淑女達の談義~冷静と情熱の狭間~

窓から差し込む、穏かな春の日差し。戦時中にも関わらず、のんびりとした爽やかな空気。ここ第二詰所は平和だった。


「はぁ~たまにはこう、息を抜くのもいいわねぇ。最近戦いばっかで、肩が凝ってしょうがないったら」
こきこきと肩を揺するのは、『空虚のキョウコ』こと岬今日子。うっかり神剣に魂を奪われかけた二股疑惑まっしぐら娘。

「あの、キョウコさま、それはちょっとおbsn 臭いのでは」
少し困った風に苦笑いを返すのは『赤光のヒミカ』ことヒミカ・レッドスピリット。
レッドスピリットのくせに神剣魔法が苦手な、ちょっぴり戦士としてはファイアーエンチャットな生真面目さん。
慎重にカップを取り上げる仕草にも普段の几帳面な性格がよく滲み出ている。ペンは剣より強しが持論だと専らの噂。

「いいのいいの~。今日は男共、だ~れも居ないんだからさ」
「というか、何故キョウコ様がここにいらっしゃるのですか?」
無表情のまま、平板な口調で問いかけるのは『消沈のナナルゥ』ことナナルゥ・レッドスピリット。
常にサポートポジションで無口な砲台と化し、謎の言動が絶えない不思議っ娘。おはぎと草笛と天井をこよなく愛す巨乳No.2。

「言われてみれば。今の時点では敵じゃないの」
ちゃき。すかさず神剣に手を伸ばすヒミカに、今日子は慌てて降参のジェスチャーを示した。
「あははは~まぁ細かいことは気にしないで! ヒミカもその、えっと……『赤光』だっけ? そんな物騒な得物しまってよ」
「……細かいのですか?」
「細かいわよ~! ヤぁねぇナナルゥったら、大体雷なんて炎みたいなモンだしさ、ね、ね? いいでしょ?」
「…………意味が判りません」
「(光陰みたいにエレメンタルブラスト三連発なんてくらったらたまんないからね……攻撃は最大の防御っていうし)あは、ははは~」
「………………」
「おっまたせ~、準備、出来たよ~!」
微妙な空気の中元気に飛び込んで来るのは『理念のオルファリル』ことオルファリル・レッドスピリット。
たまに misson 途中で行方不明になり、場合によってはⅤ章直前でのセーブデータを無効化するトラップ娘。
二股お下げが今一ロリ属性に結びつかないのはその実年齢のせいなのか。最近よせばいいのにエヒグゥを一匹飼い始めている。

ちらっとオルファリルを一瞥し、すぐに油断無く今日子をジト目で観察していたヒミカが眼光鋭いまま念を押す。
「…………飲まれて、無いですよね?」
「え? あ、『空虚』のこと? うん、それは大丈夫よ、光陰が身代わりになってくれているから」
「身代わり……?」
「身代わりって一体……」
「良くわかんないけど……それって酷くない、キョウコお姉ちゃん」
きょとん、とその意味を図りかねているヒミカが、一同を見渡す。三人とも、微妙な表情を浮かべていた。
オルファリルの口調にあまり光陰に対する気の毒さが感じられないのは果たして話が見えていないだけのせいだろうか。
「はぁ……判りました。それでは一時休戦という事で宜しいですね、キョウコ様」
「あ、うん、そうそれっ! それで行ってみよーー!」
「………………(じーーーー)」
まだ納得し切れていない表情の、いや、そう見える無表情のまま、ナナルゥは今日子の額に浮かぶ大粒の汗を見つめていた。

