レスティーナ女王即位パレードの熱気に押され、警護に当っていたファーレーンは迷子になった。
「あら? えっと……」
街並みは人波に溢れ、いつもの風景ではない。どこも同じような十字路。
先程まで立っていた表通りの沿道とは微妙に違う曲がり角の中央に、
いつの間にやらぽつんと一人、立っている。右も左も判らない。
通り過がりの人々が、物珍しげな視線を送ってくる。だんだん不安になってきた。
きょろきょろと、辺りを見回す。気のせいか、狭くなったような視界に映るのは石畳のみ。
「おかしいわね。あそこが確か、あれだから……」
意味不明な言動を繰り返す。成長力不足のせいか、意外と逆境に弱い。
折角生えているのだからウィングハイロゥを展開して上空へ退避すればいいのだが、
残念ながらそこまですら廻らない思考。第一、視界が悪いのは常着している兜のせいだ。
「あ、そう。こういう時は、動いちゃだめなのよね」
戦場で仲間と逸れた時のマニュアルを思い出し、見た目事も無げに澄ましてみせる。
一見落ち着き払って見えるが、実は『月光』を握る白い手がふるふると震えていた。
――――小一時間後。
「誰も……来ない」
当たり前だった。ちょっと姿が見えないからといって、味方が探しに来る訳がない。
別に敵地でもないのに、首都のど真ん中で逸れるようなスピリット。
北方五カ国を制した精鋭部隊の一員としては、想定外もいいところな話である。
「う……」
ようやく自らの状況を理解したのか、ちょっと凹んでブルーな気分。
ブラックなのに、ブルー。覆面の下で、独り皮肉めいた笑みを浮かべる。――虚しかった。
暑くなってきたので、兜を取ってみる。眩しい日差しが飛び込み、思わず目を細めた。
息苦しい覆面を取り、大きく深呼吸。爽やかな空気を吸い込み、ようやく気分がよくなった。
「ふぅ……はあぁ……ああ、気持ち良い」
よく見渡せる景色。最初からこうすればよかったと今更になって気づき、苦笑い。
――――ところで、先程から周囲の視線がやけに痛い。二階の窓から覗いている顔もある。
「あら? ……え、え、何?」
それもその筈。彼女は先程から交差点でずっと、待ち人来たらずのように立ち尽くしているのだから。
スピリットは、美形が多い。ましてや、薄っすら紅潮した頬と人いきれでトロンとした瞳。
憂いを残した表情や艶のある髪から細かく飛び散る汗。そんな少女が、人の足を止めない訳はない。
「ふぇ……あ、あ、あ、…………」
しかし、赤面症のファーレーンにとってはそれは正に恐怖の対象。ある意味龍よりも強い敵。
ようやく気づいた顔が、一瞬でくしゃっと崩れる。茹蛸のようになりながら、慌てて構える『月光』。
「い、いやぁぁぁぁ、ニムうぅぅぅぅぅぅ……――――」
ざわっと周囲がどよめいたその瞬間、ファーレーンは一目散に飛び去った。
後に強烈なドップラー現象と、脱ぎ捨てた兜と覆面を残して。
後日、親切な人が城に届けてくれるまで、ファーレーンは自室から絶対に外へは出なかったという。