何を……ふわっ?! ああああっ!≫
「………………」
「………………」
更に隣から、壁を通して伝わってくる妖しい会話。
そこに止めのように、突き当たりの部屋からネリーとシアーの切羽詰った黄色い声が飛び込む。
≪や~ん! 落ちるぅ~! 落ちちゃうぅ~!≫
≪わ、わわわ、ちょっと押さないでよ! んんっ! そこはダメぇ~!≫
「………………」
「………………」
≪あっあっ、あああ、イヤ、もうダメ、ダメダメダメ~~!!≫
≪落ちるぅぅぅ~~~!!!≫
「………………」
「で、ですからこれは……」
おろおろと、まるでもう取り返しがつかない致命的なミスをしたみたいにうろたえるヒミカの姿はもう目に入らない。
「…………とりあえず、詰所の壁が薄いのは何とかしないとな」
「? あの~……ユートさま?」
ばたんっ!
「わぁっ! ユートさま、お気を確かにっ! ハリオン、ちょっとハリオン早く起きてっっ!!!」
つつーと鼻血を零しながら、悠人は直立不動の姿勢のままもの凄い勢いで床に倒れこんだ。限界だった。
「……一体何を考えておられたのですか?」
「……だから悪かったって。まさか全員昼寝してるなんて思わなかったんだよ」
意識が回復した悠人は、搬入されたリビングでセリアの詰問を受けていた。
一応ハーブティーを出されたものの、それはバルガーロアより深く冷え切っている。
目の前で足を組み、カップを手に取るセリアが淹れてくれたものだが、明らかに何らかの意図を感じさせた。
「昼にベッドに入って他に何をするというのでしょうか?」
「いや、それは……」
口調が馬鹿丁寧になっている。これはセリアにとっては危険な兆候だった。
悠人は言いかけて、ぐっと口籠もった。ここで説明するわけにはいかない。
無理矢理凍りかけたクールハテを飲み込み、そして深く溜息をつく。
じーっと観察していたセリアが疲れたように口を開いた。
「ヒミカはすっかり塞ぎ込んでしまったし、ファーレーンはいじけてタンスに篭ったし」
「はぁ……」
とりあえず、逆らわないように適当に相槌を打っておく。
「ハリオンとナナルゥは……まあ、普段通りですけど」
「ああ、それだけが救いだな。天然だし」
ハリオンは悠人を介護した後まだ寝足り無いと言って、何事かと出てきたセリアに後を任せふらふらと自室に戻っていった。
その際ちゃんと自分の部屋に戻るかどうか確認しようとして、きっとセリアに睨まれてしまったが。
「ユートさま、貴方、反省してるのですか?」
「…………すみません」
半分考え事をしながらの生返事に、セリアの鋭い突っ込みが飛ぶ。
凄い目で睨まれて、悠人は素直に頭を下げた。一瞬『熱病』が光った気がしたからだ。
ひょっとしたら『求め』を凌いでいたかも知れない。天然、という言葉を何故知っているのかは怖くてとても聞けなかった。
暫く様子を見ていたセリアが呆れ返ったといわんばかりに深い溜息をつく。
「はぁ~……幸い気づいてない皆にもとても話せません。自分達がユートさまにあらぬ誤解を受けていただなんて」
「……あらぬ誤解ってセリア、意味判ってるんじゃないのか?」
「と に か く !」
「うおっ!」
ばんっ、と両手でテーブルを叩き、いきなり身を乗り出して来られ、悠人は仰け反った。
至近距離で見えるセリアの頬が薄っすらと桜色に染まっている。睨んだ蒼い瞳がきらきらと輝いていた。
「罪は、償わなくてはなりません。ユートさま、その覚悟はおありですね?」
「あ、ああ。…………へ? って何をすればいいんだ?」
「……ええと、とりあえず今の状況の改善を。具体的には隊長として、ちゃんとお昼寝が出来る環境の整備を」
「手段っていってもなぁ……でもなんだってあの狭いベッドで二人一組で寝てたんだ? 自分の部屋のがあるだろう?」
