隣の芝生

穏やかで、そして幸せな日々だった。
ダーツィという国はどこか田舎臭く、玄関口であるケムセラウトでさえも一歩外れれば積荷を背負ったエクゥを見かけたり
これから畑仕事に勤しもうという百姓然としたご老人とすれ違って挨拶を交し合ったりしたものだったけれど、
それでもそんな辺鄙さや質朴さが私達は好きだった。街を囲む森の澄み切った空気や鳥の囀り、柔らかい日差し。
仕事の合間、たまにふらっと出かけてみると、そういうものに癒され包まれているという事を改めて実感出来る幸福。
訓練士と技術者という肩書きからすれば笑うべき事なのだったかも知れなかったけれど、でも、本当に大好きだったのだ。
泥んこになりながら緑の上を駆け回る子供達、微笑みながら見守る若い夫婦。
平和な、平凡な家庭。私達もいつかはああなるのだろうか、と憧れていた。
自然の営みを繰り返し、ずっと手を取り合って生きていく。少なくとも、私はそう信じて疑わなかった。
甘い未来に期待しながら。それが、泡沫の夢とも知らずに。

  ==== Mission ケムセラウト、ヒエムナを制圧せよ ====

ラキオスによる占領を受け、バーンライトが滅んだというニュースが伝わってきたその夜。
珍しくお互いの予定を空けることの出来た私達は街で一番気の利いた酒場で食事を取りながら、
ラキオス軍の侵攻を戦術書通りに解説したり、対するダーツィ軍部の戦略などを語り合っていた。
ムードが無いと言われればそれまでだけれど、それが私達の普段のスタイル。
お互いその手の話題には妙に気が合う所が多かったし、議論で衝突することがあっても何より話していて楽しかったし、
主張を熱く語る時の鋭い視線に心を射抜かれるのは決して不快でも何でもなく、その度に惹かれ、つい頷く自分を認識したものだ。
「なぁアイシアス、実は話があるんだけど」
なので、会話が一段落した所でウィランドが思い詰めたような表情で口を噤んだ時にも、
その後申し訳なさそうにラキオスへの亡命を打ち明けてくれた時にも私は一切動揺せず、軽く答えていた。
「それじゃあ、亡命しましょうか」
あの日、仄かなエーテル灯が照らすテーブルの上で、誓いと共にそっと握った彼の手の熱さは忘れられない。
彼が行くのならば、私もついていく。何故、とも訊かないし、制止する為の説得など考えもつかない。
言い出したら、聞かない人なのだから。それを極当然のように受け入れている自分がむしろ誇りだった。


  ==== Mission イースペリアを救援せよ ====

どうしても侵略者というイメージでいたので当初身構えてはいたが、ラキオスの人達は思ったより気さくだった。
余所者の私達に対しても公平に接してくれる。私もウィランドも無事今までと同じ職に就くことが出来た。
キロノキロが占領されたという報を受けた時には一瞬息を飲んだが、望郷の思いも家族が無事だと判れば気持ちの中で整理する事も出来る。
だがそんな事よりも何よりも、直後、イースペリアへと配属になってしまったウィランドの身だけが気がかりだった。
この頃のラキオスは各地にエーテル変換装置の建造中で戦闘支援施設に携わる技術者が不足していたらしく、
本来そちらを得意分野としている彼までもを進撃したランサに建設する塔の担当者に任じなければならない状況だったのだ。
かつてない程の規模で建設されるその塔の建築予定期間は少なく見積もっても数ヶ月。その間、離れ離れになるのはとても辛かった。
戦時中なので書簡の往復も滞り、そしてそのうちに心配だけはどんどん募り、仕事が手に付かなくなる。
そんな中、配属されたラースの訓練所で出会ったスピリットの少女、『失望』のヘリオンの素直な明るさが私の心の支えだった。
私がブラックスピリットの訓練を得意としているというのもあるが、何事につれ一生懸命で危なっかしい彼女はつい手を差し伸べてあげたくなる。

