じんぐるべる、じんぐるべる、じんぐるべる・ろっく…。
それは、「人間」が教えてくれた…小さいけれど幸せな奇跡を呼ぶ不思議な魔法の歌。
いつものように食事を終え、お茶を楽しんだり本を読んだり。
第二詰め所の全員は、思い思いに過ごしていた。
それだけなら、いつもと何も変わらなかった。
違っていたのは、第一詰め所のメンバーも一緒だという事。
ラキオススピリット隊隊長であるエトランジェ・ユートによる「隊長命令」だった。
命に関わる事ではないが、重要な任務だと全員が念を押されていた。
「…重要な任務って、いったい何でしょう?」
テーブルでエスペリアがお茶を飲んで一息ついた後、そう言った。
「さあ…でもコウイン様やキョウコ様もユート様に同行しているのよね」
同じく、エスペリアが淹れたお茶を飲みながらセリアがそう返す。
「命に関わる事ではないと、しつこいくらいに念を押されていましたが。
…戦力の要であるエトランジェ3人が同時にこの場にいない」
クォーリンも、右手で頬杖をつきながら難しい顔でそう続く。
「そして、お三方を除くラキオス隊を全員ここに集めておく…」
ウルカもまた、同じくお茶を飲みながらそう言ってくる。
「気になるわね…一体なんなのかしら」
セリアの疑問に、エスペリアとクォーリンにウルカも真剣な表情で頷く。
ふと…セリアとエスペリアは同時にちらり、と向こうのほうを見やる。
第二詰め所は、第一詰め所と大きく建造物というか住居としての構造が異なる。
色々あるが、特に違いが際立っているのは食堂と居間がくっついている事だった。
食堂自体は第一とそう構造は違っていなかったが、居間が大きく違っていた。
食堂と居間を隔てるものは、たった二枚のカーテンのみ。
カーテンを大きく開け放すと、食堂と居間が一緒になった形になる。
現在の第二詰め所の居間は、完全に娯楽室と化していた。
床にぶあついカーペットを敷いてあり、そこで寝転んで本を読んだりできる。
割といいソファーもある、クッションもある、本棚もある、小さい丸テーブルもある。
そして何故か、チャブダイとコタツまである…。
ネリーとオルファはカーペットに寝転がって、お喋りに興じている。
ニムはやっぱりというか、コタツに潜り込んで顔だけ出して目をとろんとさせている。
ファーレーンはニムと一緒にコタツに入っていて、柑橘系の果物をちびちび食べている。
アセリアも、一緒になって果物を皮むきむきしてちびちび食べている。
ヘリオンは、ハリオンと共にカーペットの上で小さい丸テーブルを挟んで直に座っている。
二人で、時々何事か言ったり驚いたり笑ったりしながら一緒に本を読んでいる。
どうやら、お菓子の作り方についての本らしい…最新刊なのか、真新しい。
ヒミカは本棚の前に椅子を持ってきて陣取り、主に恋愛小説を物色している。
レスティーナが王位についてからは、スピリット隊にも給金が入るようになった。
それ以降、自然と本棚には誰かが買った本がどんどん増えていく傾向になっていた。
ナナルゥは「腕組みして、無言で天井に立っていた」が…誰もが必死で無視している。
時々、思い出したようにランダムに誰かへ視線を送るがほぼ全員が必死で目をそらす。
どうやって天井に立っているのか、長時間そうしてて平気なのかとは誰もが思っていた。
思ってはいたが、決してつっこんではいけないと誰もが強く感じていた。
…約三名、むしろ見つめ返してくるハリオン姉さんとアセリアとシアーをのぞいて。
シアーはソファーでクッションを枕にして寝転がりながら、ハリオン製クッキーをほおばり。
「シアーさぁ…いくら食べても太らないんだよねぇ」
一心不乱にクッキーをほおばるシアーを横目で見ながら、ネリーがオルファに小声で囁く。
「やっぱり~?オルファも、前々からシアーってそうなんじゃないかと思ってたよ…」
ネリーの言葉に、オルファもシアーをこっそり横目で見ながらそう小さな声で返す。
「ネリーはカロリー計算とか凄く気をつけてるのに、シアーは全くその気配ゼロ。
それどころか…お菓子を食べてご飯食べてまたお菓子食べて、それで絶対に太らない」
目を細めながら、そうため息つきながら言うネリーにオルファもまたため息で無言で返す。
「っていうかさ…シアー、最近また胸が大きくなってるみたいなんだよね」
遠い目で自分の妹の噂話をするネリーに、今度はちょうど真向かいだったニムが反応する。
「シアーの場合、食べた分が胸にいくんじゃないの?…ほら、そういう特異体質だとか」
そのニムのちょっとあんまりな発言に、ネリーとオルファは同時にため息をつく。
「ハリオンさんもなんですけど…羨ましい特異体質ですよね、それって」
いつの間にか、ネリーたちのすぐそばにはいずってきたヘリオン。
ヘリオンのすぐ隣では、ハリオンがただただニコニコしながら一緒にはいずってきていた。
