ハリオン~コサトの月

一面どこを見ても雪一色のソスラスで、ハリオンは食材探しの旅に出ていた。
というのも占領したばかりの街には食料を売る店どころか定住している者も無く、
従って仮の詰所とした建物にもろくな食材は無く、一同の台所を取り仕切っている身としては
それは目前に控えたエターナルとの戦いよりも重大な関心事であり、かつ大問題でもあるからで。
「せめて新鮮なお野菜でもぉ~」
などと、街の郊外まで足を運んでみた訳である。
しかし栽培の手間隙がかかるそんなものが人っ子一人居ないこの辺に都合良く生えている筈も無く、
気づけばいつの間にかより野性味の溢れる森の中へと山菜の匂いを求めて誘い込まれてしまっていた。

ぎゅっ、ぎゅっと雪を踏みしめる足音だけが聞こえてくる。
土地勘も無く、このままでは迷子になってしまいそうな状況なのだがそんな事はどこ吹く風。
「う~ん見つかりませんねぇ~……」
適当に見当を付けてはごそごそと雪山を漁ってみる。
だが、出てくるのは茶色く枯れた木の枝や凍った枯葉のみ。
「はぁ~……」
雪の冷たさにいい加減感覚の無くなってきた指先を擦り合わせながら、息を吐きつけ温める。
持ってきた籠を小脇に抱え直して更に奥に進もうとした所で、肩に担いだ『大樹』が淡く光った。
「ん~、どうかしましたかぁ~?」
ハリオンは、首を捻った。どうやら敵が近くに居るという訳でもない。
なのに、いつもは素直な『大樹』がここから動くなと警告を発してきている。こんな事は初めてだった。
「んもう~我が侭言っちゃ、めっめっですぅ~」
大きく傾いた太陽に照らされて、辺りは橙色に染まり始めている。
このままでは夕食のメニューは彩りも無い貧相な保存食を加工しただけのものになってしまうだろう。
そんなものを仲間に食べさせるのは、耐えられない。ハリオンは未だ光ったままの『大樹』を無視して歩き出した。

「あ、あら、あらららぁ~~?」
しかしその途端、『大樹』の意志は身体を勝手に操り、踏み出した足をぴたりと止めてしまう。
ハリオンの表情から余裕の色が消えた。今まで完璧に押さえ込み、いや包み込んできた神剣の強制。
その予想外の反撃に、額からつつーと汗が流れ出す。
「変ですねぇ……ん~~~っっ」
あまり緊張感の感じられない唸りを上げつつ踏ん張ってみるが、相変わらず身体はうんともすんとも言わない。
そしてその内、腕が『大樹』をくるっと持ち上げてしまった。
「きゃあっ! とっと~」
思わず足を滑らせそうになり、バランスを取る。
すると『大樹』はまるで訓練の型のように大きく旋回し、どすんと側に生える大木の幹を水平に殴りつけていた。

ばさばさばさっ。

「あら? あらあらあらぁ~」
当然樹は大きく振動し、大量の落ち葉を降らせてくる。しかしその中に、よく見ると赤く丸い何かが混じっていた。
雪に混じって目立つ色をした小さなそれを、そっと手に取ってみる。
「これぇ……木の実ですぅ~」
ハリオンは喜びの声を上げて『大樹』を見た。やれやれというような気配が刀身から伝わってきていた。

帰り道。籠一杯に溢れた木の実を抱えながら、満足気に『大樹』の柄を撫でる。
「んふふ~、今日はありがとうございますぅ~」
優しく、どこか甘えるような口調に、『大樹』は照れくさそうに光って応えていた。