ラキオス軍がダラムを制圧し、首都イースペリアへと迫る頃、一つの幸運が私の前に舞い降りた。
急遽建設されたダラムの訓練施設への、臨時派遣という指令である。
ダラムはランサからかなり近い。もしかして逢えるかもしれない、そんな淡い期待が私の心を弾ませた。
しかしダラムで待っていたのは一緒に亡命したかつての仲間、グレナ・ソイーだった。
彼は普段寡黙というか口数が少なくダーツィに居た頃から訓練士仲間の中でもどこか超然としている所はあったが、
それでも与えられた任務を黙々とこなし、尚且つスピリットの育成に失敗した事がないと定評で、皆からは一目置かれている。
今回もラキオスのブルースピリット達を見事に育て切り、そしてこれ以上は彼には無理、という所で先輩の私が呼ばれたという訳だ。
と以上の経緯をぼそぼそと説明されている間も私はそわそわと落ち着かず、見かねたグレナ・ソイーも流石に気を使ってくれたのか、
「ウィランドさんでしたら、お元気ですよ」
などと珍しくプライベートに踏み込んだ励ましを受けてしまった程だった。

ダラムではブルースピリット育成を引継ぐ傍ら、エトランジェ・ユートの訓練も担当した。
初めて対面した彼には、少年の域を少しだけ越えたようなあどけない顔に、本当に軍人なのかと目を見張ったものだ。
何せ彼は神剣の、というより剣そのものの扱い方に不慣れだった。太刀筋うんぬんというより、間合いでの足運びからしてまるで素人。
部隊に付き従って戦場を渡り歩いていた前任のユミナ・アイスに訊ねてみると、まず剣術用語の基本から教えなければならなかったらしい。
基礎体力も不足していたらしく、それでもかなり"まし"にはなってきているのだという下りでは、軽く眩暈をすら覚えてしまった程だ。
どうやらエトランジェとしての資質と神剣の位だけで今まで生き残っていたらしい。呆れて本人にその旨を告げてみると、
「うん、まぁ、この歳になるまで剣なんて、ジュギョウノケンドウでシナイを握った事位しかないからなぁ。ははは」
良く判らない単語を交えつつあっけらかんと笑われ、そこで私は逆に決心した。この少年に、まともなマナの使い方を徹底的に教え込もうと。

  ==== Mission サルドバルトを制圧せよ ====

イースペリアの消滅という衝撃的なニュース、サルドバルトへの宣戦布告。
戦局が西に移動するとともにジャドー・ロウンへとエトランジェの育成及び従軍を受け渡した私はラースの訓練所に戻ってきていた。
結局ダラムでは一度もウィランドには会えていない。彼は依然としてダスカトロン大砂漠の手前、ランサで塔を建設している。
ただ一度だけ、元気だと手紙が来た。届けてくれたのはランサが戦場だった時に彼に会ったというレッドスピリット、『赤光』のヒミカ。
彼女は大事に懐にしまって運んでくれたようだったが、手紙の端々が焦げ付いたり破れていたりして、戦場の激しさが改めて実感された。
私は手紙の皺を一度丁寧に伸ばすと端を布で縫って補強し、再び折りたたんで懐袋に入れ、お守り代わりに持ち歩く事にした。
もう、4ヶ月以上も顔を見ていない。こうしていれば、常に彼を傍に感じられる、そうでも思わなければ不安でしょうが無かったから。
寂しさを紛らわすようにヘリオンを育て、やがて彼女も戦場へと旅立ってしまうと、当面私には事務的な仕事しか残っていない。
部屋の隅に設置されている机に向かい、細々とした未分別の書類を積み上げ、寂しさを誤魔化す為にそれを片っ端から消化していく。
昼食をとらない日が増えていった。一人で作り、一人で食べる侘しい食事は必要最低限でいい。

  ==== Mission マロリガン共和国との戦いに備えよ ====

北方五国を統一したラキオスは、マロリガンとの交渉に決裂し、戦争状態へと突入した。
となるとランサに塔を築いていたのはこの事態を見越しての事だったのかと、レスティーナ女王の慧眼には驚かされる。
そして待ち侘びていた日が訪れた。塔が、いよいよ完成した。私は早速準備していた手続きを行う。
すなわち、マロリガンのスピリットを捕虜にした場合の育成要員志願、という従軍手続きを。
無事許可が下りたその日の昼前には既に私はエクゥに飛び乗り、リュケイレムの森を突っ切っていた。
昼前にラセリオを通過し、太陽が西に傾いた頃にミネアを抜ける。ダラムに着いた頃には月が出ていたが、幸い雲が少なく夜道は明るかった。
頬に当たる夜風が冷たい筈なのにひんやりと心地いい。それで頬が紅潮していると、自覚出来た。
早く、一刻も早く逢いたい。ただそれだけだった。

