時深の憂鬱

朝の通学路。
髪の硬そうな、そして表情も少し強張った感のある少年が、赤毛の少女と連れ立って歩いていく。
少年は中学校の制服である真新しいブレザーを着ており、少女の歩調にさり気なく合わせながら、
雨上がりのアスファルトをこれまた真新しいスニーカーで踏みしめていく。
少女は赤いランドセルに新緑色のワンピース。傍らを駆け抜けていくクラスメートにおはよう、と返すと右手の少年を仰ぎ見る。
それはまるで、朝日を見ているかのような顔で。

春。
麗らかな4月初旬。
新年度の始まり。
新鮮な朝の空気は、邪なる者を打ち払う気に満ち溢れていた――――

「あああ、ユートさん。なんてラブリーなんでしょう」

満ち溢れていた。
満ち溢れ(ry
満ち(ry

――――コホン。光あるところ必ず陰有り。それが世の摂理。
すぐ其処。電柱の陰。際立つ紅白の格好に草履。

其処此処を行く、ピカピカの一年生の手を引く若いお母さん達はチラリと見るだけで、触らぬ神に祟りなし、といった風情。
いや、一部携帯を向ける人も。穢れるからやめた方がいいかと。

「まだ手足の伸びきっていない体に、大きめの制服。ああもうっどうしてカメラを忘れてくるんですか私はっ!
髪だって綺麗に刈ってるのに、記念写真の一枚も撮っておかないなんて後悔ものですよ」
神社で見たのなら、惚れ惚れするような容姿、所作、そして濡れたような美しい黒髪に目を見張るであろう。
でもここでは、どう見ても、ヤバイ人。
「むか。なんですかうるさいですね。これ位良いじゃないですか『時詠』。あなたはなんでそうお目付役みたいなんですか。
ユートさんの中学校入学式。晴れの日ですよ晴れの日。いつものちょっとひねた態度が緊張を隠しきれなくてぎこちなくて。ああもうっなんでこんなに可愛いんですかっ。
ねっ『時詠』。しばらく休暇なんですから悠人さんをこうして陰ながら見守ったりして人知れず手助けしたりとかどうでしょう?
先生に指されて困ってるところを、運命の思い人からのテレパシーでどんな難問も切り抜けちゃったり。こう見えても歴史には強いんですよ?
色目を使ってくるガキ……オホホ、女の子達も可愛がってあげます。そしてですね、悠人さんはピンチになると聞こえてくる優しい声にいつか魅了されていくんです。
いつしか自分の運命を知る悠人さん……うっとり……んん、分かってますよ。冗談で言ってみただけです。
でも…………こうやって悠人さんの成長ぶりをこの目に映していく事が出来るなんて」

先ほどまでの汚れた我欲丸出しをあっさり引っ込め、小さな幸せを噛み締める。
その装束にピッタリと嵌ったアルカイックスマイルを浮かべた倉橋の戦巫女「時詠みの時深」は、既に遠く小さくなった背中を、万感を込めて見詰め、呟く。

「悠人さんの事は、これからもずっと見守り続けます。最後は私が攫っちゃいますけどね。ふふふ、差詰めあしながおじさんならぬ、あしながおば」

――――キーンコーンカ-ンコーン。
遼遠聞こゆ鐘の音。諸行無常の響き有り。
倉橋時深 マインド:0 再起動まで後830日