淑女達の談義~女どうし~

「ふう……。まったく、お互いとも気を遣いすぎなのですから」
吐息と共に呟いた声は、月夜の空気に溶けていく。ラキオス城の中庭は、既に深更お肌に悪い。

――本当に良い夜。
仰ぎ見れば、虚空には月輪が浮かぶ。
その月明かりも、今し方駆けていったエトランジェの背中を見せてくれるにはカナリなところで役立たず。
第一詰所の思い人の所まで全くあっさり飛んでったニクいあんちくしょう。背中押したのは自分なのに――やっかみ半分。
――ま、これで貸し一つだよ、ユートくん。
悪徳高利貸しは、変に笑って風を感じた。澄んだ夜気。少し冷たいけど、それが本当に心地よい。
それはそれとして。
微笑混じりの澄まし顔に戴くティアラを煌めかせ、
「あなたもそう思うでしょう? セリア」
顧みるなり語りかけた。
「……気付いて、いらしたのですか」
たっぷりと逡巡の間を置いて、レスティーナ右後方に有った茂み裏から現れたのはセリア・ブルースピリット。
風に押されて青い髪が揺れている。
決まりが悪い顔。夜目にも分かる紅の頬。
「ふふ……いえ、気付いていたと言うより、そろそろあなたもわたくしと同じ事を考えるのではないかと」
レスティーナの緩やかな笑顔の前に、セリアは言いよどんだ。たじろぎを隠しても隠しきれない。

「……その通りです」
渋々な面持ちが可愛いくて堪らないけど、ここは辛抱。腹に溜めてもう一撃。
流し目で妖しく捕捉。相手の目は泳いでる。おそらくは防御不可能なクリティカルヒットで必死。いや必至。
「……正直妬けますね」
「な、なにを仰いますっ」
反射的に声を張り上げたセリア。だけどやっぱりそれはカウンターならず。青だし。
「あら。わたくしと同じ事を考えていたのでしょう?」
「そ、それとこれとは、ち、違います。違いすぎです」
「あら。それは残念」
身に纏うドレス並みに白々しいレスティーナはぬけぬけ笑顔で、躍起に動くセリアの頭を眺めやる。
――まあ、当たらずと言えども遠からず……ってとこかな。
なんて思って意地悪な当て推量も正鵠を射る、まん丸月の下。
ややあってレスティーナは前髪を弓手で掻き上げた。頬が浮き上がりそうなのを必死に我慢。
しどろもどろなセリアの逃走防止の為、宥めすかしてにわかに音が鳴る。

――チャポン。
レスティーナの馬手。アカスク瓶が戸惑いを隠せないセリアの青い瞳とレスティーナの視線上で重なった。
「一緒に飲みませんか?」――何処から取り出したのか、なんて無粋だよ。
突っ込み対策のセリフは無用な雰囲気。なので飲み込んだ。決めぜりふなのに。
ゆらゆら揺れるアカスクは周囲と同じモノクロームのさざ波。
「ヨーティア殿の所から、ちょっと失敬してきました」
「……」
惚けて言葉の出ないセリアに、まるでいたずらっ子のように笑って見せた。舌までチョロっと出してみる。
とても一国の女王のすることとは思えないが、12年ものですよ――などとさらに追い打ちを掛けてみる。
「わ、私のような者が、陛下と酒席を共にするなど、……畏れ多いことです」
我に返ったセリアが、顎を引いて畏まって言った。頬の紅い残滓が俯く。
敵の動きを見極めて……ここねっ! っと思ったかどうか知らないが、
虎口を脱するタイミングを計る雲行き。深く頭を垂れて、頭の尻尾が右から左。
今こそ踵を返さんとするセリアに軽く肩をすくめて――。
「それでは――ユートへの悪口を肴にするということで」
「……それなら、お供致します」
既に60度近く回った体をピシリと止めて、カクカクと軋みながら逆戻したセリアは呆れ眼も見る間に変化。
真面目くさって最敬礼して言った。
「そうですか。では」
うなずいたレスティーナも峻厳な顔を返した。
希代の名君股肱の臣は厳かに、阿吽の呼吸で芝生の上を歩き出した。
そのまま数歩何事もない。
さらに数歩。どちらからともなく互いの目を覗き合った。音も無く、肩が震える。
耐え、きれない――プッ、プくくっくっくすくすくす。
忍び笑いが続き、ついには腹を押さえて破顔一笑。
女同士で女同志は収拾のつか無いままに肩を並べて吹き出し防止に歯を食いしばる。
出くわした夜警巡回の衛兵がしゃちほこ張る。
女二人の束の間道中膝栗毛。至、女王の私室。

そのままゆっくりと二人を飲み込んでいく青灰色の城からはマナの柱が立ち上り、
まるで満月へ続く道の様に空へ伸び続けていた。