「オルファ、ご苦労様。それにしても……これだけ揃っていて料理が出来るのが最年少のオルファだけなんてね……はぁ」
「あ、ははは……」
気を取り直したヒミカがようやくオルファリルに向きなおし、溜息交じりに苦労を労う。
はにかみ、どういえば答えればいいのか返答を迷っているオルファリルの様子にすかさず今日子が間に割って入っていった。
「ヒミカ、その辺は深く考えちゃダメだって。そんな事より皆集まった所でっと……乾杯っ!」
「そ、そうですね……乾杯!」
「えへへ~、乾杯!」
「だから何故キョウコ様がここに……乾杯」
誤魔化しきろうと杯を上げる今日子につられるように皆が唱和して、赤(一部除く)の宴は始まった。


ランサ防衛戦が開始されてから早数週間。ここラキオスに残っているスピリットは少ない。
特に属性攻撃の要であるレッドスピリットは忙しく、こうして三人が揃うというのはかなり珍しい事だった。

「ほら、モノローグにもちゃんと三人、と書いてあります」
「ナナルゥお姉ちゃんなにぶつぶつ言ってるの~? お料理、冷めちゃうよ?」
「……頂きます」
意外としつこいナナルゥの突っ込みは軽く流されてしまうが、本人も余り気にしてはいないようだ。
「それにしても……本当に上手よ。何か秘訣でもあるの、オルファ」
「あ、それアタシも聞いてみたいな。ねね、どうなの?」
うんうんと納得げに料理を深く噛み締めながらヒミカが呟き、便乗した今日子が肘をツンツンと突きつける。
オルファリルは照れながら、猫のように目を細めて頭を掻いた。
「え~、う~んなんだろう…………オルファ、料理好きだから。あとは……愛情、かなぁ」
「愛情?」
「う~ん愛情かぁ~」
「愛、情ですか」
首を傾げるヒミカ。苦笑いの今日子。相変わらず無表情のまま、合いの手なのか復唱に加わるナナルゥ。
「うん、愛情! ナナルゥお姉ちゃんは、“誰かにオイシイもの食べて貰いたいなぁ~”なんて思った事、ないの?」

「…………」
ナナルゥは、暫しの間考え込んだ。愛情。→情熱。→情熱の赤。→自分はレッドスピリット。∴愛情=使命。
カチャカチャカチャ――チーン。妙な電算機のような擬音が辺りに響く。
ナナルゥは顎に手を当て、更にじっと料理を見比べ、先程のオルファリルの態度を思い出し、そして。

「食べて貰いたいなぁ~……へっへっへ」

ガタガタガタッッ!!
一斉に立ち上がり、引きまくりの三人が弾いた椅子の音が部屋中に響き渡る。
機械的な笑みを浮かべたナナルゥに、先程までのほんわかとした雰囲気は微塵も残さず綺麗に吹き飛ばされてしまっていた。

ぴしっと凍りついた空気の中、仰け反ったまま大量の冷や汗をかいたオルファリルがようやく声を絞り出す。
「ナ、ナナルゥお姉ちゃんもういいよ……無理いってゴメンね」
「……そうですか?」
「ご、ごめん、本気でビビった、アタシ」
普段強気の今日子までが、わなわなと震えている。ヒミカにいたっては真っ青な顔で全身硬直したまま。
その場の全員が、ナナルゥの料理だけは今後一切口にすまい、と硬く心に誓っていた。
レッドスピリットしか居ない筈の部屋には、猛烈なアイスバニッシャーの吹雪が暴れまくっていた。


「そ、それはそうと、やっぱり料理は愛情か~。でもオルファリルってば、食べて貰いたい人なんか、いるんだ?」
ナナルゥの不思議思考に引きづられそうになった場の空気をなんとかしようと今日子が話題をすり替える。
「うん、パパだよっ!」
「…………ごちそうさま」
しかし、予想外の、ある意味真っ直ぐ過ぎるつまらない即答。今日子はがくっと肩を落とし、席についた。
一方ようやく我に返ったヒミカもその様子を見ながら気を取り直して座り直す。ふと、立てかけた『赤光』が目に入った。

