「…我が主人の関係者に貴様の様なスピリットは必要ない。大旦那様からのせめての情けだ、その金を持って早々に立ち去るがいい」 
その日、彼女はこの世界に生まれてから長年仕えていた屋敷の執事に悪意のこもった言葉を投げつけられ、屋敷から強制的に追い出された 
この世界に生まれてから…私は他のスピリットとは違い、屋敷の使用人として生活してきた 
幼少の頃のご主人様に仕え、主人から様々な事を学び、長年の間お世話を続け…愛し合った 
しかし、そんな楽しかった日々も今日でお終い… 
悲しみが、そして、主人に対する行き場の無い長年の想いが彼女の身を襲う 
しかし、どう足掻いても戻ることが出来ないと理解している彼女は、様々な想いを抑え付けて屋敷に一礼をすると行く当てもなく歩き出し始めた 
終戦からもうすぐ一年… 
マナに頼った技術が国の方針により作られた装置の影響によりエーテル技術の使用不能又は使用が制限され、人々の生活レベルが徐々に低下していく昨今、それに伴う弊害を取り除くためにガロ・リキュアの上層部は各地の状況調査を決定 
客観的な立場で冷静に判断出来る人材を求めた上層部は、各地の軍隊から隊長となる人物を、各地のから集まる希望者を隊員となるように人員を集め、人とスピリットの混成部隊による各地の調査を開始していた 
調査に入って三日日―――先行した調査員の報告により、期間限定のやとわれの身とは言え軍属である事を知らせるのは調査上、問題があると判断した隊長の判断により、個別に旅人として街に入ったのだが、それが功を奏した様だ 
スピリットである彼女が宿として選んだのは、形だけの仕切りがある簡易宿泊所だった 
スピリット隔離用の宿とされているのは正直、嫌な気分だったが、スピリット用だけあって値段は驚くほど安い。その安さに引かれて、スピリットに偏見の無い人も宿として利用していた 
そして、宿泊初日からその宿泊所で長期滞在をしている人と意気投合した彼女は、その人物から色々と話を聞く事に成功 
他の宿泊者の会話を盗み聞きしたり、軽く調査したのだが… 
「酷いとは聞いていたけど、まさかここまで酷いものとは…」 
ガロ・リキュアの旧ダーツィ大公国調査隊の隊員であるブルースピリットは、眼下で行われている予想以上の状況に言葉を失っていた 
地元有力者による市場の操作・街に立ち寄った者をターゲットにした窃盗および強盗殺人・街の中央通りすら安全ではない程の治安の悪化
そして今、遠く離れた眼下では、戦争孤児ターゲットにした日常的な集団暴行が行われようとしていた
地元有力者が用意した、神剣にのみ込まれたスピリット達が孤児達を運んでくる。すると、孤児を中心に人々が集まり、あっという間に三桁近い人が集まってきた 
…聞いた話によると、「生活が苦しいのは、戦争孤児がいるからだ!」などと言いながら子供達を痛めつけているらしい 
過去に何度か軍人が止めに入ったらしいが、あっさりと撃退され、地元有力者から何か言われ、それ以降は見てみぬフリをしている…とのことだった 
そして、暴行が始まる… 
人垣の中で逃げ惑う孤児達。孤児達は幾度の暴行により体中に傷を負い、中にはは目を潰されて目の無い者や足の腱を切られてまともに歩けない者すらいた 
そして、そういった身体的なハンデのある者が真っ先に捕まり、暴行を受ける 
そして、痛めつける事に飽きた人達は、別の集団が拘束した孤児達の所へと向かう… 
孤児達は…その醜い欲望の贄になろうとしていた 
そして、拘束されたされた孤児に手が伸び、その幼い肌が晒される…まさにその時―――集団の外周に爆発的なマナの嵐が発生した! 
嵐によって、密集していた人々が吹き飛ばされ、集団の中に穴が出来る 
嵐の中心のに立っている女性は、外套からはみ出るほど長い髪を足元に覗かせながら…長旅によりわずかに汚れてはいるが、白を基調とした綺麗な女性用の外套に身を包み、外套とは不釣合いな程汚れた布に巻かれた長物を背負い、優雅に立っていた 
突然の出来事に脅える人々を尻目に、女性は嵐を弱めて拘束された孤児に向かって静々と歩く…そして、その女性は、孤児達の目の前で嵐を解除すると、彼らに向かって声をかけた 
動きを止めた人々の中から抜け出していた孤児達は、その女性の前に集まり話こそ聞いてはいたが…警戒していた 
そして、その姿を見ていた街人の誰かが何かを叫ぶ…するとその声に反応したかの様に人々は騒ぎ始め、活動を再開。女性と孤児に殺到した 
…が、次の瞬間、女性は目にも止まらぬ速さで長物を手に取り、片腕で一閃。近づいて来た人々をまとめて真っ二つに斬り裂く! 