額に指を指しながら迫るセリアに、そこまで隊長の管轄なのだろうかと思いつつ、
悠人はようやく先程からの疑問を問いかけていた。
大体、何で二人セットで寝なければならないのか、その肝心の理由をまだ聞いていない。
するとセリアは急に気まずそうに目を逸らしながら、ぼそぼそと呟いた。
「それはその……保育所では、そういうみんなでお昼寝をする習慣があるというのを聞きまして……」
「え? あ、あああるな、そんなの。…………まさか」
「……ええ。話の紛れでつい話したら、皆試しにやってみようと……なにか言いたそうですね、ユートさま」
「いや、どんな話の流れでそうなるのかな、と。一体何を話してたんだ?」
「将来の話です」
「うわっ、びっくりしたっ!……ナナルゥ?」
急に背後から聞こえた平板な声に、悠人は慌てて今持ったばかりのカップを落としそうになった。
「ユートさまが戦う以外の(略)というお話をされていたのがきっかけで、先日話題がありました」
「ちょ、ちょっとナナルゥ?」
「え、俺? ああ、確かに言ったけど。将来ってつまり、進路の事か」
「ええ。それで、セリアは将来、保」
がんっ。ばたっ。ずるずる。ぱたん。
「…………なぁ、今ナナルゥ、気絶してなかったか?」
「はぁはぁ……こほん、気のせいです」
「いや、だってマナの霧が……」
「 気 の せ い です。話を戻しましょう」
「お、おう…………」
悠人は未だ赤いマナの残滓漂う中、心の中でどこかへと護送されたナナルゥに合掌しながら、
セリアだけは絶対敵に回さないでおこうと心に誓った。
「で、二人一組で昼寝をするのが定番化したって訳か」
「ええ、でも、中々上手く寝られないのです。何か良い方法は無いでしょうか? ベッドを広く拡張する方法とか」
「いや、俺樵じゃないし。う~ん……あ、そうか。二段ベッドにでもしたらどうだ?」
「……ニダンベッド、ですか? 聞き慣れませんが、もしかしてハイペリアのものでしょうか?」
「ああ、前の世界じゃ結構普通にあるんだ。こう、ベッドを上下に分けてあるものでさ」
机の上に、指でなぞりながら説明する。漠然ではあるが、なんとなくは伝わったらしい。
正確には二人一緒に寝ているわけではないのだが、同じ空間という意味ではあながち間違ってはいない。
悠人にしてみれば咄嗟に思いついた妥協案だったが、セリアはうん、と小さく頷いた。
「……なるほど。これならあまり手間をかけなくてすみそうですね」
「ヨーティア辺りに頼めばすぐに作ってくれるんじゃないかな。良かったら、俺が頼んでみるよ」
「御願いします。このまま誤解を受けるような状況では安心して御昼寝も出来ませんから」
「……悪かったって。じゃ、行ってくる」
「あ! ユートさま……あの……」
「ん? どうしたセリア」
「…………さっきはすみませんでした。その、キツい事を言ってしまって……ごめんなさい」
「いいって、俺が悪いんだからさ。そんなに素直だと気持ち悪いぞ………あ゛」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「…………ユートさま、貴方、反省してるのですか?」
「わ、判った、謝るから睨みつけるなってっ!」
「覚悟は出来てますね。……出来て無くても結果は同じですが」
「ごめん悪かった、すぐに行ってくるからっ!」
「あっ、待ちなさいっ!!……逃がさないわよっ」
勢い良く立ち上がったセリアが『熱病』に力を籠めてウイングハイロゥを羽ばたかせる。
悠人は脱兎のごとく詰所を逃げ出した。どうしてこうなってしまったのかと自問を繰り返しながら。
………………………………
ばんっ!
