目の前に積上げられている始末書の束に、ヒミカは軽くこめかみを抑えた。
「なんだってこんなに溜まってるのよ……」
第二詰所にあてがわれた一室。自分の部屋よりはやや大きいその空間を、恨めしそうに見渡す。
しかしそこにはベッドなどの調度品は殆どない。あるのはでん、と控えた大きな机と椅子のみ。
そして床にはびっしり隙間なく埋まっている書類の山、山、ちょっと束を挟んでまた山。
行ったことは無いが、前人未到のミスレ樹海みたいになっていた。
朝入室してきた時、まず最初に考えなければならなかったのは『赤光』の置き場だ。
「ごめん、窮屈で。もう少ししたら窓際の山が掃けるからさ」
日の届かない部屋の隅で寂しそうにしている薙刀に話しかける。
今の所そこしか空間が空いていないので、そこに立てかけて置くしかない。
申し訳なさそうなヒミカの声に、『赤光』はぼんやりとやや諦めたように光って応えた。
「はぁ。こんな良い天気なのにね」
今日何度目かの溜息を付きながら、ペンを走らせる。
右手の窓から差し込む暖かい陽光が、紙の上に同じ形だけ影を作って追いかけてきた。
既に日も高く上っている時刻。
自分以外の者は、恐らく屋外の訓練場でのびのびと剣を交じ合わせている頃だろう。
元々頭脳労働より身体を動かしている方が好きなたちなので、羨ましさが余計に募る。
じっとこんな所で書類整理をさせられている事自体が理不尽に思えてきて何だか悔しい。
「……ああっ! もうっ! これというのもっ!」
煮詰まって、叫ぶ。これも本日既に3回目。
大体、先日現れた、エトランジェ。それが全ての元凶だ。
さっきから目を通している始末書も、殆どがその彼に関する事ばかり。
更には事務を今までこなしてきたとあるスピリットがエトランジェの専属になったことで、
こういうお役所仕事も全て第二詰所に回ってきてしまっていた。
それが、隊長の交代やここ最近のばたばたした人事異動のせいで今まで放置されてきたのだ。
加え、第二詰所は半数が訓練未熟な年少者。
彼女達を即席で仕上げる者や家事などのことを考えると、書類整理にまで手が回らなかった。
改めて戦いを前に適任者を検討した所、ほぼ全員一致でヒミカが選ばれたという訳だった。
ある意味生贄みたいな境遇ではある。
「あ~あ……燃やしちゃおっかな……」
物騒な発言とともに、ぐったりと机の上にうつ伏せる。
すると、窓の外から騒がしい歓声が聞こえてきた。
賑やかな訓練の様子が窺え、ますます気が滅入ってくる。
「わたしだって……こんなことしている場合じゃ……」
耳にかかった髪を、軽く指で摘む。くるくると丸めて離すと、素直な直毛はさらり、と戻った。
自分で何をやっているのかと少し可笑しくなり、くすっと小さく笑ってみる。
判っている。こういう事も、誰かがやらなければならないのだという事は。
まして、今まで押し付けていた分、自分に文句を言う権利などは無い。
「これも……守るって事なのかな」
誰も居ない部屋で、ひとり溜息交じりに呟く。
戦闘以外でも。こんな面倒なことから、仲間を。
そんな無理矢理こじ付けてみた結論に、それでも『赤光』は優しく光った。
普段めったに見せない穏かなその“表情”に、更に心が軽くなる。
「……うん、そうよね。……よし! 頑張りますか!」
自らに気合を入れるように起き上がると、ヒミカは物凄い勢いでペンを走らせ始めた。
いつもの彼女に戻り、考えるより先に、動き出して。