「…………」
思えば戦士として自分を規定してきた人生。性別は女なのに、女性らしい生活とはまったく無縁だった。
料理など、考えた事もない。でも楽しそうなオルファリルは何だか羨ましい。少しはやってみてもいいのかな、と興味も湧く。
だけど愛情といわれても一体どうやって料理に活かせばいいのかしら。
あ、技術じゃなくて、気持ちの問題か。愛情、愛情ねぇ――――そこまで考えて、ふと思い当る背中。
汚れた、背の高い後姿。戦いまみれのこの生活の中、接する事も限定された異性の、振り向きにっと爽やかに笑った顔。

≪ぼちぼちやるか。気楽に行こうぜ≫

「…………なにやってるの、ヒミカお姉ちゃん」
気づけば、無言でテーブルに突っ伏していた。

信じられない。なんでここでコウイン様が。砂漠で一度会っただけじゃない、あんなの接したなんて言わないわよ。
というかなにこの悪寒ふざけてるの――――頭の中の消しゴムを総動員する。イヤな汗が全身から噴き出していた。
「落ち着いて……だめよヒミカ、国のため、仲間のため、私は戦わなくてはいけないの、うんそうなの」
焦る気持ちを懸命に抑え、必死に自己叱咤する。傍から見れば意味不明の戦闘台詞を呟きながら。
やり直しよ……大体彼は敵なんだから。ほら、異性ならもっと他にもいるでしょ、ハリガネ頭の。
そうそう、頼りないけど最近少しだけ気になる……あ、でもサモドアは凄く格好良かったな――――などと連想。
ぼやけた像が次第にはっきりとしてきたので、ヒミカはちょっとだけ嬉しくなった。
そこで止めておけばいいのに、調子に乗って創作を始める。既に連想は妄想になりつつあった。

≪うん、美味い。まったりとして、それでいてしつこくない口に残る清々しさ……ヒミカって料理上手だったんだな≫
≪そ、そんな美味○んぼな事ないですまだまだで……あ、でも一つだけコツが……籠めた愛情、気づいて頂けましたか?≫
≪ヒミカ……嬉しいよ。君の瞳に乾杯≫
≪え、え、そんな、あ、待って下さいまだ心の準備が……≫

「それでその時の光陰ったらさ~」

≪コ、コウイン様ご堪忍を……あ~れ~≫
≪ききき、君が食べたい、ヒミカタン、ハァハァ……≫

「…………なにをやっているのですか、ヒミカ」
気づけば、わたわたと何も無い背後の空間を両手でばたばたと掻き消していた。全力で。

「あはは~、コウインさまって昔っからそうなんだね~って……ヒミカお姉ちゃん、どうしたの?」
「そういえばなんかさっきから顔色悪いよね……大丈夫?」
あらぬ妄想を邪魔され、憮然としたまま料理の残りをばくつくヒミカを心配そうに覗き込むオルファリルと今日子。
まさか理由を話す訳にもいかず、一瞬今日子を睨みつけただけのヒミカはやり切れない何かを感じつつ胃袋を満たしていた。
料理がほろ苦かった。


料理も片付き、ティータイム。一時の静寂が占める空間。差し込む穏かな日差し。四人は、思い思いのハーブを楽しんでいた。
「キョウコ様は、コウイン様に何かを作られたりするのですか?」
「へ? アタシ?」
ふと、ナナルゥが思いついたように質問をする。唐突な発言に、ヒミカが顔を上げた。オルファリルも興味津々に注目する。
今日子は話が自分に振られた事に、そして全員に注目されている事にちょっと驚いた。
三人の顔を見渡した後、頬をぽりぽりと掻きながら、バツの悪そうな顔をする。
「う~ん……全然? ほらアタシってばこんなんだし……苦手なのよね、そういうの」
「あ~うんうん、ネリー達もね、そんな事言ってるよ~」
「でしょ? 大体こういうのって、向き不向きがあるんだって。全く、料理が出来ないと女じゃないなんて偏見よね」
賛同を得て、調子に乗る。いつもの失敗パターンなのだが、大仰に溜息をつく今日子にはまだ事態が把握出来ていなかった。