「ヨーティア、頼みがある!」
「くーかーくーかー」
「へそ出して寝てんじゃねぇーーー!!!」
………………………………
「という訳で、今日中に二段ベッドを造ってくれ」
「相変わらず唐突な奴だね。なんだいボロボロになって」
「俺の事はどうでもいい。どうなんだ、出来るのか出来ないのか」
「誰に向かってモノを言ってるんだい。この天才様に不可能な事などないよ」
「自分で様をつけるなよ。ってそんな事はどうでもいい、それじゃ任せたぜ」
「待て、一つだけ聞きたい事がある」
「何だ、急いでるんだよ」
「なーに手間は取らせないよ。ただその何とかとやらは、一体どんな装置なのかと思ってな」
「……説明し忘れた。簡単に言えば、段になっているベッドだ。上と下に同時に寝ることが出来る」
「ふぅん、それはハイペリアのベッドか? あっちの奴は妙なものを考えるもんだね」
「向こうは家が狭いからな。っとそろそろ嗅ぎつけられちまう。じゃ!」
「ちょっと待てユート……って行っちまったか。やれやれ全く、あたしは樵じゃないんだがな……」
開け放たれたままの扉を見つめながら、ヨーティアはがしがしと荒れ放題の頭を掻いた。
………………………………
「全く……どこに隠れたのかしら……」
不満を隠そうともせず、セリアは一度戻ってきた第二詰所でおやつ用のヨフアルをぱくついていた。
「あ~セリアずっる~い」
「……っる~い」
ほどなく昼寝を終え、目をこしこしと擦りながら入って来たネリーとシアーが目聡く叫ぶ。
セリアは喉に詰まりかけたヨフアルをクールハテで流し込みながら二人の前に皿を差し出した。
「慌てなくてもちゃんとあるわよ、ネリー。シアーもわざわざ言い辛い所で区切って復唱してないで、いらっしゃい」
「おはようございますぅ~」
「うう~、危なかった……」
「次は逃しません……へっへっへ」
「ひぃぃぃぃっ?!」
ぽやぽやとハリオン、続いてヘリオンとナナルゥが三者三様の表情で入ってきて、急に賑やかになる。
「もうそんな時間か。ヒミカは塞いでるとして……あら? ニムントールは?」
≪お姉ちゃん?! お姉ちゃんったら、御願いだから出てきてよっ!!≫ ドンドンドン!
「………………何があったのですか、セリア」
冷静なナナルゥの突っ込みに、全員の注目が一斉にセリアへと集まる。セリアは指をこめかみに当てて難しい顔をした。
「ところでナナルゥさ~ん。その額の絆創膏はどうされたのですかぁ~」
「記憶が飛んでいるようです。何やら強制的なものも感じてはいるのですが」
「あ~っヘリオン、それネリーの~!」
「ネ、ネリーさん、もう御自分のを食べちゃってるじゃないですかぁ」
「…………(もきゅもきゅ)」
「ほらほら、まだお代わりあるから喧嘩しない。ちゃんと仲良く食べなさい。もう、シアー食べかすついてる」
「セリアさん~、まるで皆さんのお母さんみたいですぅ」
「……いつでも保母になれそうです」
「な! ハ、ハリオンもナナルゥも、からかわないでっ」
そう言いながらも、セリアはまんざらでもなかった。耳が熱くなっていくのが判る。
保母、そう、ぼんやりとだけど、目指しているものへの適性を認められればやはり嬉しい。
嬉しさの余り、自覚無しに皆のカップに順にクールハテのお代わりを注ぎ入れる位には。
「でもさぁ~、やっぱ狭いよねぇ」
「狭いというか、やっぱり無理があると思うんですけど……」
「そうですかぁ~? わたしはすっかりぐっすりさんでしたけどぉ~」
「ネリーなんか落っこちて頭ぶつけちゃったよ。シアー、この辺がおっきすぎるんだもん」
ぷに。
「やんっ!」
「……ヘリオン、逃げたのは狭かったからですね?」
「ち、違いますよぅ!ナナルゥさんは、別の意味で怖かったというか……」
