異世界で

風が並木を揺らす。ヴァーデド湖から吹いてくる風の通り道が枝葉を通して目に映るようだ。
湖へ注ぎ込む川に沿って盛られた土手の上。風に髪を抑える。
今日子は歩いていた。
離れて前を行く背中。
見慣れた制服。見慣れた後ろ姿。
まるで通い慣れた通学路のよう。
だけど――――違う。

「なあ、これってフキノトウじゃないのか?」
土手の南側に降りていきしゃがみ込む背中。明るい声が、まだ冷たい初春の風と共に今日子の耳に届く。
広い紺色を見ながら今日子は立ち止まる。
(悠。あんた、変わったね)
こんな世界で、剣を握りながら。
「ほら今日子、見てみろよ」
ほころぶ前の慎ましいふくらみ。それが悠人の足下に無数に散らばっていた。
フキノトウ。
今日子達の世界、日本ではそう呼ばれていたフキの花のつぼみ。そっくりそのままにしか見えなかった。
(彼女のお陰……なんだろうな。やっぱり)
悠人と以前の中を取り戻してから直ぐに気が付いた。
彼女のほころんだ笑顔。それが悠人に向いていることに。
悠人の眼差し。それが彼女に向いていることに。
(悔しいな)
自分には出来なかったこと。妬心がチクリと胸を刺す。
「おい今日子。こっち来いって!」
大きな声に持ち前の反発心がわく。
確か悠人の好物だったはず。ピーマンは駄目なくせに。
「うっさいわね。今行くってばっ」
心の中のサクラもチレとばかりに怒鳴り返した。
つぼみのままのほろ苦さを胸に噛み締めながら、今日子は風を切って走り出す。
花ひらく前のフキノトウの中を。