アソクの月青ひとつの日

おかしい。
「し、シアー。訓練所いこっ!」
「う、うんっ!」
何かがおかしい。
「あ・・・お、オルファも行く~!」
「私も、あぅ・・・私も行きます・・・」
用事あって第二詰所に来たんだけど、いつものように年少組が群がって
こない。それどころか、避けるように何処かへ行ってしまった。
「おーい、誰か居ないのか~?」
俺が来るやいなや空っぽになったリビング。とりあえず俺を呼んだ光陰
に会おうと思ったのだが、叫んでみても誰も出てくる様子がない。
「おかしいな・・・誰もいないのか?」
試しに神剣の気配を探ってみた。・・・因果と空虚だけ?
「ふわぁ~・・・悠、どうかした?」
俺の叫びを聞きつけたのか、今日子が二階から降りてきた。寝起きなの
か、いつも以上に髪が跳ねて――
「余計なことは言わなくて良いのっ!」
「ぐほぁ!」
すぱーん、っと爽快な音と共に俺の頭にハリセンが振り下ろされた。と
いうか言ってないぞ。勝手に地の文を読んだほうが悪いだろ。
「次は雷付きで食らいたい?」
「ごめんなさい」
即時降伏。触らぬ今日子の髪にハリセンなし、だ。つくづく思うんだが
あの攻撃を食らって立っていられる光陰は人外だな・・・。
「誰が人外だって?」
「お前まで地の文を読むか、バケモノ」
今日子に続いて光陰も降りてきた。心なしかご機嫌な様子だ。
「ねぇ悠。今のセリフで言うと、アタシまで人外ってこと?」
「いえそんなことありませんきょうこさまにいたってはほんじつもおみ
うるわしゅうございます」
お、噛まないで言えた。心にもない台詞をスラスラ言える辺り、演劇向
きなのかな、俺。

「・・・まあいっか。で、どうしたのよ」
「ああ・・・なんでお前たち以外誰も居ないんだ?というか、オルファたち
に至っては俺を見るなり逃げていったんだが」
光陰じゃあるまいし・・・アレは中々にショックだったぞ。
「ん~・・・アタシは今起きてきたからわからないけど」
「悠人が何かヘンなことでもしたんじゃないか?ストーカーしたとかパ
ンチラを狙ったとか」
「それ、全部光陰がやってることだろ」
「そうね」
「ぐっ・・・ま、何はともあれ日ごろの行いってヤツだろ」
本当にそうか?また何かロクでもない噂が流れてるような気が・・・。
「・・・とりあえず用事を済ませてから聞いてみるか」
「それが良いんじゃない?見てる側としては面白いけどねぇ~」
「他人事だからな。ほんと、此処に来てからは飽きないぜ」
心底面白そうに笑う二人。畜生。俺だって巻き込まれてる側だ。
「お前らなぁ・・・で、光陰。用事はなんなんだ?」
「ん?・・・ああ。久しぶりの休日だから散歩でもしないか?」
「・・・何をジジくさいことを」
今日子がうんざりしたように言う。確かにジジくさいが、実は俺も嫌い
じゃないんだよなぁ。
「そうだな。みんなどこかに行ってるみたいだし、俺たちも街に出るか」
「さすが悠。話せるな」
「応よ!」
男二人、ガッチリ腕を交わす。横から見てる今日子は未だ呆れ顔だ。
「はぁ・・・それじゃ、アタシも行こうかな。月の最初の日だし、何処かしら
セールとかやってるかもしれないしね」
・・・月の、初め?

「ま、まあな。とにかくいこうぜ」
腕を放そうとする光陰。その仕草がやけに慌てているようで、怪しかった。
「お、おい悠。腕を放せよ。早く行かないとセールとか終わっちまうんじゃ
ないか?」
セール・・・月の初め・・・先月はチーニ。俺たちの世界では3月。ということは
今日は・・・。
「お、おい悠――」
「なるほど、そういうことか。光陰よ」
「な、なにが――うぉ!」
ガッチリ腕を『捕まえた』俺は、そのまま1本背負いにいく。腕は放さず、決
めたままで。
不意打ちにも関わらずもう片方の腕を床につけて回転する光陰。拍子に腕を
離してしまったが、外への扉を背にしてるのは俺だった。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ悠」
「今日子。今日は何月何日だ?」
「えっと、アソク・・・ああっ!」
そう。アソクの月青ひとつの日。ハイペリアで言うなら、4月1日。
「光陰。みんなに何を吹き込んだ?」
距離は5歩。睨みつけるように光陰を見る。光陰は一度うつむき、不敵な笑み
を携えて睨み返してきた。

「へっ、バレちまったら仕方ないな」
光陰の体が沈む――逃がすかっ!
「ここは通さないぜっ!」
「通さなくて良いぜ。俺はこっちから出る!」
そういって光陰は後ろに駆ける。その先は・・・階段!しまった!二階の窓から逃
げる気か!
――と。
すぱーん!バリバリバリっ!!ゴンっ!
「のぁぁぁあっ!」
爽快な音。雷の音。光陰の悲鳴。光陰は階段の2歩手前で倒れこみ、階段に額を
強打していた。
「ねぇ光陰?なんで逃げようとしたの?」
右手には、未だ雷を纏うハリセン。光陰の意識が途切れない程度に手加減した
らしい。
「そ、それは、だな。そのー」
馬乗りになって見下ろす今日子にうろたえる光陰。こちらからは見えないが、今
日子の顔はそれはもう怖いものなのだろう。
「悠に被害が及ぶだけならアンタ、逃げないわよねぇ」
「それもそうだな」
いつもなら俺を指差して笑うところだ。
「つまり、アンタが逃げたかったのは悠じゃなくて――アタシから、よね」
その言葉に竦み上がった光陰に背を向け、俺は扉から外へ出た。
空は快晴。雲ひとつないこの空には似合わない悲鳴が、後ろから聞こえてきた。

自分の部屋に戻った俺はその1時間後、年少組の襲撃を受けた。最初はしおらしく
謝っていたが、こちらが怒ってないことを知り安心したのか、いつも通りの騒がし
さを取り戻し、エスペリアに怒られていた。
「そういえば、光陰になんて言われてたんだ?」
「えっとね~。『好きな人と仲良くしちゃいけない日』って言われてたの」
「あと『いつも悪く言ってる人と仲良くしなきゃいけない日』とも言ってたよ~」
「朝からコウイン様と遊ばされたの・・・」
「・・・そう、か」
「それと『キョウコさまの髪をいじって遊んでも良い日』とも言っていましたよ」
「・・・・・・・・」

次の日。
「ユートさま。あれは・・・」
「気にするなヘリオン。あれは嘘つきの末路だ」
「はぁ・・・でも昨日からあのままらしいのですが・・・」
「気にしなくて良いぞ。訓練に集中しておけ。俺と一緒にやるか?」
「は、はいっ!わかりましたっ!」
訓練所付近の木に光陰が簀巻きにされて逆さに吊るされていた。全身ズタボロで額に
タンコブ。テープの代わりに『触るな危険』と書いてあった。


「も、もう嘘つかないから・・・誰か、これを解いてくれ」