スナオになれない心 序章─始動─

─────気がつけば、それが当たり前だった。
自分がいて、すぐそばに誰かがいてくれて、戦って、生きているんだなって実感していること・・・
でも、どうして自分がそんな中にいるのか、その理由や経緯は知らない。
自分がこれからどうなっていくのか、考えたこともない。知ろうとも思わない。
だって、どうでもいいから。わからないし、無駄だし、言う事を聞いていれば生きられるから・・・

・・・・・・何より、『面倒だから』。

そう思っていた少女がいた。
でも、その少女はまだ知らなかった。
それに触れることによって、見えてくるものがあるということを。
それに触れることによって、本当に大切なものを手に入れられるということを・・・


─────この物語は、戦いの中で生きる意味を見出す一人の少女の物語である・・・

─────生命は、生命によって生み出され、育まれる。
それは、動物も植物も、人間だって同じこと。
・・・だが、この世界には、たった一つ、どうして生まれるのかちゃんとわかっていない生命がある。
人は、それを『スピリット』と呼んでいた。
『スピリット』は、人間と同じ姿をしているが、髪や眼の色が違うということから軽蔑の対象となっている。
しかし、どういうことか『スピリット』は人間に対して従順であり、人間はそれを利用する。
どこからともなくぽっ、と現れるから、元を気にする必要もない。
・・・・・・死んだって困らない強力な兵器として、戦争に使われる。

そんな呪われた宿命を背負った生命が、また一つ、この大地に生まれ落ちようとしていた・・・

─────様々な気候の入り混じる広大な大地、その北方五国に位置する国の一つ、ラキオス王国・・・
その王座には、立派な髭をたくわえた初老の男が一人、踏ん反り返るように座っている。
その王の御前には、王国で働いているであろう、数名の男女。

「・・・以上で、報告は終わりです」
男女のうち最後に報告した一人が、そう言って王に言葉を促す。
「たったこれだけなのか。最近に見つかったスピリットというのは・・・」
王はそうつぶやくと、眉間に皺を寄せ、一気に険しくなった顔を目の前の男女に突きつける。
よほど王を恐れているのか、男女は誰も王を見れなくなり、膝を突いて顔を伏せてしまう。
「こんなことでは、国力を増強することなどできん!もっとスピリットを探してくるのだ!」

このとき、男女の誰もが思っていた。
『このお方は無茶なことを言う』・・・と。
いつどこに生まれてくるかわからないスピリットを探すなど、草原に逃げ込んだ蟻を探すようなものである。
そもそも、この国はそれほど領土が広いわけでもない。
探す範囲が限られているわけだから、見つかるものが少ないのも当たり前なのだ。

「・・・ふん、今日はもうよい。引き続き捜索しつつ、スピリットを立派に育成するのだ!」
そんな王の怒号とともに、恐れと緊張の時間は終わっていった。
三々五々、数名の男女は敬礼をしながら王座の間を後にしていく。

「ふう、やれやれだ・・・」
王座の間を離れ、思わずそう愚痴をこぼす、がっちりした体格の、大雑把そうな角刈りの男。
「・・・そうですね、いつもより疲れてしまいました」
その男の愚痴に反応するように、長い髪の、豊満な体型でのんびりした性格の女性が話しかけてくる。

「スピリットをさがせっつったって・・・こちとら数人いるだけでも奇跡みたいなもんなのにな・・・」
「あなたの所が羨ましいですよ~。私のところなんて、ずっと前から一人しかいないんですから」
その女性の言葉に、男は鳩が豆鉄砲食らったように驚いた表情になる。
「・・・それ、本当か?よく今までお叱りを受けなかったなぁ・・・」
男がそう言うと、女性はくすくすと笑いながら、悪戯っぽい顔で答えた。

「ずっと前から叱られてますよ?でも、『しっかり育てるためだ』っていうと、引き下がってくれるんです。
 ・・・まぁ、流石に、まだ幼いあの子を戦場に出すわけにも行きませんからね~」
「・・・羨ましいのは俺のほうだよ。こっちなんて、即戦力になりそうなのが何人かいるから・・・
 訓練しろ、訓練しろ、やれさっさと戦場に出せだのうるさくってかなわん」
二人がお互いの施設にいるスピリットについて語りだす。
どんなに辛い内容でも、こうして口に出してしまえば多少なれとも楽になってしまうから不思議なものだ。

