初めて出撃命令を受け、到着したダラムの街で。
エスペリアに引き合わされて対面したエトランジェという"人種"のソイツはひどく気さくに
「俺はタカミネユート、ユートでいい、宜しく」
と話しかけてきた。どんな表情をしていたのかは、お姉ちゃんの後ろに隠れてたからよく分からない。
お姉ちゃんが、慌ててぺこりとお辞儀をする。いつ見ても、すごく丁寧だ。
「私はファーレーン、ファーレーン・ブラックスピリットと申します。こちらこそ宜しくお願い致しますユート様……ほら、ニム」
苦手な筈なのに頑張って挨拶を返したお姉ちゃんが背中を押しながら促すので、しかたなく前に出る。
「……ニム。ニムントール・グリーンスピリット。よろしく、ユート」
「ああ、宜しくな、ニム」
「ニム、駄目でしょう、目上の方をそんな風に呼んじゃ。すみません、この子ったら」
「……」
おこられた。ユートがユートでいいって言ったからユートって呼んだのにおこられた。なんかムカつく。
お姉ちゃんは、誰にでも礼儀正しいから悪くない。もちろん、ニムも悪くない。じゃあ、悪いのはやっぱり。
「いてっ!」
「こ、こらニムっ!」
「……ふんっ」
丁度良く目の前にあった硬そうな脛を思いっきり蹴ってやった。ニムって呼ぶな。
第一ニムはユートにニムって呼んでもいいだなんて一言も言ってない。失礼なのは、ユートの方だ。
「すみませんすみません。あの、お怪我はありませんか?」
「あたた……あ、ああ、大丈夫」
そのまま逃げてきたけど、ぺこぺこと頭を下げるお姉ちゃんにはちょっぴり悪いことをしたと思う。
でも、ニムは悪くない。悪いのはユート。だけど……。そう、お姉ちゃんにだけ、後でちゃんと謝ろう。
それからニムとお姉ちゃんは、何故かユートとよくチームを組まされた。
イースペリアに向けて優秀なお姉ちゃんが強力な推進力になるとか何とかエスペリアの説明は判り辛い。
「さて、参りましょうか。怪我しないように気を付けましょうね」
斬り込む前に一度振り返り、にっこりと微笑んでくれる。
闇のマナを漲らせた『月光』を振るい敵陣に立ち向かうお姉ちゃんは最高にかっこいい。
だからニムも、そんなお姉ちゃんを守るために『曙光』で目一杯のフォローをする。
「神剣の主が命じる マナよ、守りの衣となりて我らを包め!」
「危ない、ファーレーン!」
「あ、ありがとうございます、ユート様」
「……」
忘れてたけど、ユートもいた。一応。お姉ちゃんが怪我しないように頑張ってる。一応。
常にお姉ちゃんを庇うような位置に立ち、時には背中合わせになって敵の神剣魔法を防いでたりする。
だから、これはついで。お姉ちゃんにだけ、なんて器用なことするの面倒くさいし。
「……これで少しは耐えられるでしょ?」
エトランジェは不思議な白い光で敵の攻撃を防ぐ。それにニムの神剣魔法が混ざるとそこだけ緑色にきらきらと反射して面白い。
後ろから見ていて、お姉ちゃんのウイングハイロゥが羽ばたく所に一緒に舞い上がると、何だか楽しくなってくる。
「ありがと、ニム」
「うん、頑張って、お姉ちゃん」
「お、さんきゅな、ニム」
「……ふん」
戦闘中にこっち向くな。ちゃんとお姉ちゃんを守って。っていうか、ニムって呼ぶな。
ようやくイースペリアに着いたと思ったら、アセリアと一緒に血相変えたユートに引っ張られ、郊外まで全力で走ってしまった。
といってもお姉ちゃんが半分運んでくれたんだけど、訳が判らない。おまけに急に駆けたせいか、何だか身体の調子までおかしいし。
緑のマナがやけに少ないような。周りには草木がこんなに一杯生えているのに、どうしたんだろう。
頭がぼーっとしてくる。『曙光』もやたらと重たい……んあ、なんか聞こえる。遠くから、ごうごうって。風の音?
「ニムッ! 伏せてッ!」
「ぅに?」
いつの間にか、みんなが地面に伏せていた。お姉ちゃんもちょっと離れた所で伏せながら、何かを必死で叫んでいる。
でも、風の音が強すぎて、何を言っているのか分からない。……え? なに? バクハツ?
