差し込む朝日に頬を暖められ、ヘリオンは目を覚ました。
仮に充てられた寝所のせいか、睡眠が少し足りない。
ふわぁ、と軽い欠伸を溢し、ゆっくりと身を起こす。
窓からは、見慣れない景色。寒々とした深い谷の向こうに薄紫の空。
まだ上手く開かない瞼をこしこしと擦る。ぼんやりとした頭を振りなおした。
素足に冷たい床に気づき、先にソックスとブーツを履くことにする。
屈んだ時に下ろしたままの髪が両側から頬に掛かってややうるさい。
椅子にかけておいた戦闘服を頭から被ると少しだけ汗臭いのが気になった。
「ん……と。あ、ありました」
ポケットの中を、ごそごそと漁る。組の白い髪留めと一緒に出てくる小さな壜。
窓の光に翳し、その残量を確かめてから、一瞬迷って机の上にそっと置く。
まずは髪を纏めようと手を上げた所で気がついた。自室ではないので鏡がない。
「う~……どうしよう……」
きょろきょろと辺りを見回すが、当然そんなものは見つからない。
仕方が無いので窓際に近づき、その反射を利用して何とか形をつけようとする。
髪留めを口に軽く咥えたまま、とことこと歩きながら纏め上げる片方の髪。
ややぼやけた像で映るそれが気に入った角度に整った瞬間、一気に留める。
慌てていたので少々乱れたが、多少は止むを得ない。
くるり、と一度後ろを向き、おかしくないかと確かめ、もう片方。
「ん……良しですっ」
同じ行程を二度繰り返した後、満足気に頷きながら、机の上に置いた小壜を手に取る。
コルク栓を抜き、鼻を近づけくんくんと匂いを嗅いでみると、細かい粉のような香料がすがすがしい。
軽くちょんちょんと指につけ、手首と首筋に擦り付ける。目立たない若草のような匂いがして眠気が覚めた。
「…………んっ!」
大事に栓を閉めなおし、再びポケットの中に。両手を伸ばして背伸びをし、大きく深呼吸。
立てかけてあった細身の、黒光りする鞘ににっこりと微笑みかけながら柄を手に取り歩き出す。
「さ、行こう、『失望』!」
部屋の扉を開いた瞬間、外から聞こえてくるのは凛とした高らかなレスティーナの声。
――人の未来のために。スピリットの未来のために。そして……この世界の未来のために――――
「……………………わきゃっ! ち、遅刻ですぅ~~~!!」
開戦直前のサーギオス。ヘリオンは持ち前のスピードを最大限に上げて、誰もいない廊下を全力で走り抜けていった。