お洒落スティーナ

こつ。

「では、リモドア方面の治安については当面軍による統制を待ちまして……」

こつこつ。

「続きまして、戦時における経済対策の是正の要請がラセリオから……」

こつこつこつ。

「引き続き、宮内省から老朽化が著しい王城の補修予算案を……」

こつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつこつ。

「……あの~、王女殿下?」
「え、あ、な、なんですか?」
言われて初めて、王座を高速連打している人差し指に気がついた。

「……いえ、何でもありません。……こほん、ですからいつまでもハリボテでは我が国の威厳が……」
一瞬の気まずい空気の後、何事も無かったかのように、つまらない討論が再開される。
ふぅ、と小さく溜息を付き、引き締め直した表情で周囲を見渡してみた。

 ―――――― 爺、爺、爺。

しかめっ面で、どうでもいい話を延々と続けている我が国の重臣達。
ラキオスを動かしている頭脳、といえば聞こえはいいけど、つまりは中年、もしくは初老の面子ばかり。
白髪や禿げかかった頭と朝からずっと付き合わされている私の身にもなって欲しい。
どうせラキオスは専制君主国家なのだから、王族の鶴の一声で決まってしまう事項ばかりなのに、
どうしてこう年寄り(←私の中で少し進化した)というのは埒も無い長話が好きなのだろう。
私まで精神的に老け込んだらどうしてくれるのだろうか。

「……あの~、王女殿下?」
「え、あ、そうですね。その件については、保留ということにしましょう」
ぶつぶつ呟いていると、また先程の重臣に心配そうに顔を覗きこまれた。
その件もなにも聞いてなかったのだから、保留にするしかない。後始末は留守にしている髭親爺に任せるとして。
「それよりも、ちょっと宜しいですか? 私、少々気分が優れなくて」
「な、なんと! 侍従、侍従を呼べ!」
「責任者は誰だっ! 今朝の食事を用意した奴の首を刎ねよ!!」
「……あのね」
途端、喧騒と動揺で慌しい雰囲気に包まれてしまう謁見の間。うかつに仮病も使えない。
心の底からの溜息をこぼし、こほん、と一つ咳払い。これで大抵は鎮まってしまう。
「落ち着きなさい。近衛大臣も、みだりに人の命を奪うものではありません」
「し、しかし……」
「おだまりなさい。これは命令です。私が下がった後も責任の追及は無用です、いいですね?」
「は、ははっ!」
平伏してしまう重臣その一。その媚びたニヤけ顔が見るに耐えず、無視を決め込んで颯爽と立ち上がる。
元気ではないかと言いたそうな空気が立ち込めるがこれも無視。ずっと座っていたので腰がちょっと痛かった。
少し足早に、その場を後にする。心配そうに追いかけてきた声々もひたすら無視。
こうして私はやっと老人の茶飲み話から解放された。というか、自分でした。

出てきた廊下に人影は無いのを確認し、無駄にひかれた赤絨毯の上を急ぎ足で抜ける。
宮廷作法がうんたらかんたら、口うるさい側近が居たら何を言われるか判らないが、知った事ではない。
長い毛並みに何度か足を取られそうになりながら、ようやく自室に駆け込む。アレはその内廃止にしよう。

「さて、と。ここからが問題なのよね……ええと、ふんふん」
机の引き出しの一番奥にこっそりと隠していた、一冊の少女向けファッション雑誌『Mana - Mana』。
これを入手するのにも悲喜こもごもの壮大なドラマがあったのだが、そんな事はどうでもいい。
そこに説明されている髪形をもう一度確かめながら、正装の鬱陶しい冠を取り外す。
もう、時間が無い。
朝方寝起きに、最早日課となっている窓の外の観察を行なっていると、ようやくそれらしき動きが見えた。
ふらふらと一人で王城の門を抜けていく後姿から、間違いない。あれは絶対高台に向かっている。
予想通りだとそろそろお腹が空いてきている頃なので、ヨフアルの店で列に並んでいるといった所か。

