不屈の闘志

とあるのどかな昼下がり。
クォーリンは、いつものようにいそいそとコウイン様の部屋の掃除に勤しんでいた。
ちなみにこの内助の功はマロリガン時代から綿々と続けられているが、
肝心の本人に気づいて貰えそうな気配が微塵も無いのには既に慣れっことなっている。
それはそうと、そんな陰の女的な現在のポジショニングにちょっぴりの不満と
僅かながらの陶酔のスパイスを加えた気分の中で机を整頓していた彼女は、
袖机の一番下、こう、一番深い引き出しの奥に何か紙の塊みたいなものを見つけた。
「……? 何かしら」
引っかかって出てこないので一旦籠手を外し、もう一度手を伸ばす。
すると今度はずるずると手応えがあり、やがてよれよれの本らしき物体の表紙が目に入る。
「~~~~~っっっ!」
と同時に悶絶した。それはもう盛大な勢いで。
のけぞった勢いでベッドの角に後頭部をしたたかに打ち付けてしまい、蹲ったまま動けなくなる。
涙目になりながら頭を両手で抱え、じんじんとした鈍い痛みが収まるのをただひたすら待った。
ようやく落ち着き、あひる座りのまま放り投げてしまった本ににじり寄って恐る恐る覗き込むと、
やはりそこには○○○が×××で△△なニホンゴの羅列と何故か裸の女の人。
「~~~~っっっ!」
再び悶絶し、今度は床に額を打ち付ける。泣きそうになった。
いや、正確には後頭部や額の痛みで既に泣いてはいたのだが、それでも泣きそうになった。
まさかコウイン様を驚かせ→褒めて貰うという2重のコンボを決める為に、
こっそりこつこつとユート様の支援を受けつつ覚えてきたニホンゴがこんな所で役に立ってしまうとは。
落ち着いて、そう自分に言い聞かせる。胸当ての奥でばくばく言っている心臓が煩い。
「そう、そうよ、コウイン様は男の方なのだから。こ、こ、こんなのはああああたりまっ~~~~ッ」
よせばいいのに口にしようとして舌を噛む。もう頬と額とついでに舌も真っ赤っ赤。
クォーリンはそのまま両手で顔を被い、いやいやを繰り返す。身体中が火照ってしまっている。

「……」
ちら。
「……」
ちら。
「……」
ちらちらちら。
見れば見るほど全裸。表紙の女性は両手を万歳の形に上げ、にっこりとこちらに微笑んでいる。
というかどうして異世界の本がこんな所にあるのか、それを先ず疑問に思うべきクォーリンの頭脳は、
今はもう遥か彼方法皇の壁を一周してしまう程の旅へと出かけて逝ってしまっており、上手く機能していない。
ぼーっとした顔つきのまま、ふらふらと頁をめくる。めくると、めくるめく世界。めくるめきすぎて目が巡る。
「こ、こ、こういう女の方が好きなのかしら……ごくり」
そんな訳でいつの間にか、熱心に読み耽ってしまうクォーリンであった。

「ええと……巨……なんだろう」
所々判らない単語の部分は推測するしかない。
しかしその手のものはやはり万国、もとい万世界共通なのか、雰囲気で感づく。
なんとなく皮の胸当てを外し、持ち上げて比較してみると、殆ど差は無かった。
むしろほんの少し、勝っている気もする。
戦闘には役に立たないので今まで考えた事も無かったが、今は無性に優越感。
「ええと、……こう?」
いつの間にかモデルの姿勢の真似をし始める。
まずはあひる座りの片足だけを大きく伸ばし開き、背をややのけぞらせて顎を上げ。
裾のスリットが大きく開いたというか殆ど無防備に捲くれ上がってしまっているが、自分からは見えないので気にしない。
ニーソックスを履いていないしっとりとした太腿が約60°程開かれている為奥に白い何かが見え隠れしているが、自分からは見え(ry
また、胸当てを外してあったのでゆさっとした双丘の緩やかに曲線を描く輪郭が薄いインナーを通して恐ろしいほど鮮明になり、
その先端で息づく突起の位置などは簡単に判明する位に強調され、少しづつ自己主張まで始めているが、自分からは(ry
普段は前に垂らしている緑の一房を軽く梳き、両手をそのまま頭の後ろで組むと、
散らばった前髪が強調された鎖骨や双丘の先端を刺激して一瞬ぴくりと官能的な表情を浮かべたが、自分から(ry
元々細身な上引き締まった腹筋の持ち主なので、お臍のラインまでもがくっきりと目立つのだが、自分(ry
息苦しさが変な波長で一部非現実的なギミックを施され、良く判らないまま吐息のように求めすがるが、自分(ry
「はぁ……こ、こうですか、コウイン様ぁ……」
「ん? なにがだ?」
「……ハ?」
自分だけじゃなかった。

突然の闖入者、というか部屋の主なのだが、の出現に、動きも台詞もついでに心も凍りつく。ぱくぱくと動くだけで何も発さない口。
しかし当の光陰は一切無関心のまま部屋を横切り壁に立てかけてあった『因果』を手にする。どうやら忘れ物を取りにきただけらしい。
「おお、こんな所に忘れてたか。……あれ? その本」
「……はぅっ! い、いいえこれはその」
「はっは~ん。ああ、いやいや皆まで言うな。俺はそんなに心の狭い男じゃないぞ。そっちへの理解もあるつもりだ」
「あ、はい、……え? な、うぁ?」
「いいぜ、気に入ったんならやるよ。どうせ俺の趣味じゃないし、たまたまこの世界についてきちまっただけだしな」
「え゛」
「じゃあな。あ、後散らかした部屋はちゃんと片付けとけよ」
ばたん。
「……」
おおよそ自分ひとりでは考えもつかないような恥ずかしい、アピールするには思い切り良すぎる位の体勢。
しかしそれすらもスルーで何事も無かったかのように出て行った主の部屋は、その手の本が散乱してしまっている。
最初の一冊を引き出した時に芋づる式に発掘されてしまったのだろう。
「……シクシクシクシク」
クォーリンはのろのろと立ち上がり、それらを纏め、とぼとぼとゴミ焼却炉へと向かった。
本を抱えていると押さえつけられややつぶれた、最近急成長した胸が違った意味で切ないくらいに息苦しい。
「……明日の掃除はもっと念入りに 萌 や し て み せ る」
ぐっと拳を握り締め、空を仰ぐ。この位ではもうへこたれるにはやや足りない。
気持ちを切り替え、胸を張る。どうでもいいが、すっかりニホンゴが上手になってしまったクォーリンであった。