光と闇のカウントダウン

「ふう、これで終わりね」
さんさんと降り注ぐ陽の光の下、庭の物干し竿には
布団のシーツやら仲間たちの衣服が大量にかかっていた。
洗濯機もないこの世界でこれだけの量の洗濯をするのは決して楽ではない。
ようやく一仕事を終え、セリアは一息つくことができるのだった。

食卓まで来ると、お茶を淹れてくれたヒミカが労いの言葉をかけてくれる。
「お疲れ様、セリア」
「本当に疲れたわ・・・今日はもう何もしたくない位よ」
そういってセリアはお茶を啜る。
疲れた体に、お茶の成分が染み込んでいくような感覚が気持ちいい。


「たっだいまぁ~!」
「ただいま~」
やっと肩の力が抜けたかと思っていると、玄関の方が騒がしくなる。

「あ、ネリーとシアーが帰ってきたみたいね」
そう思った瞬間、セリアの肩はまた重くなった。
「はあ・・・・・・やっと終わったと思ったのに」
「まあまあ、そう言わずに行ってきて」
苦笑いするヒミカを尻目に、セリアはずんずんと玄関の方に向かった。

・・・・・・案の定、そこには外で遊んで泥だらけになった双子。
そして、また怒鳴り声が響くのだった。
「二人ともっ!また泥だらけで帰ってきて!」
「だってぇ~」
「だってじゃないのっ!洗濯するほうの身にもなってちょうだい!
ほら、さっさとお風呂場で脱いできなさい!」
びしっと風呂場のほうを指差す。


「ぶぅ~わかったよぅ」
シアーは、セリアが怒鳴った瞬間から固まったままだった。
「シアー、返事は?」
額に青筋を浮かべて細目で睨み付けると、ようやく返事をする。
「ひゃ!あ、う、うん、わかった~」
そうして、二人はとことこと風呂場にかけていくのだった。

「全くもう・・・」
はあ、とセリアは溜息をつく。いつもいつもあの二人は洗濯物を増やしてくれる。
外で元気に遊ぶのはいいことだが、毎回泥だらけになるのは勘弁して欲しかった。


二人分の洗濯物と道具を持って、セリアは水道のところへと向かう。
「まあ、サイズが小さい分は楽だけど・・・でも、次私のときに増やしたらおやつ抜きよ・・・」
ぶつぶつと文句を言いながら、手際よく衣服の汚れを落としていく。
15分ほどで、作業は完了。パッと物干し竿にかける。

「はい、おしまい・・・ッ!?」
突然、頭が痛くなる。その痛みは、締め付けるようにセリアを襲った。
神剣の干渉とは違う、体の芯に伝わらない、頭だけの痛み。

「(あ、頭が・・・割れそう・・・・・・あ、あれ?)」
強烈な痛みが走ったかと思うと、今度は突然収まった。
何かと思ったが、疲れているんだろうと思って気にしないことにしたのだった。

ガッシャーン!

何かが割れるような音が響く。どうやら台所からのようだ。
セリアの頭の中で思い出される。今日は洗濯と掃除は自分の役目だったことを。
「ああ~!もう!」
だんだんとイライラしてくる。どうして今日に限ってこんなに忙しいんだと。
頭上に怒りマークを浮かべて、セリアは台所に向かうのだった。


台所に着くと、そこにはネネジュースまみれになったニムントールがいた。
「あ、セリア!」
「ニムントール、これはいったいどうしたの?怒らないから正直に言いなさい」
「ゔ、えと、ネネジュース飲もうと思って取り出したら、手が滑っちゃって・・・」

ぎろり、とセリアはニムントールを睨む。
「こうなったら、わかってるわね?掃除、手伝いなさい」
「そんな、めんど・・・」
面倒なことやだ、と言うまもなく、セリアの雷が館中に轟いた。