「…………そうね、やっぱり色々と問題よね」
しかし、やはりというか、ベッドが狭すぎる。これは、セリアにとっては大問題だった。
のほほんとしているハリオンはともかく、引きこもっているヒミカやファーレーン、ニヤリと意味不明に笑うナナルゥ。
この難関をクリアしなければ、保母にはなれない。そんな脅迫的な使命を勝手に抱くセリアだった。
………………………………
一方逃走中のエトランジェは。
「もぅあんまりセリアさんをいぢめちゃ駄目だよ、お兄ちゃん」
「いや、苛められたのはむしろ俺なんだが……」
「何を言っているのですか。ユートが悪いに決まっています」
「そうだよ~、レスティーナさまの言う通りだよ。お兄ちゃん、そういう事にはホントに鈍いんだから」
「………………」
ほとぼりが冷めるまでと逃げ込んだ佳織の部屋でレスティーナにまで見つかってしまい、
こんこんと説教を受けてしまっていた。兄の面目丸つぶれだった。
こんこん。
「あ、は~い…………あ、いらっしゃいです。お兄ちゃん、ヨーティアさんだよ」
「よ、お邪魔するよ……なんだこんなトコにいたのか、探したぞ」
そうこうしていると、ヨーティアが現れた。白衣の所々に木屑をつけている。髪にも木片が付着していた。
結構大掛かりな作業を行ったらしい。…………どうでもいいが釘まで刺さってるのは突っ込むべきなのかどうか。
「こっちにも色々と事情があるんだよ。で、出来たのか?」
「慌てなさんな。出来るには出来たんだが話をちゃんと聞いていなかったんでな。一体どこに置けばいいんだ?」
「……説明し忘れた。それ、第二詰所の要望なんだ。そっちに運んでくれ」
「え゛」
「ユート、一体何をしているのですか?」
「うん、お兄ちゃん、何してるの?」
「そっか、佳織やレスティーナにも話してなかったっけ。実はさ」
「あー、こほん。すまん、話の腰を折って悪いんだが……本当に第二詰所でいいのか?」
「え? いや、確かに許可はまだ貰ってないけど……レスティーナ、かくかくしかじか」
「なるほど。そういう事情があるなら止むを得ませんね。許可します」
「……さすがレスティーナ、かくかくしかじかで伝わるとは思わなかった」
「お兄ちゃん、自分で言っておいてそれはないよぅ」
「う~ん、レスティーナ殿がいいって言うならいいか……しかし入るかなぁ」
「…………へ? ちょっと待てヨーティア。それってどういう」
「まぁ失敗は成功の素っていうしね。とりあえず何とかしてみるよ。じゃ」
「待て! 何か色々と不安を残すような発言を置いて行くなっ! おい、待てって!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
「ん~? 何の音でしょう~」
低い唸りに最初に気づいたのはハリオンだった。相変わらず目を細めたままなので判り辛いが、微妙に首を傾げている。
「あれ? なにコレ」
「……何だか震えていませんか?」
続いてネリーとヘリオンが訝しげに机の上を指差す。カップがカタカタと小刻みに揺れ始めていた。
「城の方角ですね」
冷静に判断するナナルゥ。何故か口元には微妙に笑みを含んだまま。
「何かしら……」
そうしてセリアが立ち上がり、警戒しつつ窓の側にまで寄った時。
ズゥゥゥゥゥン…………
「きゃっ!」
「わわっ!」
「あららら~!」
「あ~、こんにちわ~」
第二詰所に、何か巨大な物が“突き刺さった”。
「けほけほ……何なの一体…………なっ!」
もうもうと立ち込める煙の中、いち早く正気を取り戻したセリアが見たものは。
「いやぁ、ちょっと座標設定を間違えたかなぁ。でもちゃんと注文通りだし、ま、いっか」
