それはとても、神秘的な空間"だった"。
「悠人よ、花見というのはどうだ?」
「は?」
その日、第一詰所にやってきた親友兼悪友はそうのたもうた。
「花見?」
「おう、花見だ」
「花見ってあれか、桜を見物しながら弁当とか飲み食いする」
「改めて説明しなくてもいいが、まぁそうだな。で、どうだ?」
「どうだって言われても。みんなでって事か?」
「ああ。それとなく話してみたんだが、皆"ユート様が行かれるのでしたら"みたいな返事ばっかり返してくるんだこんちくしょう」
「あた、あたたたたっ! 爽やかに微笑みながら頸を絞めるなっ!……ごほっ、わかったよ。そういう憩いは大切だろうし」
「お、流石は我が心の友、快く承知してくれたか」
「どこの世界に脅迫じみた誘いをかけてくる心の友が……あん? だけど常春のラキオスに花見なんて風習があるのか? そもそも桜が」
「ん? なんだ、知らないのか? この国にはちゃんとソマセって桜そっくりの木が密生している場所があるんだぜ」
「へぇ、そうなのか。……ちょっと待て、それってまるっきりキーボードのカナ表k」
「アソクの月に満開になる所まで一緒ってのは出来すぎな気もするが、要はその時期、人間は好んでキニモーを行なうんだとよ」
「いや聞けよ、だからそれキーボードの」
「という訳だから、決行は明日の夜な。今はお前が瞬にこっぴどくやられたお陰で戦線も膠着しているって時期設定だし丁度いいだろ」
「332年かよっ! っていうか佳織ぃぃぃっっ!!」
そんな訳で、俺達ラキオススピリット隊はサーギオス戦を放ったらかしにして花見、いや、キニモーに出かける事となった。
なんて能天気な奴らだ。いや、俺のせいだけど。
どうせなら夜桜見物と洒落込もうぜ、という光陰の強引な提案を基に、準備は滞りなく進んだ。
ハリオンとエスペリアとオルファと今日子がお弁当を作り、ファーレーンとニムは街で飲み物の調達。
場所取り役に選ばれたヒミカとナナルゥは早朝から先発するという流石レッドスピリットならではの熱の入りようだ。
普段戦闘に明け暮れているスピリットだからこそ、こういう時には思う存分発散というか楽しもうとするのだろう。
レスティーナやヨーティアは、心底悔しがっていた。戦争自体は膠着中とはいえ、急激に国土を広げたラキオスは各地で問題が耐えない。
その応対でてんやわんやで、とても時間が取れないとのこと。せめてお弁当だけでも作る、というレスティーナの申し出は心底丁重に断っておいた。
「ユート様」
「ん、なんだセリア」
「今は、戦時中です。このように浮かれている暇があるならば戦いに備えて」
「俺の世界にさ、"英気を養う"って言葉があるんだ」
「は? エイキ……ですか?」
「そう。気を張ってると、疲れるだろ? それを解すのが、長い目で見ればいい結果に繋がるって教えだよ。セリアもさ」
「……あ、はい?」
「たまにはリラックスしてみるのもいいと思う。肩肘張ってばかりいると、いざという時に力が出せないんじゃないか?」
「肩肘っっ……いえ、判りました。隊長がそう仰るのでしたら、従います。それでは」
「……ふう」
何で俺がこんなフォローをしなければならないんだと、どっと気疲れがした。
「とうちゃ~くっ!」
辿り着いたのはラキオスの城下町を抜け、リクディウス山脈を細く貫く山道を抜けた所。
オルファがぱたぱたとはしゃぎ回っている開けた夜の草原には、確かに桜のようなピンク色の花が咲き乱れている。
「へぇ……綺麗。月もよく見えるし、中々いいセッティングじゃない、光陰にしては」
「そうだろそうだろ。見直しただろ?」
「調子に乗らない。でもそうね、少しくらいは褒めてあげるわよ。よしよし」
「わおぉぉぉん!!」
傍で親友二人が早速いちゃつき始める。
