くっきんぐふぁいたぁ

「よし、二人ともしっかり手を洗って、爪も切ってるな?」
「……ん」
「……準備完了しました。指示をお願いします」
台所に立つ俺の目の前には、いつもの服にエプロンをつけた
ラキオススピリット隊中一、二を争う無口コンビアセリアとナナルゥが居る。
しっかりとその手に握り締めているのは、彼女たちスピリットの証永遠神剣ではなく、
普段からよく手入れされている包丁だった。
そもそもの始まりは先日の、『料理ができるやつが一人もいないんじゃないか』事件だ。
あの時は突如舞い降りた意外な救世主によって難を逃れたが、だからと言って、
飯が作れるかどうかで哨戒の人選の幅が狭まってしまうままではよろしくない。
……というのは、エスペリアやセリアの言だ。
いや、今までも一応やって来れたんだしという俺の言葉は、
救世主降臨跡地に残された見た目にこだわらない料理の残骸、
すなわち何だかどろどろとした液体にまみれたいい匂いのする流しや、
何故かなかなか元に戻ってくれない変色した鍋や、
こんがりと煤にまみれたコンロ周りを見つめる料理長たちの前では無力だった。
ちなみに、それ以来今日子が料理をすることは基本的に禁止されてしまっている。
ともかくこうして時間の空きを利用しての特訓が始まったわけなのだが。

「今回は料理を作る際の基本となる包丁捌きから始める」
まな板と、数種類の野菜を取り出してテーブルの上に並べる。
用意するものはこれで終わりと手を叩く俺に、今までの料理経験を振り返ったように目を閉じ、
「ユート、鍋はどうした。水は、塩は、ハーブは?」
小首を傾げてアセリアはきょとんとした目を向けてきた。
俺の脳内にも、アセリアの料理による経験が蘇ってくる。
だからこそ、このメニューなんだ、ごめんアセリア。
「味付けのいる料理はまた今度な。ほら、今回はナナルゥが本当に料理初体験だろ?
アセリアのときはエスペリアもオルファも先生役についてたから、
ハトゥラを最初の献立にできたけど、俺だとこういうのが教えられる限界かなぁと」
「ご配慮ありがとうございます。至らない点があればご指導をお願いします」
う……身の安全を買うダシにしてしまったといって差し支えないナナルゥから、
こうもあっさりと感謝されると何だかじくじくと罪悪感が湧いてくる。
けれども、こんな精神的な胃の痛みなんか、あの物理的な破壊力に比べればまだまだ軽いんだ。
と、思い出し腹痛に気をとられている場合じゃない。
見れば、ナナルゥの言葉を受けてアセリアの視線が彼女に向けなおされる。
二、三度ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、微妙に胸を反らして頷いた。
「わかった。ナナルゥ、初めてでも心配はいらない。ユートなら必ず食べてくれる。
……と、わたしの時もエスペリアは言ってた」
今のはもしかして、料理をしたことがある先輩としての言葉だったりするんだろうか。
思わず漏れかけた笑いを噛み殺して、ナナルゥの発言に答える。
「ああ。刃物を扱うわけだから危ない事をしかけたらすぐに注意するからな。気をつけるように」
言われたナナルゥも、すぅっと目をアセリアや俺に移動させて微かに頭を下げた。

もちろん、用意された材料で作れるものはほぼ一品。
切って千切って並べて盛ってで出来上がる野菜サラダだ。
ドレッシングも適当に油と酢、塩コショウだけで済ませてしまうため、
二人が関わる作業は本当に包丁を扱う工程だけにしておくのだ。
「さ、まずは野菜を洗っちまおう、それから言うとおりに野菜を切っていってくれ」
それぞれ頷き、包丁をおいて野菜を手に取る。俺もごろりとテーブルに置かれた……
んーと、これは。ええい大根だ大根、味も見た目も大根なんだから面倒だしこれでいい。
じゃぶじゃぶと表面についた汚れを落としていたアセリアが、
洗い終えた野菜をざるにあけてから袖口をくい、と引く。
「でもユート。本当に切るだけでいいのか? それは料理といえるのか?」
アセリアが浮かべているのは純粋な疑問だ。
その表情に心の裡で手を合わせながら、俺はこう返した。
「もちろんだ、野菜の切り方にも色々あるし、丸のまま出したんじゃ料理したとも言えないからな」
でもまあ、一応日本が誇る刺身については立派な料理だ。
捌いて切るだけで味が変わるという話も聞いた事がある。
「切り方といえば。確かに料理によって変化が見られます」
「あ、そうだ。ラナハナでも生で食べるのとハトゥラでは形が違う」
そうそう。だから切り方講座でも十分勉強になりうるんだ。それに加えて。
「ハイペリアでも、それも俺のいた国じゃ、
野菜の切り方にも名前がついてるくらい色々あるからな。
俺が知ってる切り方を言うから、言ったとおりに切るってのも難しいかもしれないぞ」
「……!」
思ったとおり、ハイペリアと聞いてアセリアの目の色が変わった。
しっかと包丁を握り締めてまな板の前にじっと立つ。

