わたしのゆめ

─────それは、ヘリオンが買い物をしに、商店街のあちこちを回っていたときのことだった。

道端で子供たちがいた。
10歳くらいの少年が二人と少女が一人。
見るからに仲のよさそうなお子様トリオが、笑顔でしゃべりながら遊んでいる。

「なあなあ、二人とも将来の夢ってあるか?」
なんとも、子供らしいような会話の内容だ。
ヘリオンはすぐそばの店で食材を選びながら、その子供たちの会話を無意識のうちに耳に入れていた。

「そうだな~、じゃ僕、王様!」
「え~?おうさま~?」
少年のうち一人が出した将来の夢に、少女は卑下するように突っ込む。
「おうさまより、じょおうさまのほうがいいよ~」
今の政治はレスティーナ女王陛下が身を入れて取り組んでいるし、何より若くて美人だ。
そちらのほうがいい、というイメージが焼きついているのだろう。

「俺はやっぱり戦士だな!強くてカッコイイやつに俺はなる!」
「え~?せんしって、えとらんじぇのゆうしゃさまみたいな?」
「そうそう!やっぱりさ、ああいうのって憧れちゃうよなぁ~!」
戦士志望の少年。どうやら、あのソゥ・ユートに対して憧れの念を抱いているらしい。
それを聞いたヘリオンは、心の中で腕組みをして「そうですよね、そうですよね」と頷いていた。

「そ、そうかな~?確かに戦ってるときはカッコイイけど、なんか普段は間が抜けてる気がする・・・」
王様志望の少年が鋭い指摘を入れる。
「そうね~。なんか、ヘタレしゅうがするっていうか~・・・」
女王志望の少女がさらに追い討ちをかける。
この少年少女、人を見る目はすでに人一倍発達しているようだ。

「つ~ま~り~」
「な、なんだよ、つまり、って・・・俺に戦士は似合わないって言うつもりじゃないだろうな」
「そんなこといってないじゃん。あたしがいいたいのは、つよいせんしになるためにはぁ~・・・」
「な、なるためには・・・?」
戦士志望の少年(とヘリオン)は、ごくりと固唾を飲んで少女の次の言葉を待った。

「ヘタレで、ふだんはさえないおとこになればいいのっ!」
「はぁ!!?」
同時に、ヘリオンは「そんなわけないでしょうっ!」と突っ込みを入れる。

「え?」
「おねえちゃん、だれ?」
「へ。あ、いや、その・・・な、なんでもありませ~んっ!!」
なんだか居た堪れなくなってしまったヘリオンは、ささーっと逃げるように帰るのだった。

─────んで、その後の第二詰所。
「・・・って事が、さっきありまして・・・」
ヘリオンは、テーブルに肘をついて手にあごを乗せた、笑顔のハリオンにさっきの事を話していた。
「なるほど~・・・それでさっさと帰ってきて、ヨフアルを買い忘れたんですねぇ~?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

その輝くような笑顔に、殺気と言い知れぬ迫力を込めてヘリオンを見つめるハリオン。
「ひゃぃっ!か、勘弁してくださぁいっ!」
すぐさま泣きそうな顔で許しを請うと、ハリオンの殺気はふっと消え去る。
「まぁいいですよぅ~。お茶請けのお菓子は、まだ余ってますからぁ~」
「(ほっ、た、助かりましたぁ・・・)」
その言葉にほっと一息つくヘリオン。
お茶請けのお菓子はハリオンのティータイムには絶対に欠かせないもの。
お菓子のないティータイムなど、クリープの入っていないコーヒーのようなものらしい。

「でも、その子達、面白いお話をしてましたね~」
「へ?そうですか?」
「『将来の夢』ですよぅ~♪ ヘリオンは、なにか将来なりたいものはありますか~?」
「将来、なりたいもの・・・」
そう聞かれて、ヘリオンは上を見上げてうーん、と考え込んでしまう。
「(わたしが将来、一番なりたいものっていったら・・・)」
すぐに浮かんだ答え。それは・・・

 ユ ー ト 様 の お 嫁 さ ん ・・・ っ ! !

