忘れえぬ炎

それは、忘れえぬ炎なのだと思う。

フルートの音色が聞こえる。

熱く激しく燃えさかる、けれどもあたたかくやさしい・・・忘れえぬ炎なのだと思う。

遠くから、フルートの音色が聞こえる。
妹の、佳織が奏でるそのフルートの音色を遠く聞きながら、俺は墜ちてゆく。

【無償の奇跡は存在しない。あるのは代償を果たす契約のみ】

この声を聞いた時に、俺は墜とされたのかもしれない。
自らの幼さゆえに願った、妹への救いという奇跡の代償に、俺は墜とされたのかもしれない。
墜ちた大地で俺を待ち受けていたのは、ただ理不尽だった。
俺と、俺を護ってくれた妖精たちに降りかかる、区別という言葉を被った差別という名の理不尽。
この呪わしい、全ての始まりといえる一振りの無骨な剣がマナを求める強制力という名の理不尽。
何のゆかりも恨みもない、名前も知らない生きた「敵」を殺さねば殺される、戦争という名の理不尽。
ただ目の前に巨大に横たわる現実になすすべもなく弄ばれ、親友とさえ殺しあう運命という名の理不尽。

フルートの音色が、ただ遠く何処か寂しそうに少しだけ拙く、ただ遠く聞こえる。
遠く音色が聞こえる向こうで、紅蓮の炎が散りゆく花びらのように吹雪いて俺を包むように舞う。
光り亡き黒い闇に炎が花吹雪と舞う向こうで、俺はそこに確かに小さなひとかげを見る。

炎の眼差し、炎の髪、炎の装束、炎の肌、炎の手指、炎のうたごえ、炎のみわざ、炎のこころ。

墜ちた大地で俺が出会ったのは、それはけして忘れえぬ炎だった。
小さな、いかにも頼りなく儚い灯火だったけれど、それは俺にとってけして忘れえぬ炎だった。

マナよ。
マナの導きよ。
正しきマナの導きよ。

信仰心など持ち合わせていない俺だけれど、マナの導きをだけは心から祈ろう。
オルファが、オルファたちがこんなあまりにも悲しい運命から解放されますように。
オルファが、オルファたちがこれ以上無自覚にあまりにも優しすぎる心を歪められませんように。

【無償の奇跡は存在しない。あるのは代償を果たす契約のみ】

この大地の理とあまりにも対立する俺の願いは、ただの醜い傲慢なのかもしれない。
でも俺は知っている、無償の奇跡は確かに存在しないけれども無償の愛情は確かにここにある事を。
オルファが、オルファたちがあまりにも純粋にその無償の愛情を確かに示すから。

マナよ、精霊光よ。
どうか俺に、その無償の愛情に応えられる力を。
あの守り龍が言ったように、負けぬように小さき妖精たちを守り抜ける力を。

俺の心の中で、小さなひとかげが炎の歌を歌い炎の花吹雪の舞を踊る。

それは、忘れえぬ炎なのだと思う。

終わり