「うん、力が入りすぎるのもよくないけど、アセリアくらいしっかり握っておくと
切るときに包丁がぶれたりしない。あと、まな板と身体はちょっとだけ離したほうがいいな」
「了解しました」
見よう見まねで包丁を手に取るナナルゥがテーブルの左側に、その向かいにアセリアが見えるように立ち、
俺も大根を手にとって適当に三つに切り分け二人に一つずつ渡した。
「とりあえずこれで試し切りといこう。
大体一つの辺が同じ長さになるように四角い塊を作っていくんだけど、
これを『賽の目切り』って言うんだ」
馴染んだ単位で言うと約一センチ角の大きさにすとんすとんと切っていく。
「『サイノメギリ』……なぜそんな名前がついた?」
見よう見まねでややぎこちなく手を動かしながらアセリアが尋ねてくる。
ナナルゥはと言えば、どのように切るかを考えているように俺の手元をじっと見続けている。
けれど、その瞳にはアセリアと同じような疑問の色が浮かんでいた。
「んーと、紙とペンはあったかな……あ、あったあった。
ハイペリアの遊び道具のひとつに『サイコロ』ってのがあって、
ちょっと古い言葉だと『賽』って言うんだけど、ちょうどこんな形をしてるんだ」
包丁を置き、紙に立方体で形作られた双六のお供を書き込む。
ついでに一から六の数を目ということまで説明して由来については終了する。
「こんな風に同じ長さでできた四角い形に似せて切っていくから『賽の目切り』って言うんだな」
「……ん、よく分かった」
「はい、大変興味深い命名です」

実に納得、という面持ちで頷く二人。良かった良かった、この調子で包丁捌きにも磨きをかけてもらえば、
料理の際のお手伝い役くらいには十分になれるし、さて、他にはどんな切り方でやろうか……
と考え始めた俺に向かって唐突に、
「だったらユート、これでは『サイノメギリ』にはならない。似せるというなら最後までやらないと良くない」
「はい。これでは『サイコロ』の外形を模しただけです。肝心の『メ』が抜けているようです」
「……はい?」
二人揃って、俺が作った大根の賽の目切りにだめ出しを食らわせ始めた。
さらに、俺が首をかしげている間に、アセリアはさっきまで自分が切っていた大根の一つをつまみ上げ、
その面一つ一つに包丁の先をちまちまと当てていく。
「よし。できたぞ、ユート。これが正しい『サイノメギリ』だ」
胸をそらして自信に満ち溢れた表情で白い立方体を手のひらの上に乗せ、突き出してくる。
果たして、その『サイノメギリ』された大根は形から重心から面取りまで、
『どの目が出ることも同様に確からしいサイコロ』と化していた。
「え、いや、ちょっと待ってくれアセリア。確かにそれはそれですごいけど、
料理に使うんだからそんなに凝らなくても……」
「大丈夫です。形状、重量、工程、全て把握しました。量産に入ります」
「え?」
ぎゅっと包丁を握ったナナルゥが、がっしりと大根を掴み取る。
そのまま、まな板の上に置いたと思ったのもつかの間。
すぱすぱとんとんしゃくしゃくじゃくじゃくっ
ナナルゥの手が閃いたと見えた次の瞬間には、
大きな塊だった大根がぽろぽろぽろぽろとその形を崩し、
アセリアが作り上げたサイコロと寸分違わぬサイコロの群れが出来上がっていた。