「 手 伝 い な さ い !!」

「う、うう~(何でこんな目に~)」
ニムントールは、半泣きになりながら掃除を手伝う羽目になったのだった。


ネネジュースは果実を搾ったジュースなので、こぼすとなかなかベタつきが取れない。
やっとのことで掃除を終えたセリアは、食卓でヒミカと談笑していた。

「ははは、そりゃ災難だったわね~」
「もう、うんざり。おかげで喉が痛くて痛くて・・・」
「でもま、ネリーたちは今日はもう出かけないだろうし、ニムントールは同じ失敗は繰り返さないからね。
もう今日は力抜いちゃって大丈夫だと思うよ」
「あの子達と私の休日が重なる限り、休息は無い気がするわ・・・げほげほ」
思わず咳込む。

「大丈夫?」
「平気よ。年少組が騒ぎを起こすなんて日常茶飯事なんだから・・・え?」
どういうわけか、セリアの視界が白くぼやける。目の前のヒミカの顔が良く見えない。
景色がゆれている。何が起こったのか、セリアには良くわからなかった。

「ちょっと、セ、セリア!?」
「あ、う・・・」
目に見えるもの全てがぐらぐらと揺れている。それらが残像を織り成し、
まるで催眠術でもかけているかのようにセリアの全身の感覚を奪っていく。

・・・どさっ

次の瞬間、セリアの体は真横に倒れた。
天地がひっくり返ったような感覚の中で、セリアの意識は闇に消えたのだった。


「~~!! だ、誰か早く来て!セリアが、セリアが倒れた!!」

セリアは、ヒミカによって部屋のベッドに寝かされていた。
「・・・どう?」
「だめですね~、全然魔法が効きません~」
「そんな!ハリオンでも治せないなんて、一体どうしたって言うの?」
セリアは、全身汗だくになり、高熱を出して倒れていた。
意識はあるのか無いのか、息を切らしていてとても苦しそうだ。
ヒミカの救援を聞きつけたハリオンに魔法をかけてもらうが、一向に回復する気配は無い。

しばらく困惑していると、悠人がヨーティアとともに部屋に飛び込んできた。
「セリア!大丈夫なのか!?」
「大丈夫・・・そうには見えないね、こりゃ」
二人はセリアに近づく。危険な状態であることは医学素人の悠人にもすぐにわかった。
「ヨーティア様、セリアは一体どうしてしまったのですか?」
ヨーティアは色々と検査を始める。
こういう方面にも天才肌なのか、すぐに結論を導き出した。

「ふむ、高熱に異常発汗、激しい息切れに、不安定な脈拍。考えられる可能性は唯一つだね」
「それは、一体?」
「おそらく、極度のストレスと過労から来る高熱病。しかも、かなり重度の、ね」
「高熱病・・・!!」
「どうやったら~、治せるんですか~?」
ハリオンがそう言うと、ヨーティアは難しい顔をしていた。
少しの沈黙の後、ようやくヨーティアは口を開く。

「今までに、ここまで重い症状には会ったこと無いからね・・・流石に、確実に治すって言うとお手上げだね」
「そんな!セリアを見殺しにするしかないのかよ!?」
だが、ヨーティアは『天才に不可能は無い!』と言う具合に反論する。
「おい、方法が無いとは言ってないだろ?ただ・・・」
「ただ、何だよ」


「ただ・・・確率が限りなく低いんだ」
「確率が低い、ですか?」
ヨーティアは、科学者っぽく説明を始める。
「この病気は、かなりやばい方の病気でね。不治の病として大学でも厄介扱いされてたのさ。
そもそも、この病気は、脳のXX分泌液が、全身の筋肉と神経に影響を及ぼして・・・」
ヨーティアはこうなると長い。聞いている時間がもったいなかった。
「やばいことは判った!!能書きはいいから要点だけ言ってくれ!」
「人の話は最後まで聞くもんだぞ・・・まあ今回は緊急事態だからいいか」

「結論から言うとだ。この病気を治療するには、特効薬を作って飲ませりゃいい」
「・・・・・・はぁ」
やたらと真面目な解説の後の割にはなんだか拍子抜けする治療法だった。
しかし、現実はそうはうまくいかないものだ。
「確率が低いっつったろ?その特効薬の材料が問題なんだ」
「なかなか手に入らないものなんですか~?」