シアーはそんなネリーたちの様子に気づく事もなく、クッキーを食べ続けている。
ヒミカは本棚の上に隠してあった百合小説を発見し、買った人物を脳内で推理している。
ナナルゥは、そんなヒミカの真上に移動して小声で「セリアです」と暴露している。
「ふう、向こうは気楽なものね…全く、ファーレーンまで緊張感がまるでないわ」
本当に緊張感の皆無な皆の様子でそう言うセリアだが、表情は少しだけ柔らかい。
…なにげに、自分の知られたくない部分が暴かれている事に気づかないままで。
「まあ…私たちだけでも気をつけていれば、何かあってもすぐ対応できるでしょう」
それまでの渋い表情から、いつもの優しい微笑みに戻ったエスペリアもそう返す。
ウルカやクォーリンも、くすりと微笑んでまたティーカップに口をつけようとする。
その時だった。
それは大きな音を立てて扉が開いて…複数の何者かが第二詰め所内に駆け込んできた。
気配を隠そうともせずに、足音を激しく鳴らして廊下を走っている。
そして乱暴に、居間の扉が大きく開け放たれて。
それは、突発的に起こった。
全くなんの前触れもなく、本当にそれは突発的に起こった。
「Jingle bell!」
赤い奇妙な三角帽子と赤い奇妙な衣装に身を包んだ…笑顔の悠人が、入るなりそう叫ぶ。
「jingle bell!」
続いて、同じ格好の光陰も笑顔でそう叫んで続く。
「jingle bell rock!」
そしてまた、二人に続いて同じ格好の今日子も、満面の笑顔でそう叫びながら入ってくる。
全員が、あっけにとられていた。
ナナルゥまでも、三人の奇態に反応できないままヒミカを潰す形で落下してしまっていた。
ハリオンだけは、あらあら~?とか言いながら目をきらんと光らせて期待の眼差しだったが。
そんな全員の様子に、悠人たちはニヤリといたずらっぽく笑う。
三人とも、それまで背負っていた妙に膨らんだ大きな袋を床に置いて。
それぞれ、どうやら手作りしたらしいヘンテコな形状の楽器らしい物を取り出す。
そして、その背後から小さな人影がそっと出てくる。
悠人たちと同じサンタクロースの格好をした佳織だった。
佳織はみんなにニッコリ微笑んで…フルートを両手でゆっくり構えて。
「よおっし、全員いるな…よしよし」
悠人が満足げに頷きながら、手作りのギターを小さく鳴らす。
「悠、久しぶりだからってしくじるんじゃないわよ~?」
今日子もまた、悠人のとはまた別の形状の手作りギターを同じように小さく鳴らす。
「うっし、ヨーティア製折りたたみドラムセット組みあがったぜ…準備完了だ」
光陰も、ニヒルな笑みをうかべながら楽しそうにドラムを軽くスティックで打ち鳴らす。
どんな早業か、スピリット達があっけにとられている間にドラムセットは組みあがっていた。
悠人たちの持っている歪な形の手作り楽器は、全てヨーティア製だった。
「みなさん、驚かせてごめんなさい…。
でもこれは…私たちからの、みなさんへの精一杯の贈り物なんです」
佳織が、ぺこりと頭を下げてそう言うとスピリット達全員の顔が少し柔らかくなる。
「それじゃ、行くぜ…本当は音楽はガラじゃないが勘弁してくれよ?」
悠人の台詞に今度は全員、何をしてくれるのだろう?と不思議な期待がわいてくる。
「Jingle bell, jingle bell, jingle bell rock」
それまで聞いたことのない、軽快でスピーディな異世界の音楽が奏でられる。
「Jingle bells swing and jingle bells ring
Snowing and blowing up bushels of fun Now the jingle hop has begun」
まるで、音が心の上で手を繋いで輪になって軽やかに踊っているような…。
現代世界の音楽を初めて耳にするスピリット達は、そんな気持ちを感じていた。
まして、クリスマスソングなら尚更のことだろう。
「Jingle bell, jingle bell, jingle bell rock
Jingle bells chime in jingle bell time
Dancing and prancing in Jingle Bell Square In the frosty air.」
それは、遠い日の思い出だった。
光陰や今日子と初めて出会った頃の悠人と佳織。
もうすぐクリスマス、そんな時期。
佳織が、テレビのクリスマス前特集を見ながら寂しいため息をついたの悠人は見た。
なんとか、したかった。
でも、どうすればいいのかわからなかった。
夕暮れの公園のベンチに腰掛けて、悔しいのに何もできない自分を責め続けた。
「こら、あんた…あんたよ、あ・ん・た。…高嶺悠人!」
いきなり耳に飛び込んだ無遠慮な声に顔を上げると、最近出会ったばかりの二人組。
「あ…ヘンなオトコ女と、お寺の息子?」