───── 一通りのことを二人が言い終えたあたりで、城の門のところまでたどり着く。
門から外を見ると、そこには稲光とともに大量の雨が降り注いでいた。
「・・・うわ、こりゃひっでぇや。ちゃんと帰れるかな~・・・」
「あらあら、これは困りましたね~・・・」
男は後頭部をぼりぼりと掻きながら、女性は口に手を当てて困惑していた。
しばらくそうしていると・・・

「おねえちゃ~ん!」
そう叫びながらとことこと駆けてくる、大きな槍とフードつきのコートを持った緑色の髪の少女。
「あら、ハリオン。どうしたのですか?そのコート・・・」
「はい~。雨がふってきたから、くんれんじょにあったのをもってきたんです~」
ハリオンと呼ばれた少女は、少し息を切らしながら、笑顔でそう説明する。
男は、少しあきれたような表情で、その笑顔のハリオンを見ていた。
「おいおい・・・大丈夫なのか?」
「ん~、まぁ、大丈夫でしょう?このコート、お城の備品みたいですから、後でちゃんと返せば・・・」
男は益々呆れた。子が子なら育ての親も育ての親だった。

「あ、でも、おじさんのはここにはありませんよ~?」
「あ~、でも、訓練所にはまだ残ってんだろ?自分でとりにいくからいいよ」
「それでは、私たちはお先に失礼しますね~」
女性はハリオンからコートを受け取るなりさっと羽織ると、軽く会釈をしてハリオンとともに城を出て行った。
「・・・似たもの同士、ね・・・まぁ、お似合いですな」
二人がいなくなるなり、男はそう呟きながら訓練所に向かうのだった。


「・・・っておい!もうコートがなくなってんじゃねーかっ!!」
男の前にすでに数人、コートを借りていまいもう残っていないのだった。
結局、男は高いお金を払って馬車を使う羽目になったという・・・


─────それから数時間後、男はようやく自分の管理する施設まで帰ってこれた。
「やれやれ・・・ご苦労さんです」
男は御者にそういうと、御者は無言でぺこり、と会釈して、ぱからぱからと馬の蹄の音を立てながら去っていった。
すぐさま男は施設の扉に手をかけ、逃げ込むように中へと飛び込む。

「ふぅーい。風引いちまうところだったぜ」
男は参ったように呟くと、廊下の角からひょっこりと小さな影が飛び出す。
・・・が、その影の眼は、男の顔を捉えた途端にまたひゅっと廊下の角に隠れてしまう。

「・・・ファーレーンか?」
男が呼ぶようにそういうと、こんどは警戒心を解いた動物のように飛び出してくる影の主。
それは、青に少し緑がかかったような髪と眼の色をしたまだ幼いスピリット、ファーレーンだった。

「おかえりなさい・・・です」
「変な言葉遣いするな。・・・ほかのやつらはどうした?」
飛び出してきたはいいが、今度は花瓶台の陰に隠れてしまうと、怯えたような眼で話し始める。
「もう・・・寝ました」
「そうか・・・まあ、結構時間食っちゃったからな。しかたね~か」
そう言って、男は靴についた泥をふき取ると、どしどしと音を立てて廊下を歩いていった。

くい、くいっ。
「ん・・・?」
何かにズボンの裾が引っ張られる。
それに応じるように振り向くと、案の定顔を伏せたファーレーンが裾を引っ張っていた。
「あ、あの・・・」
「なんだよ?もう遅いんだから、ファーレーン、お前も早く寝たほうが・・・」
ファーレーンに睡眠を促そうとした、その時・・・

きゅぐうぅ~~~っ。
二人の腹の虫が同時に廊下という空間にシンクロし、鳴り響く。
「あ~・・・そういや、まだ飯食ってなかったな・・・って、ファーレーン、お前もか?」
ファーレーンはこくり、と頷くと、蚊の鳴くような声で話し始める。
「お姉ちゃんたち・・・食べさせてくれなかったんです・・・おなか、すきました・・・」

「・・・ったく、あいつらは・・・もうちょっと仲良くできんのかね・・・」
ファーレーンはこの施設では最年少。そして、その上には三人の大体同年代の先輩のスピリットがいる。
その三人の神剣の位は第八位と第九位。で、ファーレーンの神剣【月光】の位は第六位。
長いことこの施設で、いがみ合うこともなく暮らしてきた彼女たちだったが・・・
ある日突然、ぽっと現れた(拾われた)ファーレーンがやってくると、それは急変した。