「(そ、それはっ!!い、いや、確かにそうですけど、はぅうっ!ハリオンさんにそれを話すわけにはぁ~・・・)」
「ヘリオン~?どうしたんですか~?早く教えてくださいよぅ~」
頭の中でてんやわんやしていると、ハリオンは不思議そうに声をかける。
「え、えっと~、それはぁ~、えっと・・・」
代わりに何を言ったらいいかを模索しているうちに、ハリオンは笑顔で諭すように言った。
「今ないんでしたら、無理に探さなくていいんですよ~。ヘリオンは若いですから、まだまだ時間がありますよ~?」
「はうぅ・・・だったら、急かさないでください・・・」

「私は、やっぱりお菓子屋さんですねぇ~♪」
「それはみんな知ってますよぅ・・・」
「それもそうですねぇ~・・・あ」
何を思ったのか、ハリオンは手をぽん、と叩いて何やら提案してくる。
「そうですヘリオン~。せっかくですから、みんなの将来の夢を聞いて回りませんか~?」
「あ、それいいですね!早速行きましょうっ!」
・・・ってなわけで、ヘリオンとハリオンは第二詰所のメンバーに将来の夢を聞いて回ることにしたのだった。


二人が食卓から飛び出すと、いきなり第一村人発見!
訓練から帰ってきたニムントールとファーレーンに遭遇したのだった。

「あら、ヘリオンにハリオン・・・どうしたんですか?」
「えっと、突然ですけど・・・」
「ニムントールに、ファーレーンは~、将来の夢って、何かありますか~?」
「はぅ・・・」
言おうとしていたことをハリオンに先に言われてしまうヘリオン。
少し考えるファーレーンに対し、考えるまもなく、先にニムントールが口を開いた。

「別にない」
「え?・・・な、なんでですか?」
ヘリオンがそう質問すると、ニムントールはヘリオンを睨みつけるような目線で答える。
「今がどうなるかわからないのに・・・そんな面倒なことを考える余裕なんてないから」
「ぅ・・・」
それは正論だった。
今は戦時中。いつどこで戦争が起こり、自分たちが死地に向かってもおかしくない状態。
今を生き延びることを考えなくては、将来などないのだ。

「確かに、そうかもしれません」
ニムントールの意見に、ファーレーンは少し意味深に同意する。
少し考えるようにすると、その場にいるニムントールに言い聞かせるように言った。
「ですがニム、私は将来の夢があるからこそ、そのためにがんばって生き延びようって気になると思うのです。
 私は将来もニムとずっと一緒にいたいですから、そのために、強くなって生きようとしているのです」
ファーレーンの本音が、ニムントールの心を強く刺激する。
単純な一言には、それだけに深い深い思いが込められていた・・・
「・・・お姉ちゃんが、そういうなら。私も将来の夢、考えてみる。・・・いつになるか、わからないけど」

「はい!ニムントールの夢、聞かせてもらう日を楽しみにしてますから!」
「あ、ヘリオンには聞かせない。聞いていいのはお姉ちゃんだけだから」
「な、なんでですかぁ~!?」
「恥ずかしいんですよねぇ~、ニムントール~♪」
ハリオンがそういうと、ニムントールは瞬時に顔を真っ赤にして反論してくる。
「ちっ、ちがうっ!お姉ちゃん以外には聞かれたくないだけ!」
「ふふ、楽しみにしていますよ、ニム」
ニムントールとファーレーンはそういうと、少し楽しそうに、その場を去っていった。

「えっと~、お次は・・・」
「ねーねー」
ヘリオンが次のターゲットを探そうとすると、廊下から声とともに影が二つ飛び出した。
第二詰所の蒼い双子のアイドル(?)のネリーとシアーだ。
「何のお話してたのー?」
「お菓子のお話~?」
先ほどの話の内容を聞きたがっている様だ。ヘリオンは、早速二人にも聞いてみることにする。

「えっとですね、ネリーとシアーには・・・」
「将来の夢って、ありますか~?」
またもや先に言われてしまった。でもそんなことはおくびにも出さず、返答を待つ。
「将来の夢ー?・・・うーん」
あまり普段物事を深く考えていないせいか、ネリーにも特に決まった夢はないらしい。
うんうん唸ってネリーが考えているうちに、おずおずとシアーが口を開いた。

