約束で綴る想いの丈は

太陽が果ての断崖に差しかかろうとも、トーン・シレタの森は眩しい。
長くなった光線がオレンジ色に輝き、良く繁っている木の葉を照らす。
遠くラキオスを離れたこの土地でも、マナの導きだけは変わらない。
日中、あれほど激しかった砲火の中、一斉に逃げ去った筈の鳥の囀り。
彼らが奏でる森のテーマはマナに還った妖精達へのささやかな鎮魂曲。
喩えどんな諍いであろうとも、そこにある普遍の営みを壊すことは出来ない。
遠くラキオスを離れたこの土地でも、それだけは変わらない――――

ある大樹の元、赤い髪の妖精がたった一人、草笛を奏でている。
薄っすらと目を閉じ、時折撫でる風に乱れた髪を片手でそっと抑えながら。
旋律に、決められた抑揚はない。ただ、想うがままにフレーズを紡ぐ。
或いは鳥達の宴に調和するように、或いは戦いで失われたマナのために。
今も傍らに立てかけている『消沈』から流れ込む神剣の意志。それに逆らうかのように。
『近くで皆が静かに聞いてくれていると、その効果が大きくなるような気がします』
『……そっか。それじゃ、続けた方がいいんじゃないか?』
『はい。そうします』
それは戦いの合間に訪れた、ささやかな戯れ。しかしその日以来、少女の行動は変わった。
何故あの時、目覚めるまで待っていたのかは判らない。膝を枕代わりに差し出したのかも判らない。
ただ、彼の言い出した事だから。彼に聴いて貰いたかった。だから待った。
そんな、微妙な変化。それを自覚したのは今日の午後。
この戦場での争いが峠を越え、掃討戦に入った頃。彼女の隊長は突然エーテルジャンプ施設へと向かった。
急用との事だが、行き先は解らない。ただ、後は任せた、そう叩かれた肩だけが未だに熱を持っている。
やがて陽が完全に沈み、森の匂いを含む風が肌に冷たくなってきても、その余熱だけは暖かい。
細い指が、薄い唇が時に鋭く切り裂くように、時に柔らかく融け込むようにと韻律を刻んでいく。
それは、舞にも似た豊かな感情表現。消え逝くように沈められたココロの奥底で、燻っている小さな灯火。

ふいに少女は指を止め、瞼を開く。すると満天の星空の下、濃い紫色に満たされた樹々の中に、白く現れる人影。
それは次第に近づき、少女に気づいて酷く驚き、そして無造作に髪をがしがしと掻きながらばつの悪そうな表情を浮かべる。
そんなささいな仕草が少女の心をどれだけ浮かび上がらせてくれているか、つゆとも知らずに。
彼女は、用意していた言葉を告げる。その為に草笛から離した唇を、小さく開いて。
「お帰り、なさい」
「……待っててくれたのか」
「はい。任務……いえ、約束、ですから」
にこりともせず答える。夜の帳に隠された、両頬だけを赤く染めて。
草笛は、止んだ。しかし鳥の囀りだけは、この大地から生まれ続ける。星々の瞬く空へと還るその日まで。