「うーん……謎だ」 
 エトランジェ・ユートは唸っていた。 
「ユート様? どうかしましたか?」 
「あ、セリア。いやちょっと気になったことがあって」 
「はぁ」 
 セリアはユートの視線の先に目を向ける。訓練後の休憩時間、そこにはハリオン謹製のヨフアルをぱくつく同僚たちがいた。 
「あーっ、シアーそれ七個めーっ。食べすぎだよ!!」 
「だって、おいしいんだもん」 
「あらあら~、ありがとうございます~」 
 そろそろ敵の攻撃魔法が厳しくなってきたこともあり、燃えやすい人の有無を言わせぬ鶴の一声でネリシアコンビにはバニッシャーの特別指導が言い渡されていた。 
 特別講師はバニッシャーのみならずエーテルシンクでも無類の強さを発揮するラキオスの誇るクールビューティ、魅惑のセリア先生だ。ちなみにくーるではなくクールなのは当たり前。 
 魔法訓練ということで広く場所を使うために第二詰所の庭で行われた、セリア先生の厳しい訓練にひーこらいう二人。 
 ネリシアが半泣きになりながら何とか訓練を終える頃、ユートが様子を見にやってきた。 
 目を回して倒れこむ二人に苦笑しながらも二人の訓練の進みをセリアに聞いていると、甘い香りが漂ってくる。とたんに起き上がる双子。間延びした声が、第二詰所の台所から聞こえてきた。 
 そして、おやつの時間――つまり今――になる。 
 ユートとセリアはヨフアルは一つ食べたところでメインをお茶に切り替えている。そのため二人は激しいヨフアル争奪戦を繰り広げる連中とは物理的にも精神的にもやや遠い場所にいる。 
 そんななか、ユートは神妙な面持ちでセリアに問いかけた。 
「なあセリア、うちでヨフアル……ってかお菓子食べまくるのってシアーとハリオンだよな?」 
「え? ええ、そうですね。……シアーはお菓子ばっかり食べてご飯は小食なくらいです」 
 第二詰所の家事全般を担当しているセリアとしては頭の痛い問題だ。何度言っても直す気配すらない。 
「普通お菓子ばっか食べてると太るよな?」 
「それは……、そうでしょう」 
「ネリーと比べるとシアーは肉付きいいし、ハリオンは……アレだし」 
 なにがアレなのか、と判っていながらもセリアは少し目を吊り上げて問おうとする。が、続くユートの言葉にその問い詰めは吹っ飛んでしまう。 
「あの二人よりヨフアル食いまくっててあの細さのレスティーナってどうなってんだ?」 
「ハリオン、ヨフアル追加です」 
「はい~、わかりました~」 
「うっわー、レスティーナ様まだ食べるんだー」 
「すごいね~、もう十個は食べてるよー」 
 ヨフアルあるところにその人あり。ヨフアルの匂いを嗅ぎつけていつの間にかやって来たレスティーナは大食い王もかくやといったペースで食って食って食いまくっていた。 
「それは……、陛下とスピリットは別ですし」 
「いや、むしろ人間のレスティーナが太らないことのほうが変だ」 
 きっぱりすっぱり言い切る。セリアも困ったように肩を竦めるしかない。確かにあれは甘いものをバカ食いする人間の体型ではない。 
「ふふふ……」 
 ヨフアル待ちで暇なのか、やや離れている二人の会話に当の本人が首を突っ込んできた。 
「ユート、私のこの身体の秘密が気になりますか? そうですか。では教えてあげましょう」 
 いや別に、との声を無視してレスティーナはすっと胸元に手を滑らせ、 
「これぞ聖ヨト王時代からラキオス王家に伝わる秘薬、ヨーフアールゥ・ダイジョーV(註:読みはヴィ。ブイではない)!!!!」 
 ズバーン! と効果音付きで小さな薬包紙を掲げる。ネリシアはおおーっ、と我等が女王陛下の決めポーズに心奪われ、しきりに拍手をする。 
『説明しよう!』 
「うわっ」「きゃっ」 
 半ば呆れ顔で妙にテンションの高い面子を見ていたユートとセリアは、急に震えた神剣から聞こえた声に驚く。 
「おいヨーティア、いきなり神剣通信するなよ。てーか何でこのタイミングがわかるんだ?」 
『うっさいよボンクラ。説明がわたしを呼んでるんだ』 
「……お前はどこぞの機動戦艦の説明obsnかよ」 
『このヨーフアールゥ・ダイジョーVは体内の脂肪を大量に分解、水とエネルギーにしてしまう! 
