新たな技を習得しました

それは、常春のラキオスにしてはちょっぴり冷え込んだ夜更けの事。
身震いで目が覚めたアセリアは、のっそりと上半身を起こした際に吐いた息が真っ白なのに気がついた。
「……寒い」
まだぼーっとしている頭で確認する。皺くちゃになった薄手のタオルケット1枚ではどう見積もっても快適な安眠には足りない。
そもそも寝巻きとして愛用しているエスペリアからのお下がりである白シャツは下半身まではフォローしていないので、
晒された太腿からは夜のひんやりとした空気の感触がダイレクトに伝わり、更にはうかつに床へと下ろしてしまった足の裏には霜の感触。
それが尚一層意識を眠気から遠ざけてしまう重大な要因になっているのだが、アセリアだからそこまで深くは考えない。
ただ、最近は連日エスペリア指導による神剣魔法修得の為の猛特訓が続いており、夢に魘されてしまうほど疲れているので、
唯一休息の取れる夜には出来るだけ身体を休めておきたい、ぶっちゃけ疲れてるから存分に寝こけたいという願望だけが切実だった。
しかし、この寒さではどうにも眠れそうには無い。アセリアはタオルケットを身体に巻きつけ、そろそろと部屋を出る。

「ん……入るぞ」
慎重に気配を殺し、忍び込んだのはエスペリアの部屋。
万が一まだ起きていたり怪しい吐息とかが聞こえていたりした場合には後が怖いので、一応声だけはかけてから入る。
でもアセリアだからノックはしない。
「……」
ひっそりと静まり返っている室内に滑り込むと、奥からは微かな寝息のようなものが聞こえてくる。
アセリアは爪先を立てながら息を潜め、月明かりだけを頼りに寝息の持ち主へと近づいていく。
エスペリアは、枕を両手で抱え込むように寝ている。それも、ぐっすりと。
確認して、やや警戒を解きつつ屈みこむ。床に落ちているものを拾う為に。
「……う、んん……」
がんっ!
「~~~~ッッ」
油断した、と思った時にはもう後悔先には立たず。
寝返りを打ったエスペリアの裏拳が手加減無しに後頭部を直撃してきたのに、声を上げるのを辛うじて留まったのは上出来。
しかし悶絶して動けずに、暫くはその場で蹲る。懸命に気を紛らわせようと自分で吐いた白い息が拡散するのを眺め、
両手で頭を抱え、ずきずきとする後頭部の瘤を擦っているとようやく痛みも収まってきた。ごすっ。

「~~~~ッッ」
戦場でも喰らった事の無い様な衝撃は、正面から。
遠心力とシールドハイロゥを伴った稲妻レッグラリアートが鼻面を直撃し、目からは火花が飛び散る。
それでも声は漏らせない。アセリアは放り投げられた生足をそっと顔からどかし、親指を摘み上げ、ベッドの上に戻す。
この作業に半刻ほどかかったが、当のエスペリアは歯軋りのようなものこそ立ててはいたものの、相変わらず枕を抱えて夢の中。
この寒さの中でよくも、と感心半ば呆れ半ばになりつつも、アセリアは再び床に落ちている皺くちゃのタオルケットを摘み取ろうとする。
ハイロゥを変形させた白く光る輪っかのようなもので。この技は最近覚えたばかりなので、まだ上手く制御出来ない。
しかし一旦は大人しくなったもののいつまた無意識の攻撃を仕掛けてくるか判らないエスペリア相手に油断は禁物なので、
というかもう痛いのは嫌なので、屈みこんだり両手を塞ぐのよりはリスクが少ないと判断した。
幸いにも、立て続けの襲撃によって生じた集中力のお陰なのか、今夜はなんとか爆発させずに無事ブツの捕獲にも成功する。
「どうせ……うん、役に立たない」
この寝相では。そんな補足説明が要らないほど乱れきったエスペリアの格好を一瞥し、アセリアは部屋を出ていった。鼻血を垂らしつつ。

そんな夜限定の異常気象が何日か続いたある日の午後、訓練施設。
「はい、良く出来ましたねアセリア……くちゅんっ」
「エスペリア、風邪か?」
「ええちょっと最近、朝起きるとタオルケットが、その……くちゅんっ!」
「……」
連日の猛特訓の成果が実り、アセリアはようやく神剣魔法、アイスバニッシャーを修得した。
そしてそれと共に夜な夜な魘されつつ詠唱していた寝言もぱったりと収まり、ラキオスもまた通常の気候へと無事復元を果たした。
しかしそれから当分の間、元々抵抗力の弱かったエスペリアだけは風邪で寝込んでいたという。

以下、余談。
それから数年後。常春のラキオスは、またもや夜になる度原因不明の寒波に襲われていた。
「うう~寒いよぅ」
「さ、寒いの……あれ、ネリー?」
「シアー、どしたのヒミカに用事?」
「う、うんその……」
「……」
「……」
「……ヒミカ、寝相悪いもんね」
「そ、そうだよね……要らない、よね?」
「いい、絶対に足音立てちゃだめだよ?」
「ネリーも、声出しちゃだめだよぅ?」
こうして毎夜の潜入を受けたヒミカは二人がアイスバニッシャーを修得するまでの間風邪を引き続ける事になったという。


ラキオス布告令第2149

ブルースピリットの神剣魔法の修得は急務ではあるが、その為に過度の訓練を行う事はこれを厳禁とする。
わかった、ユートく……くちゅんっ! by レスティーナ・ダィ・ラキオス