遠い距離

「悪りいな。久々に会ったってのによ」
コウイン様が振り返って、私に小さく謝ってくれる。
数年前の戦いの日々と変わらない笑顔が訳もなくうれしい。変わったのは髭くらいだろう。
片手を挙げて悪びれることなくニカッと笑う。いつも、いつも私を救ってくれた笑顔。

私も、変わらない。コウイン様の傍で神剣を取っていた頃と同じ。
槍の柄を握りしめていた私の両手は、なんの進歩もなくて。強張りを残したままに、心をも握り固めてしまう。
だから、今、コウイン様に返した私の笑顔は、硬くなかっただろうか。

「いえ、私のことなど気にしないで下さい。ロティさん達が……きっと心待ちにしていますから」
……心待ちにしていたのは私も同じ。2年ぶりの王都ラキオス。
マロリガン地域の守備隊長の任を暫し離れ、上洛しての現状報告は私の心を久しぶりに揺り動かした。
けれど、そのたった一つの要因とは、到着1時間でお別れ。
私らしい。これも分というものなのだろう。きっと。

「それじゃ、ひよっこのお守りにちょっと行ってくらぁ。ヘリオンちゃん達も首を長くしてるだろうしな」
今度は、少し毛色の違う笑みを見せたかと思うと、そのままあっさりと大きな背中を丸めて金属製の扉へと消えていってしまった。
担ぎ上げた双身の大剣も一緒に。
「ご無事で」と言葉を掛けたのが精一杯で。やっぱり変わらない。私が見るのはこの背中だけ。
あと何歩進めば並べるのだろう? などと詮のない考えに自嘲する。あきらめて、足踏みしてるだけなのに。

大袈裟に広い実験室に低く重い唸りが満ち始める。新型エーテルジャンプ装置がイオの手によって動作を強めていく。
あと息を数度もすれば、消えてしまう、遠い異境へ転送されてしまうコウイン様。
思いをはせる間もほとんど無いままに、突然音が消え、耳が静寂に痛む。集っていたマナが拡散していくだけの余韻。
ゆったりとした白いローブが振り返って、イオが、無事に終わったことを告げてチラリと私を見た。
だけど私は、挨拶もそこそこに足早に実験室を去った。寂とした廊下に響く槍の石突きの音は、何故だかとても硬質に胸を刺す。
だから私は、一層強く槍を握りしめた。崩れないように。固く。


明後日。
南東の任地へ出立した私は、小高い丘の上、エクゥの背中で振り返る。
見えるのは、草原と霞む山並み。ラキオスの城壁がもうあんなに小さい。
ちっぽけな風が私をなぞって逃げてゆく。エクゥを促す私の後ろ髪をわずかに揺らしながら、遠く。