-なあ悠人、覚えてるか?
-はじめて会った時の事。
「ええいっ、この小僧が…汗臭い手で触るンじゃないよッ!」
背後からミトセマールに極められている光陰のチョークが強引に腕力でふりほどかれようとしている。
そのミトセマールごと今日子は光陰をも巻き込んで雷撃を落とし続ける。
今日子は、泣いている。
泣きながらも、光陰の姿を一時も見逃すまいと瞬きさえせず見つめている。
泣いて見つめながら、マナを振り絞って全力の雷撃を落とし続ける。
-なあ悠人、覚えてるか?
-はじめてケンカした時の事。
「こ…の、糞餓鬼共があぁぁぁ!」
必死で光陰のチョークと今日子の雷撃から逃れようとするミトセマールの腹を神剣が貫いていた。
永遠神剣第五位【因果】。
光陰は、自分ごとミトセマールを自分の【因果】で貫いて封じていた。
生命体としての違いとかそんな範疇を遥かに超越した、エターナルという名の敵。
その敵を倒すためには、それはありきたりだけれども…覚悟が必要だった。
自分の命や人生どころか、魂の輪廻転生さえ木っ端微塵に砕ける事もいとわない覚悟が。
-なあ悠人、覚えてるか?
-はじめて今日子に佳織ちゃんや小鳥たちと一緒に歩いた時の事を。
光陰は【因果】に、神剣の主として命を下す。
そのまま、このケバ女の神剣の力を抑え込み続けろと。
【因果】は何も言わずに、黙って光陰の命に従い続ける。
ただ一言だけを、わずかにつぶやいて。
-汝は、我が生涯最高の契約者であった。
「今日子、もっとだ…もっと、雷を落とせえぇぇぇぇ!」
更に降り注がれる紫電。
【因果】の巨大な刃にヒビが走る、光陰の身体が少しずつ金色のマナと散りはじめる。
だが、光陰よりも散る速度は遅いがミトセマールの身体も散りはじめてきている。
ふと、二人の目があう。
光陰と今日子、互いの目があう。
生まれてはじめて、自分のせいで泣かせてしまってる今日子に光陰はただ微笑む。
「お前…は、俺にとって今も昔も…最高にイイ女だよ」
そう無理やり言葉を搾り出すと、意識が急に遠くなっていく。
「没」
そう無情に言い捨てると、ヒミカは光陰が三日三晩徹夜して書き上げた原稿をゴミ箱に捨てた。
捨てられた原稿は、ヒミカ(+アシスタントのシアーとナナルゥ)に描いてもらう漫画の原作文章だった。
「なんでだっ!?」
あまりにも信じがたい、という表情で詰め寄る光陰にヒミカは冷たく言い放つ。
「オルファがキョウコ様になっただけで、あとはこの前見せてもらったのと全く同じ」
泣きそうな顔でゴミ箱から大事そうに今しがた捨てられた原稿を拾う光陰にまた冷たく言い放つ。
「なんて事を言うんだ…三日三晩もネリーちゃんかシアーちゃんかニムントールちゃんかヘリオンちゃんか。
一体誰を選べばいいのか、三日三晩も…三日三晩も寝ずに悩んでいたのに!
そりゃあ、ネリーちゃんとシアーちゃん二人一緒が一番いいのはわかっているんだ。
だがなあ、書いていたら今日子が…今日子がいつの間にか背後にいて…うううっ」
本当に泣きじゃくりはじめる光陰を見て、ヒミカはため息をつく。
ため息をつきながらも、表情は柔らかく優しいけれど。
「わざと、でしょ?キョウコ様に見つかったのは。
…キョウコ様、最近自室の隅っこで灯りもつけないでうずくまって震えていますしね。
キョウコ様には悪いけど、私とハリオンもたまたまその場面を見てしまったんです」
そう、少なくともコウインとはそういう人物なのだとヒミカは本当は理解している。
自分のほかにコウインの真意がだんだんわかってきたのはハリオンくらいだ。
当の光陰は聞こえないふりをしながら、マジ泣きしつつ原稿を大事そうにさすったりしているが。
「ともかく、コウイン様」
呼ばれて、光陰はヒミカのほうを振り向く。
「決戦前にみんなの士気を高めるため無料で配布する漫画の原作の原稿を書くの、買って出たんでしょう?
ユート様なんか、別に公演するエンゲキのほうで四苦八苦してるんですよ。
…向こうは演劇指導がよりにもよってセリアだから、なおさらね?」
そう言うと片手でなおさら誤魔化すように後頭部を掻く光陰の仕草に、ヒミカはくすりと笑みがこぼれる。
-ヘンなところで、この人はユート様に時々似てる…似てないけどたまに時々似てる。
「というわけで…わかったらさっさと戻ってリテイク、リテイク。
今度こそ気合入れなおして書き直してきてくださいね?」
とほほと背中で愚痴りながら出て行く、悠人と同じくらい広い背中を見送りながらヒミカは考える。
-本当に、どいつもこいつも自分以外の他の誰かの事ばかり大事に考えすぎるんだから。
いっそクォーリンを自分のアシスタントに加えてやろうかな、ともイタズラをも一緒に考えながら。
終わり