「ええと……ええと」
まずは頭からしか抜けないドレスを引っぺがし、適当にベッドの上へと放り出す。
隣に準備しておいたワンピースを手に取りながら、靴も脱ぎ捨てた。
「へへ。割とすーすーして気持ちいいのよね、これ。露出が多いのが多少気になるけど……」
街娘は皆、このような格好で恥ずかしくはないのだろうか。
でもスピリットのみんなも同じような服で戦ってるんだから、案外これが普通なのかもしれない。
見られる快感ってやつ? あ、そういえば初めてこの姿で会った(衝突した)時、なんだかドキドキしたっけ。
そんな事を思い出しながら、くるくるとその場で回ってみた。
ふわりと浮くスカートから、太腿がギリギリまで見えてしまう。側近が見たら、卒倒してしまうだろう。

さて、肝心なのは、ここから。胸のリボンを丁寧に束ねながら考える。
前回は、深く考えずに試してみたら、上手くいった。やっぱり今回もコレでいくべきだろうか。
ちょっと粗末にしているようで、胸が痛む。でも他に、代用が利くものも思い当たらないし。
「……え~いっ! どうせもう、食べられないんだしっ!」

どさどさどさ。

ベッドに備え付けられた天蓋を揺らすと、そこから落ちてくるのは大量のヨフアル、ヨフアル。
急に食べたくなった時の用心としてへそくりにしておいたものだが、加速する買い溜めに、次々と賞味期限が切れてしまった。
古くなって固い食感も堪らないんだけど、食べると三日は腹痛と嘔吐が続いてしまう罠。素人には全くお薦めできない。
一度国が滅亡するんじゃないかって勢いで周囲が悩乱し、国政が停滞してしまったことまである。
あの時はお腹も痛かったけど、周りの視線も痛かった。
ヨフアル王女などと妙な渾名まで影で言われ、情報部総出でその粛清に走ったりもしたっけ。若かったなぁ。

「……って、そんな綺麗な想い出に耽ってる場合じゃなかった。今日は……これと、これね」
手頃な大きさのものを二つ見繕い、片方を机の上に置く。そしてもう一個を髪の片側に。
「これが無いとどうしても安定感がね……ん、完璧」
そうしてもう一個を芯に、束ねた逆側の髪も巻き上げて、完成。窓に映った髪形を確認して、
「うん。立派なお団子頭♪」
例えば孤島で遭難とかした時なんかの超非常食も兼ねた、我ながらの名案。
二個あるから二人で分け合ったりして、それって正に“運命”だよね!

「さて、そろそろ本気で急がないと。それこそ“運命”に間に合わなくなっちゃう」
用意していた鉤を取り出し、窓に引っ掛け、その先のロープを伝って外に出る。
ナナルゥ直伝の技は、衛兵達の目を誤魔化すための必須項目。今では30秒で地上に降りられる。
裏庭の芝生に降りて、深呼吸。清々しい青空が目に眩しい。今日も、湖、綺麗だろうなぁ。

おまけ

「本当に夢のような日々だった……飾らない自分でいることもできたしね」
「レムリア……? なに言ってるんだよ。早く逃げないと」
「ううん。私は逃げちゃだめなんだよ…………私だけは……逃げちゃ、だめなの」

シュル。どさどさ。

「………………」
「………………」
「――――レスティーナ?!」
「ユートくん、ごめんね。私……嘘つきなんだ。ごめん……本当に、ごめんね」
「そんなことよりこれ……ヨフアルだったのか? そんな……そんなことって」
「あははは……すぐばれるかなって思ったんだけど、ユートくんって鈍いから」
「いや、鈍いとかじゃなくて。確かに偏執的な所はあったけど、さすがにここまでとは」
「でも、他のみんなだって同じだよね。私、ただ髪形変えただけだったのに」
「そ、そうか。みんなも同じなのか」
「結局、本当の私なんて誰も知らないから……私自身も含めて、ね」
「どっちが……本当なんだ?」
「わからないよ。もう、どっちが本当の私なのか……」
「……うん、俺もよくわからなくなってきたよ」

ふるふると自虐的に首を振り続けるレムリアと転がるヨフアルを前に、
こんなのに忠誠を誓っても俺は本当に大丈夫なのだろうか、などとドン引き気味の悠人だったorz