「うわぁ……無駄にすごい……」
「……ありがとうございます」
微かに目を伏せて小さく口を動かすナナルゥ。実に珍しく、草笛を褒めたときよりも
遥かに感情のこもった仕草のような感じを受けた。
全然やったことがなかった事で褒められた(ということにしたほうがナナルゥのためだろう)ことは
結構衝撃的だったりするのだろうか。
「む……」
隣に立つアセリアから漏れた声に振り向くと、ほんの僅かに口をへの字に曲げて、
ナナルゥの『サイノメギリ』大根を見つめ、その顔のままナナルゥへも目を向けていた。
その視線に気付き、ナナルゥまでもがアセリアに真っ向から目を合わせる。
「ユート、他の切り方は無いのか?」
ポツリとアセリアがナナルゥから目を逸らさないまま尋ねてくる。
「先程のユートさまの言葉では、まだ存在するはずです」
ナナルゥも、決して目線を動かそうとはせずにアセリアの言葉を受ける。
これは……今の俺にははっきりと見える。
きっと、ここに来たばかりの俺ではこの状態の二人を見ても、
何かぼーっと見つめあってるくらいにしか思えないであろう表面下で、
アセリアから放たれる視線のエーテルシンクとナナルゥから放たれる視線のアポカリプスが
ちょうど真ん中あたりで水蒸気爆発を起こしかけているのが。
……って、いや、なんでアセリアがいきなり不機嫌になるんだ?
それにナナルゥだって乗ることもないだろうに……

「と、とりあえず落ち着かないと刃物の扱いはあぶな」
「切り方はあるのか」
「切り方はありますか」
「まだまだあるぞ」
やばい、今の二人を止める事は俺にはできそうもない。
声を揃えつつも、絶対に視線を外そうとしない二人がそれぞれ包丁を右の手に握り締め、
左手を教えどおりに猫の手にするべくわきわきと動かしている。
「つ、次は『銀杏切り』って言って、ほ、ほーら例えばこんな風にラナハナを小さく縦横四つに切るときに……」
「それは本当に『イチョウ』の形なのか?」
「間違いが無いよう、再度描写を」
さっと、俺の目の前に滑らされてくる紙とペン。
いっそのこと今切ったばかりのラナハナをスケッチしようかとも頭をよぎったが、
そこまで騙すような真似をするのは気が引ける。一応形が変わるだけで命にかかわるわけじゃないのだから。
そして、出来上がった銀杏の葉の絵を見て、アセリアがラナハナを手に取り、
基本に忠実に、待ち構えていた左手を猫の手にして添える。
絶対に猫の手の意味がない切り方しないと無理だってこんなの。
それに自分でも気付いたらしいアセリアは、ラナハナを持ち上げて包丁を支え、
細心の注意を払って左手に持ったラナハナを静かに動かしていく。
「ん、できた」
ぴらり、とアセリアの細い指先に摘ままれた一枚の切れっ端。
向こう側が透けるほどに薄い葉っぱの部分にはあろうことか葉脈までもが刻まれ、
アセリアが摘んでいる軸の部分は適度な太さと固さが残っている。
どこからどう見ても、ラナハナの色をした銀杏の葉っぱだった。

「……」
だから、何でそんなに挑戦的な目でナナルゥを見るんだ……
「……」
だから、何でそんなに受けて立つ気が満々なんだ……
しゅるしゅるしゃりしゃりかりかりさくさくっ
再びナナルゥの手が動いた後に、まな板の上には銀杏の木の葉乱舞が巻き起こっていた。
あまりの手際に呆然とするしかない。
アセリアの手の動きの細かさ、そしてナナルゥの速さに思考がまとまらないうちに、二人はせっつくように俺の袖を引く。
「量産、完了しました。次の指示をお願いします」
「ユート、早く」
「あ、えっと他には……」
言われるままに、俺が知っている限りの切り方の名前と、その見本が紙に描かれていく。
それを基にアセリアが忠実に野菜を切って立体化を進め、
さらにナナルゥがこれはどうだとばかりに差し出された作品を、
いともあっさりとアセリアと同じ技術で量産してしまう。
うん、まあ。アセリアだって律儀に製作過程をナナルゥに見せ付けているのだから、
完全に力試しというか、勝負のルールはそういう風に出来上がっているんだろう。
時が経つにつれ、初めのピリピリした雰囲気が、
互いを高めあうための程よい緊張を持った空気に変化していったのがきっと証拠だ。
そして、十数人分の野菜サラダのために取り出した野菜が尽きる頃には、
木目も鮮やかな拍子木切り、馬車の車輪をミニチュア化したような輪切り、
髪を梳けそうなくらい目の細かな櫛切り、ごつごつとした突起のあるあられ切り、
何か文字まで彫りこまれている短冊切りなどなど、
テーブルの上に驚くべき品の数々が生み出されていたのだった。