「・・・特効薬の材料は二つ。一つ目は、エヒグゥの角。もう一つは、
リクディウス山脈の森に生えているという夜光草さ。」
「エヒグゥの角って・・・」
まさかとは思うが、オルファのハクゥテを使う気じゃないだろうな。
もしそうなったら、セリアは治せてもオルファからは一生怨まれそうだ。

「ああ、それは私の標本を使う。それよりも、後者のほうが問題だ」
そりゃありがたい。流石にハクゥテを使うわけなかったか。
「夜光草ですか」
「そう、その草は、光の無い夜にしか見つからない上、今まで見つかったケースが恐ろしく少ない。
私もまだ書物でしか読んだことは無いっていうとんでもなく貴重な代物なのさ」
「恐ろしく少ないって・・・」
ヨーティアは、かなり言いにくそうに口を開いた。

「30年に一度、見つかれば運のいいほうなんだよ・・・。
私の記憶が正しければ、最後に見つかったのは・・・およそ120年前」

「な、なんだって・・・」
「ひゃ、120年前ですか~?」
ある意味で天文学的な数字だった。
こんな緊急事態に、そんな伝説めいたものに頼ることになるなんて。
「・・・もう暗くなってきた。見つけるとしたら、すぐにでも行かなきゃ駄目だね」

急がなければいけないと知った瞬間、
悠人は、さっきから知りたかったことを聞いてみた。
「セリアは、後どれ位持つんだ?」
「すでにかなり病状が悪化していたみたいだからね・・・もって、あと3時間」

「う、うそだろ・・・」
3時間以内に30年に一度見つかるかどうか判らない薬草を見つけるなんて、無茶な相談だ。
このときやっと、部屋にいた者全員が『確率が限りなく低い』の意味を理解したのだった。
「でも、セリアを助けるためにはこれに賭けるしかないよ」
「そ、そうだな!すぐにスピリット隊を総動員して、捜索に当たるんだ!」

メンバーを招集しようと悠人は部屋を飛び出そうとするが、ヨーティアに止められた。
「ちょっとまった!ユート、お前はここでセリアを看ていろ」
「な、なんでだよ」
「悪いけど、夜光草がどういうナリしているかは私しか知らないからね
今回の指揮は私が取る。ユートは、隊長としてセリアの身を案じてやっててくれ」
どうしてそうなるのかは判らなかった。だが、こんなときは天才の言うことは
素直に聞いたほうがいいと思ったのか、悠人はうなずいた。
「では、ユート様、セリアのこと、よろしくお願いします」
「すぐに、見つけてきますからね~」
「頼むぞ・・・!」

───タイムリミットまで あと 2時間53分

セリアは相変わらず汗をかいて苦しそうだった。
悠人は、自分何かできることはないかと模索するが、回復魔法が効かない以上、
どうしていいかわからなかった。
「くそっ、指をくわえてるしかないのか!」


何もできない自分をうらんでいると、後ろのドアが開かれ、誰かが入ってきた。
「・・・誰だ?」
「・・・ネリーたちだよ」
振り向くとそこには、ネリーとシアー、それからニムントールがいた。
よほどセリアのことを心配しているのか、その目には涙が浮かんでいた。

「・・・どうしたんだ?早く、探してきてくれ」
思わずいらついたような口調になる。
ネリーは、かすれたような口調で質問してきた。
「ねえ、ユート様。セリアお姉ちゃんが病気になったのって・・・ネリーたちのせいなの?」
「・・・え?」
「・・・さっき、ヨーティアが言ってた。セリアの病気は、イライラしてたせいなんだって」
「シアーたちが、セリアお姉ちゃんを忙しくしたから、病気になっちゃったって・・・そうおもったの」
ようやく質問の意味が理解できた。
ネリーたちがセリアに世話を焼かせっぱなしだったから、
そのせいでセリアが精神的に追い詰められて、病気になってしまったんじゃないかと。

「・・・・・・そうかもしれないな」
「や、やっぱり、そうなの?」
「くっ・・・そんな」
「そんなの、いやだよぉ・・・シアーたちのせいで、セリアお姉ちゃんが死んじゃうなんて・・・」
シアーは号泣しそうになる。酷だとは思うが、そうだとでも言わないと、
事の重大さを伝えられそうにはなかった。