「女じゃない…………」
無邪気にはしゃぐ今日子に思わず頷きかけ、はたと我に返るヒミカ。料理が出来ないと女じゃないなんて偏見。
それは正論だろう。だがしかし、それではオルファリルを羨ましがる自分の気持ちが説明出来ない。本当にそうなのか。
オルファリルと今日子を比べ見る。ついでに料理の達人エスペリアも連想――――

≪うん、エスペリアの料理はいつ食べても美味いな≫
≪もう、ユート様ったら。そんな事言っても何も出ませんよ♪≫
≪パパ~! ね、ね、オルファのは? どう?≫
≪ああ、オルファのも最高だ。つい食べすぎちまうよ。いつもサンキュな≫
≪えへへ~♪≫

*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*

≪がはっ! ちょ、おま、これちゃんと味見したのか?!≫
≪アア~ン? ふざけんな、アタシの料理が食えないっていうのかい?≫
≪うぉ、ちゃぶ台ひっくり返すなっ!……って今日子さん? 待て、神剣は待て!≫
≪問答無用! 行っけーーーっ!!≫
≪うわあぁあっ! もうだめだーーーー!!≫

……('A`)

どう考えても、料理は出来る方が良い。ヒミカは愕然としつつ、そう確信した。意外と切実な事態だった。


一方ナナルゥは、今日子の話に相変わらずの無表情で適当に相槌を打っていた。
「そうなのですか?」
「そうよぉ。悠なんて、いっつも『佳織の料理は美味い』なんてこれ見よがしに自慢してさぁ~……少しは女心を判れっての」
「つまり料理とは、感情を籠めて作るものかどうかが試されるものなのですね」
「うん! でもでもぉ、たっのし~んだよ、ナナルゥお姉ちゃん。特に苦労した料理を食べてもらえる時なんてぇ~」
「まぁ、相手に自分の愛情が伝わったらそりゃー嬉しいけどねぇ。でも、細々とした作業がアタシにはね……たはは」
「え~そんな事ないよ、キョウコお姉ちゃんも一緒にやろうよ~」

「………………」
盛り上がる二人をよそに、ナナルゥは考えた。料理を使命と判断した以上、習得するしかない。後は手段だけ。
その道で上を行くオルファリルに間違いは無いのだろう。ならば、打ち克つ為にはオルファリルの行動をトレースすればいい。
既に彼女の中では料理が出来ない=戦士として劣るの図式が完成していた。ショートカットも甚だしいが、本人に自覚は無い。
カチャカチャカチャ――チーン。再び鳴り響く、謎の擬音。結論は弾き出された。 ∴パパに料理を食べさせれば勝ち。
「理解しました。早速行動に移します」
炎の料理人の誕生だった。

「ナナルゥ、何か判ったの?!」
こくりと確信めいて頷いているナナルゥに、妄想に耽っていたヒミカが突然噛み付くように身を乗り出し問い詰める。
ハイロゥリングを薄っすらと赤く染め、どこか尋常ではない様子に今日子とオルファリルは思わず息を詰めた。
「教えて! 御願いっ! 料理について何か掴んだんでしょっ!!」
ヒミカは、必死だった。先程の妄想から逃れる為、否、本人は気づいていないが女としての本能が彼女を突き上げていた。
普段自覚の無いだけに、一度点火すれば燃え広がるだけ。抑えても抑え切れない揺れる乙女心。
「…………ヒミカ?」
同僚の赤い瞳に懸命さを感じ、ナナルゥは一瞬きょとんとした。
もとい、きょとんとしたと思われる無表情で、一度目をしばたかせる。そして。
「…………フッ」
何故か、得意げに鼻で笑った。