しかしそんなことはどうでもよく、俺はしばし呆然とその光景に見入っていた。というのも。
「懐かしいな、ユート」
「……ああ」
目の前には、ぽっかりと大きく開いた岩場の洞窟。もっともかつて行なわれた戦闘によって相当崩れかけてはいるが。
「……あの時は、危険な選択肢が二つもあってスキップするのが面倒臭かったっけ」
「ん? 何か言ったか、ユート」
「いや、なんでもない。アセリア、ここってえっとキニモー……だっけ。それの穴場だったのか?」
「うん、私は知らない。けど、エスペリアがここは有名だって言ってた」
「……」
どうりでハナから"小さきもの"とか見下したような台詞を連発されてしまう訳だ。
毎年毎年寝床の前でどんちゃん騒ぎをされちゃ文字通り逆鱗にも触れるよなぁ、とか思わずサードガラハムに同情してしまった。
宴は、雪崩式に始まってしまっている。
「わ~、綺麗……」
「よーしネリーが取ってきてあげるよ!」
「嬉しそうに枝を折ろうとするんじゃない!」
シアーが物欲しそうに指を咥え、それを見たネリーが木に飛びかかり、セリアが咎める。
「……馬鹿じゃないの? はしゃいじゃって」
「ふふ、ニム。ほら、目を瞑って。大地と闇のマナが」
「……ん。お姉ちゃん」
ファーレーンは素直に目を瞑るニムの髪を撫で、ニムはごろごろと喉でも鳴りそうな勢いでファーレーンに擦り寄る。
「ヒミカぁ、ナナルゥ、お疲れ様でしたぁ~」
「別に、ただ座ってればいいだけだったからね。夕焼けに映える所なんて、みんなより先に見ちゃって申し訳無い位」
「問題ありません。ただ、『消沈』の気配がやや薄くなった気もしますが」
「良かったですぅ。それでぇ、お土産のヨフアルなのですけれどぉ~?」
「頂くわ」
「頂きます」
淡々と、それでいて照れ臭そうに前髪を弄りながらヨフアルを啄ばむヒミカ。
風に舞う花びらを目で追いながら、微かに微笑む、ような表情を見せるナナルゥ。
その二人を心から楽しそうに見つめ、普段より活気のある大地のマナを惜しげもなく溢れさせているハリオン。
「ウ、ウルカさんっ?!」
「おや、これはヘリオン殿。いかがなされた?」
「その、ソマセは調味料じゃありませんから。ほ、ほら綺麗ですよねっ!」
「……なるほど。確かに心のどこかで深く響くものがあります。これがキニモーですか。奥が深い……」
「……(ほっ)」
太い幹を『冥加』でかつら剥きにしようとしていたウルカはヘリオンの懸命の説得により思い留まり、再び深い瞑想に入る。
「エスペリアお姉ちゃん、こんな感じ?」
「ええ、ありがとう。それじゃ、皆に配りましょうか」
「うんっ!」
オルファが実に嬉しそうにこの世界での使い捨て紙コップみたいなものを全員に回し、エスペリアが自家製の冷製ハーブを注いでいく。
「さ、ユート様」
「ん、さんきゅ」
促され、立ち上がる。一同が注目する中、月の光を反射する桜色の世界の中で。
俺は気分が良くなり、試しについ少しだけ捻った掛け声を上げてみた。
「マブーハイッ!」
『マブー……え゙?』
「なぁ悠人よ、流石にフィリピン語はどうかと思うんだが」
「そうか? や○ドラのサ○パギータとかで結構有名かと思ったんだけど」
「バカ悠、ここが異世界って忘れてんの? っていうか古すぎだし。みんな困ってたじゃない」
「うーむどこから突っ込めばいいのか悩むんだがまぁいいか。おーいオルファちゃーん、何してんのー?」
予想はしていたが、落ち着きの無い光陰は楽しそうに桜の花びらをしゃがみながらつんつんと突っついていたオルファに突撃する。
奴はこの場を完全に合コンと認定してしまっているようだ。
「ちょ、待ちなさい!」
そしてちゃっかりエスペリアの料理を忙しく掻きこんだ今日子が遅れて追走を始める。それもいつもの光景。
「ふわあ……これも平和、なのかな……」