なにしろ、まだ幼少で神剣を扱えないとはいえ、神剣の位ははるかに高いのだ。
将来的に強さを約束され、それでなくてもこの時点で上の連中はファーレーンの方をチヤホヤする。
彼女たちはそれが気に入らなかった。
おまけに、臆病で人前にあまり顔を見せない恥ずかしがり屋の性格が、対象にならないはずもなかった。

ファーレーンは、男の見ていないところで何かしらの『いじめ』を受けていたのだ。


「しょうがねぇな。俺が何か作ってやるから、食卓に座ってろ」
「・・・う、うん!」
そんなファーレーンが、今唯一心を許しているのが、この施設の責任者の男である。
顔を見せることこそそれほど多くはないが、積極的に話しかけてくれている。
男のほうも、小動物みたいでかわいいじゃねえか、と心のどこかで思っているのであった。

─────それからしばらくして。

今日も、先輩たちの訓練が始まった。
男の、山をも揺るがすかのような掛け声とともに、敷地を何週もしたり、神剣を振るったりしている。
ファーレーンは、まだ神剣の声が聞こえず、訓練には参加できない。
自分の部屋の窓から、顔の上半分だけ出して訓練の様子をじーー~~ーーっと眺めていた。

そんな半端なモグラ叩きのような様子のファーレーンに男が気づくと、大声で話し出す。
「おーい、ファーレーン!暇だったら井戸から水汲んできてくれ~!」
突然頼まれたおつかい・・・ではないが、訓練というものはやはりスピリットでも結構きついもの。
汗を流した後は冷たい井戸水で顔を洗ってから休憩するのが、この男のやり方だった。
要は、そのための水を汲んできてくれ、というのだ。

その言葉に、ファーレーンは先輩方から奇妙な視線を受けたのにも拘わらず、無言のまま洗面所へ小走りで向かった。

洗面所にある大き目のバケツを手に取ると、さっそく施設のはずれにある井戸に向かう。
こういう仕事なら神剣など使わなくてもできる上、何度もやらされているので慣れっこだった。
井戸につくと、ファーレーンはバケツを置いて、井戸のロープを引こうとする。

しかし・・・

「・・・・・・ぁ、ふゃあぁ・・・」
どこからか、泣き声のようなものが聞こえる。いや、どちらかというと、鳴き声か?
その声に、ファーレーンは思わずロープを引く手を止め、頭の上に?を浮かべてきょろきょろと辺りを見回す。

その声はどこから聞こえてくるのか?
ファーレーンは、その声に呼ばれているような気がして、井戸の中を覗き込む。
「・・・だれか、いるんですか・・・?」
ファーレーンの呼びかけは井戸の中に木霊するが、当然返事のようなものはなく、どこからともなく声だけが聞こえる。
自分で声を出してファーレーンはやっと、はっ、と気づく。
この鳴き声は、井戸の中に響いていない。つまり、井戸の中にいるはずはなかった。

「ふぁあ、ふゃああ・・・」
心なしか、自分の名前を呼ばれているような気にもさせるこの声。
ファーレーンは、今度は背丈ほどもある井戸の縁の周りを、ぐるっとまわって調べてみる。
すると・・・いた。

まるで守られているように丈の長い草に囲まれ、その中心に、声の主はいた。
緑色の髪と瞳の、ファーレーン自身よりも幼いってはっきりとわかる赤ん坊のような少女。
そして・・・その少女の手に握られているのは・・・槍型の永遠神剣。
この子が一目でグリーンスピリットであるということがわかるからか、周りが草ぼうぼうなのも妙に納得してしまう。
ファーレーンは、戸惑うことなくその子に近づいて、抱き上げながら、呼びかけた。

「・・・あなたは、私たちと・・・同じなんですか?」
今まで、自分よりも幼いスピリットを見たことがなかったからか、妙な問いかけをしてしまう。
「きゃっきゃっ・・・」
ファーレーンの腕の中で、安心したのか、呼びかけに答えたのか、無垢な笑いを見せる少女。
それを見ていると・・・なんだか、不思議な気分になっていく自分がわかる。
そして、ファーレーンは無意識のうちに思っていた。

