それは、エスペリアの鶴の一声から始まった壮大な物語。
「全て、支援施設に注ぐ事を具申致します」
またか、と溜息が漏れる。大体新しい支援施設に関しては、ロクな想い出が無い。
いくら自分がPS2版以降大幅に抵抗力を削られたからといって、最近のエスペリアは少々我を忘れてしまっているようだ。
「……いいですね、ユート様」
何を感じ取ったのか、じろり、とこちらを睨むように確認してくる。当然、逆らえる筈も無かった。
事の発端は、イースペリアへの侵攻中だった。
その日ランサに到着した俺達に、ちょっと信じられない報告が入る。
≪大穴を当てたので、自由に使ってもいいよ:さすらいのギャンブラーより≫
『…………なに、コレ』
『さあ。私はただ、届けるよう任務を言い渡されただけですから』
ラキオスで待機している筈だったナナルゥに渡された一枚の紙を見て、俺は思わず顔を上げた。
普段からポーカーフェイスの彼女に何を期待した訳でもないが、せめてもう少し詳しい話が訊きたかったところだ。
『いや、これ、レスティーナの字だろ? 何を使えって?』
そもそも、大穴という意味が判らない。いや、正確には知ってはいるのだが。
この世界に賭博の類があるのかどうかはともかく、そのネーミングセンスもどうかと思う。
しかしそれにも増して、このフランクかつ投げやりな文章。気のせいか、やさぐれているようにも取れる。
首を傾げていると、じーっと見ていたナナルゥが口の端を僅かに上げ、ぼそぼそと説明を始めた。
『何でも我が国の保有しているエーテルを全て人気薄のエクゥにつぎ込んだ所、見事に期待に応えて頂けたそうです』
『一点買いかよ?!』
突っ込みどころはそこじゃないだろ、とか思いつつ、ついつい突っ込んでしまった。
女王陛下ともあろう立場の人間が、国の財産をそんなリスクに晒してどうする。それって横領じゃないか。
いやそれ以前に、全てって。何か嫌な事でもあったのだろうか。俺の対レスティーナ信用度が大幅に下がった。
『詳細はMap画面右上を確認せよとの事です。バグでは無いので心配は無い、とも』
気のせいか、何だか楽しそうな口調で淡々と喋るナナルゥ。俺はおもむろに東の空を見上げ、
『うわぁ…………』
嫌な溜息を漏らした。
上空に、まるで飛行機雲のような巨大な数字の列が、フレームからはみ出しソーンリームまで並んでいる。
いや、これもう右上とか関係ないから。なんで今まで気づかなかったんだ。
そんな訳で初回プレイにしてはちょっと有り得ないマナを得た俺達は、その使い道について相談していた。
「ま、まずはエーテル変換施設を充実するべきです!」
未だにLv.1のまま、一周目は放置されようとしていたヘリオンが早速身を乗り出す。いや、気持ちは判るけど。晩成型だし。
「そうね。どの道エーテルにしないと使えないわけだし」
冷静に状況を分析するセリア。こちらはどうでもいい感じな口調。流石はクールビューティー。
PS2で得たアドバンテージは大きかったようだ。澄ました表情のまま、カップを手に取り口に運んでいる。
その様子をちら見しつつ、ラキオスから来たばかりのナナルゥが遮る。
「抜かりはありません。こんな事もあろうかと、全ての土地で技術者達が休日返上で建設中です。後1ターンで完了します」
「建設が完了しました」
「早っ!」
「エルスサーオのエーテル変換施設の建設が完了しました、リーザリオのエーテル変換施設の建設が完了しました、リモd」
ナナルゥの説明が終わるや否や突然立ち上がり、まるでプログラムされているように報告するエスペリア。
いちいち一箇所ずつ具体的に紹介するので、会議はそのまま30分ほど膠着した。ここで場面スキップが使えないのは痛い。
「あ~あ始まっちゃった。これ、長いんだよねぇ。あ、アイスバニッシャー憶えた」
「んぐんぐ……あ、シアーのLv.も上がったよ~」
欠伸をするネリーに、ヨフアルを盗み食いしているシアー。ちゃっかり自分達の宣伝も忘れない。
≪これ以上Lv.上げる訓練士がいないんです!≫
≪お、お姉ちゃん落ち着いて!≫
何だか本国からも謎の悲鳴が聞こえてきたりして、会議はすっかり緩みきったものになってしまった。
「――――という訳で、上にもありますが、全て施設に注ぐ事を具申致します」
「……あのさ、上、ってどこだよ」
「気になさらないで下さい。それより、ここランサは将来、とても重要な防御拠点になるような気がします」
なんで判るんだ。上にもあるが、溜息が漏れる。大体新しい支援施設に関しては、ロクな想い出が(ry
「いや、でもなぁ」