「え? ……う、そ」
砂漠特有の乾いた空気の中。砂混じりの冷え切った街で私を待ち構えていたのは、満天の星空だった。
文字通り、雲一つない澄み切った空。遮るものは何一つ無い。そう、勿論無粋な石造りの塔などの影すらも無い。
「あ、れ……?」
屋根の低い兵舎らしき建物はある。恐らくそれがラキオス軍の駐屯地だろう。しかしそれが彼の建設した塔などではない事だけは確かだった。
エクゥを降り、ダスカトロン大砂漠にうねる砂丘を改めて見渡してみる。煌々と照らす月の元、息を潜めているような静寂だけが辺りを埋め尽くしていた。
そのままかなりの時間、そこで立ち尽くしていたらしい。ぽん、と肩を叩かれた時、咄嗟にそれが現実なのだと暫く気がつかなかった。

「貴女は、ここに来るべきじゃなかった」
「……教えて」
「ここは冷えます。どうか、兵舎へ」
「教えなさい!」
「っ……ウィランドさんが派遣された直後ランサは襲撃を受けたのです。イースペリアに潜入していた帝国のスピリットでした」
気の毒そうな口調で話すグレナ・ソイーの説明を聞きながら、私は自分でも驚くほど冷静だった。
ただ、どうしてもウィランドの顔だけが良く思い出せない。どうしてなのかとどこか頭の隅でぼんやりと自問を繰り返している自分がいる。
「折り悪く軍はダラムへと進行中でしたので、残っていたのはヒミカだけでした。ウィランドさんは傷ついた彼女を庇って敵の神剣魔法に吹き飛ばされ……」
「……」
「塔の建設は中止となりました。嘘をついていたのは謝ります。ですがこれは」
「私の精神状態を考慮、して?」
「……はい。レスティーナ女王の指示です」
戦闘は、ダスカトロン大砂漠で行われたらしい。敵の小部隊に単独で突っ込んでいったヒミカへの、ささやかな支援のつもりだったのであろう。
馬鹿正直な彼らしいが、神剣魔法を駆使するスピリットを相手にしてまともに戦えると本気で思っていたのだろうか。
隣で、遺体は見つかりませんでした、現在捜索中ですなどと例のぼそぼそ声が呟いているが、もう耳には入ってこない。
「……ホントに、彼らしい」
「え? ……あ、アイシアスさん?!」
背中からグレナ・ソイーが何か大声で呼びかけていたようだったが、私は構わず歩き始めていた。
やがて街を遠ざかると、小高い砂丘の上で、砂と星空だけが私を静寂と孤独に包みこんでいく。
ふと、手を胸元で強く握り締めたままだった事に気が付いた。
辛抱強く強張った指を剥がしていくと、少しひしゃげたお守りの、茶色く焦げた跡。
「――――ッッ!」
私は、ようやく泣いた。泣くことが出来た。

どうやってランサから戻ってきたのか、思い出せない。気がつけば虚ろな毎日が続いていた。
ただ、ヒミカがしきりに頭を下げていたのだけを憶えている。彼女の赤い髪だけが、上下に揺れていた。
どうして私に謝るのか、何故彼女が泣いているのか、それがぼんやりとした頭の中で、どうしても理解出来なかった。

  ==== Mission スレギトに侵入し、マナ障壁を解除せよ ====

「えっ、本当ですか?」
私が引き続きスレギトへの遠征部隊に帯同すると聞いて驚いたヘリオンに、私は黙って頷いた。
自分勝手な目的を失ったからといって自分から志願した任務を放棄する訳にはいかない。
そんな行動は私自身も、きっと彼も許してくれはしない。そして私にはささやかな望みもあった。
せめて彼と同じ戦場を肌で感じる。彼が守ろうとしたスピリット達を、少しでも生命の危険から遠ざけたい。
それに伴う死の危険性などについては、一切考慮に入れてはいなかった。
むしろ死によって彼との再会を果たせるかもしれない、そんな甘美な思いが多少なりとも無かったとはいえない。
スレギトでは出来るだけ前線に赴き、その凄惨な戦いの現場を見届け、そして何度も危険な場面に遭遇した。
油断をする暇などはとても無く、的確な戦術を駆使して防衛を行うマロリガンのスピリット隊の、巧緻な動きの一つ一つに感心する。
捕虜となって高度な情報についての尋問を受けた際の彼女達の的確な応答には舌を巻いた。
更には誰もがラキオスのスピリット達を越える戦闘力を備えており、捕虜の訓練という任務は事実上宙にういた格好となってしまった。
それでも私は生まれて初めて踏んだこのマロリガンの地で、何故か今までに無いほど彼を身近に感じることが出来ていた。
「ふふ……今更、なのにね」
「え? 何か仰いましたか?」
「ううん、なんでもないの。それよりそろそろデオドガンね」
マロリガンに来てから何故か常に私の側を離れず、進撃中の今もずっと隣を歩いているヒミカが首を傾げる。
私は軽く話題を逸らし、そして促した。目の前の小高い丘に、森林に囲まれた旧デオドガン商業組合自治区の姿が現れている。

