「おはようございますコウイン様、さ、起きて下さい」
「コウイン様、食後のお茶はいかがですか?」
「あ、コウイン様、ジュズがほつれかけてます。縫いますね」
「コウイン様、お背中お流しいたします」
「おやすみなさいませ。あ、私の部屋はそこですので」
「…………最近クォーリンのヤツが、やけに俺に構ってくるんだ」
法皇の壁を目前にしたある日。
憔悴しきった顔で第一詰所を訪れた光陰は、俺の部屋にどっかと腰を下ろすなり、いきなりそう切り出した。
遠征から帰ってきたばかりの親友は頬がこけ、眼も少し充血している。
確かにあまりに公然とべたべたしていると噂くらいは聞いていたが、
俺は俺でヒエレン・シレタに技術者を迎えに行ったりして忙しかったので、実際に目撃したことはない。
しかしこうしてしょぼくれた光陰の姿を見てみると、結構重大な事態なのだろうかと思い、心配になった。
「お前やつれたな……いや、でも良い事だろ、部下に懐かれるなんて。どうしたんだ?」
「あれは懐くなんてもんじゃないぞ。毎朝起こしに来て毎晩風呂に乱入してくるなんて、正気の沙汰とは思えん」
「…………」
俺は、不覚にも一瞬黙った。心当たりが多すぎる。
うかつに口を開くと危険な香りがぷんぷんしてきた。
しかし俺の沈黙を肯定と取ったのか、それとも何か同族の匂いでも嗅ぎ取ったのか、
どちらにしても全力で否定したいところだが、光陰はうんうんと勝手に頷き話の先を進めた。
「で、だ。どうしたものかと思ってな。第一俺は部下と必要以上に馴れ合うつもりなんかないからな」
「あ、ああ、それもお前らしいけど。でも、そもそもなんでそうなったんだ? 思い当たる事とかないのか?」
「うむ。それなんだが、こないだの戦いでクォーリンを庇って怪我をしたんだ」
「ふんふん」
「いや、正確に言うとその側にいたネリーちゃんを庇ったついでとでも言うかな。たまたま雑談してた俺の責任でもあるし」
「ちょっと待て。お前、部下とは必要以上に馴れ合うつもりはないんじゃなかったのか?」
「あん? 何をいう、ネリーちゃんは俺の部下じゃないぞ。ラキオスは悠人の管轄だろ?」
「……まぁいいや。で?」
「あと、シアーちゃんとニムントールちゃん、それにオルファちゃんもいたがな。楽しい追いかけっこだった」
「やけに限定されたメンバーだなおい! …ってそっちじゃない! お前、クォーリンについて相談しに来たんじゃないのか?」
「まぁ落ち着けよ、こっからだ。追いかけていた俺は、彼女達がいつの間にか敵の集団に囲まれていると気がついた訳だな」
「お前が追い込んだんだろが」
「結果だけを見て行動を判断するのは実に寂しいと思わんか悠人」
「………………(こいつわ……)」
「ネリーちゃん達は驚いて咄嗟に動けない。そこで俺は、華麗に叫んだ。
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俺のプロテクションはそれはもう豪快に決まった。たちまち竜巻のようなオーラを呼び敵の攻撃を完璧に凌ぎきった」
「……お前、この経緯でその絵は詐欺だろ」
「褒めても何も出ないぜ。で、張り切りすぎて防御範囲がデカくなったのか、ついでにクォーリンも加護してたって訳だ」
「いや、褒めちゃいないが……ふぅん、でもそれだけか、懐かれた理由って。別に戦闘中なら当たり前の事だろ?」
「ああ、それだけならな。だけどな、さっきも言ったろ、竜巻って」
「? ああ。それがどうかしたのか?」
「ラキオスの戦闘服はスカートの裾が短すぎると思うぜ。俺とした事が、思わず煩悩に惑わされてしまったじゃないか」
「ハ?」
「修行不足だな。巻き上がったそれの中、女体の神秘についふらふらと飛びついちまった」
「…………」
「それはいいんだが」
「いいのかよ。よくないだろ。っていうか、反省しろ生臭坊主」
「まぁ聞けって。するとネリーちゃん達が照れて俺の攻撃を避わした所に偶然クォーリンがいてな」
「照れてない。絶対に照れてない」
「押し倒すような格好になったところに、こう、背中に敵の剣と『静寂』と『孤独』と『曙光』と『理念』がざっくりと」
「うわ痛そう。っていうか、よく生きてたな」
「まあな、修行の賜物だ。で、血だらけの俺を見て、クォーリンのやつ真っ赤になって押し黙っちまった」
「……ああ、そういう事か」
「ん? 判ってるさ、俺だって誤解されたままなのはごめんだからな。ちゃんと弁解はしたとも」
『いやこれは(ネリーちゃん達を守った)だだのついでだ、決して(おパンツにハァハァして)抱きつきたかった訳じゃないぞ』
「もちろん()部分は省略したがな。でもなぁ、こくこく頷くだけで返事もしないんだ」
「…………」
「何だかきらきらした瞳で睨みつけてくるし、次の日からアレだ。やれやれだぜ…………ん? どうした?」
「……お前ってやつぁ…………」
本気で判ってないような光陰を前に、俺は頭痛を堪えつつ長い長い溜息をついた。
いっその事、クォーリンに洗いざらい真実をぶちまけてやろうかとか、そんな投げやりなことを考えつつ。