「いい訳ないだろ! なんだこれっ!」
「あん? ちゃんと頼まれた通りじゃないか、何が不満なんだ?」
「俺はこんなモン頼んじゃいないっ! どうすんだ、詰所を破壊してっっ!!」
「だから、十二段ベッドだろ? しょうがないじゃないか、この高さなんだから」
「……じゅうに、だん? 馬鹿言え、俺はちゃんと……」
「言ったじゃないか、“今日、十二段”って」
「“ 今 日 中 に 二 段 ” だーーーーっっ!!!」
まるで塔かなんぞのように詰所に突き刺さるベッドの柱と、言い争いをしている悠人とヨーティアの姿だった。
…………………………
「……だから悪かったって。反省してる」
「大体ユートのカツゼツが悪いんだよ。このボンクラ頭にゃま~だヨト語がよく入ってないんだな」
「止めろ、頭を揺するな! そもそもどうやったらハイペリア語で聞き間違えるなんて器用なマネ……イテテテッ!」
急に耳を引っ張られる。
「ユートさま、貴方本当に反省してるのですか」
「…………すみません」
第二詰所の前の広場。そこで悠人は正座をさせられ、正面に仁王立ちしたセリアに絶賛睨まれ中だった。
どうしてその横でヨーティアが偉そうにしているのか、そしてどうして自分が悪いのかはいまいち理不尽だったが、
そんな事を主張すればたちまち氷漬けにされてしまう。
セリアの右手に摘まれたままの耳と左腕で光り輝く『熱病』が、何より雄弁にそう告げていた。
「いや、止めようとはしたんだけどさ……」
「ねーねーユートさまぁ、気もち良いよ~!」
「ぱぱ~! お~いっ!!」
「…………」
「…………」
弁明は、虚しく掻き消された。
煙となんとかは高い所(ry。能天気なネリーが早速12段目?によじ登り、手を振っている。
唖然してと見上げてみると、上から順にネリーシアーヘリオンナナルゥハリオン。
いつの間にかやってきたオルファリルやアセリア、ウルカにエスペリアまでちょこん、と陣取っている。
騒ぎを聞きつけて立ち直ったのか、ヒミカ、ファーレーン、ニムントールがそこに現れて、
「ええと……これは」
「わたし達も……なのでしょうか」
「じゃ、ニム上でいい?」
まるでまたたびに惹かれた猫みたいに順番に塔へと吸い寄せられていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 危ないったら!」
慌ててセリアが叫ぶ。それ位、塔は傾いていた。上部が屋根に引っかかってるので当面倒壊の心配は無いが。
「なぁに心配要らないよ。この天才に抜かりはないさ。ちゃんと地面に対して垂直方向に充分な摩擦を取ってある」
「そもそも最初から抜かりだらけじゃないか……イテテテッ! ちょ、セリア、痛い、痛いって!!」
耳を掴んだまま塔へ呼びかけているセリアに、悠人は正座を崩す訳にもいかず、そのままの姿勢で訴えていた。
こうしてセリアの呼びかけも虚しく。詰所の面々はその夜、なし崩しで全員巨大ベッドで就寝する事となってしまった。
なんでも撤去するにも1ターンかかるとか何とかはエスペリアの意味不明な解説による。
が。
「しくしくしくしく…………」
「いや、そんな泣かれても……」
「~~大体ユートさまがいけないんじゃないですかっ!」
「…………すまん」
「あの部屋、結構気に入っていたのに……お気に入りのカップもあったのに……」
深夜、第一詰所。セリアの咽び泣きが悠人の部屋に響き渡っていた。
第二詰所に突き刺さった巨大なベッド。それは、ものの見事にセリアの部屋を直撃していた。
粉砕された自分の部屋に半ば呆然としていたセリアには、既に十二段ベッドにも空きが無かった。
そこで、セリア限定で一時第一詰所への避難が命じられた。もちろん、面白そうに王権を振りかざすレスティーナによって。