ゆったりと木に背を預け、風に舞う花びらを眺める。空の黒に鮮やか過ぎるほどの桜、いや、ソマセ、そして澄んだ空気に煌く星々、月光。
龍の大地。かつての棲み家であったその場所で、妖精達が戯れる。煩わしく思っていたのだろうか、守り龍は。そんな事をふと思う。
『アンタってヤツはぁっ!』
『ぶべらばッ!!』
さやさやと葉の擦れ合う優しい音色と、それに混じる遠い喧騒が心地良い眠りに導いていく。手渡されたカップをくいっとあおる。
「んっ、んく……んん?」
「何か?」
「うわっ! びっくりした、ナナルゥか」
「はい」
「出来れば気配を消して隣に座るのは止めて欲しい」
「善処します」
「ところでさ、これって……酒じゃないか?」
「はい、成分にアルコールが含まれているのは認められます」
「いや、そうじゃなくて。駄目だろ、ネリーとかオルファも同じの飲んでいるんじゃ」
「……ああ。問題ありません。作中の登場人物は全て18歳以上ですから」
「うわなにそのご都合主義。っていうかどっちにしても未成年だし」
「それでしたら、ユート様も○校生では?」
「……」
「……」
「問題ないな」
「はい」
ナナルゥと会話をしていると何故か酷く疲れる。負けた気分に強制的にさせられるというか。
「んぐ、んぐ……ぷはぁ。それにしてもさ、こうして夜桜見物なんかしていると、戦いが嘘みたいに思えないか?」
「そうですね……ここはどんより暗くて落ち着きます」
「あれ?」
「はい?」
「今ここ、ナナルゥが座ってなかったか?」
隣には、ファーレーンが座っていた。いつの間に入れ替わったんだ。
目がとろんとしていてなんだか熱っぽい視線を向けており、頬もほんのりと染まっている。
行儀良く足を揃えて座っているのはいいのだが、心持ちしなだれるようにこちらに身を寄せているというか。
「あら、わたしではお相手にご不満ですか?」
「いや、そういう問題じゃ……ってちょっと、近いよ、ファーレーン。近い」
「んふふ~……ぷはぁ」
「うわ酒臭っ!」
考えてみれば、普段内気なファーレーンがこんな積極的な行動に出る方がおかしい。
その時点で、気づくべきだった。彼女の足元には、アカスクの壜が5本も転がっている。常人なら軽く致死量だ。
「ねぇ、ユートさまぁ? 私、ブラックスピリットなんです」
「え? あ、ああ、知ってるけど。それがなにか?」
「判ってませんっ! 私は、本当に、ブラックスピリットなのですよ?」
「あ……っとそうだ、ニムはどうした? あんまり俺と喋ってると、色々とマズいんじゃないかなぁ。特に俺の身が」
持て余し気味になり、話を逸らす。外見に特徴が無いのがそれほどトラウマなのだろうか。
しかしどっちにしても、今俺に訴えかけられてもどうしようもない。幸いニムはネリーと弁当の奪い合いをしていた。
「その証拠を、ユート様にだけこっそりお見せしますね……ユート様にだけですよ。みんなには内緒です」
「そ、そうか、それは嬉しいな」
いや、内緒にしちゃ意味ないだろ、そんな突っ込みは押さえ込む。酔っ払いに何を言っても無駄だろう。
それに、俺の答えに満足したのか俯き、少し恥らうような仕草のファーレーンがちょっと艶っぽく見えたというか。
やばい、俺も相当酔ってるな。そっと覆面を外し、しずしずと背中を向ける様子を見ていたら何だかドキドキしてきた。
「……どうぞ」
「……は?」
「ですから、ほら。ここの後ろ髪です。黒いでしょう?」
「あ、ああ。そう言われてみれば、そこはかとなく」
何を期待していたのかと問われれば困ってしまうが、とりあえず真っ白なうなじはご馳走様。
髪の方は何だか肌とのコントラストでかろうじて黒っぽいかな、とか思わないでもなかったけど、生憎暗くて良く分かりません。
「ユート様、お腹は空かれてはいませんか?」
「今度はエスペリアか」
「は?」