『この子は、私が守らなくちゃいけない・・・!』

水を汲みに来たことなどすっかり忘れ、ファーレーンは少女とその神剣を両手いっぱいに抱いて、駆けていった。

私が守らなくちゃ・・・
でも、私じゃ、私だけじゃまだ守れない。
あの人に、知らせなきゃ。

そんなことをうわ言が漏れるように考えながら、全力で走っていった。

─────施設の訓練場に到着すると、訓練に一段落着いたらしく、先輩達はすでに家の中に入っていた。
一人黙々と訓練場の整備をする責任者の男だけがそこにいた。
たった一人頼れる人間・・・その男に、ファーレーンはさささささっと近づく。

「あ、あの・・・」
「おう、遅かったな。もう訓練は一段落つい・・・ち・・・・・・」
男はファーレーンの抱いているものを見るなり、スローモーションになっていき終いには固まるように停止した。
山狩りをはじめとする捜索でスピリットを見つけるということはあるものの、
スピリットがスピリットを拾ってくる・・・という事態にはあったことがなかった。

「お、おいおい・・・こいつは・・・」
「だ・・・ダメ・・・です、か?」
後頭部に汗をかく男と、必死に懇願するような眼で見つめるファーレーン。
ペットを飼うようにお願いする子供とその父親のような、そんな光景がそこにはあった。

「いや、ダメってことはないが・・・ファーレーン、お前・・・自分のしていることがわかっているのか?」
「・・・え?」
ファーレーンが困ったような顔になると、男は眼差しをいつになく真剣にして、諭すように小声で話し始めた。

「お前・・・あいつらに嫌がらせされてんだろ?・・・こいつにも、同じことを味あわさせる気か?」
言っていることはよくわかる。
被害者にしかわからない、あの苦しみ、あの痛み、あの虚脱感・・・
しかし、そんなファーレーンだからわかることもある。それは・・・

『誰かが傍にいてくれるから、私はいまここにいられる』

どんなに先輩達から嫌がらせを受けても、ファーレーンが自分を保っていられるのは、ひとえにこの男のお陰。
ならば、この子も、誰かが守ってあげればいい。
ファーレーンは、躊躇することもなくその役を買って出た。
・・・いや、自分にしかできない、そう思った。

「・・・私が面倒見ます!私が・・・守ります!あの、だから・・・お願いします!」

「・・・わかったよ。でも、面倒見るのは俺も手伝うからな。一人で無理すんなよ?」
男はしかたないな、というふうに片眉を吊り上げたような笑顔になるとファーレーンの頭をくしゃくしゃと撫でる。
その言葉と仕草に、ファーレーンはぱあっ、と顔を明るくしていた。
男は、かなり久しぶりにファーレーンの笑顔を見た・・・そんな気がしていた。


「あ、あの・・・それで・・・」
「ん?ああ・・・こいつの名前か・・・・・・そうだな、ファーレーン、お前が決めろ。お前が拾ってきたんだからな」
「え?私が、ですか?・・・え・・・っと、え~っと・・・」
ファーレーンは天を仰ぐようにして、難しい顔をしながら考え込む。
少しして、名前を思いついたのか、すぐにまた笑顔になって少女の顔を覗き込むと、新しい名前を与えた。

「・・・・・・ニムントール!あなたの名前は・・・ニムントールです!」


「・・・ニムントール、ねぇ・・・ま、お前が気に入ったんならいいけど・・・」
「ニムントールっ、ニムントール~♪」
よほど気に入ったのか、何度も楽しそうに名前を呼ぶファーレーン。
ニムントールと名づけられた少女も、きゃっきゃっ、と楽しそうに笑っていた。

そのほほえましい光景を見ながら、男は思った。
「(ファーレーンが親、か。まだどっちも子供だけど、二人ともいい奴に育つような気がするな)」
・・・その先見の明は当たっているのか?そうでないのか?
それは、まだ誰にもわからない。


─────生きとし生けるものの物語は、いつも生まれたことを認められたその瞬間から始まる。
      物語は、まだ始動したばかり。まだ、誰も運命の分かれ道には立ってはいない。
                  これから、彼女たちを待ち受けるものは?
               ─────それこそ、まだ誰も知る由もない・・・・・・