長物の先の布が血に濡れ、血を吸った布が、斬られた人が地に落ちる 
そして、その布の中にある永遠神剣の鋒先が姿を現していた… 
スピリットが人間を斬り殺した事実に動きを一瞬止める。しかし、狂気に染まった街の人間は止まらない 
斬り殺した瞬間を見ていない後方の人間の狂気に当てられた人々はその恐怖心を忘却し、再度殺到した! 
片手で神剣を振るい、狂気に染まった人々から孤児を守る様に戦う女性 
だが、殺到する者の中にスピリットが混ざり始めると、片手では処理しきれなくなったのか、外套の下に隠していた物… 
遠くからではよく見えないが、布に包まれた何かを孤児に預けると、殺到するスピリットの攻撃を両手を巧みに使って受け流し、まとめて斬り、神剣魔法で吹き飛ばす! 
狂気が始まって数分。その間に、女性の神剣を包んでいた布は無くなり、白く美しかった外套は返り血に染まっていた 
狂気は延々と続く…かに思われた。が、その時、遠くで男達が剣を片手に叫ぶ! 
そして、その剣の先には、別の孤児の集団がいた 
女性は動きを止め、外套の奥からその子供達と今守っている子供達を見ると、ニ・三言葉を発して神剣を投げ捨て、その狂気の中に身を投げ出した
無抵抗に狂気の行動を受ける女性。殴る、蹴る、斬る、踏まれて罵られ…彼女の目の前で、集められた孤児達が、女性が抱えていたもの…赤子すら殺されようとしていた
暴行により外套はボロボロ、体は傷だらけ。緑色の長い髪は泥で汚れながら、それでも立ち上がろうとする彼女… 
だが、狂気に当てられた人々によりさらなる暴行が加えられ、女性は崩れ落ちた 
私は―――動けなかった 
目の前で同族が暴行を受けているのに…戦っているのに…! 
無力だった。「大した力の無い私にも簡単に出来る単なる調査」とタカをくくり、軽い気持ちで参加した私には何も出来なかった! 
私は目をそらし、天を見上げて叫んだ!自分の無力さと軽率さを呪った!そして… 
(誰でもいい!誰でもいいから、あの人を!あの人が守ろうとした子供達を―――) 
全霊を込めて祈った… 
―――そして、奇跡は起きた 
次に聞こえるのは孤児達の悲鳴と、女性の慟哭だと思っていたのだが…現実は違っていた 
叫んでいるのは孤児達に剣を向けていた男性達。斬ったのは、長く青い髪を頭の上で結んでいるスピリット―――調査隊隊長、セリア・B・ラスフォルトだった 
戦闘終了後、私は隊長と共に孤児達を守ったスピリットから話を聞き、赤子を抱きながらマナへと還っていく姿を見届け…そして、隊長の怒りを受け入れた 
(何故、発見してからすぐに連絡を入れなかった―――) 
隊長はそれだけを言うと、泣く赤子を抱えてどこかに行ってしまった 
私はまたしても動けなかった。何も言えなかった… 
数日後、隊長は戻ってきた。が、その手には赤子の姿はなく、隊長は極度の疲労から倒れ、ラキオスへと送還された 
しばらく後、セリア・B・ラスフォルトは、自らの髪を女王陛下に献上し軍籍から脱退した 
それからの事は私も知らない。分かっている事は、その一件で、人間とスピリットとの間に子供が出来る事が判り、彼女は子供達を守る為、各地の発達途上のスピリットを集め保護活動を開始 
…さらなる後、あの事件に関わった子供達を含む孤児を預かり、国と支援者の援助を受けて孤児院を作ったらしい 
そして私は―――戦後の混乱期の出来事と平和への願いを歌う吟遊詩人になった 
あの時の罪を忘れぬ為に。そしていつか―――あの人と孤児達の目の前で心からの平和と幸せを謳えるように―――