聖なる贈り物

「悠人よ、今年も来たな」
「え、何がだ?」
「素でボケてるのか。明日は念願のバレンタインデーじゃないか。この日を忘れるなんて、男としてどうかしてるぜ」
「は? 明日? いや、ここファンタズマゴリアだし。お前が勝手に決めてるだけじゃないか」
「何を言う悠人。世界は違えど衆生は変わらず。戦いの日々、彼女達にだって少々の潤いは必要だと思わんか」
「思わんか、ってそれはお前の潤いの間違いだろ。どうでもいいよ、大体この世界にチョコレートなんかないし」
「お前はそれだからいかんのだ。少しは肩の力を抜け。独りで背負い込むな。俺達だっているんだ」
「光陰……話を無理矢理感動的な方向へと持っていくんじゃない」
「チッ、ノリの悪い奴だ。まぁいい。明日は勝負だ、悠人。俺はこれでお前に勝つ!」
「いや、握り拳で力説されても。大体誰も知らないだろ、バレンタインデーなんて」
「ふっ」
「うわ、ヤな遠い目!」
「抜かりは無い。既に情報はシアータンにリークしておいた。明日が楽しみだぜ」
「お前はまた微妙な線から流布を……そんなんだから株価が暴落するんだ」
「何を意味不明な事を。そんな訳で、どっちが多くチョコを貰えるか勝負な。負けた方が神剣を差し出すって事で」
「待て! そんな重いペナルティーを雑談混じりに軽く決めるな!」

キィィィィン……

「ぬをっ! 頭痛が、頭痛が痛いっ!!!」
「ほらみろ、いくら『因果』が大人しいからって調子に乗りすぎだ。今日子みたいになりたいのか?」
「アタシがどうしたって?」
「きょ、今日子! いや、これには色々と訳があって」
「ふ~ん、ま、いいけど。ちょっと光陰、顔貸して。アンタが流した噂について、少し詳しく聞きたいから」
「ふぃ~、死ぬかと思った……お、今日子。どうしたんだ、ハリセンなんか構えて……ってお、おおっ?!」
「いいから来なさいってば。あ、悠、ちょっと光陰借りてくわね」
「ああ、お手柔らかにな…………行っちまった。さて、念仏でも唱えてやるか」

バリバリバリ……ズゥゥン……

そんなこんなでエトランジェ同士の見苦しい仲間割れが行われていた頃、
ここ第二詰所では住人達の住人達による住人達の為の会議兼お茶会が繰り広げられていた。
「ふーんそれで……ばれんた……なんだっけ?」
「ばれんたいんでーだよ、セリア」
カップを手に取りながら、やや不機嫌そうに呟くセリア。説明するシアーはちょっぴり緊張気味。
「それでそのたいんでーで、私達がどうするって?」
「だからぁ、みんなでユートさまに、ちょこれぇとをあげようって思うの……」
「冗談じゃないわ。今は戦争なのよ。そんな暇あったら訓練を」
「まぁまぁセリアさん~。もう少し、シアーさんのお話を聞いてあげてもいいのではないかと~」
「……ふん」
すかさずフォローを入れるハリオン。空になったセリアのカップにシナニィ茶を注ぎながら、やんわりと嗜める。
俯いたまま何か草稿のようなものを書き殴っていたヒミカがふと顔を上げ、眼鏡の縁をくい、と持ち上げた。
「話が見えないんだけど、それには何か理由があるの? つまり、私達がそれをユート様に贈る理由とか」
「ん~、それでさっきキョウコさまに訊きにいったんだけど……」
「何だかキョウコ様、血相を変えられて何処かへ行かれたんですよね……」
首を傾げるネリー。繋げたヘリオンも何だか要領を得ない表情でもじもじと落ち着かない。
「あ、あのね。日頃の感謝を込めて、男の人に女の子があげるんだ、ってコウインさまが言ってたの~」
「女の子……正気?」
シアーの補足に、ニムントールが呆れた声を上げる。ファーレーンが何が可笑しいのか、くすっと覆面越しに笑った。
「あらニム、私達スピリットの性別は、全員女性ですよ」
「お姉ちゃん、そういう意味じゃなくて……はぁ、面倒」
人がスピリットを人扱いしているという意味だったのだが、この姉には言っても通じるまいと溜息を付くニムントールだった。

「ところでちょこれいと、というものは食物なのでしょうか?」
今までずっと立ったまま様子を見ていたナナルゥが発言する。
年長組の中では一番発展的な質問に、ぱぁっとシアーの表情が明るくなった。
「あ、うん、それはね~。甘くて、黒くて、すぐ融けるんだって~」
「……何それ。謎掛け?」
「甘くて~、黒くて~、すぐ融けるんですかぁ~」
「う~んどうやらお菓子の材料のようですね……」
「何だろう……そんな食材あったかしら……」
一斉に唸りつつ、天井を見上げる一同。やや思い当たるものが無いでもないが、単品で食するものでもない。
開け放った窓からそよそよと流れる風が、暫くの間沈黙の中を漂う。やがてぼそっとナナルゥが呟いた。
「…………トキミ様」
「あ! オハギですっ!」
ぽん、と手を叩くヘリオン。隣でああ、と嬉しそうに頷くネリーのポニーテールが大きく揺れる。
「それだよ! 甘くて、黒いし!」
「それなら以前教わりましたから大丈夫ですぅ~。用意しましょう~」
「あ、私も行きますー!」
「ネリーも~!」
「あ、待ってよ~」
たたたたた……。早速やる気を見せたハリオンに、ヘリオン、ネリー、シアーが続く。
「まぁ、お菓子作りには興味あるし、日頃の感謝を込めるっていうのは悪くないわね」
「そうですね。私達も色々とお世話になっている訳ですから」
やれやれといった感じで手帳を閉じ、立ち上がるヒミカ。何を納得したのかファーレーンも追いかける。
こうして第二詰所スピリット隊は、肯定派と否定派に分かれた。