同時にその場面を思い出し、悠人も光陰も今日子も苦笑しながら懐かしい気持ちになる。
何も言わなくても、演奏しているままでも…不思議と互いの気持ちがわかる。
「ほんっと、ヤなやつね…あんたって。
なんか知らないけど暗くて凄くイヤな顔してばかりで、あげくに人の名前を覚えない」
どうやら、さっきから悠人の事を呼び続けていたらしい女の子は当然ながら不機嫌だった。
「別に、他人なんか覚えたって仕方ないだろ…お前らも他人なんかに構うなよ」
見られたくない場面を見られ、無愛想な態度で立ち去ろうとする悠人。
突然、強い力で胸倉を掴まれる。
「おい、高嶺…。いつも今日子にそういう態度しやがって、何様のつもりだよ。
それから、俺は碧光陰だ…あと、他人なんかとか言うのもいいかげんにやめろ」
いつも、強引にあの手この手で自分を遊びに誘おうとする今日子の後ろにいるだけの光陰。
初めて見た、その光陰の凄みのある迫力に悠人はごくりと唾を飲み込んだ。
「ちょいと光陰、離してやんなさいよ…そいつ、おびえちゃってるわよ」
今日子の言葉で光陰が悠人を離すと、悠人はそのままへなへなと地面に尻をついてしまう。
そんな悠人と目線がちょうど同じになるように、今日子がそばでかがんできた。
「あんたさあ、なんかあったの?…なんか、いつもと雰囲気が違うんだけど」
そんな今日子に、悠人は表情をしかめたままでぷいと顔をそむける。
「おい、高嶺…てめえ…」
さっきよりも不穏な雰囲気で悠人に近寄ろうとする光陰の腕を今日子が掴んで止める。
「お前らに、何ができるんだよ…」
かすかな声で、そう呻くようにつぶやいた悠人の声に二人はきょとんとしてしまう。
「俺が何もできないのに…お前らに、他人なんかに佳織を助けられるわけないだろ…ッ!」
悠人は、泣いていた。
泣きたくなんかないのに、悔しくて悲しくて苦しくて涙があふれてしまう。
公園の地面に、大きな染みがいくつも出来る。
不意に両肩を力強く掴まれて、悠人はびくりと涙の止まらない顔を上げてしまう。
光陰だった。
「…話せよ」
さっきとは違う、力強いけれども真剣で何より暖かい眼差しに射抜かれて。
「話してくれないと、本当に俺たちにも何も出来ないのかさえわからないだろ」
まだわからなかった…こんな時にどうすればいいのか、悠人は本当にまだ知らなかった。
「…珍しいよー?光陰が怒るのも、こんなにあたし以外の誰かに真剣になるのも」
ぽん、と笑顔の今日子に軽く叩かれた背中も…光陰の眼差しと同じ暖かさだった。
全てを話すと、二人とも真剣にああでもこうないこうでもないと一緒に悩んでくれて。
そして今日子の無謀な提案で駅前の見ず知らずのストリートミュージシャンに相談して。
見ず知らずのストリートミュージシャンは、見ず知らずなのに親身になってくれた。
ライブハウスに連れて行ってもらって、バンドのメンバーを紹介してもらって。
バンドのメンバーの誰もが、悠人を心から励ましてくれて。
やっと手に入れたであろう、高価そうな楽器にすすんで触らせてくれて。
そして、クリスマスまでにたった一曲を覚える練習に毎日つきあってくれた。
光陰も今日子も「見ず知らずの他人たち」も、悠人のために一生懸命になってくれた。
生まれて初めて触れた、「他人」の暖かさ。
悠人は生まれて初めて、誰かを信じるという事を覚えた。
岬今日子、碧光陰という名前も心に深く刻まれた。
クリスマスイブ、今日子の家に佳織を招いて。
ケーキもあった、大きな鳥肉もあった。佳織は本当に嬉しそうだった。
そして、三人でのクリスマスプレゼント。
借りた楽器で、初めて覚えた一曲を佳織に披露してあげた。
幸せそうに嬉し涙を流して、佳織はずっといつまでも拍手してくれた。
クリスマスが、悠人と佳織と光陰と今日子のはじまりだった。
Jingle Bell Rock。
唯一覚えた、その一曲が小さいけれど幸せな奇跡を呼んでくれた。
そして、それ以降は楽器こそ無いけれども…クリスマスには必ず4人で歌った。
だから、悠人は歌いたかった。
スピリット隊のみんなに、この歌を歌いたかった。
エスペリア、アセリア、オルファ、ウルカ。
セリア、ヒミカ、ナナルゥ、ファーレーン、ニム、ハリオン、ヘリオン。
ネリー、シアー、クォーリン。
クリスマスが近いのを最初に思い出したのは悠人だった。
思い出したら、考えるより早く身体が行動に出ていた。
佳織も光陰も今日子も、満面の笑顔で賛成してくれた。
いまいち要領を得ない説明だったのに、期待以上の出来で楽器を作ってくれたヨーティア。
練習につきあってくれた、レスティーナとイオとミュラー・セフィス。
ありがとう。
星降る夜に、拍手はいつまでも…アンコールも、いつまでも。
じんぐるべる、じんぐるべる、じんぐるべる・ろっく…。
それは、「人間」が教えてくれた…小さいけれど幸せな奇跡を呼ぶ不思議な魔法の歌。