「いや、何でもない。今は特に。……そうだな、このソマセを見ているだけでお腹一杯なのかもな」
「まぁ、ユート様ったら。ふふ……でも、そうですね。 何だか落ち着きますし」
突然入れ替わったエスペリアには、適当に格好つけた台詞で誤魔化す。
まさかファーレーンのうなじを頭の中で何回も反芻していたら胃袋に行くはずの血液が全部とある特定箇所に逆流していたとは言えないし。
女だらけの詰所メンバーが揃った中でそんな馬鹿正直な言動を繰り返していたら命が何個あっても足りない。
お、我ながらちょっと重みのある発言だったぞ今の。なにせ数多の経験から培われた貴重な真実だからな。
「……本当ですね」
「え? 何が?」
「ユート様が仰られていた事です。私達スピリットにも、戦う以外の生き方がきっと見つかる、そう仰っていました」
「……ああ、そんな事も言ったっけ。でもこうして面と向かって繰り返されると、ずいぶん恥ずかしい台詞だなぁ」
「そんな事はありません。このソマセの美しさも、ユート様にお会いしなければきっと知ることも出来ませんでした……感謝しています」
「エスペリア……」
「ユート様……」
「お兄ちゃ~ん!」
「佳織ッ? ……なんだ今度はネリーか。ややこしいな」
「えへへぇ、お兄ちゃ~ん」
「いやだから、なんで俺がネリーのお兄ちゃんなんだいきなり」
「え?……ひっどーい! ユート様、憶えてないの?」
「うーん憶えもなにも」
「だからぁ、PS2の追加イベントで言ってたじゃん! って、え、あれ? ……ふぇ、もしかしてユート様、通過してない、とか」
「うわ待て泣くな、あ、ああそう、そうだったな、思い出した、完璧に思い出したぞ、完璧に通過していた!」
単純に選択肢でシアーの方を選んだだけだ。とは口が裂けても言えない。
ネリーのまん丸な瞳がじわっと滲み出し、じゃれついていた手も寂しそうにそっと服の裾から離す。
そんな仕草を見せつけられては、流石に全く記憶にございませんとは断言出来なかった。苦し紛れのでまかせを繰り返す。
「ホント? 兄さん」
「シアー、それはまた別のお話だ」
というか今度はシアーか。全く次から次へと、一体どういうカラクリなんだろう。
どうやら機嫌が直ったのか、隣で何かサイケデリックな色調の団子のようなものを
もきゅもきゅ頬張っているシアーの髪を撫でながら、試しに他のメンバーはどこにいるのかと探してみる。ぎゅむー。
「ユート様、どなたかお探しですか?」
「……フェリア。ひきなり頬をつねるのふぁどうふぁと思ふぞ」
「ハイペリアでは、女性と一緒に居る時に他の女性を見た男性にはこうしてもいいという掟があると聞きました。それと、フェリアじゃないわ」
「ひた、ひたたたたっ! わひゃった、わひゃったから!」
色々と突っ込みたい所はあるのだが、取り合えずは涙目で訴える。
問答無用スピリットの力で思い切り抓られているのだから、頬の筋繊維もたまったものではない。
このままでは一生元に戻らないほど引き伸ばされて、佳織に再会しても判って貰えないほど顔の造詣を変えられてしまう。
「フェ……セリア、ほう、ひょうどひょかった、ひゃがしへはんだ」
「え……私、ですか? 本当に? ……やだ、どうしたらいいの?」
「……ふう」
我ながら、よく通じたものだと思う。しかし効果覿面、セリアはようやく手を離し、ぽっと頬を染め、俯いてしまった。
どうでもいいが、気持ちが悪い程大人しい。酔うと人格が反転する典型的なタイプだ。
そして更にどうでもいいことに、彼女は胸元を大きくくつろげている。
つまり桜色に染まった首筋やほっそりとした鎖骨やその奥でふわふわと揺れているいつもより深く凹型に刻み込まれている陰影がゆらゆらと。
「……ってセリア、大きくなってないか?」
「なにが、ですかぁ~」