ぷちっ。

どこからか、何かが切れた音がする。今日子とオルファリルは、考える前に椅子ごと後退していた。
理屈ではない。今まで培ってきた経験が、生物としての生存本能が彼女達を突き動かす。
小刻みに震えるヒミカの背中が一回り大きく見えた。戦闘服の上に、良く見るとゆらゆらと陽炎のようなものが立っている。
今日子はここに来て、ようやく悠人を引き合いに出した自分のタイミングの悪さを悟った。
「ちょ、ちょっとヒミカ落ち着」
だんっ!
「…………」
頑張った方だろう、オルファリルの手前、必死に搾り出した今日子の制止の声。
それを、ヒミカは何気ない踏み込み一つで沈黙させていた。
別に今日子の声が聞こえていた訳ではない、唯の偶然。それでも場を静寂で包みこむのには必要にしてかつ充分。
身体が傾いたのは踏み抜いた床のせいなのだが気にも留めない。がしゃん、と彼女のカップが床に落ちた。
ナナルゥを、睨みつける。今度ばかりは、謎思考で済まされる問題では無かった。
国のためでも、仲間のためでもなく。
ましてや戦士としてのプライドを捨ててまで縋った手を、あっさり払いのけられたのだ。

「………………」
頭上に浮かぶ光輪がゆっくりと変形を始める。幾度と無く戦場で使い慣れたこのスフィアハイロゥ。
恨み晴らさで置くべきか。ヒミカの口元にも、冷徹な歪みが発生する。同時に身体から迸る、膨大な熱量。
それはあっという間に部屋中を占め、設置された温度計がぱりん、と軽い音と共に砕け散った。

「……フ、フフ、フフフフフフフフ」
「……へっへっへ」
押し黙り、俯いて笑い出す赤二人。その背後にいきなり燃え上がる情熱のヒートフロア。
「お、お姉ちゃん達~やめようよ~」
既に部屋の隅へと退避を決め込み、『理念』を両手で抱え込んだままのオルファリルが無駄と思いつつ呟いていた。

「あ~腹減った……お、なんだ、良い匂いがするな……って、今日子!」
そこにうっかり現れるのは、高嶺悠人ことエトランジェ・ヘタレ・ユート。
砂漠から一時帰還した彼は、誰も居ない第一詰所で食料を見つけられず、ふらふらとここ第二詰所まで彷徨ってきたのだが。
「な、なんで今日子がここに……そうだ! 神剣は? もう大丈夫なのか?!」
待ち受けていたのは予想もしなかった古馴染み。しかも、引き攣った笑みでひらひらと手まで振っている。元気そうだった。
「あ、ははは……はろー、悠」
「はろーじゃないだろ、心配したんだぞ! 今までどうしてたんだ! それに光陰は…………あん?」
問い詰めながら、ふと気づく違和感。今日子のこの態度に、悠人には覚えがあった。
そう、なにかマズイことを仕出かした時、誤魔化す時の仕草がこれだ。なんだ、一体何が――――がしっ。

「…………へ?」
突然、両手を抱え込まれるような感覚。ずっしりとした、温かい重量。気のせいか、暑い室内。ていうか、熱い。
「って痛っ! な、なんだなんだヒミカと……ナナルゥ?!」
見ると、燦然と輝くスフィアハイロゥの下で二人の赤い髪が逆巻き立ち、ちりちりとイヤな音を立てている。
まるで獲物を狙うような翡翠の双眸をぶつけ合って。気のせいか、二人の視線が絡み合う先にはぱりぱりと飛び散る火花。
悠人はようやく異様な周囲の様子に気がついた。二人とも、悠人の叫び声などまるっきり聞いちゃいない。
「パパ、発見。作戦を遂行します」
「……ナナルゥ、ユート様を離しなさい」
「譲れません。いかにヒミカといえど、それが私の使命ですから」
「そう……判ったわ、勝負、という事ね。望む所よ、受けて立とうじゃないの」
「フッ…………後悔、しますよ?」
「貴女こそ。その能面面、いつまで保てるかしら」
「心配いりません。その根拠の無い自信に嘲笑しかけてます」
悠人を挟み、互いを睨みあう二人。めらめらと燃え盛る赤いマナが、周囲を蜃気楼のように歪ませる。