 その効果は強く、一粒飲めば体脂肪が一割は減って二、三日なら絶食しても元気溌剌ぅ? オフコース!!だ。 
 ああ、薬の名前はレスティーナ殿が勝手に改名したもんだよ。昔のは可愛くないってな』 
 ユートの突っ込みは無視して説明を続ける説明obsnもとい賢者様。 
『ちなみにスピリットには効果はないよ。純粋な脂肪を分解するものだからね。 
 身体をマナを基に構成されてるスピリットやエトランジェには効かないのさ。人間に回復魔法が効かないのと逆だね。 
 難点は水も発生するからトイレにこもりがちになることと……まあレスティーナ殿を見ればわかるだろ?』 
 そこまで言って唐突に通信は途切れる。一つのことに説明が延々と続かずに言いたいことをスパッと言ってさっさと次の獲物を探しにいっているようだ。そこらはまだアッチよりはマシかな、と思いつついまだに薬を天に掲げるレスティーナを見る。 
 正確にはそのポーズをとっている以上一番目立つ箇所。 
 ユートは深い深い溜息を一つ吐き、 
「その犠牲が断崖絶壁か」 
「はぅあっ!!?」 
 思わぬ攻撃によろめくレスティーナ。反射的に心臓を両手で庇う様な形になるが……そこには柔らかい感触は、少ない。 
 あまりにも遣る瀬無く、つーと頬を雫が流れる。自分で自分に追撃をしてしまい、女王陛下はそのまま崩れ落ちる。 
「あのな、レスティーナ。薬に頼ったダイエットは最悪だぞ。特に成長期では発育悪くなるんだ。……もう手遅れだろうけど」 
 うつ伏せに倒れこんだレスティーナを指差して、 
「シアー、いいか? お菓子ばっかり食べてると太っちゃうし、それを気にして無理なダイエットをするとああなっちゃうんだ。お菓子を食べるな、なんて言わないけどほどほどにしてきちんとご飯も食べるようにしないとダメだ」 
「……うん」 
「ネリーは単純に食べ過ぎないこと」 
「はーい」 
「ハリオンはお菓子を作り過ぎないように」 
「はぁい~」 
 一人一人に確認を取るように注意を促す。珍しく隊長っぽいことをするユートに、セリアは頭を下げた。 
「あの……ありがとうございました。多分これならシアーの食事も改善できると思います」 
「はは、いいよ。反面教師がいて助かったなぁ」 
 やたら爽やかな笑顔が眩しい。 
 見本とされた断崖絶壁の周りにはしょっぱい池ができつつあった。 
「あの~、新しく焼いたヨフアル、どうしましょう~?」 
 皿の上にヨフアルが四つ。ほかほかと出来立ての湯気とともにこおばしい匂いと甘い香りが風に乗って届く。 
「んーと、ネリーはもうちょっと食べれるけど……やっぱやめとくー」 
「えっと、シアーも……」 
「ハリオンは?」 
「実は~、さっきから作り立てをいっぱい食べちゃったので~、もう食べれません~」 
「レ「しくしくしくしく」……」 
 少し考える。お土産にするのが一番簡単なのだろうけれど……焼き立てが~一番おいしいんですよ~、とハリオンが目で言っている。 
 隣を見る。セリアもまた同時にこちらを見る。そのシンクロぶりにこれまた同時に微笑しながら、 
「セリア、二つ食べれるか?」 
「ええ。ただ、後で剣の訓練に付き合っていただけます?」 
「もちろん」 
 ユートはハリオンから皿を受け取り、セリアはお茶のおかわりの準備を始めた。