崩れかけた城で

荒れ果てた城壁の隅で、二人の少女を追い詰めた。
わたしと同じ水の加護を受けたスピリットと、
その後ろの多分指揮官、大地の加護を受けたスピリット。
彼女達を倒せば戦いは終わる。これが、きっと最後。

弾き出すように飛び出てくるのはウイングハイロゥの方。
何の躊躇も無く振りかざしてくる神剣。
訓練通りに水平に構えた『存在』が受け流してくれる。
すると勢いを殺せずわたしの右へと崩れていく少女の躯。
流れるようにとても自然に隙だらけの脇腹へと吸い込まれていく『存在』。
「―――――!!」
異変は、そこで起こった。
いつの間にか差を詰めていたもう一人 ―― 緑色の髪が眼前で舞う。
無理な体勢のまま間を割って飛び込んできたシールドハイロゥ。
だけど彼女は背中を向けたままなので、そんなものは役には立たない。
左肩から喰い込んだ『存在』はそのまま背骨を通過して右腰から抜ける。
噴き上がる血飛沫。頬に当る生暖かい感触。二人はそのまま叩き飛ばされ、動かなくなった。

「……」
刃先から滴り落ちる血液が、石畳に吸い込まれていく音がとても近く感じる。
わたしはなんとなく自分の体を見下ろしてみた。点々と付着している赤。
白いわたしの服の中で、花のように咲き乱れている粘着質の液体。
心が、微かに蠢く。深く重いしこりが根を張り始める。

「……ぅ」
呻き声。
覆い被さるように倒れた指揮官の下で、蒼い髪の少女がまだ足掻いている。
突然、そちらにはまだ止めを刺していなかった事を思い出した。ゆっくりと近づく。
緑の少女の方は、もう動かない。その下で、邪魔な障害物を懸命にどかそうと暴れている青の少女。
何も映し出していないその瞳に、『存在』を振り被ったわたしの姿だけが反射する。
「待っ……て……」
振り下ろした瞬間、死んだと思っていた少女は縋りつくようにもう一人の乱れきった髪を撫でていた。

大きく破壊された壁から差し込む日光に、二人分のマナが煌く。
光球はやがて一つになり、サモドアの柔らかいそよ風に乗ってハイペリアへと導かれていく。
わたしは座り込み、ただそれを見送っていた。ずっと一つの事だけを考えていた。
「……どうして」
あの瞬間、瀕死の少女は青の少女の神剣を、最後の力で抑え込んでいた。
戦いの最中にどうしてそんな事をしたのかは、判らない。判らないけど、答えが欲しい。
わたしのどこかでそう叫ぶ何か。そんな初めての感覚に戸惑っていた。
「アセリア! どうした? まさか、どこか斬られたのか?!」
声をかけられ、ゆっくりと顔を上げる。逆光の中で、大きな掌が差し伸べられていた。
ぼんやりと、見上げる。不安そうに覗き込んでくる黒い瞳。わたしはその手を取った。
そこに答えがあるとは思わなかったけれど。それでもわたしには、取る手があったのだから。

「……わたしは、生きてみる」
拍子に、くすぐるような柔らかい風が頬を優しく撫でていく。
風はすぐに舞い上がり、やがてどこかへと消えていった。