「そう思うんだったら、早くセリアのために薬草を探してこなきゃな」
悠人はそういって、三人の頭をなでてやる。
「う、うん、わかった!ネリー、がんばるよっ!」
「セリアお姉ちゃん、死なないでね~・・・」
「私も、がんばる。もう、面倒なんて言わないから!」


その目は希望の光に満ちていた。
「(そうだ、みんな頑張ってくれ・・・!)」

そうして、悠人は走り去ってゆく三人にエールを送るのだった。

───タイムリミットまで あと 2時間27分

「ヨーティア様、目標地点に到達しました」
と、エスペリアの声が森の中にこだまする。
夜ということあって、辺りは真っ暗。ハイロウの光だけが頼りだった。

「よし。いいかい、みんな。今回探す夜光草は文字通り、闇夜で光り輝く草だ。
つまり、少しでも光があると見つからなくなってしまうからね。ハイロウは閉じるんだ。
月の光がほとんど無い今がチャンスだ・・・急ぐよ!」

とはいっても、暗闇の森は歩くだけでも自殺行為だ。
足元が判らないのはおろか、方向感覚すら奪っていく。

「ウルカ、ヘリオン、ファーレーン。もしもの時はみんなを導くんだ。
暗闇に強いのはあんたたちだけだからね」
「承知!」
「わ、わかりましたっ!」
「はい!急ぎましょう!」
ブラックスピリットは他のスピリットよりは暗闇での認識能力は高い。
しかし、月の光も無い夜では、その差も雀の涙程度だった。

「くっ・・・」
探せども探せども、夜光草は見つからない。
それよりも、今自分が何処で、どっちを向いているのかすら判断できない。
ヨーティアの予想通り、捜索は難航を極めるのだった。

───タイムリミットまで あと 1時間59分

「まだか・・・まだなのか?」
もう一時間も経つ。悠人は、セリアの汗を拭ってやることしかできなかった。
「はぁ・・・はぁ、う、くうぅ・・・」
こんなにも時間が経ってしまったのだから、いつまでも症状が同じと言うわけにはいかなかった。
どんどん病状は悪化していく。目の前の人が死んでしまうのではないか、
そういった恐怖で悠人の心は一杯になる。

「俺・・・やっぱり、無力だよな」
初めてセリアと会ったときのことを思い出す。
エスペリアの支援を受けてやっと戦場に立っていられた自分に、どれだけの無力感を覚えたことか。
隊長としても、悠人個人としても信頼されず、強くあろうと思った。
あれからどれだけの時を過ごしてきたのだろうか、確かに悠人は強くなった。
セリアと真正面から話して、やっと信頼を得たって言うのに。

でも、どれだけ戦争に慣れたって、力が強くなったって、
目の前の病気に苦しむ仲間一人を救うことすらできない。
何のためにいままで強くなろうとしたんだろうか、何も判らなくなっていた。

「・・・みんな、がんばっているんだよな」
だが、何もしないわけにはいかない。効かないって判っているけど、やらずにはいられない。
悠人は、『求め』からオーラフォトンを展開し、回復効果のあるオーラをセリアに注ぐ。


「・・・う、ううっ・・・」
「頼む・・・みんなが来るまで、持ちこたえてくれ・・・!」

───タイムリミットまで あと 1時間20分

「シアー!聞こえる?どこにいるの~!?」
「ネリー~!ここだよぅ~」
暗闇で何も見えない。それでも、声で連絡が取れるだけ幸いだった。

「あった~?」
「何も見えないよ~」
「もっと、いろんな所探さないと・・・!」
「じゃあ、反対のほう行ってみようよ~」
これでも、十分な範囲を探索しているはずだった。
闇夜に光る草なのに、光のカスすら眼に入れることはできなかった。


「えっと、こっちは~」
シアーは足を進める。その直後、足場の感覚がなくなった。
「あ!き、きゃあああぁぁ~!」
そこは切り立った崖だった。足を踏み外し転落しそうになるが、なんとか木の根を握って持ちこたえていた。
「や、ああ、あううぅ~」
どんどん力が抜けていく。転落したらただではすまないだろう。