「すごいな、ナナルゥ……とても初めての料理とは思えない」
「いえ、アセリアの技が無ければここまでは不可能でした」
精魂尽き果てた様子で二人並んで椅子に座り、包丁の握りすぎでこわばった右手を互いにがっちりと握りあう。
完全な部外者から見れば、リラックスしてにぎにぎと握手している光景が、
俺の目には、夕日の中で友情を認め合うライバル同士の熱い儀式のように感じられたのだ。
これはこれで、二人にはなかなかにいい経験になったようだ。
それに、ドレッシングさえかければちゃんと喰える代物が出来上がっているんだから上出来だろう。
「二人ともお疲れさん、これで晩のおかずも一品増えたってことでめでたしめでたしだな」
テーブルの上の野菜を眺めて、声を掛ける。
すいっと同じような速さで二人は俺に向き直った。
「ん、わたしたちにもちゃんとできたんだな、ユート」
にこりとわずかに頬を赤らめながら微笑むアセリアと、
「貴重な経験でした。機会があればまた挑戦してもかまわないでしょうか」
まだ、顔に表れることはなかったが、取り巻く雰囲気を柔らかいものに変化させるナナルゥ。
「ああ、もちろんだ。これからは下ごしらえならみんなと一緒にできるはずだぞ」
俺の言葉を受け、二人は一度顔を見合わせて、俺たちだけが分かるくらいの表情をつけて頷いたのだった。
と、何となくこれからの料理当番への期待が浮かびだしたところで、台所の入り口から俺たち三人に声が届く。
「これは……一体なにがあったのですか、ユートさま?」
「あなたがついていながら……いいえ、むしろ当然のことかしら」

「え?」
そこには、ちょうど買い物からの帰りに一緒になったらしいエスペリアとセリアが佇んでいた。
一歩一歩台所の中に足を踏み入れながらテーブルの上の作品群を指し示す。
「アセリア、ナナルゥ、食材を彫刻に使って遊ぶなんて、何をしているんですかっ」
……確かにこの野菜を見たらそうとしか思えないよなぁ……
けど、さすがにエスペリアからいきなり遊んでたなんて言われるのも心外だったのだろう。
「エスペリア、これは彫刻じゃない。ユートに教えてもらった料理だ」
「……はい」
自信満々に答えるアセリアに、同じく珍しく瞳に力を込めて頷くナナルゥ。
その様子に勢いを奪われるようにぴたりと足を止めて、エスペリアは俺を見た。
「えーっと。ちょっと思ってたのとは違ったけど、二人とも頑張ってたぞ、うん」
二人の努力を間近で見てた俺からしても、その頑張りは認めてやりたい。
「だから、おかしな所もあるかもしれないけど今日のところはこれくらいでいいんじゃないかな」
「そ、そうだったのですか……」
アセリアとナナルゥに謝るように俯いて、エスペリアは下がってくれる。
けれども、もう一人のほうはそれだけでは済まなかった。
「なるほど。つまり二人の失敗した所の責任はユート様が負うという事でよろしいのですね?」
すたすたと近づき、テーブルの上やその周りを見渡しながらセリアが俺を視線で射抜く。
「失敗って、確かに食べるのがもったいないような出来だけど、
そんなに怒るようなまずいことをしてるやつってあったか?」
半ば腰が引けているのが我ながらちょっと情けない。
「いいえ、出来上がったものは素晴らしいものだと思います。ですが」
ちょいちょい、とセリアは俺の視線を床の上に促した。するとそこには。