  ==== Mission マロリガン首都を制圧せよ ====

デオドガンの入り口に到着したのは正午前だった。そしてそれから2刻以上にも及ぶ激戦が始まる。
当初私達人間の部隊は剣術の心得のある者――当然訓練士を含め――を最終防衛ラインに設置し、
デオドガン正面で北と西に別れる街道の二又地点を抑えつつ、スレギトとの連絡線の確保に当たっていた。
当然その更に前線には2方向に分隊したスピリット達が直接の戦闘を行い、西は敵のガルガリンからの増援部隊を抑え、
その間に主力がデオドガンの篭城敵戦力を殲滅する、それが作戦の主眼。しかし誤算は主力がデオドガンに向け雷発した僅か1刻後に起きた。
「ライトニングス? 本当に?」
「は、はい――――あっ、どちらへ?!」
突如ミエーユ南東に広がる森の中から現れた敵部隊に側面を急襲され、退却を余儀なくされたガルガリン方面担当の一人、
『熱病』のセリアを捕まえ事情の一部を聞きかじった瞬間、私は弾けるように、既に敵の確保される所となっている前線へと駆け出していた。
理屈では、そこが崩れてしまえば二又の拠点の防御は成り立たない。そしてそれは作戦全体の崩壊を意味する。
だが、そこまで冷静に判断した訳ではなく、その証拠に私は単独で行動を起こしており、尚且つ私は所詮"人間"であり、
スピリットに対しての脅威には成り得ない。この場合、しかるべきスピリット部隊の再編成を行ってから押し出すのが賢明な判断というものだろう。
しかし多分、もっと感情的な――例えば亡命前は考えもしなかったスピリット達との交流――部分が私を突き動かしたのだと思う。
私は、"私が"彼女達を守りたかった。彼が身を挺して庇ったその理由に、共に殉じてみたかった。それがたとえ、衝動的な自殺と見られようとも。

右手に鬱蒼と生えた樹木に警戒しながら街道を走る。影がいつ形を成し、襲い掛かってくるか分からない。
スピリットのスピードは、人の目からみれば尋常ではない、というのは訓練士として当然知っている。
しかし、もし襲撃を受ける前にその姿を捕捉さえ出来れば、話は変わってくる。考えれば、対処法は幾らでも見つかる。
「ハァァァッ!」
「!!」
街道に覆いかぶさるように枝を伸ばした大木の梢。
そこから飛び出してきたブルースピリットに対し、私はあらかじめ握り締めていた路傍の石ころをあらぬ方角へと軽く投げて身を屈める。
「――――?」
「っっ、そこっ!」
「グッ……」
スピリットの並外れた動体視力が仇になる。
戦闘中に接近しながら石につられ、敵である私を一瞬視界から外してしまった彼女に対し、
腕を巻き取るように抱え込みつつ背後に回り首を絞めると、元々華奢な体格しか持たないスピリットの意識はいとも簡単に落ちた。
彼女を横たえ、立ち膝のまま周囲を窺う。どうやら索敵が目的だったらしく、他に気配も動きも見当たらない。
ところで、ふと手元を見ると私は武器らしい武器も帯同していない。我ながら苦笑しつつ立ち上がり、再び歩き出そうと――――
どすっ。
「っっ!」
焼けるような痛みと共に、背中から腹部にかけて、血に塗れた棒のようなものが生えていた。