「永遠神剣の主の名において命ずる! 精霊光よ、光の楯となれ!」
「……ユート?」
「大丈夫だ。俺がニムを……みんなを守るっ!」
「……」
鋭すぎて耳鳴りになって駆け抜けていく黒い烈風の中で。激しく靡き、切り裂かれる白い羽織りの背中だけが見えた。
本当は、イースペリアが無くなっちゃう位大変なことだったんだ。でも、誰も死ななかった。だから、ユートは悪くない。
どのくらい、経っただろう。マナ嵐が収まり、地の精霊が息吹を取り戻した所で、ユートが突然がくっと膝をつき、崩れ落ちる。
「ユート!」
「ユート様?!」
……あれ? 声は同時に出たのに、ニムの方がブラックスピリットのお姉ちゃんより早かった。
それに、なんだろう。駆け寄ってくるお姉ちゃんが元気なのよりも呼吸が途切れ途切れなユートの方がどうしても気になる。
顔色がすっかり青ざめてしまっていて、咄嗟に膝の上に乗せて首筋から測った脈拍もエトランジェとは思えない程弱々しい。
このままじゃ、死んじゃうかもしれない。……馬鹿じゃないの、人間のくせに、スピリットなんか守って。
「神剣の主が命じる……マナよ、倒れし者に再び戦う力を与えよ。リヴァイブ!」
それは、知らない詠唱。『曙光』に満ちた緑のマナが、ニムに勝手に唱えさせた神剣魔法。
さっきから、背中にお姉ちゃんの視線を感じる。それも、じーっと。
「……自分で"行きなさい"って言ったくせに」
第一詰所の廊下。どうせ振り返っても確認なんて取れない。お姉ちゃんは、とても優秀なブラックスピリットなんだから。
「はぁ……面倒」
まぁいいか。それにしても、両手で持っている粥の入ったお鍋がめんどくさい。
お姉ちゃんが"男の方は沢山食べられるのですよ"とか人差し指を立てて主張するから作ってみたけど、どう考えても多いと思う。
それに、歩きづらい。『曙光』を置いてきてよかった。部屋の前に立っても『曙光』を持っていたら、ノックも出来なかったかも。
「……はい?」
「……入るよ」
「お、ニムか。良かった、元気そうだな」
「……」
机の上にお鍋を置き、取りあえず椅子に座ってみる。
ユートが相変わらず何を考えているのか判らないようなにこにことした笑みを浮かべてその様子を見ていた。……ニムを、見てる。
「……なによ」
「あ、いや。怒らないんだな、ニムって呼んでも」
「~~~~ッ」
「ぶべらっ?!」
反射的に、掌底で顎をかち上げる。と同時に
「ユ、ユート様! すみませんすみません! あの、お怪我はありませんか?!」
「あたた……ああ、大丈夫。心配ないよ」
飛び込んできたお姉ちゃんとユートの間になんとなく和やかな雰囲気が入る。……なんかムカつく。ユートのくせに。
「ですが……え?」
「お?」
「……食べなさいよ」
蓮華に掬ったお粥をユートの口元に押し付ける。だって冷めたら美味しくないから。
折角作ったんだから、ちゃんと美味しいうちに食べて貰わないと。うん、そうしないと、なんでかニムが面白くない。
「お、さんきゅ。……あ、でも悪い、俺今動けないんだっけ。……はは」
「……」
もう一週間にもなるのに、ユートは満足に動けない。それ位イースペリアのマナ暴走が凄かったことなんだって、今なら知ってる。
エトランジェの力が無かったら、みんな死んでた。ニムも、お姉ちゃんも。だから、これはお礼。これっきりのお礼。
「……ふー、ふー……ほら」
「は?」
「え?」
「……なによ。重たいんだから、早く食べて」
「あ、ああ」
「……ふふ、あの、ユート様?」
「アー……ん? なんだ、ファーレーン」
「あの日以来ニムったら、ユート様の意識が戻られるまでずっと付きっきりで看病するって言って聞かなかったんですよ」
「お、お姉ちゃんっっ?!」
「あむっ……んっ! ゴクッ!!!」
「縋りついて泣きじゃくるなんて、今までのニムからはとても……あ、でも少し寂しい気もしますね……どうしてかしら」
「グッハッ……ぷはぁっ! ちょ、ニムっ! いきなり蓮華を突っ込むなっ!」
「~~~~~ッッ!!!」
「おぶっ!!」
「ユ、ユート様?!」
「ニムって呼ぶなっ!!!」
結構手間暇が掛かったから、勿体無い。でも、頭からかけてやったらちょっとすっきりした。
だけど……なんだろう。頬っぺたが熱い。飛び出した廊下に誰もいなくて助かった。お姉ちゃんにも、ちょっと見せられない。
「……。……。……しょうがないから……ニムって呼ぶのだけ許してあげる」
悔しいから、呟いてみる。許す。そう口にするだけで、身体が芯から熱くなってしまうのはなんでなんだろう。
エスペリアに引き合わされたエトランジェという"人種"。多分ユートは、その中でも相当物珍しい部類に入ると思う。
お姉ちゃんとは違うけど。たまに頭悪いけど。少なくとも、ニムにとっては特別な部類に。……何だか、謝った方がいい気がする。
『すみませんすみません、後でちゃんと言って聞かせますから』
『いや、俺一人でも着替え位出来るって』
『いけません、火傷でもしていたら大変です』
『あ、ちょ、そっちは』
「……」
『曙光』を置いてきてよかった。持ってたら、殺してしまってたかも。一体何やってるのよ。ニムをほったらかしにしてるくせに。
あ、動けないんだっけ。まぁいいか。どっちにしても、これは絶対にユートが悪い。うん。すー……
「 お 姉 ち ゃ ん に 近 づ く な ! 」