そーなんだ

「蒼の水玉の建設を上申致します」
リレルラエル防衛をたった1ターン終えた夜、エスペリアは言い切った。
自らの抵抗力に限界を感じ、むしろブルースピリットのバニッシュ系に期待したのは懸命な判断だろう。
今から建造しても間に合わない、という一言をついに誰も口にはしなかった。
これほど切羽詰った形相のエスペリアに反論できるような勇者はラキオス・スピリット隊には存在しない。
それにエスペリアなら、何かをやってくれそうだ。そんな微妙な期待感が場を支配していた。
「異存はないようですね。それでは上層部にはわたくしから申請しておきます。それでは次の案件ですが――――」
一同の沈黙を了承と受け取ったのか、淡々と次の議題について語るエスペリア。
隠してもその口元には誰でも判る程の笑みが浮かび上がっていた。

「蒼の水玉の建設が完了しました」
満身創痍で自慢のメイド服がぼろぼろになりながらも毅然とした声色を変えず、
高らかにエスペリアが報告したのはそれからたったの2ターン後。恐らく相当無茶な注文を通したらしい。
やってくれた。微妙な期待感は今、明らかに別の意味での尊敬へと変わりつつあった。
法則を捻じ曲げたとしても、エスペリアなら何故か納得もいく。お肌の艶が良いのも決して気のせいではないだろう。
その証拠に、戸惑う一同が敵襲に出撃する途中で干からびた技術者を数人見かけたとかなんとか。
「これでわたくしの死亡率も下がるというもの……ふふふふ……」
最早公私混同を隠しもせず、エスペリアはずらりと並んだ蒼の水玉×10をいつまでも満足げに眺めていた。

「さて、と……そろそろわたくしも出撃しなければ」
我に返ったエスペリアは、鼻歌交じりに城門を開いた。
しかし次の瞬間、襲い来るのはソーン・リームもびっくりの問答無用な暴風雪。たちまちHPが削られる。
「くぅぅうぅっ!……この程度では…っっ!」
思わず叫ぶ、ダメージ小の戦闘台詞。顔を庇って翳した手の向こうでは、ブルースピリット同士が戦っていた。
セリアがエーテルシンクを放ち、ネリーがサイレントフィールドを唱え、シアーがアイスバニッシャーを(ry
その度に、酷くなっていく吹雪。今ならバナナで釘を打てそうだ、などと感心している場合ではない。
城から溢れてくる、物凄い波動の水のマナ。エスペリアは風に押され、ふらつきながらお約束のように城外へとよろけ出た。
途端、氷点下の、凍えて鋭くなった空気が針のように全身を刺す。吐き出した息がスターダスト現象で白く結晶化した。
「くぅぅうぅっ! こ、これくらいで…っ!」
ダメージ中の台詞。確かに、戦場に炎の気配はない。エスペリアを度々焦げ付かせてきた雷鳴の轟きもなかった。
だがしかし、寒すぎる。がちがちと、合わなくなってくる歯の根。勝手に震えだす体。これでは戦場よりたちが悪い。
無理矢理顔を上げると、視界が0になっている。目の前に透明な塊が映り、良く見るとメイドキャップに氷柱が生えていた。
更にヒロインとしてあろうことかあやうく鼻水まで垂らしそうになり、慌てて引っ込める。Mdが大幅に下がった。

「だ、だめ…!? いや、まだ……だいじょうぶっ!」
それでも戦士としてのプライドが、エスペリアを突き動かす。雪の積もった『献身』を引き摺り、前に進む。
剣戟だけを頼りに戦場に辿り着こうとするが、段々意識が朦朧としてきた。現在HP15程。ノーマルでも既に崖っぷち。
突然氷壁にぶち当たり、尻餅をつきながら見上げると、変な笑顔のままのヒミカがペンを握ったまま凍っていた。
ここにきてようやく自分の考えが浅はかだったと気が付くが、もう遅い。振り返っても、城は見えなかった。
周囲に気配が感じられない。恐らく見当違いの方向に出てしまったのだろう。有体に言えば、遭難していた。
「だ、大地に満ちる活力よ、癒しの風となれ、マナよ、わたくしの傷を癒して……あ、あら?」
堪らず唱えたハーベストも、一向に発動しない。さっきの鼻水でMdが30を切っている。エスペリアはがくり、と膝を付いた。
「あ、あぁぁ…… みんな、ごめんなさい」
遂に漏れる、戦闘不能台詞。見渡せど雪原。エスペリアは、最後にもう一度空を見上げた。
すると幻想か、ラッパを吹きながら羽根の生えた天使達が集団で降りて来る。GameOverかと思ったが、
輪を描きながらゆっくりと降り立ったそのうちの一人にやけに見覚えがあった。

「……助けが……必要か?」
アセリアだった。しかも、首に小さな樽のようなものをつけて。
「パ○ラッシュ……わたくしもう疲れました……がくり」


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