「そ、そうだ!ハイロウ・・・」
シアーはウィングハイロウを展開しようとするが、ヨーティアに口をすっぱくして言われたことを思い出す。
「だ、ダメ・・・光、出しちゃ・・・あぁぁ・・・」
こうなったら、助けを呼ぶしかない。
しかし、みんなもハイロウを展開していない。ここにきたら、自分の二の舞になる。
どうしたらいいのか、さまざまな考えが頭の中で螺旋を描く。・・・何も思いつかない。

「い、いやぁぁ・・・ね、ネリー!助けて!たすけてえぇぇ~!!」

その悲鳴は、幽かながらネリーの耳に届いた。
「・・・・・・リー!・・・て・・・すけて・・・」
「シアー!?どこ!?何処にいるの~!?」

声のしたほうに走る。
しかし、行けども行けどもあるのは深い闇。
「シアー~!!」
「ネリー~!ここだよぅ~!!」

今度ははっきりと聞こえた。そう遠くは無い。
「これじゃ判らないよ~、くっ!しょうがないっ!」

キイイィィィン・・・
ネリーは思いっきりハイロウを展開した。
その光はあたりを照らし、切り立った深い崖をもはっきりと映し出していた。

「シアーっ!!」
シアーを発見するなり、ネリーは翼を広げて崖に飛び込み、
Uターンして下からシアーを掬い上げるように助け出したのだった。

安全なところまで飛んでいき、着地するとネリーはハイロウを閉じる。
「ふう・・・」
「ど、どうして・・・?光、出しちゃいけないのに・・・」
シアーは本気で疑問に思っていた。光を出したら、夜光草が見つからなくなるかも知れない。
誰かがその光を勘違いしてしまうかもしれない。だから、ハイロウを展開しなかったのに。

「このバカぁっ!!」
「!!」
ネリーにバカなんて言われたことなかった。
シアーは自分の耳を疑った。今起こっていることが信じられなかった。

「シアーが犠牲になって、セリアお姉ちゃんが喜ぶの!?」
「あ・・・う、う」
「そうじゃなくても、セリアお姉ちゃんが助かるかわからないのに・・・
シアーまでいなくなったら、ネリー、生きていけないよっ!!」

怒りと悲しみに染まって、涙で濡れたネリーの顔。
こんな顔、見たことなかった。見たくなかった。
それなのに、シアーの瞳にはそれがはっきりと映っている。

「だからさ・・・ひっく、ネリーと一緒に生きてよ・・・ひっく、シアー~!」
「ネリー~!ネリー~!!う、うわあああぁぁ~ん!!」


二人は抱き合って号泣した。お互いの頬を、お互いの涙が伝う。
死んでしまったら二度と感じることのできない温もりを、お互いに感じ取っていた。


───タイムリミットまで あと 56分

しばらくして、二人とも少し落ち着いてきた。すると、シアーはある違和感に気づいた。
「あれ・・・?」
「・・・?どうしたの、シアー?」
「どうして、ネリーの顔が見えるの?」
「そ、そういえば、ネリーもシアーが見えるっ!!」

おかしかった。さっきまで数センチ先も見渡せないような暗闇だったのに。
二人は、あたりをきょろきょろと見渡して、光の元を探った。

「あ、あれっ!!」
「あ~~!!」

ネリーが指差す先、そこには、青白い光を放つ一輪の花が咲いていた。

「あれが、夜光草かな~?」
「きっとそうだよ!だって、すごく光ってるもん!!」
命がけでようやく見つけた薬草。これで、セリアを助けることができる・・・!