「ただお昼寝を習慣づけてみたかっただけなのに……なのにこんなムサい部屋で寝なきゃならないなんて……」
「…………ムサくて悪かったな」
「貴方本当に反省しているのですかぁっ?!」
「…………ごめんなさい」
事態に錯乱しているのか、普段からは想像もつかない位素直に感情を出すセリア。
放っておくには忍びなく、やむなく自室に連れ込んだはいいが、悠人はほとほと困っていた。
喋りまで心持ち幼かったり少女らしいわがままさはむしろ微笑ましい。…………なのにこんなに持て余すのは何故だろう。
悠人は頭を抱えた。ベッドを占領して、文句を言いながらも背中を丸めてシーツを握り締めているセリアを眺めつつ。
「なぁ、もういいかげん機嫌直せよ。謝るから、な、この通り」
膝を付いたままベッドににじり寄り、頭を下げる。しかし土下座のような姿勢にも、セリアの機嫌は直らない。
ちらっと見た後すぐ枕に顔を押し付け、黙り込む。誰の枕なのかを考える余裕も無いらしい。
もっともそこに気づかれたらそれはそれで恐ろしい事になりそうだが。
「…………せめて十三段あったらわたしもあそこで良かったのに」
などとくぐもった声で不満を漏らす。シーツに乱れた蒼い髪が微かに揺れていた。
「あ、そうか。三段ベッドっていっとけばよかったんだ」
「そんなの、結局詰所に入らないじゃないですか!…………え?」
悠人の殊更明るい口調に、セリアはがばっと身を起こしつつ脊髄反射で攻撃しようとして、
「でも、意外だな。セリアって、本当はこんなに表情豊かなんだ」
「な…………っ」
いつの間にかすぐ側にまで接近し、ベッドの縁に肘を付いてにこにこと幸せそうな悠人を至近距離で見てしまった。
「~~~~~~っ!!」
ばふっとシーツを被り直し、背中を向ける。顔から火が出てくるようだった。
――――だから、反省しろというのに。引っ叩いてやろうと思ったが、何故だか上手く手が動かない。
「…………ばか」
シーツに包まったまま、膨れっ面でそう呟くのが精一杯だった。
「ね、ね、お星様綺麗だね~」
「お空が近い~」
空を見上げていつまでも寝付けなかったネリーとシアーは次の日訓練に遅刻をした。
「ニム、ちゃんとトイレは済ませたの?」
「お姉ちゃん、それ5回目」
「そ、そう?…………ニム、ちゃんと歯は……」
いつまでも続く姉の説教に、ニムントールと自爆ファーレーンは次の日訓練に遅刻をした。
「…………ヘリオン、もう寝ましたか?」
「こ、こんな状況で寝られる訳無いじゃないですかぁ~!」
「理解不能。意味が判りません。早く寝て下さい」
「だ、だから這い上がって来ないでくださいよぅ! ふぇぇ~ん、オトメノピンチです~!!」
いつまでも喧しかったヘリオンとナナルゥは次の日訓練に遅刻をした。
「で、あれが獅子の心臓で、あれが…………」
「ん~、オルファ、もう眠いよぉ」
「………………zzzz」
「ウ、ウルカ、もうその辺で……」
意外と講釈好きだったウルカの星座講義は朝まで続き、第一詰所メンバーはアセリア以外次の日訓練に遅刻をした。
「お月見~、フウリュウですぅ~」
「ハリオン、お団子私にも頂戴」
「ヒミカさんはぁ~、ハナヨリダンゴですかぁ~」
「…………ほっといて」
なんとなく自棄食いっぽいヒミカとそれに付き合ったハリオンは次の日訓練に遅刻をした。
…………第二詰所は、ある意味平和そのものだった。
…………………………
ちゅんちゅん。
「…………おいセリア、セリアって」
ゆさゆさゆさ。
いつまでも明るくならない外に、悠人は寝坊をした。起きてみても、真っ暗。
体感的に大分寝た筈なのに、変だと思いつつ窓を開けてみて判った。巨大な塔のせいでここが日陰になっている。