「うわっ! ごめんなさいごめんなさい!」
いつも頭が上がらないせいか、つい条件反射で謝ってしまう。
そろそろこのパターンにも慣れてはきたが、いきなりハリオンはやはり心臓に悪い。
というかぴったりと押し付けられている胸や太腿の熱い体温が心臓の鼓動に悪い。
「ユート様、あ~んですぅ」
「あー……ん、んんっ%$@☆?!」
促され、てっきり何かを食べさせられるのかと思いきや、塞がれたのは柔らかい唇の感触。
ぬるっと送り込まれた唾液混じりの生暖かい食物を何とか飲み込む。しかしその間もハリオンの唇は情熱的に押し付けられたまま。
「ん……ん、んん~!」
まさかこんな所で貞操を奪われてしまうとは。
いや、それよりなにより、息が出来ない。このままでは夜桜の下、見事に窒息死で散ってしまう。
『求め』に救助を求めてみるが、やはりというか『大樹』にやり込められてしまったらしく、うんともすんとも言ってこない。
それどころか、(『大樹』には関わりたくない、契約者よ、我を呼ぶな)といった気配ばかりがびんびんと判り易く俺を支配してくる。
このバカ剣。肝心な時に役に立たねぇ。心の中で毒づいてみるが、もうその罵倒自体がぼうっと霞んで来た。死ぬ。本当に昇天する。
「――――ぶはぁっ!!……はぁ、はぁ……はあぁぁ……」
もうダメだと覚悟を決め、川向こうのばあちゃんに声をかけようとした所で突然開放された。
足掻くように酸素を吸引する。空気がこんなに美味しいとは。ふと思った。この世界に酸素があって本当に良かったと。
どうでもいい仮定だが、もしもこの世界の住人が、例えば硫化水素を摂取して活動する生物だけだったらと考えるだけでぞっとする。
何で硫化水素なのかは自分でも良く判らないが、多分軽い酸欠が引き起こしたちょっとした錯乱だろう。何せ化学はずっと赤点だったのだ。
「そういえばあの時は、よくもアタシをバカとかけなしてくれたわね」
「光陰に試験勉強を教わった時か。お前だってバカ悠とか言ってたじゃねーか」
今日子が、何か珍しいものでも眺めるような表情でこちらを見ていた。口には楊枝を咥え、胡坐をかいて木にもたれかかっている。
「ああ、でも懐かしいな。もう1年以上になるのか」
渡された杯を傾けながら、ふと今日子の髪についていた花びらを指で摘んで取ってやる。
今日子は少しくすぐったそうに目を細めたが、そのままじっとしていた。その大人しさに妙な女の子の雰囲気を感じ、慌てて話題を逸らす。
「あ、ああそういや光陰がいないな。どこいったんだ?」
「光陰なら埋めたわよ、あんまりオルファやネリーやシアーやニムントールやヘリオンを追い掛け回すから」
「それは判り易いラインナップというか……埋めた?」
「うん。そうね、丁度この樹の裏あたりに。ハリセンで土掘って」
「ハリセンで?」
「そう、ハリセンで。なんか問題でもある?」
「……」
今背もたれている樹は、確かに大きい。
幹の太さも両手を広げた大人が四人がかりでやっと取り囲める位あり、背後で何かが起こっても或いは気がつかないかも知れない。
しかしそれにしても、今日子恐るべし。ハリセンで人一人埋まる程の穴を、気配も感じさせずに掘りあげてしまうとは。
まぁだが、問題ある?って訊かれれば問題らしい問題は特に無いが。光陰だし。そのうち生えてくるだろ。
「……ユート、ユート」
「お、真打登場か」
「え?」
「ん、なんでもない」
「……ユート、真似するな。気持ち悪い」
「何気に酷っ?!」
「酷いのはユートだ。どうしてみんなを放って一人で飲んでいる」
「へ?」
気づくと俺は、アカスクの一升瓶を抱え、みなに背を向けていた。目の前には、ソマセの大樹。
どうやら到着直後、やにわに樹の前に座り込み、そこで瓶を片手に延々と呟いていたらしい。