「いいですね、ユート様」
「……はいはい。でも、せめて訓練用のエーテルは残しておいてくれよ」
「ありがとうございます! ええ、それはもう抜かりなく。というか、有り余ってますし」
黙っているとじろりと睨まれたので、主人公としてはどうかと思ったが、つい投げやりな台詞を吐いてしまった。
嬉しそうな顔の前で両手を握り、感激を表しているエスペリアの立ち絵を尻目に隣に目をやると。
「……ん。終わったか?」
アセリアが、開放してもいいのか、という視線でさっきからずっと持っていたマナ結晶を差し出してきていた。
色々な意味で、もうどうでもよかった。
豊富なマナのおかげで、俺達の戦いは遅々として進まなくなった。
こう言うと何だか逆説的だが、実際そうだったのだ。
「Lv.がLv.がLv.がLv.が新たな日々日々新たなLv.が日々精進です――――!」
などと、いつかポリープにでもなるんじゃないかというくらい、毎ターンエスペリアの声が大陸全土に響き渡る。
特にサルドバルト戦に入ってからこっち、味方はラースからさっぱり動かなくなった。
進撃など、出来るものではない。理由は一つ、そこに訓練施設があったからだ。
個別データの更新が激しすぎて、いちいち目を通す事も止める事にした。機械的にスキルの上書きだけを繰り返す。
「あ、テラーⅠは残しておいて下さいね。デフォですっ!」
「………………」
「エーテルシンク上書きしたら殺しますよ」
「……いや、出来ないから」
誰もかれもがそこで最大限にLv.を上げようとするものだから、どの訓練士も引っ張りだこ。
そのうち自らの能力の限界を悟り、暇乞いを始める者が続出し始めた。
何故訓練士のLv.は上がらないんだとゼネストを始める奴まで出てきたが、あっという間にブラックリストに載り、鎮圧される。
もちろん、彼らが鍛えた我がスピリット隊全員の袋叩きによって。――――女って、怖ええ。
「あの訓練士さん、いっつもマインドシールドばっかり。オルファ、いらないよ」
「どこで使うのか判らないヒートフロアとかじゃなくて、ちゃんとファイアエンチャントを更新して欲しいわ」
さっぱりエーテルが足りなくなり、溜まるまで無駄にターンを消費する。SSランク?なんですかそれな状況が繰り返された。
そうしてもうこれ以上は上がらない、という所でようやく進撃を再開する。すると今度は異常な速さで攻略が進んだ。
サルドバルトの連戦も一部隊であっけなく終了する。ましてや城に忍び込んだウルカ以下などは瞬殺だった。
10ターン待機して戦いに備えよとのmissonを言われても、暇つぶしに水龍を倒した後はもうやる事が無い。
仕方が無いのでイベントを消化しつつ、遂に待望のエーテルジャンプ施設が出来た所で一斉に旅立つアマゾネス軍団(と俺)。
ランサには、巨大な塔やなんやかやが乱立しているはず。それを見るのが、退屈な中、唯一の娯楽のような気さえしていた。
「……あれ?」
着いた砂漠で、周囲を見渡す。しかし何も変わった所が無い。
「おーいエスペリア、何もないんだけど」
「はい、ちょっとお待ち下さい。ええと……まだ完成には少々かかるようですね」
「少々って、形跡もないんだが。後どのくらいなんだ?」
「う~ん……後250ターン位、でしょうか。Lv.を300に設定しましたので」
「ああ、それならしかたがないな。楽しみは後に取っておき――――――――300?」
「ええ。わたくしの抵抗力は、半端じゃなく弱くなってますから」
「いや、そうじゃなくて。有り得ないだろ300とか」
「そうですか? ですが、念には念をといいますし」
「……あのさエスペリア、試みに訊くけど、250ターン後にここで戦いはあるのか? そもそも全部終わってるんじゃないか?」
「………………」
「………………」
「建設を中止しました」
「うをぃっ!」
マロリガンは、ある意味激戦だった。
もちろん、新しい訓練士を目指して雲の子を散らすように彼女達が全侵攻ルートを突き進んだからだ。
光陰や今日子、それに稲妻部隊こそ、いい面の皮だっただろう。戦いは、常にスキップ。
ろくに戦闘台詞も放てないまま、僅かなタイムラグの後真っ黒になるHPパラメーターバー。
バーゲンセールに殺到するおばさん宜しく血走ったラキオス軍にとって、彼女達はただの障害物に過ぎない。
イオが参入した時スレギトで一瞬膠着状態になったが、それも束の間、あっという間にマロリガンは征服されていた。
気づいたときには誰がヒエレン・シレタに向かうかをじゃんけんで決めていたそんなある日。
「おい悠人、ヨーティアが呼んでるぜ」
