私は汚れているのです

 暖かな日差しの下、エスペリアは洗濯物を干していた。
 もともと家事を好む彼女は、汚れていたものを綺麗にするのも大好きだし、綺麗になったものを見るのも大好きだし、洗いたての洗濯物からほのかに香る清潔な石鹸の香りも大好きである。
 それに加え、今干しているのが悠人の衣服とあって、エスペリアは今にも踊り出さんばかりの上機嫌である。
 心を込めて洗い上げた洗濯物を、手際良く干していく。
 このぽかぽかした陽気であれば、洗濯物は太陽の光を一杯に浴びて、数時間後にはすっきりと乾燥している事だろう。
 と、そこにそよ風に乗って微かに楽しそうな笑い声が届いてきた。
「?」
 エスペリアは洗濯物を全て干し終え、整然と並んで日を受ける悠人の服を眺めて満足そうにひとつ頷くと、洗濯物を入れてきた籠をしっかりと片付けてから、先程の笑い声がした方へと歩いていった。

 そこには、日溜りの中、草の絨毯に気持ち良さそうに寝転がる悠人とオルファリルがいた。
 それはまるで時さえも緩やかに流れているような、見ているだけで幸せになれるような光景だった。
 自分も仲間に入れてもらおうと、二人に声をかけようとしたエスペリアだったが、
「ね、パパ! オルファ、パパのお嫁さんになる!」
 というオルファリルの言葉に、思わず近くの木の陰に隠れてしまった。
 こっそりと聞き耳を立て、見つからない様に様子を伺う。
 悠人はといえば、そのオルファリルの爆弾発言に少しばかり驚いた顔をするが、しかし然程動じる気配は無い。
 ファンタズマゴリアに来る以前も、小鳥から素直な感情をぶつけられていたし、
ファンタズマゴリアに来てからは、オルファリルの他にネリーやアセリアからも、時にシアーからも、真っ直ぐな好意をぶつけられているのだから、それは慣れもする。
 最も、それは悠人がそういった方面の己の気持ちに酷く鈍感であるがゆえ、
或いは、今の悠人にとっては佳織の幸せが第一であり、自分の幸福は二の次なので、自分を中心に据えた未来を明確に思い描けないがゆえ、
つまりは悠人という人間が、彼女達の言葉にリアリティを持てないがゆえの慣れである。
 もし悠人が自分自身の在り方をしっかりと見据え、自分自身の将来をしっかりと思い描いた上でそれらの言葉を受け取り、好意をぶつけられた事を解したならば、
酷く動揺する事に間違いは無いだろうし、決して慣れる事も無いだろう。
 ともあれ現状、悠人は優しく笑ってオルファリルに答えた。
「そうだな。オルファがもう少し大きくなって、それでもまだ俺でいいと思ってくれてたら、そん時な」
 悠人はまだ、オルファリルに恋愛感情を抱いていない。
 少なくとも、悠人は自身のオルファリルへの感情を恋愛感情とは捉えていないがゆえのその返答だった。
 それを木の陰に隠れて聞いていたエスペリアは、少しほっとし、そして少し苦しくなる。

 一方、オルファリルは、悠人の答えが不満だったのだろう。
 再び直球な告白を投げかける。
「もう少しってどれくらい? あとどれくらいしたら、オルファ、パパのお嫁さんになれるの?」
「んー……あと十年くらいかな?」
「えー、長すぎるよー」
「いや、そうは言っても意外とあっという間だぞ。
 気が付いたら何時の間にか時間が過ぎてるんだよな。
 ホント、どっかの誰かが時間を操ってるんじゃないかとすら思うよ」
「そうなの?」
「そんなもんだぞ。
 だからそん時にやれる事は、ちゃんとやっとかなきゃなーって思うよ。後悔するのももう嫌だしな。
 まぁ、いつも、今くらいのんびりと時間が流れてくれてればいいんだけどなー」
 少しマジになりかけた話を、しかし笑顔で悠人は終える。
「ふーん。なるほどー」
 オルファリルは、素直にふんふんと頷く。
「じゃあ、十年したら、オルファはパパのお嫁さんだよ!」
「そん時にまだ俺でいいと思ってくれてたらな」
「大丈夫! オルファにおっまかせ!
 オルファ、パパの為にイイ女になるんだから!」
「ははっ、期待してるよ。
 よし、俺もオルファに負けてられないな!」
 悠人はそう言うとオルファリルの頭を優しく撫でた。
 オルファリルは悠人の大きな掌を感じて、気持ち良さそうに目を細めるのだった。

 悠人の言葉に、エスペリアは想う。

 十年経ったら。
 ユート様は、きっと素敵な男性になっているだろう。
 今でも十分過ぎる程に魅力的だけれども、それでも今よりもっともっと魅力的になっているだろう。
 世界の全てを包み込む程に強く、そして優しくなっているだろう。
 それでも、変に頑固で無鉄砲で、どこか子供っぽい部分は直っていないに違いない。
 周囲に何と言われようと、何と思われようと、不器用ながらも、自分の正しいと信じる道を真っ直ぐ進む。
 そんな素敵な男の人になっているに違いない。

 エスペリアは何だか嬉しくなって、くすっと笑った。

 そしてそのユート様の傍らには……。
 …………。
 ……このままいけば、オルファは十年後には、はっとする位綺麗になっている事だろう。
 …………。
 ……えっと、私は……。
 ……私は……十年経ったら、私の年齢は……?
 …………。
 ……あれれ?
 …………。
 ……………………。

 次の戦闘時、オルファリルはディフェンダーに配置されていた。
「エ、エスペリアお姉ちゃーん!! オルファ、守りは苦手だよー!!」
 今にも泣き出しそうなオルファリルに、
「大丈夫ですよ、オルファ。
 あなたがマナの霧と化しても、ユート様には私が付いておりますから。
 ご安心なさい」
 エスペリアは穏やかな春の太陽を思わせて、にっこり微笑むのだった。


 おしまい。