「やった!やった、やったあああぁぁ~~!!」
「やったぁ~!」
二人は、抱き合ったままぴょんぴょんと飛び跳ねるのだった。
ただうれしかった。これで誰も死なずにすむから。

そして、二人は夜光草を摘み取り、
大急ぎでヨーティアの元に戻った。
「でかしたっ!大至急で、調合するからね!」

ヨーティアは薬草調合の専門書を見ながら、
すり鉢状の道具で二つの材料をすりつぶしていく。

20分ほどすりつぶしているうちに、それらは混ざり合ってペースト状になった。
「そんで、ちょいっと水を加えて・・・っと、よし、出来たぞ!!」
ヨーティアはその液体を瓶に移した。

そしてついに、毒々しい色で液体状の特効薬が出来上がったのだった。

「二人とも!これを急いでユートに届けるんだ!他のみんなは、私が集めて後から行かせるからね」
「うん!りょうかいっ!!」
「ネリー~、行こう~!」


二人はウィングハイロウを展開し、全速力でラキオス城へと戻っていった。


───タイムリミットまで あと 8分

「はぁ・・・はぁ・・・」
「くそっ!もう時間が無い・・・!」
残り10分を切った。当然、回復のオーラは何の意味も成さずに。
このままでは、本当に死んでしまう。

「はぁ・・・ぁ・・・」
「!?」
突然、セリアの息切れが止まる。
それを境に、苦しそうでも動いていた体もぴたりと止まってしまった。
「ま、まさか・・・!」
悠人はセリアの手首に親指をしっかりと当てる。
脈動は確実に弱まっていた。

「う、嘘だろ!?セリア!セリア!!返事をしてくれ!!」
必死で呼びかけるが、それに応える声はなかった。
悠人の背筋が凍りつく。体ががたがたと震える。
誰も助けることができなかった、悲しさと悔しさが悠人を支配していた。

「く、くっそおおおおぉぉぉーー!!」
全力でオーラフォトンを展開し、ありったけのオーラを注ぎ込む。
だが、やはり何も起こらなかった。

「畜生!畜生おぉっ!」


───タイムリミットまで あと 1分

もうだめなのか、やっぱり自分は無力なのか、そう思っていると、
勢いよく部屋のドアが開かれた。

「ユート様ぁ~!!」
「お薬、できたよ~!!」

「!!」
振り向くと、そこには薬の入った瓶を持った双子。
全力で飛んできたのだろうか、ぜいぜいと息を切らしていた。

「ユート様!これ、お薬!」
ネリーは薬を悠人に手渡す。
「もう時間が無い!これに賭けるしかないか・・・!!」

悠人は瓶の蓋を開けて、中の薬をセリアの口に注ごうとするが、
意識がないので飲むことはできない。すぐに漏れ出してしまった。

「ど、どうしよう~」
飲んでくれない・・・だが、飲まなければ死んでしまう!
「(こうなったら・・・もうどうにでもなれ!!)」

悠人は最後の賭けに出た。
瓶の中の液体をに口に含むと、一気に顔を近づけた。
「ん・・・!」
「「!!」」
そして、自分とセリアの唇を重ね、薬を流し込んだのだ。
ネリーとシアーは、目を皿のようにしてその光景を見つめていた。


ゴクッ・・・

確かに今、薬はセリアの喉を通った。
「く・・・ふぅ、ど、どうだ?」
悠人は恐る恐るセリアの手首で脈拍を取る。

トクン、トクン・・・

自分の脈と比べるが、大差は無い。どうやら、間に合ったようだ。
「は、ははっ、やった!やったぞ~!!」
「セリアお姉ちゃん、助かったんだね!」
「よかった、よかったぁ~!!」

部屋の中は歓喜に包まれた。
それと同時に、セリアを助けることができたという達成感が駆け巡ったのだった。

───タイムリミットから 8時間後

闇が、晴れていく。徐々に、光が目の前に広がっていく。
体の感覚も戻っていく・・・ようやく、自分が何処にいるのかを理解できた。
「・・・う、うん?」
「あ、気づいた?セリア」
「・・・ヒミカ?」

ここは、見慣れた自分の部屋。そこのベッドで寝かされていた。
窓からの光が降り注ぎ、そこから吹く風が涼しかった。
「私・・・どうしたの?」
「疲れてたのよ。急に倒れちゃうなんて、びっくりしたわ」
半分は嘘だった。
セリアの中でとんでもない病気があったなんて、伝えたくなかった。
そして、どうやってセリアが助かったのかも・・・

