冬季キャンプ~思い込んだら

「こ、ここが……『スピたん』キャンプ設営地ですか……」
ミュラーの部屋を飛び出したエスペリアは、そのまま一直線にラシード山脈を訪れていた。
急勾配の森の斜面を踏み越え踏み越え、三日三晩。昼は日射病にふらつき、夜は寒さに震え。
自らの気温変化に対しての弱さを改めて実感しながらようやく辿り着いた頃には『献身』がすっかり杖代わりになっていた。

「ええと……ありました。『指導教官・光陰』……え? コ、コーイン様……? ごくり」
柵で仕切られた広大な敷地。その入り口付近に心持ち疎外されているようなポジション取りの建物を見つける。
入り口につけられたプレートに、何故か感じる一抹の不安。ちょっぴり女の本能で警戒しつつ、唾を飲み込む。
「うう……ネリータンハァハァ……シアータンハァハァ……ニムントールタンハァハァ…………」
ぞわり。中から変な声が聞こえてきた。ハリネズミのように逆立ちする全身の毛穴という毛穴。
その場を立ち去りたい気持ちで一杯だったが、ミュラーに見せてもらった写真を思い出し、自らを奮い立たせる。
こんこん。ノックの音が意外に高い音を響かせた瞬間、エスペリアはもう心のどこかで後悔し始めていた。
「あの~……コウイン、様? 失礼します」
返事が無いのでそっと扉を開き、覗きこむ。質素な木造の、いや、質素すぎる木造の、……山小屋? 投げやりな造り。
見慣れない、草を織り込んだような長方形のものが同じ大きさで床に敷き詰められて青臭い匂いがする。
その中央に、光陰はいた。大きな背中をこちらに向けてやや屈ませ、俯いたまま腰の間でしきりに両手を動かしている。
ぎし。思わず踏み出したエスペリアの足音に、肩当てがぎくり、と動いた。たらたらと擬音が聞こえてきそうな雰囲気。
「………………」
「あの……えっと」
ゆっくり振り向いた光陰の顔は、この上無い程、情けない表情。
捨てられた子猫のような……もとい、うっかりスキルにワールウィンドⅦを残してしまったような、そんなしまった感。

「い、いやこれはだな」
縋るような態度に、エスペリアの母性本能が炸裂する。きゅん、と高鳴る胸。
何か物足りなく、うずうずし始める口元。先程の青臭い匂いも相まって、わきわきと勝手に動き出す指先。
「宜しければ……お手伝い」
殆ど反射的に『献身』しかけて、エスペリアははっと我に返った。
愛しのユートさま。それに、まだ見ぬ幼い幼(ry。いけない。わたくしは一体何を考えているの?
危なかった。わたくしの純潔は、是非ともお二人に捧げなければ。その為に、ここまで来たんだし。
などと既に汚れきっている性根を懸命に持ち直しつつ、エスペリアはこほん、と一つ咳払いをしつつ、
「お手伝いさせて下さい、新しいチームの。御願いします」
ぺこり、と丁寧にお辞儀をした。まだわたわたと“後始末”をしている光陰は見なかった事にして。

「……という訳でして、こちらでお世話になろうかと」
「なるほど、このチームになぁ……いや、有難いんだが、今現在エスペリアの枠は、ウチには無いんだ」
畳の上に用意された、「ちゃぶ台」。それを挟んで光陰とエスペリアは今後について話し合っていた。
胡坐を崩し、どこかそわそわした態度の光陰。まだ途中だったので仕方が無い、男の人って大変ですねとエスペリアは思った。
しかし、今は自分の話を聞いて貰わなければならない。ぐいっと正座のまま身を乗り出し、意識的に胸を強調した。
「でも、それでも参加したいんです! 御願いします、わたくしにはもう、コーイン様しか頼れる方がいないんですっ!」
「いや、しかしだな……おおお?」
そして野太い手をぎゅっと掴み、目で訴える。案の定、光陰は驚き、顔を背けた。かかった。この手で落ちなかった者はいない。
だが、エスペリアは知らなかった。光陰が、筋金入りのロの字だという事を。
たまたま通りかかった窓の外できゃいきゃい騒いでいるネリーとシアーに目を奪われていただけだという事を。
「まぁいいさ。でも、ウチの戦闘システムは無印とかとは全然違うけど、見事レギュラーの座を射止める事が出来るかな」
「は、はい! もちろんです。粉骨砕身、頑張りますっ!」
目を泳がせながら、それでも光陰は生返事を返してきた。知らぬが仏とはよく言ったものである。お互い。

ネリー達が立ち去った後、ようやく正面を向いた光陰は、殆どノリだけで大きく頷き、
「よし、じゃあ特訓だな。実はこういう時、あっちの世界でのお約束があるんだ。ちょっと辛いけど……耐えられるか?」
「もちろんです! PS版で味わったイグニッションやアポⅡやサイレントⅡ+ヘヴンズに比べれば何にでも耐えてみせますっ!」
「いや、そこまで酷くは無いんだが……あったあった、これだ」
ごそごそごそ。何やら奥にあった箱を探っていた光陰が、ごそっと差し出したもの。
「? ええっと……コーイン様、これは……」
「ふふふ聞いて驚け、これこそ幻の訓練具……大○ーガー養成ギプスだーーーーー!!!」
「ナ、ナンダッテーーー(AA略」
勢いだけで受けてしまうエスペリアだった。

こうしてエスペリアの秘密特訓が始まった。
「ほらほら、ヘバッてる暇は無いぞ! 次はエヒグゥ跳び20周だっっ!」
「コ、コーインさま、ですが……これが、その、あの、いろんなトコロに食い込んで……アンッ!」
「む、当初の目的とは異なっているようだが……試練には違いないし、まぁいいか。煩悩退散!くらえ、ちゃぶ台返し!」
「そ、それだけはコーイン様には言われたく……あうちっ! な、なんでこんな所にチャブダイが……」
夕暮れ時の森の中。少し開けた所にある、訓練所。
やや荒れたモノトーンな地面を、エスペリアは懸命に跳ねていた。紐で腰に結び付けられている古タイヤを引き摺りながら。
「エスペリア……頑張れ」
何故か設置されている一本の電信柱。その影で、アセリアがその光景を心配そうに見守っていた。アニメの見すぎだった。

イキナリ熱血スポ根に走っているエスペリア。果たして彼女は見事ダイリーグボール3号を完成させる事が出来るのか(違


唐突に続く。