春の夕暮れ

 場所はラキオス。
 夜の帳が落ち、空に多くの星が瞬き始める時間。
 光陰は、訓練所から明かりが漏れているのを確認した。
 中を見ると、半ば予想通りにニムントールが懸命に神剣を振っている。
 こっそりと努力する少女の姿を見て、光陰はふっと微笑む。
 それは、他人にはなかなか見せない理知的な笑顔。
 しかしすぐにその表情を引っ込め、いつもの軽い調子の笑顔を表情に乗せると、光陰は訓練所の中に足を踏み入れる。

「やあやあ、ニムントールちゃん。こんなに遅くまで頑張るねぇ」
「!? コ、コウイン!?」
「けど、もう遅いからそろそろ終わりにしようぜ。もう直ぐ晩飯の時間だしな」
「頑張ってなんてない!!」
「そうか? まぁいいや。もう暗いから送るよ。一緒に戻ろうぜ」

 今日は年長スピリットのメンバー全員が任務で外に出ている。
 という事は、自ずと訓練は自主的なものがメインとなり、わざわざ訓練所に来る者は殆どいない。
 延いては見ている者もいないという事で、他人に努力の姿を見られるのを厭うニムントールが一人だけで訓練をしているのは、少女の性格を知っている者にとってはかなり容易に予想がつく。
 それは良いのだが、他者の見ていないところで努力を重ねるニムントールは、下手をすると一人で無理をしすぎるきらいがある。
 だから、それを知っている誰かが、きりの良いところで止めてあげなければならない。

「どうしてコウインなんかと一緒に戻らなきゃなんないの」
「暗いと、何かと危ないからな」
「いや。コウインと一緒の方が危ない。ニムは一人で帰れる」
「そんな事無いぞ。ニムントールちゃんは強いから変なやつが出てきても何とかなるかも知れないけど、お化けが出てきたら困るだろ?」
「お、お化けなんていない!!」
「俺はこれでも坊主だからな。お化けなら成仏させてやれるぜ」
「う~っ」
 お化けなんていないと言いはしたものの、一度意識してしまうと不安がどうしても離れない。
「……仕方ないから一緒に帰ってあげる。コウインを一人にするのは不安だし。
 でも、ニムからは離れて歩いてよねっ!!」
「おっけー、おっけー」
 上手く隊一番の年少者を丸め込んだ光陰は、ニムントールと絶妙な距離を取って一緒に帰路につく。

 季節は春。
 桜は数日前に散り、大気は温かく生気に溢れていながらも、どこかもの寂しい風が吹く。
「知ってるかい、ニムントールちゃん。桜の木の根元には……」
「死体なんて埋まってないから」
「ありゃ」
 にべも無いニムントールの対応だが、光陰はまるで懲りない。
「ニムントールちゃんは、怖い話は嫌いかい?」
「怖くなんて無いから」
「そうか、なら大丈夫だな。怪談にはちょっと時期が早いけど、まぁいいやな。じゃ、始めるぜ」
「え!?」
 光陰は一人で勝手に語り始める。
「むかーしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおりました」
「ちょ、ちょっと、コウイン、やめてよね」
 怖くなんて無い、と言ってしまった手前、ニムントールは強くも出られない。
 光陰は、語りが上手い。実に臨場感溢れる不気味な語り口で話を続ける。
「お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました」
「~~~っ!!」
 聞かないようにしようとしても、どうしても聞こえてしまうし、逃げるのは怖いのを認めてしまうみたいでそれも出来無い。
 ニムントールの意地っ張り&負けず嫌いをいい事に、光陰はますます気合を入れ、抑揚をつけておどろおどろしく物語る。
「お婆さんが川で洗濯をしていると、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこと流れて来るではありませんか!!
 それを見たお婆さんは、驚いて思わず屁をこいた!!
 お爺さんは、芝を刈らずにクサカッタ!!」
「エレメンタルブラストーっ!!」
 ちゅどーん。

エスペリア『新たな技を習得しました』

 死に掛けて包帯だらけの光陰は、見舞いに来た悠人に言う。
「今回は失敗したぜ。次はもうちょっと長くニムントールちゃんとデートしたいなぁ」
「光陰。前々から思っちゃいたんだが、お前、やっぱり馬鹿だろ」