「あ、ああ……」
適当に選択肢を選んでたので、忘れてた。光陰、助かったんだっけ。イベントもろくに見てないからなぁ。
「なんか今、仏罰ものの事を考えてなかったか?」
「そんな事は微塵も無いぞ。それより、なんの用事だ?」
「さあ。とにかくとっととラキオスに帰りやがれ。編成に出来る空席には、シアータンを入れるんだからな」
「そっちが目的かよ。オルファタンはどうした」
「それなんだが。リレルラエルに着いた途端行方不明になってしまったんだが、知らないか?」
「…………心配するな、後でひょっこり出てくるさ」
アポカリプスが便利でついいつも一緒の部隊で行動してた事は、内緒にしておこう。ていうかよく憶えてるな俺達。
「ヨーティア、入るぞ」
「お、来たね。見せたいものは、これなんだが」
「また何か発明したのか。…………えっと、どれだって?」
「これだ、これ。まぁ無理もないがな。小さくしすぎたかもしれん」
「…………お」
差し出された小さな手の平。その上を凝視して、ようやく見つけたのは小さな小さなガラスのようなもの数個。
「……で、なんだ、コレ」
「なんだとはご挨拶だね。折角ぽしゃりかけていた企画を復活させてやったというのにさ」
「へ?」
「支援施設だよ。これは蒼の水玉Lv.300。で、これが黒の祭壇Lv.300だな。これが――――」
「作ってたのかよ!? しかもこんな短期間で!?」
そう突っ込みながらも、嬉々として開発したであろうヨーティアの顔が目に浮かぶ。
天井を眺めると、確かに数値が一桁少なくなっていた。……いや、元々桁多すぎて良くわかんないけどなんとなく。
「……いや、でもこれ、小さすぎだろ。無くしたらどうするんだ」
「わっ! こら、鼻息を吹きかけるな。落ちたら見つからんぞ!」
「す、すまん」
「全く。科学というのは、常に性能と小型化への挑戦なんだ。ま、この大天才様だから可能だったともいえるがね」
「ふーん……」
ヨーティアの説明を聞き流しながら、危うく身を逸らす。周囲を見渡してみると、相変わらずの乱雑な部屋。
確かにこんな所で落としたら、人ごみで落としたコンタクトレンズ宜しく未来永劫出てくる事はないだろう。
しっかしもうこうなったら祭壇もへったくれも無いな。なんか別の呼称にした方がいいんじゃないか?
「じゃ、使い方を説明するぞ。よく消毒してから人差し指に乗せ、こう、目にそっと嵌めこんでだな……」
「まんまコンタクトかよ!!!」
そんな訳で、近視でも遠視でも乱視でも免許に眼鏡等ともないのに、我がスピリット隊は全員コンタクト着用となった。
属性ごとに色分けされていたので、正確にはカラーコンタクト。何故かファーレーンが嬉しそうにしていた。
「ほらニム、黒ですよ、黒」
「もうわかったからお姉ちゃん。それより凄いねこれ、ノーマルなのにエレメンタルブラストが使える」
「はい~。これで敵の皆さんを釘付けですぅ~」
「………………」
これだけ隔絶された彼我勢力で、そんなもん必要ないんじゃないか、とは言えなかった。
ミュラーが見つかったので、攻略はもうLv.上げの必要が無かった赤と緑に任せ、こっちはひたすら日々精進。
うっかり上がりきる前にサーギオスの連続戦闘に入りかけ、用も無いのに城下で暫くうろうろとしていた。
「何だかセリアが出てこないと思ったら……お前か」
「な、なんだ悠人、突然睨み出して」
エターナルになったところで、オルファが復帰してきた。何だか難しい話を聞かされた気もするが、よく憶えていない。
ラスダンの事を考えるとそろそろ気が重くなってくる。こればっかりは、どんなにLv.を上げても手間が変わらない。
ニムばりに面倒臭がって何も考えずにメダリオに当り、危うく流転100%でゲームオーバーになりかけた。
そこでようやく今まで全くセーブしていないことに気づき、慌てて重たいシステム画面を開く。ありがとう、メダリオ。
「もう、いつまで経ってもハリオンが帰って来ないから、お気に入りのヨフアルを作って貰えないじゃないっ……もぐもぐ」
「それでヤケ食いの割りにはまたエラく買い込んだものだね。いくら次のプレイにマナの持ち越しがきかないからって」
「いいの。これはこれでガロ・リキュアの貨幣流通の活性化に繋がるんだから」
「まぁ、それはいいんだが、ところで新しい技術が完成しそうでね。予算を回してはもらえないだろうか」
「いいけど、あんまり使わないでね。一応、マナ技術は廃止の方向を打ち立ててるんだから」
「ああ、今度の飛行船は、多分大丈夫だと―――――――」
以下、スピたんに続く。