「は、あぁぁぁ――――」
戦闘中に溜め込んだ空気が肺から一気に毀れ、全身から力が抜け落ちていく。
前のめりに倒れこむことすら、引っかかった神剣がそれを許さない。
そのまま動けないでいると、剣先が何かを引きちぎるようにべりべりと音を立てながら、じわじわと乳房へ向けて這い上がってくる。
「うぁ、ぁあ、あああああっ!!」
生きたまま、"捌かれる"。
私は四肢を振り回し、逃れようと暴れた。無我夢中で虚空を掴む。しかし、背後のスピリットは冷静であり、尚且つ残虐だった。
私を人間だと知った上で慎重に動きを封じ、確実に殺そうとしてくる。しかしそれは、嬲られているのと同じ。
全身が痙攣を起こし始め、意識も朦朧となってくる。血生臭い匂いだけが目の前でゆらゆらと揺れている地獄のような時間。
そうしてもう抵抗する気力も失くし、悲鳴さえも掠れ途切れた頃に、赤くなっていく視界の中で翻るのは何か白い布のようなもの。
「アイシアス、諦めるな!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
「くっ! エトランジェだと?!」
「マナよ、オーラへと姿を変えよ、我らに宿り、彼の者を薙ぎ払う力となれぇ!」
「……チッ」
びゅおん、と風を切り裂くような音。強烈な圧力。
何か言い争うような声が聞こえ、再び風が舞い上がり、ずぼっとあっけないほど単純な音と共に抜けていく敵の神剣。
支えを失い、倒れる身体を支えようにも、もう残念ながら腕の感覚が無い。どんどん近づいてくる地面に、諦観する自分がいた。
「アイシアス!」
「……ぇ?」
懐かしい声に、反射的に顔を上げた。ぼんやりとした視界の中、駆けて来る人影に、気力が蘇えり、充溢していく。
私は懸命に膝に力を入れ、目を凝らした。有り得ない、そう思いながらも前方に手を伸ばす。
エトランジェが放ったパッションの光が収まるにつれ、よく見えてくる表情。ちょっと困ったような、それでいて。
「―――― ウィランド?!」
叫んだ途端、私は彼に思いきり強く抱きしめられていた。

「……よかった、間に合った。……本当によかった」
幸い私の傷は臓器を奇跡的に傷つけてはおらず、致命傷に至ってはいなかった。
応急手当を終えた彼がほっと胸を撫で下ろす。
少しやつれ、無精髭を生やしてはいたが、私を見る目元は相変わらず優しい。
事情は、敵を追い払い、戻ってきたエトランジェ・ユートが説明してくれた。
デオドガンを占拠した所、城塞の地下で幽閉されていた彼を発見したのだという。
彼はランサで神剣魔法に巻き込まれた際意識を失い、たまたま通りかかったデオドガンの商隊に保護されていた。
しかし直後そのデオドガンが滅ぼされてしまい、所属していた技術者はそのまま幽閉されてしまったので連絡の取りようもなかったのだ。
「でさ、取り合えずアセリアに頼んで急いで戻ってきたんだけど、行方不明だって聞いてびっくりしたよ。ヒミカが泣いてたぞ」
「うん、ごめん……ごめんなさい。でもあの場合、拠点維持の為には」
「いや、半分は私のせいだ。済まなかった、エトランジェ。戻ったら、みんなにも謝らないといけないな」
「あ、……はい」
さ、と手を差し伸べてくる彼に、私は知らずはにかみながら頷いていた。
そう、昔から。有無を言わせない彼の眼差しには、私は一度も勝てた試しがないのだ。

  ================

その後間もなく、私は訓練士を引退した。
スピリット達にはもう私が教えるべき剣技などは無かったし、そうなると訓練士としての私の存在価値は軍にはもはや無かったから。
そして私の居場所は――――

街を囲む森の澄み切った空気や鳥の囀り。
柔らかい日差しは窓から仄かな温かみを運び、料理の下ごしらえをしていた私の手をふと止めさせる。
外から聞こえてくる、子供達のはしゃぐ声。見えなくてもわかる。おそらく泥んこになっているだろう。
ダーツィという国はどこか田舎臭く、ここケムセラウトでさえ一歩街の外に出れば森や川辺など、遊ぶ場所には事欠かない。
しかしそんな辺鄙で質朴なところが私は大好きだ、本当にそう思う。
こんこん、と控えめなノックの音が聞こえ、私は慌ててエプロンの裾で手を拭くと、玄関に向かう。
扉の向こうからは既に子供達に見つかってしまったのか、歓声が上がっている。
恐らく久しぶりにサーギオスから戻ってくるなりいきなり抱きつかれ、泥の洗礼を浴びて戸惑っているといったところだろう。
私はまだ見てはいない緑の景色に一人くすくすと笑い、
そして共に取り合うべき手や夢見た未来をもう決して逃さないようにと元気よく扉を開く。
まぶしく飛び込んでくる家族達の姿を、今持っている最高の笑顔で迎える為に。

  ――――おかえりなさい