床に寝かされていたせいか体中の筋肉がぎしぎしと硬かったが、それで完全に目が覚めた。
出かける準備をしていてようやくまだ寝ているセリアに気が付いたという訳である。
「ん…………ん~アセリア、もう少し寝かせて……」
「いや、もう遅刻なんだって。セリア、ネリーやシアー教えてるんだろ? 示しがつかないんじゃないか?」
ゆさゆさゆさゆさ。
「ん~ん……………………ふぁ?」
ようやく寝惚け眼を擦りながら、セリアが身を起こす。
ぺたん、とそのままハノ字に膝を広げてベッドに座り込み、こしこしと両手を握って両目を擦って。
「うわっ、ちょ、セ、セリア?」
しかし、その体勢と仕草は悠人にとっては殺人的だった。開いた太腿から覗く根元に見え隠れする白い布。
甘えた子供のようなとろん、とした表情。寝ている間に乱れたらしい服から、白い肩がつるりと剥けている。
ふぁぁ~と欠伸をして万歳をした途端、強調された胸元につん、と尖る先端が服の上からもはっきりと判ってしまった。
あまりにも無防備な姿、態度。止めとばかりにぱらりと垂れたポニーテールからふんわりと良い匂いまで漂ってくる。
悠人は慌てて後ろを向いた。朝の自己主張をしていた前が、刺激で大変な事になっていた。
「と、とにかく、起こしたからなっ!!」
「…………え?」
ぱちくり。
急に大声を出されたお陰で目を覚ましたらしいセリアが、徐々に現状を理解し始める。
そしてある一項を除き、完全に状況を理解した彼女の顔は、みるみるうちに茹蛸のようになり、
「こ、こんな夜中に一体何をしに来たんですかっ!」
「……え? ま、待て誤解だ、ここは俺の部屋…………ぐふっ!」
「ちょっ、それ以上近寄らないでっ! 『熱病』よ……私に力を! 出来るだけよっ!!!」
「ごほっ、落ち着けって…………う」
大声で殴り、ぜえぜえと肩で息をしながら殺意を漲らせ、薄く笑みを浮かべ、ぺろっと『熱病』の刃を舐めるセリア。
乱れた髪、妖しく光る蒼瞳。太腿まで捲くれ上がったスカート、大きく開かれた胸元。
よせばいいのに乱れた服装でヘヴンズスウォードを撃ち出そうと、ぐっと腰を下ろし始める。
拍子に、捲くれたスカートが腰の辺りまでせり上がった。胸のファスナーはじーっと下がり、既に半乳状態。
もはや羞恥心もへったくれもない所にセリアの動転と八つ当たり気味な怒りの強さが判ろうというものだが、
悠人にとってはそれどころではない。このままでは本当に天国に連れて行かれてしまう。それも、色々な意味で。
悠人は必死に言い訳を試みようとして、
「いや、だから暗いのにはちゃんと理由が」
「この攻撃で確実に仕留めてみせるっ!! …………動かないで、もっと苦しむことになるわ…………よっ!!!!」
「うわちょ、まっ、ごめん、勘弁、しっ! ぐわぁぁぁぁぁ…………」
振りかぶったセリアの胸元がぷるん、と弾けた瞬間、意識がその先端と同じピンク色に染まったままハイペリアへと旅立った。
同時刻、誰も来ない訓練場で一人素振りをしていたアセリアは、断末魔のような叫びを聞いた気がして剣を止めた。
第一詰所の方から爆発的な青のマナが溢れてくる。
じーっと見ていると、向こうから肩を怒らせつつ歩いてくるセリアを見つけた。
「アセリア、お早う。さ、訓練を始めましょうか」
「…………セリア、何かあったか?」
「別に何も無いわよ……あら? 他の娘は?」
「……………………」
セリアは訝しげに周囲を見渡し、首をかしげた。アセリアも、それ以上は何も言わなかった。
長年の付き合いからくる経験と『存在』の警鐘がこれ以上は危険だと告げていた。
追記:その日のお昼寝イベントはキャンセルになりましたとさ。どっとはらい。