残されたセリア、ナナルゥ、ニムントールの3人は、静けさを取り戻した応接間の中、
しばし何事も無かったかのようにハーブを楽しんだ。ややあって、満足げにカップを置いたセリアがまず呟く。
「…………融ける、かしら?」
「…………融けない、と思う」
「つまり、境界条件を満たしていません」
「みんな、気づいてないのかしら。勢いって怖いわね」
「お姉ちゃんまで……はぁ」
「ナナルゥ、頼める?」
「しかたがありません。調査します」
「宜しく」
「では」
ぱたん。今まで寄りかかっていた壁がくるり、と反転し、たちまち姿を消すナナルゥに、セリアはひらひらと手を振った。

数分後。
「調査完了しました」
「早っ!」
突然天井から舞い降りたナナルゥに、食器の後片付けをしていたニムントールは仰け反ってしまった。
「お帰り。どうだった?」
一方こちらは動じないセリアが冷静に対処する。ナナルゥは僅かに首を左右に振り、答えた。
「雷撃の後の放電でやや苦労しましたが……これです」
「ふうん。これが例のちょこれーとってやつ?」
「ちょ、これってスリじゃ」
「ちゃんと後で返せば問題は無いのでは?」
「……まぁ、どうでもいいけど」
「とりあえず、この世界の食材では再現が不可能のようです」
「そう。決まりね、この話は無かった事にしましょう」
「ええ、それが賢明と判断します」
「それでいいよ。何だか面倒臭いし」
淡々と話を打ち切るクールビューティーズ。あっけなく3名脱落。

一方こちらは厨房。
「アチチチチッッ! なにコレ、煙が出てるよー!!」
「何だか焦げ臭いぃ~~」
「判りましたっ! どどどどうやらこれは直接火にかけては駄目なようですっ!!」
「震えながら今更な事叫んでないで! 早く消火、消火しなさいっ!!」
「あらあらヒミカさん~、それを捻っては余計に火がぁ~」
ボンッ!
「…………あ」
「…………あ゙」
「ファ、ファーレーンさん!」
「ちょ、ちょっと大丈夫……?」
「あらあら~、お顔がすっかり真っ黒にぃ~」
「…………しくしくしくしく」
6名脱落。というか、最初から間違えてはいたが。


更に第一詰所。
「あ、キョウコ様。丁度良かった、あの、お聞きしたい事が」
「あらクォーリン、どうしたの? また光陰がバカでもやった?」
「いえ、あの……ば、ばれんたいんでーというのは、一体……」
「……は?」

そして次の火、もとい日。
訓練中、悠人は妙に疲れた第二詰所の面々に囲まれ、妙に気まずい視線を感じながらノルマを終えた。
「……なんなんだ、一体」
呟きながら、第一詰所に帰る。途中、ひょっこり現れた光陰と鉢合わせした。何だか顔が緩みきっている。
「よ、悠人。どうだ調子は?」
「調子? ああ、絶好調だ。何だか誰も相手してくれなかったから素振りだけだけどな」
「あん? 何の話だ。そうじゃなくて、チョコだよチョコ」
「チョコ?……ああ、まだ続いてたのか」
「当たり前だ。……で?」
「でって。いや、別に。だから言ったろ、チョコレートなんてこの世界には……おおっ!」
話の途中で光陰が差し出してきたものを見て、悠人は驚いた。見覚えのある黒い塊。色艶。
ご丁寧に包装までされ、緑色のリボンが巻きついたそれはどう見てもハート型。
「お、お前、それ一体どこで」
「はーっはっは! 驚いたか悠人。ま、義理だろうがな、クォーリンがくれたんだ」
「いや、それ、どう見ても本m」
「悔しいか? 悔しいだろう。さて、誰からももらえない哀しい悠人君の目の前で、ありがたく食するとするかな」
言うや否や、包装ごと口に咥える光陰。どうでもいいが、リボンは取れ。そう思いながら、ちょっぴり羨ましい悠人だった。
しかしそれも束の間。
「グボッ!!! な、なんっ……がっ! ちょtあqwせdrftgyh!!!」
「お、おい光陰!!」
口から猛烈な緑色のマナを噴き出しつつ倒れる光陰。まだぴくっぴくっと痙攣する身体を、悠人は覗き込んでみた。
「これは……伝説の緑塩か。多用しすぎたな」
何をどう勘違いしたのかは判らない。しかし、そこに今日子の入れ知恵が隠されているような気がして、悠人は身震いした。

『……という訳で、この中に自分の……ごにょごにょ……な塩を入れるのよ』
『そ、そうなんですか……で、でも……』
『ま、その位の覚悟がいるってこと。無理しなくても……あら? クォーリン? どこ行ったのかしら……は、はは、まさかね』


食卓。いつもどおりの楽しい夕餉。
「さ、沢山お食べ下さいユート様」
「ん。今日のは少し、塩辛い」
「そ、そう? あ、アセリア、それはユート様用ですから」
「ん、そうなのか」
「………………」
何だかイヤな予感がする悠人だった。南無。