時のなごり

時が行けば 幼い君も
  大人になると 気付かないまま♪ グスン

「そこで、あたしを見ながらむせび泣くんじゃないっつーのっ!」 スパーン 「おごぉ!?」
 ゴトン クワァァーンン――――
ソファーから立ち上がりざまにはなったハリセンが光陰に会心の一撃をかまし、マイクの不協和音が容赦なく部屋に奏でられる。
そんな光景に、浅見ヶ丘学園の制服を着た女生徒のうち一人は「だいじょーぶですかー」とまったく気の入ってないお悔やみを述べ、
「碧先輩生きてますか?」ともう一人は、カラオケボックスの床で往生寸前五秒前な光陰に一応気遣いの声を掛けて上げる。
「おぅ……俺はもう駄目だ、だから最期に君の膝の上でぐぶべっ」
肩胛骨の中心に乗った今日子の足が手心(足心?)無くぐりぐりと光陰の肺腑を圧潰する。流石に靴は脱いであったのがせめてもの惻隠の情なのだろうか?

………
……

「まったくこのバカは」
ぐびっとオレンジジュースを飲み干す今日子。
「ふぃー相変わらず容赦ないな」
睨まれるのも受け流し、むしろ嬉しそうに見えるのはやっぱりあれなのだろうか、と先ほど光陰をほんの少し労ってあげた女の子は思ったりする。
相方の子は、
「それはそうと碧先輩。高嶺先輩はいつ来るんですか?」と聞く。
「え? 悠も来るの?」
今日子の疑問。ギクリとする光陰。
「ゆ、悠人の奴は、あ、あれだ、えーもう10分もすれば来るよ。そ、そんなことより佳代ちゃん俺とデュエットしよ~」
にじり寄る光陰の首根っこをむんずとひっつかんだ今日子のこめかみに青筋が立つのを、
佳代と呼ばれた子は目の辺りにしたが、いつもの漫才だからスルー。
それよりも、聞き捨てならない誤魔化しに追求の火の手が上がる。
「佳代。このバカ悠も来るって言った訳?」
「はい。ね? 由加里」
「うん」
短めのポニーテールが前後に揺れて肯定の意を示す。

「こーーーいーーーんくーーーん?」
少し青くなってるような気もするが同情の余地は錐を立てる程も無い。
「悠は今日コンビニのバイトだって言ってたっしょ! 悠を出汁に二人を誘ったって訳ね?」
「い、いや人聞きの悪いことを言うな今日子。悠人はおごぅっ」スパーン
「非道い。騙しましたんだ先輩!」スパーン
「わ、私も」スパパーン
先輩今日子と後輩二人の三連発に沈んだ光陰は今際の際にダイイングメッセージを残すことも出来無かった。
「まったくコイツは。ごめんね二人とも。今日は光陰のおごりだから」
手を合わせてゴメンねのポーズに、由加里と佳代の二人は、
「ブラスも休みだったから気にしないでいいですよ」
「おごりなら、まいいかなー」
とそれぞれ答えて、即身仏に進化した光陰をうっちゃってメニューを物色する。
どっちにしろおごりだったと人は言う……。

そして……きっかり10分後。部屋の扉が開き、
「いやー悪い。シフトが代わったのはいいんだけどそのくせその人がなかなか来なくてさ店長に捕まっちまった」
参上した悠人は、走ってきたのか息せき切っていた。視界の隅に屍を発見したが、
「あー高嶺先輩!!」
「先輩来れたんですね」
と後輩二人に挟まれて、ソファーに誘導。
いじけた光陰は今日子の謝罪を込めたお酌と後輩二人のお愛想で復活した。
「今日子~ほら頭にコブ出来ちまったよ。さすってくれ~」
「はいはい」
さすさす。引け目があるので偶の優しさが出てきてくれたものの、気恥ずかしさが邪魔をする。今日子は結局強気と裏腹、こういうのが苦手なのだ。
だからなのかなんなのか、「ういやつういやつ、ほれ近う寄れ」と言葉と逆にひっつこうとする光陰に安定パターンでハリセン炸裂で元通り。

こうして過ぎ行く青春の1ページ。西暦2008年冬の入り口。