――――いや、多分だけど後悔するのは俺だから今までの経験上。そんな突っ込みが浮かぶが、とても口には出来ない。
なんだか判らないまま、背中に滲み出してきた冷や汗に懸命に耐えながら、悠人は周囲を見渡した。
「ええっと……今日子さん?」
救いを求めるように、今日子の方を向く。すると今日子は気まずそうに、無言で手を合わした。死刑宣告のようにも見えた。


≪ごめん、悠!≫  ≪謝らんでいいから、事情を話せ≫
≪それはその……話せば長くなるってやつ。色々あった訳よ、諦めて≫ ≪諦めるってなんだっ!≫
幼馴染ならではの、必死のアイコンタクト。しかしそれは、なまじはっきり伝わるだけに不毛だった。
視線を逸らしてしまった今日子の背中から、朱色のツインテールが見え隠れする。悠人は目標を切り換えた。
「なんだオルファ、そんな所にいたのか。あのさ、なんでこんな事に」
「が……頑張ってねパパっ! オルファ、クサバノカゲから見守ってるからっ!」
悠人の言葉を遮るように、『理念』の奥でにぱにぱと手を握ったり開いたりしながら殊更明るい口調で告げる。
「いやだから、何を頑張れと……お、おおっ!」
というかその例えは色々と違うぞオルファ、と続けようとした途端、急に出口へと引っ張られる身体。
同時に両側から腕に伝わる柔らかい感触が……じゃなくて。
両手に花状態の筈なのに、悠人はただ言い知れぬ恐怖だけを両腕越しに感じていた。

「ちょ、ちょっと待て、待てって! どこ行くんだ、ヒミカ、ナナルゥ?!」
「どこって……ユート様、お腹を空かされているのですよね?」
至近距離で、どこか妖艶な笑みを情熱的に浮かべたまま恍惚と囁くヒミカ。

「私達で、それを満たして差し上げようと」
まるで先制攻撃を放つ時のように淡々と冷静に告げるナナルゥ。

『契約者よ、我は置いていけ』
そして珍しく必死な『求め』の訴え。

(ふざけんなバカ剣、持ち主を見捨てる気か? こうなったら一蓮托生だ)
「あ、『求め』は邪魔ですね……よっと」
「…………え゛?」
思った側からヒミカにひょい、と取り上げられる。
『求め』があったからといってこの事態がどうなる訳でもないのだが、
何故か最後の希望が断たれたような気がした悠人は反射的に腕を伸ばした。が、時既に遅く、手は虚しく宙を掴む。
その先で部屋の壁に立てかけられた『求め』から放たれる、今までに見た事も無い位穏かな輝き。人情が紙風船だった。
「それでは、行きます」
「……はい」
猛烈な、プレッシャー。背骨の奥まで突き刺さる情念の嵐。鷲掴みにされる心臓。
『求め』を奪われ、ただの○校生と成り果てた悠人に、既に抗う術は残されてはいない。
二人とも料理は出来るのかとも今更聞けず、悠人はがっくりと首を項垂れ、そのまま大人しく厨房へと連行されていった。
せめてアセリアの時のようなことにはなりませんように、と祈った事もない神に祈りながら。


「うわぁああああぁあ! もう、だめだぁぁぁあぁ…………」
やがて厨房からきこえてきた阿鼻叫喚の叫びに、残された二人が総身を粟立たせたのは言うまでも無い。
こうしてちょっぴりお約束な赤のお茶会は無事終了した。どっとはらい。