ニムントール~エハの月

怪しい人影を見つけ、ニムントールは足を止めた。
休日の城下は喧騒で溢れかえっており、その姿はあっという間に消える。
それでも小路の影に見えなくなる直前、確認したあの目つき。
きょろきょろと、挙動不審に隠れる動きの素早さは尋常では無い。
「…………怪しい」
一瞬迷い、追いかける。角を曲がると、寂れた薄暗い路地だった。
古い石畳とひび割れた壁を湿ったような陰が覆い、人通りもない。
きいきいと頭上から音がして、驚いて見上げてみると風に靡く壊れた窓だった。
急に不安になって隣を窺うが、いつも一緒にいるファーレーンが今日はいない。
「……ふ、ふん! 一人でも……出来るもんっ」
無意識に短い前髪へと手をやりながら、『曙光』の柄を握り直す。
手の平が、じっとりと汗ばんでいた。どっ、どっ、と気に障る心臓の音。
慎重に、足元を確かめながら歩き出す。銀色の剣先に何かが映る度に緊張が走った。
「落ち着け……落ち着け……」
ラキオスではつい先日、人間による爆弾騒ぎがあったばかり。戦時中でもあり、治安は乱れたまま。
だからという訳ではないが、警戒するに越したことは無い。油断なく周囲を確認する。
泥のようなものが所々に溜まっている壁際。積上げられた埃まみれの何かの木箱。日が届かず、黴臭い。
光輪をシールドハイロゥに変えようかどうか悩んでいると、前方で屈んだような影が飛び出してきた。
「ッ…………!」
無言で『曙光』を構える。躓いた石がころころと後方に弾ける音。からからに渇いている喉。
動けない。腕にも肢にも力が入らない。恐怖で落ちそうになる腰を支えるのが精一杯。
驚き、ただ無防備なまま目だけで動きを追っていると、影は懐にまで飛び込んでくる。思わずぎゅっと目を瞑った。
「…………あ、あれ?」
当然次に来る筈の衝撃が、いつまで経っても来ない。
恐る恐る目を開いてみると――――小さな子供に、スカート部分の裾を強く引っ張られていた。
「あ、え、えっと…………ま、迷子?」
どっと脱力し、ぐったりとしながら聞き返すと、泣きそうな瞳でこくこくと頷く少女。
服が所々汚れ、膝小僧を軽く擦りむいている。恐らく人ごみで親とはぐれ、もみくちゃにされた結果だろう。
「もう、メンドくさい……ほら、名前は?」
呆れたそぶりを見せながら、そっと手を差し出す。しがみつくのを確認して、ゆっくりと歩き出した。
人間には、神剣魔法が利かない。それが初めてじれったい、そう思いながら。