「そう・・・」
だが、なにか嘘めいたものを感じた。
明らかに汗だくだった自分。いまでも微妙にしびれる手。
そして・・・・・・僅かに残る唇の温もり。

「・・・ヒミカ、本当は何があったの?」
「え?」
「ただの過労だなんて、嘘でしょう?本当は、もっと大変なことになったんじゃない?」
「そ、それは・・・」
ヒミカはたじろぐ。本来ヒミカは真面目で嘘はつけない性格。
それでも、こんなに早く見破られてしまうとは思わなかった。


「話して。私、本当のことが知りたいの」
「わ、わかった。でも、後悔するかもしれないわよ・・・」
結局、ヒミカはセリアの迫力に圧倒され、口を割ってしまった。
ヒミカは全てを話した。
とんでもない病気が進行していたこと。貴重な薬を取りに行ったこと。
ネリーとシアーが目撃していた一部始終を。


「な・・・!?ゆ、ユート様が・・・!?」
「わ、私は真実を言っただけよ?ほ、本当のこと知りたいって言ったのセリアでしょ?」
「~~~~っ!!」

一気に顔が紅潮する。いくら自分を助けるためとはいえ、そんなことされたとは。
さまざまな感情が頭の中を駆け巡る。とりあえず、許しては置けなかった。
おもわず握り締めた右こぶしが、ビキビキと音を鳴らしていた。


「あ、あわわわあわ・・・」
「ヒミカ!ユート様はどこ!?」
「た、多分、第一詰所」
それを聞くなり、セリアは真っ赤な顔をして走っていった。
「し、し~らないっと・・・」

ここは、第一詰め所の食卓。
いつものように、朝食を済ませた悠人は、エスペリアの淹れたお茶を飲んでいた。

ゾクッ・・・

「!?」
どこからともなく、蒼い殺気が悠人に突き刺さる。
その殺気は徐々に強く、そして、だんだん近づいてくる。
「・・・な、なんだ!?」
逃げたくても、動けなかった。その殺気は、完全に悠人だけに向けられ、動きすら封じていた。
カップを持つ手がカタカタと振るえる。指一本すら悠人の意識を離れていた。

バッターン!
勢いよく玄関のほうから扉の開く音がする。
その音の主が近づいてくるのがわかる。怖い、怖くて仕方がなかった。
それなのに1センチも動くことができない。


そして、その殺気の主が悠人の目の前に現れたのだった。
「 ユ ー ト 様 ッ !!」

「あ、ああ、セリア、目が覚めたんだ」
「目が覚めたんだ、じゃありません!!」
セリアはずんずんと接近してくる。怒りと恥ずかしさを露にした表情で。
そして、本当に目と鼻の先まで顔を近づけてくるのだった。
「(ち、ちかっ、近いって!)」

「どうして、あんなことしたんですか!?」
「あ、あんなことって・・・?」
「とぼけないでください!ヒミカから聞きました、私に薬を、く、口移しで与えたことです!」

悠人は思い出していた。確かに、セリアに薬を飲ませるために口移しをしたことを。
しかたがなかったとはいえ、流石に行き過ぎたのだろうか?
そんな考えが悠人の中を通り過ぎる。

「いや、あれは、仕方がなかったんだ」
「仕方がなかった、ですって・・・?」
セリアの顔の怒りの色が強くなる。どうしてそんな顔をするのか、悠人にはわからなかった。


「私のことなんて、どうでもいいじゃない!」
「な・・・!?」
「私はスピリットなのよ?スピリットが一人死んだところで、大した支障が出るわけでもないじゃない!
それなのに、どうしてわざわざあんなことまでして助けようとするの!!」
「!!」
「答えて、どうして、あんなことしたの!」

セリアのとんでもない発言を聞いたとたん、悠人の表情も怒りに染まっていった。
さっきセリアが飛ばしてきた殺気など、もう気にも留めていなかった。

バチイイィーーン!!