「そのために大量の食材を無駄にするのはいかがなものかと」
彫刻。エスペリアは確かにそう言った。
木や金属を使うそれに、木っ端屑や金属の粉が飛び散るのは必然だ。
それと同じく二人の料理の跡には、車輪の隙間のために繰り抜いたラナハナの一部や、
木目を彫りこんだときに削れた大根の一部など、さまざまな野菜屑が散乱していたのだ。
もちろん、普通に切ってるだけなら十分に可食部分なんだからもったいない事この上ない。
「これは確かにまずいな……」
「かき集めれば、ちょうど一人分のサラダが作れるくらいになりますね?」
ね? ってまさかこれを洗って喰えと。
「言いませんっ。あなたは私をいったい何だとお思いですか」
あっさりと表情に浮かんだ絶望を見抜かれて突っ込みを入れられた。
「つまり、俺はこのおかず抜きってことか」
ええそうです、と頷きかけたセリアに向かって、
「栄養面での偏りが発生しますが、宜しいのですかセリア?」
「……食べてもらえないのか……?」
二人が恨めしそうに言葉を洩らす。俺でさえそう感じているのだから、
いわんや付き合いの長いセリアにはどんな風に二人が映っているのやら。
「……やっぱり、連帯責任でアセリアとナナルゥの分を分けて差し上げなさい」
そして、セリアが見た二人の表情を示すように、実にあっさりと考えを翻したのだった。
「ん、分かった。すまないセリア。次からは気をつける」
「食材の有効活用を確約します」
一時はどうなる事かと思ったけど、やはり二人の料理への挑戦はめでたしめでたしで終わるようだ。

時間は過ぎて、夕食時。
いつも通り第一詰所の食卓には第二詰所のメンバーはもちろんいない。
けれど、出来上がったサラダは人数分に取り分けてナナルゥとセリアが持って帰っている。
もちろん、俺の前にも、みんなの前にもサラダの皿が並べられている。
「うっわぁ~、今日のサラダの形って面白いね~っ」
そう言うオルファや、事情を知らないウルカは、
フォークで野菜を突き刺したり掬い上げたりしてしげしげとその形を眺める。
「しかし、ユート殿とアセリア殿の量がやや少ないように見受けられるのですが」
「これはちょっと自業自得というかなんというか」
アセリアとナナルゥのせいだ。と声高に言うわけにもいかず、言葉を濁す。
「まあ、あとはドレッシングをかければ出来上がりだから食べちまおう」
調味液の入った器をウルカに手渡すと、ふむ、と一つ頷くだけで追求も無しにしてくれた。
そこに、とん、ともう一つ調味液らしきものが入った器が目の前に置かれる。
手を伸ばしていたのは隣に座っているアセリアだった。
何だろうか、このそこはかとなく嫌ぁな予感は……
「減ってしまったサラダの代わりだ。ナナルゥと作ったから使ってほしい」
とか言いながら、かなり期待した目でこっちを見てるし。
さりげなくエスペリアを見ようとしても、決して目を合わせようとしてくれないし。
それだけで、この何か薄蒼くてトロトロした中に、紅い粒々が浮いたドレッシングの出来が見て取れる。

……それでも。すぐ隣のアセリアの視線に貫かれ、
恐らくは向こうでサラダを食べているナナルゥの顔も浮かんでくる。
そして、料理に取り掛かる前のアセリアとナナルゥのやり取りも頭に響いてきていた。
俺ならきっと食べてくれる……か。
……よし。
唾を、不安とその他諸々と一緒に飲み込み、
俺は覚悟を決めてドレッシングを振りかけてフォークを握り締め、しゃくりとサラダに突き刺した。
それから先の記憶は、大量の水を飲んだ後のところまで飛んでいたのだが、
一言では言い表せない感想を無理やり詰め込むと、冷たくて熱いのが水蒸気爆発を起こした。
どうやら、俺にだけはめでたしめでたしでは終わってくれなかったようだ……
……
…………
………………
「どうしたのナナルゥ、何かいいことでもあった?」
「……? 何故ですか?」
「見てると、ちょっといつもより嬉しそうだったからかな」
「良く、分かりません」
「そう? 鏡でも見れば自分でも分かるくらいだと思うんだけど。
うん、形は変わってるけど面白い食感だと思わない、みんな?」
……――――。
それとも――この温かさが『嬉しい』で合っているのでしょうか――