熱砂が吹き荒れるダスカトロン大砂漠を目の前に、ネリーは立ち尽くしていた。
「遅いなぁ……どうしちゃったんだろ……」
砂漠の乾いた空気は長く靡く蒼い髪を容赦無く痛めつける。
心持ち近く大きく感じる、じりじりと照りつけてくる太陽。
先の戦闘で負った傷もまだ充分に癒えて無いせいか、じっと立っているのが辛い。
それでもネリーは立ち続けた。『静寂』を杖代わりにして。
「ちぇ……お腹、空いたなぁ……」
きゅぅ、と可愛く鳴り始めるお腹。別に、罰として立たされている訳ではない。
くーるに決めすぎた防衛戦でドジを踏んだ分なら、セリアのお説教で済んでいる。
すぐ後ろに聳え立つ塔へ戻れば食料くらいはいくらでもあるのだが。
「……だめ。ネリーはお姉ちゃんなんだから。我慢我慢……」
お腹を押さえたまま俯き、溜息混じりにぼそっと一言。
砂に半分埋もれかけている『静寂』が寂しそうに光って応えた。
剣までいつもの元気が半分も出ていないのは、朝から何も食べていないせいだけではない。
顔を上げ直した途端黄色い砂が飛び込んできて、反射的に目を擦る。
拍子に手の隙間から、遠く小さな影が掠めた。
「…………あっ!」
もう一度、目を凝らす。
最初はぼんやりとしたただの輪郭だったのが、やがてはっきりと見えてくる。
間違いなく、帰って来た仲間達の一団だった。どうやら全員無事のようである。
「良かったぁ~……もぅ、遅いんだからぁ。本気で心配したじゃん」
その中でも、特に待ちくたびれていたおかっぱ髪の少女を確認した途端、
不貞腐れたような台詞とは裏腹に、少しづつ広がってくるのはどうしても笑顔。
「おーい――――っと、いけないいけない」
両手をぶんぶんと振りつつ飛び跳ねようとして、直前でネリーは思い留まった。
忘れていた。
数日前、スレギトへと向かう部隊を見送りながら、こっそりと決めていた事を。
一緒に戦えないせめてもの代わりにと、節食と同時に自分に課していたその成果の事を。
「こうしちゃいられないっ! よいしょっと♪」
急いで『静寂』を砂の山から引っこ抜き、脇目も振らずに塔の自室を目指す。
勢い良く駆け込むと同時に、小さなお尻を突き出すような格好でベッドの下に手を伸ばした。
「ん~……んしょっ、と」
そこに隠していた目的のものを引っ張り出す。
「うん、ちょっと固くなっちゃってるけど……大丈夫だよね」
出てきたのは、大きな皿に載せられた、沢山のヨフアル。
同じく後方待機中のハリオンが作ってくれた、数日分のおやつだった。
両手に抱え込んだ瞬間ふんわりと漂う匂いに思わず涎が出かけるが、ぐっと飲み込む。
「へへ。喜んでくれるかなぁ」
外から賑やかな声が聞こえ始める。思ったより早く仲間達が着いたらしい。
ネリーは慌てて部屋の扉を体当たり気味に開き、塔の入り口へと駆け出した。
マロリガンとの戦いが一体どういう結果に終わったのか、などという事には全く興味が無い。
そんな些事よりもっと今、一番大切なものの側へと飛び込む為に、『静寂』の力を引き出す。
背中に元気一杯、蒼い髪と真っ白に輝くハイロゥを靡かせながら。