幻遠

「お・・・いちゃ・・・て」
ゆさゆさと揺すられる ああ もう朝か けど眠い まだこのまどろみの中にいたい
「う~ん 悪いけどもう少し寝ていたいんだエス――」
「お兄ちゃん!」
「!あ ああ佳織か。悪いすぐ起きる」
頭が重い
「うん 時間ぎりぎりだよ 早くしないと学校に遅刻しちゃうから あと――ごめんなさい なんでもない」
パタンと扉が閉じられた
―アト サッキ ダレノ ナマエヲ ヨンダノ?―
頭を振る 早いとこ着替えて行かなければ 制服を捜す おかしな話しだ いつも同じところにかけてあるはずなのに
ああ何年も過ごしているこの部屋に何故こんなにも―カベニ アタマヲ ウチツケタ アトガ―違和感を感じているのだろうか
 求めを失い戦う力を無くした俺が佳織と共にファンタズマゴリアから帰えってきてからもう一週間がたとうとしていた
 そう もう一週間も
「あっ おはようございます悠人先輩 今日もいい天気ですねーって今日は曇りですよ 曇り しかも午後から雨ですよー 雨 あ傘を持ち-―」
「おはよう 小鳥」
真冬に降り注ぐ真夏の太陽の日差しの中でロックとクラシックを最大音量でかき鳴らしたような元気さ(やかましさ)で挨拶してきた小鳥を黙らせ
「あーダメです だめだめですよ 一日は朝の挨拶から始まるんですよ それなのにそんな元気のない――」
「早くいくぞ 遅刻する」
ほって置くとどこまでも暴走する奴なので早めに止めておく 実際付き合っていたら遅刻してしまう
「あー!待ってくださいよ 先輩」
「待って お兄ちゃ、きゃあっ!」
べちっと派手に顔から転ぶ佳織
「おい 大丈夫か?」
「あっ うん ごめんね お兄ちゃん」
 転んだ佳織の手をとる
―ん。わかった ユートがそういうなら―
「お兄ちゃん?」
「ん?あ、ああ ほら まったく ドジだな佳織は」
そういって手を引っ張って起こしてやる その光景が
―私は生きてみる―
少しだけあの日と重なってみえた。

ここ最近空を見ていることが多い気がする 何故だろう 多分
―ソレダケハ カワラナイカラ―
「おい 高嶺 聞こえないのか!」
「え?あっ すいません」
「まったく お前この頃ぼーとしすぎだぞ」
クラスのところどころからクスクスという笑い声が聞こえた
別にぼーとしてたから聞こえなかったわけじゃない ただ 高嶺 といわれて自分のことだと認識するのに少し時間がかかるだけだ そう―アチラデハ ソウ ヨバレルコトハ ナカッタカラ―
「高嶺君?高嶺君ってば」
「えっと ごめん 何?」
「何って 本当に大丈夫なの?」
気がつけば休み時間だ クラスメイトといっても悪いが名前も覚えていないが純粋に心配してくれているのだろう それはうれしいことだ だから、
「ああ 大丈夫だ 心配してくれてありがとう エスペリア」
「エスペリア?えっと・・・誰?」
「・・・いや ごめん 本当ぼー としすぎだな」
ああ 本当に どうしようもないな俺

放課後 目的もなくぶらついた
バイトまでまだ時間がある
―タノシソウナ フタゴノ シマイガ イル―
こうやってのんびり歩いてみると今まで気にしたことはなかったが町にはいろいろな人がいるものだ
―ヤサシソウナ アネト チイサナ イモウトノ シマイ―
ああ
―ムジャキニ ペットト タワムレル ショウジョ―
本当に
―オイシソウニ ワッフルヲ タベテイル―
本当に色んなひとが
―ポニーテールノ ツインテールノ―
いろんなひとが
―ムクチナ カミノミジカイ ハダノクロイ ムネノオオキナ―
イロンナイロンナヒトガ
「あれ?」

気が付けば行き止まりだった。
「な・・・んで・・・」
なんで?知っていたはずだ いったいお前は何年ここに住んでいるんだ?
―サア イコウ―
この先に道なんてない ましてや
―カノジョタチガ マッテイル―
ここはファンタズマゴリアでもラキオスでもないんだ だから
―サア カエロウ―
 この先には 何もありはしない
「っ―――――――――――!!!」
叩く 目の前の壁を 叩く、叩く 叩く 叩く 叩く
「あっ
―ユートはカオリのお兄ちゃん!オルファのパパ!ユートォ~―
ああ
―はい~。・・・わたし、いつかお店を持つのが夢ですから~―
―演奏を、カオリさまと―
うわああああああああああ―――――――――――!!!!」
胸が痛い 今まで感じたどんな痛みよりも 壊れそうだ 心が 体が
 痛い
雨が頬を―ナミダガ ホホヲ―伝う
そういえば、午後から降るといっていたな
なにをしているんだ 自分が決めたことなのに それなのに今更―ナニヲ コウカイ シテイル?―
よく大切なものは無くしてから気付くっていうけど ああ 本当に
「お兄・・・ちゃん?」
本当にどうしようもない
「何してるの?そんなところで」

それは今の自分を一番見せたくない相手で
「いや・・・ちょっと 迷ってた」
「?お兄ちゃん 大丈夫、って その手どうしたの?怪我してるよ」
「ん・・・いや これは・・・」
大丈夫だ 普通にしてろ そうしていれば 感づかれないし ばれも―バレナイ ワケ ナイダロウ―しない
「お兄・・・ちゃん・・・」
佳織が一歩後ずさる
「どうしたんだ 佳織」
雨が降っている 佳織の頬を雨が―カサヲ サシテ イルノニ―つたう
「・・・やっぱり お兄ちゃんは・・・けど 私の為に・・・」
やめろ やめてくれ
「か・・・おり」
何か 何か言わなければいけない なのに
「やっぱり・・・私は・・・お兄ちゃんの・・・重荷になってるんだね」
何も言えない ただ 去って行く姿を見送くるだけ
―キズツケタ―
たった一人の肉親を
―キズツケタ―
守ると決めた人を、俺が
―傷つけた―
「はっ、はははっ―――――ああああああああ!!!!」
情けない 惨めだ 俺は、俺は
―戻りたいですか―
「え?」

頭に直接響くような声 目の前を見ると
―戻りたいのですか?戦う力を失ってできることなどなにもない貴方が―
巫女装束を纏った人がいた
「俺は――――戻りたい 皆のところに なにもできないかもしれない それでも!居たいんだ 皆と 居たいんだ。」
―わかりました けど
何故だろう 彼女はとても悲しそうな顔で
きっと あなたはそれでは満足できないから だから―

        ―ごめんなさい―

「うわぁ!って・・・あれ?」
夢?ああ夢だろう その証拠にその内容が朧げじゃないか
 コンコン
「・・・ユート。いいか?」
 ノックをしたものの返事も聞かずに入ってくるアセリア 相変わらずマイペースな
「どした?こんな時間に」
 ―きっと 貴方はそれでは満足できないでしょう 貴方はどうしようもなく不器用で優しい人だから 自分が傷つくのは我慢出来るのに人が傷つくのを我慢できない人だから―
「ん・・・・・・・ペンダント出来た。だから持ってきた」
―貴方は戦う為の力を願うでしょう たとえその為にあれほど苦しみ求めたものを手放すとしても ―
 ―たとえ あなたが私を責めなくとも それを奪うことになるのは私 私が貴方の中に可能性などみつけなければ―
      ―だから ごめんなさい ユートさん―