誰も気味悪がって近づかず、抽選の結果選ばれたのがアセリアだという事だった。当選オメデトウゴザイマス。
っていうか、あれ? つまり今までのは全部――――
「夢、だったのか? それにしてはリアルな」
「ユートさま、起きた?」
「起きたぁ~?」
ネリーとシアーが両側から抱きついてくる。
「ようやく正気に戻られたみたいですね」
「お姉ちゃん、いいからあっちいこ」
ナチュラルに毒づくファーレーンとマイペースのニムントール。
「こらオルファ! 樹に登っちゃだめでしょう?」
「え~、だってヨーティアお姉ちゃんにお土産持ってってあげようとしたんだよ~」
「枝を折ってはなりませぬオルファ殿、蟻に笑われてしまいますぞ」
樹の上で騒ぐオルファ、それをおろおろと仰ぐエスペリア、良く判らない喩えを持ち出すウルカ。
「お、ヘリオンちゃん、髪にソマセの花びらが」
「うきゃ、だ、大丈夫です自分で取れますから~」
光陰がヘリオンを追い掛け回している。頭にネクタイのようなものを巻いて。
「アンタって奴はぁ!!」
今日子が光陰を追い掛け回している。肥大したハリセンを持って。
「さて、そろそろお開きにしましょうか」
「そうね、明日も早いことだし」
てきぱきと、そして一方的に後片付けを始めてしまうヒミカとセリア。
「お腹、空きましたぁ~」
「私が確認しただけでも、3人前は摂取していたようですが」
まだ物足りなさそうなハリオン、冷静かつ的確かつハリオン相手では所詮無駄な突っ込みをあくまで淡々と入れるナナルゥ。
「さ、帰ろう、ユート」
「ん、あ、そうだな。そろそろ帰るか」
アセリアに促され、立ち上がってゴミの回収を手伝う。
分別していないのをオルファに見咎められ、"だ~め~で~す~"とか指を立てて怒られ、
『理念』がもっと上位の神剣に見えたような気もしないでもないが、きっと別の時空から飛来した怪しい電波でもうかつに拾ってしまったのだろう。
なんというか、ここは神秘的な空間だったのだから。
どれ位神秘的かというと、ぞろぞろと引き上げるみんなの一番後ろを歩いていた時、
――――……くすくす
「……え?」
忍び笑いのようなものが聞こえたので振り向いてみても、そこにあるのは先ほどまで俺が相手をしていたというソマセの大樹だけ。
「ん、どうした、ユート」
「……いや、なんでもない」
――――……楽しかった?
「え?」
それは単なる風の悪戯だったのか、それともマナの妖精が起こした気まぐれなのか。
ソマセの樹は相変わらず月明かりの元に立ち、たださやさやと花びらを舞い散らせているが、
その枝々がゆったりと揺れている様が、どうしても穏やかに微笑みかけて来ているように見えてくる。
だが、不思議に戸惑いは感じない。むしろこの世界じゃ、この程度の不条理はアリなのかな、と妙に納得してしまう。
「ああ、楽しかったよ。さんきゅな」
俺はもう一度振り返り、樹に向かってにっと笑ってみせ、ついでに、というか、ついうっかり親指も立てて見せる。
「……うわ」
途端、一瞬びくっとその幹を身震いさせたソマセの樹は、あらゆる梢を波立たせ、大量の花びらを撒き散らし始めてしまった。
人間でいえば照れている仕草なのかも知れないが、当然の帰結としてたちまち地面は厚さ10cmのピンク色に舗装され、後には枯れ木だけが残る。
土砂降りのような花びらに慌てて逃げ帰ってきたのでよく知らないが、どうやらその後サードガラハムの洞窟はすっかり花びらの吹き溜まり場所となり、
花見、いや、キニモーのメッカだった筈のその地帯はクッションの利き過ぎる地面が腐葉化するまで立ち入り禁止になってしまったらしい。
「よ、アセリアおはよう」
「……浮気、良くない」
「は?」
ちなみにそれから数日、アセリアの機嫌は直らなかった。何故アセリアかというと、今進行しているのがアセリアルートだったからだ。どっとはらい。