「将来は~・・・、わたしは、えっと、ユートさまのおよめさんになりたいな~」

一瞬、空気と時間が凍りつく。
「・・・・・・・・・へ?」
「あー!シアーずるーいー!!ネリーもユートさまのおよめさんになるー!」
とんでもない爆弾発言をしたことを、シアーは気づかなかった。もちろんネリーも。
今、ヘリオンの心の中に、小さな黒い炎が産声を上げたのであった・・・

「(ま、まさかっ!そんなっ!こ、この二人はもしかして、いやもしかしなくても、ら、ララ、ライバルッ!?)」

「あらあら~、だめですよ~?だって、ユート様は私みたいな大人の女の人が好きなんですから~♪」
ライバルがまた一人増えた。いや、悠人はご存知のとおりあんなお人だ。
放っておくとラキオス中の少女、女性がライバルになりかねない。
「だめだめっ!ユート様はネリーみたいにくーるなオンナが好きなんだからっ!」
「ネリー、ユートさまはおとなしい子が好きだと思うよ~?」
「わ、私だって負けないんですからっ!」
・・・・・・

ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ・・・・・・
ソゥ・ユートのお嫁さんの座を巡って大騒ぎしている四人。
その様子の一部始終を、第二詰所の年長組、セリアとヒミカが傍観するように遠くから見つめていた。

「あーあーあーあ・・・なにやってんだか」
「・・・完全に趣旨忘れてるわね。特にヘリオン」
「ま、いいんじゃない?すごく平和そうだし・・・あ、そだ。セリア、ちょっと頼まれてくれる?」
「何を?」
セリアが尋ねると、ヒミカは財布と小さな紙を取り出してセリアに手渡した。

「さっきヘリオンが買い物してきたんだけどさ、ちょっと足りないものがあるの。
 本当は本人に頼もうと思ってたんだけど・・・あの様子じゃ、ね」
「そのくらいなら別にいいわよ。そのかわり、帰ってくるまでにあの四人止めておいて」
「う~・・・」
ヒミカの返事も聞かずに、セリアは逃げるようにお買い物へと出かけるのであった・・・


「将来の夢、か・・・」
セリアは一人、夕闇に染まりつつある町を歩きながらそんなことを考えていた。
ニムントールと同じく、今を生き延びることで精一杯で、将来のことなど考えたこともなかった。
こういうことは、考えて見つかるわけじゃない。
でも、何か自分にも将来やりたいことを見つけなくてはいけないような・・・そんな気がしていた。

商店街に向かって、石畳の道を進んでいく。
角を曲ったところで、二人の少年と一人の少女が遊んでいるのが目に入った。
よくあるほほえましい光景だろうと、その三人の横を通ろうとしたとき・・・
「あ、スピリットのおねえちゃんだ!」
突然、そういわれて足を止める。
その三人のほうへと視線を向けると、そこには、目をきらきらと輝かせた子供たちがいた。
子供の相手をする余裕はないのだが・・・何なんだろうと思って、声をかけてみる。

「何かしら?」
「えっと、その、お礼を言おうと思って!」
・・・お礼?
セリアは心の中で首をかしげていた。
自分はこの子供たちに対して何かしたことがあっただろうか・・・と。

「あのね、あの・・・いつも、このまちをまもってくれてありがとう!」
「俺たち、応援してるから!がんばってくれよな!」
「その・・・ほかのみなさんにも、よろしくって、言ってください!」

「・・・!」
それは、戦いに身を投じ、この町を守ってくれているセリアに、いや、スピリット隊の皆に対しての礼だった。

今までセリアはこの町を守るつもりで戦ってきたわけではなかった。
でも、今この子供たちが気づかせてくれた。
自分たちがしていることは、この町や、この子供たちを守っているということでもあるということを。

「それじゃ、その・・・さようならっ!」
「あ、ちょっ・・・」
言いたいことを言ったからなのか、セリアの返事も聞かずに、子供たちは走り去っていく。

「・・・・・・見つけた」
元気に走り去っていく子供たちの背中を見て、セリアの中で何かが生まれた。
自分に唯一できること。それによって救われる多くの命。
その中で・・・儚い、小さな命。
それを・・・護りたい。


「子供たちを護るスピリット、か・・・私の将来、それもいいかもしれないわね・・・」