───そして、悠人の右手はセリアの左頬を薙ぎ払った。
「~~ッ!?」
セリアは信じられない、と言った表情だ。
「な、どうして・・・?」
「ふざけるなっ!!」
「!!」
「もう二度と、自分のことをどうでもいいなんて言うんじゃない!!」

どれくらい耳にしてきただろうか、
『私はスピリットだから』という呪われた言葉。
エスペリアやファーレーンが口にしていた悲しみ交じりの、宿命を覚悟した言葉。
もう二度と聞きたくないと思っていた。

「セリアが前に、言ってたよな。ヒミカに、自己犠牲は迷惑だって。
今のセリアは、自分の命を軽く見ているじゃないか!あの時のヒミカにそっくりだ!」
「そ、そんな、違う、私は・・・」
「違わないッ!逆に聞かせてもらうけどな、セリアが死んで悲しむのは誰だと思っているんだ!
取り残されたみんなはどんな気持ちでいればいいんだよ!?」
「そ、それは・・・」
「俺は、誰にも死んで欲しくないんだよ・・・俺たち、仲間だろ?仲間を助けて、何が悪いんだよ!」
「!!」

悠人の悲痛な叫び。それは偽らざる本音であり、
自分の命を軽く見ているスピリットたちに一番伝えたい言葉だった。

その叫びはセリアの心に深く突き刺さった。
悠人がどれだけ自分のことを心配してくれていたかをもろに感じてしまい、
どうしてあんなことを言ってしまったのか、罪悪感がつもっていく。

「だからさ・・・もう、あんなこと言わないでくれ・・・」
「ユート様・・・ごめんなさい・・・私、どうかしてたわ・・・う、ううっ」
涙が溢れる。
悠人は誰も失いたくないと言う思いを、
セリアは反省と感謝の思いを、その涙に乗せて・・・

悠人はポケットからそっとハンカチを取り出し、セリアの涙を拭ってやる。
いつまでも泣いていては、その透き通るような青い瞳が台無しだった。

「あ・・・ユート様、すいません、ちょっと、目を瞑ってください」
「え?」
何を突然言い出すのか、悠人はあっけにとられるが、とりあえず言うとおりに目を瞑った。
悠人が目を瞑ったのを確認すると、セリアはその細い両腕を悠人の顔に伸ばしてくる。
そして、セリアも目を瞑ったかと思うと・・・

ちゅ・・・

「!!」
「・・・これは、私の感謝の気持ちです」
そして、くるりと踵を返し・・・

「ユート様・・・・・・ありがとう」

そう笑って告げると、セリアは、青いポニーテールの髪を靡かせながら、消えるように去っていった。

悠人は今起こっていることが夢のように感じた。
あのセリアが、ここまで素直になるなんて、信じられないことだった。
念のために、頬をつねるが、とてつもなく痛い。どうやら夢ではないらしい。


少し呆然としていると、何処から見ていたのか、第一詰所のメンバーが飛び出してきた。
「ユート様?こうなったら、ちゃんと責任を取らないといけませんよ?」
「ふふふ~♪パパ~?オルファ、見ちゃったからね~」
「これは面白くなってきそうです。ユート殿、手前は影から応援しております故」
「ん、ユート、今度セリアを泣かせたらひどいぞ」

「な、見てたのかよ!?」
「それだけじゃありませんよ?」
どいつもこいつも悪戯っぽくニヤニヤと笑っている。

「さっきのが二度目の口づけということは、もう皆に知られています」
「な、なに!!?」
思わず『求め』を通じて神剣の気配を探る。
すると、そこらじゅうに、13本の神剣の気配があったのだった。

「な、な、なな、なああああぁぁぁ~~~!?」
「パパ、オルファたち、ずっと見守っててあげるからね♪」
なんてこったいと思っていると、廊下からヨーティアとイオが入ってきた。

「いや~、まさかそう来るとはね~、いやいや、あっぱれあっぱれ」
「ユート様、只今の音声は、『理想』を通じて全員に聞こえるようにしておきましたので」
「お、おいおいおいおい!!」
完全に筒抜けだったとは。恥ずかしさで体が爆発しそうだった。

「というわけだからな、ユート、がんばるんだぞ」
「う、うわあああぁぁぁ~~!!」


第二詰所に戻る途中、セリアは振り返る。
悠人の方向を見つめるその瞳は、慈しみの光で満ちていた。

「ユート様、私は・・・・・・」
そこから先の言葉は、遥か先の出来事まで明らかになることはなかった───。