「よっと」
ふわあっ、と広がる白い波が、午後の柔らかな日差しを照り返しながらエスペリアの目の当たりでたゆたってゆく。
密やかに落ち着いてゆく波頭を生白い手がさっと払い、エスペリアの一つの日課であり楽しみでもある瞬間が仕上がった。
少々淑やかさに欠けるかけ声はご愛敬。エスペリアはくるりと部屋を見渡し、やり残しが無いかを確認する。
今し方整えた悠人のベッド。純白のシーツから弾む光に目を細める。
――ふふ。なんだか気持ちがいいですね。
満足気に頷いて、部屋を出て行こうとするエスペリアは視界の中に見慣れない物が有ることに気が付いた。
テーブルの上。青い表紙の絵本に押さえられたのは小さな紙片。
――なにかしら?
手を伸ばして絵本をどける。手のひらに載せ開くとそこにはたどたどしい字……。
――ユートさま……。
思わず口を覆う手。なんでもない「いつもありがとう」の文字。
きっと絵本をお手本にして書いたのだろう、オルファよりも酷い文字。
ツンとする鼻を押さえて……エスペリアは小走りに悠人の部屋を後にした。
自室に戻り、そのままドアに背を預け目を閉じる。
――わたくしは汚れています……。だから優しくしないで。
けがれ無き言葉はただ白い波のように、抑えつけた想いをたゆたわせる。
それは、いつまでも止むことは無かった。