御伽噺で、キレイゴトの先で~第二章~

夢を見ているんだ、と思う。
病院の通路。薬くさい乾いた空気の中を歩く自分。

子供の頃の自分が、夢の中の風景を歩くのを自分が後ろから見ている。

これって、どういう感覚なんだろう。
自分の夢の中での自分の姿を、その背後から黙って見つめている自分。
その時の感情は、冷静というか落ち着きすぎているくらいだ。
目の前を歩く子供の自分も、背後をついて歩く今現在の自分も。
どちらの自分も、同時に同じ意識と感情と記憶がある。
むしろ、存在そのものが同時にある気がする。
やがて、子供の頃の自分が立ち止まる。
通り過ぎようとした病室から、泣き声が聞こえたから。
何故だろう、その子を放っておけなかった。
その子は嗚咽をもらして泣いていて…近づく自分に全く気づかなかった。
泣いているその子の横たわるベッドのそばにある椅子に座ってから。
自分にわかる限りで優しく、その子に声をかけた。

「どこか、痛いの?」

その一言が、全てのはじまりだった。
自分は、その光景に対して湧き上がる哀しみの意味がわからないままで。
そして、目が覚める。

夢を見ているんだ、と思う。
いつもの、朝の風景。
色々あるけれど、至って普通の…幸せな学校生活。
光陰がいて、今日子がいて…そして家族もいて。
わからなかった。
たった一つの、暗い影の理由が。
いつものように、いつもの顔ぶれで同じ時間を共にして。
昼休みだから、みんなで屋上で弁当広げようかという話になって。
そして、廊下に出た途端に互いに肩がぶつかってしまった。
慌てて謝ろうとして、その顔を見て言葉が詰まってしまう。
ぶつかってしまった相手は、相手が自分と知ると表情を変えた。
有刺鉄線を巻きつけたかのような、全てを蔑み憎む哀しい顔。
その顔が、いつも自分を見ると笑顔に変わる。
絶対の信頼を寄せているけれど、暗く熱っぽいまなざしの笑顔。
詰まってしまった言葉を、無理やりに台詞へと搾り出す。
「ごめん、瞬。前をよく見ていなかったよ」
それを聞いた相手の…秋月瞬の顔が、たちまち紅潮する。
「悠人、君は謝らなくていいんだ。不注意だったのは僕なんだ」
優しい声と、優しい微笑み。
でも、それが向けられるのは自分に対してだけなのが辛い。
 
 -というか俺は男だ。そりゃ確かに俺に執着する理由はわかる。
 -わかる、よくわかるが俺たちは男同士なんだよッ…!

瞬が俺を求めるのはわかるが、同性である限り無理がある。
その無理を多少何とかする方法もあるが、俺はあくまで男でいたい。

瞬が、自分の周りと背後にいるみんなに気づいた瞬間に顔を歪める。
「フン、また貴様たちか」
まずい、と思った時にはもう遅い。

瞬の瞳は、暗くて危険ななにかに燃えている。

たちまち、光陰や今日子と言い争いをはじめる瞬。
いつまでたっても、このパターンにだけは慣れる事が出来ない。
「もうやめてくれ、瞬。光陰たちは俺の友人なんだ」
そう制止する俺の声で、瞬はようやく背を向ける。
背を向けたままで、彼は今日子の背に隠れていた佳織へ鋭く言い放つ。
「いいか、佳織。お前が悠人を縛り付けているんだ。
 僕だったら、悠人に生活苦を味合わせる事もないし自由に出来るんだ」
そのまま遠ざかる瞬の背中に、俺はつぶやく事しか出来ない。

 -瞬、お前はあまりにもたくさん色々と間違っているよ…。

というか往来だろうが校内だろうが、俺に迫るのはやめて。
周囲の視線が痛すぎるんだよ、だって男同士なんだから。
毎年必ず、誕生日プレゼントにクリスマスプレゼントを欠かさないのもやめて。
いくらブランド物の服に靴にバッグにアクセサリーをもらっても、困るだけだ。
俺は絶対に、女装する気もその趣味もない。
心配そうに見上げる佳織の…妹の顔にぎこちない笑顔で答えて。
わざと少しだけ乱暴に、勢いよく頭を撫でてやる。
そして、目が覚める。

2回も連続して見た夢から、ようやく目が覚める。
 -というか、一晩で2回も夢を見て覚えてるなんて事あるんだなぁ
そう思った瞬間、自分の身体から離れていく手の温もりに気づく。
「大丈夫ですか、ユート様…また、うなされていました」
エスペリアが、うなされている俺をゆさぶっていてくれたらしい。
「ああ、大丈夫さ…心配かけてごめんな」
上半身を起こして、エスペリアに向き直って気がつく。
エスペリアの後ろからまた心配そうに顔を覗かせる面々に。
「おはよう、アセリア、オルファ。…また心配かけてしまったな」
そう、ここファンタズマゴリアに召喚されてからいつもなのだ。
「エスペリア、おはよう。俺ならもう大丈夫だよ」
無理に笑顔を作る俺に、心配そうな目のまま優しい微笑みで返すエスペリア。
不意に、俺の目の前に湯気がかすかにのぼるカップが突き出される。
「…ん、お茶。気分が落ち着く。………ユート、飲む」
アセリアに精一杯の笑顔で返して、俺はカップを受け取る。
 -うん、この世界でのミルクティーもおいしいよな。
一口飲んで、ふうっと息をついた俺にオルファがそうっと話しかけてくる。

「ママ、大丈夫?オルファ…心配したんだよ?」

ママ、という単語で俺はやるせないため息をつく。
「ああ、大丈夫だよオルファ…ごめんな」
オルファの頭を佳織にするみたいに撫でてやりながら自分の身体に視線を移す。

自分の胸に確かにある、ふたつの女性のふくらみ。

そう、俺は身体が女になっていた。

理由は、わからない。
ただ、ファンタズマゴリアに召喚されてからだというのだけがわかる。
最初こそ混乱したものの、だんだんスピリット隊のみんなと馴染んできた。
今では、ここラキオスのエトランジェとして何とか生きていけている。
人質にされているとは言え、佳織もレスティーナ王女が生活を保障してる。
オルファから聞く話の内容から、王女は佳織によくしてくれているのもわかる。
ふと、身体が汗ばんでいるのに気づく。
「みんな悪い、起きて身体を拭きたいから…」
その言葉で、エスペリアたちはそうっと離れてくれる。
俺の言葉と同時に、アセリアが持ち前のスピードで部屋を出る。
水を使う音が聞こえるから、俺の身体を拭くタオルを絞ってくれてるんだろう。
ベッドから起き上がった俺は、部屋に置かれた姿見の前に立つ。
 -はぁ、どっからどう見ても完璧に女の身体だよなぁ…
更にイヤすぎる事に、あのハリオンに匹敵するナイスバディだったりする。
パンツ一丁だったのを、無造作に脱いでベッドの上に放り投げる。
「ユート様、女の子なんですから日常ではおしとやかになさってください」
聞きなれた、エスペリアの【女の子な俺】への小言を聞き流す。
 -はぁぁ、いつもながら見事に男の印がない…
自分の手で股間に手を触れてみても、今までそこにあったモノがない。
この身体にようやく慣れてきた頃、とある報を聞かされたのだが…。
その報とは、サーギオスのエトランジェはシュンという名前だとの内容。
 -もし、あの瞬だったら…俺が女になったと知ったらどんな行動に出るか…
アセリアから絞りタオルを受け取りながら、俺はまた深いため息をついた。


-続かない-