いつか、誰かのため望んだ時代を呼べるなら…。

首筋に暖かい吐息を感じて、ふと目が覚めた。
意識はぼんやりとしたままで、うっすらと目を開けて思いを巡らせる。
まず、俺の名前は高嶺悠人。ラキオススピリット隊の隊長だ。

 -俺は…どうなった?

確か、秩序の壁を突破してリレルラエルを制圧して。
そこから更に南下した先でもう少し小さい街も占拠して…。
なんて街だっけ…あとでエスペリアか光陰にでも聞こう。

 -きつい戦いだったな…ナナルゥやブルースピリット4人組がいなきゃ負けてた。

特に、あいつの…決して口には出さないけど本当は気にしている…あいつの。
いつも心をほぐしてくれる、あの明るさが無きゃ俺はとても気持ちを保てなかった。
そういえば…今俺がいるここは帝国領内じゃない、空気が違う。
ここは、ラキオス隊第一詰め所の俺の部屋…か。

 -どうして、俺は今ここにいるんだ?

考えた瞬間、記憶が昔の古いモノクロ洋画のようにフィルムとなって流れる。
そうだ、俺は瞬に敗れて…重傷を負ってラキオスに運び込まれて療養中だったんだ。
レスティーナには凄く迷惑をかけたっけ…あと、アセリアやみんなにもだ。
傷はもうふさがって、今は体力の回復につとめてるところだったんだ。
そこまで思い出して古い息を吐くと、ふと改めて気がつく。

 -そういえば、この首筋にあたる吐息って?

そうっと、首を動かして吐息の主を確かめると。

 -ネリー…か。

あいつだった…ネリーだった。何も考えてなさそうな寝顔でぐっすり眠ってる。

何でまた俺のベッドに潜り込んでるかはともかく、その寝顔に思わず笑みがこぼれる。
ネリーは、ぐっと俺の腕ごと俺の身体にしがみついて寝ている。
あーあ、本当に…こいつは全く。
エスペリアに見つかったらうるさいのわかってるだろうになぁ。
そう苦笑しながら自由なほうの片腕を伸ばして、ネリーの髪をそうっと撫でてやる。
いつも、オルファやシアーにやってあげているように。
今まで何度、心を救われたか知らない幾つもの明るい笑顔を思い出しながら優しく撫でる。
撫でていたら、ネリーの閉じられた目から涙が一粒だけ流れていった。
ネリーの目から、涙がこぼれていった。

 -ネリーが泣いてる…?

俺自身は初めて見るネリーの涙に、撫でていた手がつい止まってしまう。
ネリーが、俺の身体にしがみつく力が強くなる。

「もう、一人で何処にも行かないで」

ネリー?

「お願いだから、お願いだから…もう二度と一人で全部背負わないで。
 ネリーやみんなの見ていないところで、一人で勝手に傷つかないで…」

起きていたのかとか、起してしまったかとか…何故か、とても言えなかった。
だから、せめて代わりにまた再びネリーの髪をさっきよりも更に優しく撫でる。
すると、掛け布団がそうっとかけ直された。
それは、とても柔らかで優しい微笑みの…シアーとエスペリアだった。
シアーとエスペリアは、俺と目が合うと二人同時に軽く頷いてそうっと離れた。

部屋の扉が静かに閉まるのを感じながら、俺は目の前のネリーやみんなに思う。

 -必ず、ネリーが本当に心から笑える時代をこの世界に呼んでやる。

いつの間にか、また眠ってしまったらしいネリーは少し微笑んでいる。
俺なんかが、世界を変えられるなんて自惚れるつもりなんてないけれど。
何があっても、ネリーやみんなが本当に幸せになれる時代を呼ぶ手伝いをし続ける。
でも、もう二度と一人で突っ走ったりは絶対にしないけれども。
いつか、本当にそんな時代を呼べたなら…ネリーが本当に笑える時代を呼べたなら。

「…ネリーが大きくなって、くーるな女になれたら…俺はプロポーズするかも、な?」 

わざと悪戯っぽく小さな声でそう言うと、ネリーはしっかり真っ赤になっていた。
そんなネリーの髪を撫で続けながら、俺もまた安らいだ気持ちで眠りへ沈んでいった。

いつか、ネリーが本当に笑える時代を呼べたなら…。

いつか、誰かのため望んだ時代を呼べるなら…。