繋がりの後先

「だぁう~。難しいです」
小鳥が全然深刻そうじゃない顔で、最後の設問にコメントを寄せる。
今日子も似たようなツラで、その時になってみないとね~などと毒にも薬にもならない答えをほざいて、ぼりぼりと頭を掻いている。
見る度思うがハリネズミみたいだよな。青けりゃ何処ぞのキャラクターか。陸上部だし。
などと俺が思っているとは露にも思わないだろうな……おっと、これで的中率350%占いも終わりなはずだ。
どうせ、あなたがもっとも愛するタイプの人は誰かが守らないといけない儚い人、とか言うオチなんだよな。知ってるっての。
「さて第四問です!」
ええっ!!? ガタガタ!!
イスの後ろ二本脚を支点にしてバランスを取っていた俺は、想定外の事態に思わず倒れそうになってしまった。
「あ、悪りい」
後ろの机に座る鹿島に謝った俺に、今日子が馬鹿にした目つきで言ってくる。
「何驚いてんの」
ぐ、そんなこと言ったってな。これって三問で終わりじゃん……そう思うのだが……あれ、何でそう思うんだ俺?
「いや、デジャブって言うか、なんて言うか」
歯切れの悪い俺を片眉上げた今日子は、ふーんの鼻息ひとつで完全無視して終わりだ。
「えといいですか? それじゃ第四問です。ジャーン!
あなたはにわか雨にたたられ、ある商店の軒先で雨宿りしています。
そんなあなたの耳にどこからか鳴き声が聞こえてきます。路地をのぞいたあなたは段ボール箱を発見します。
さて、その段ボールには何が入っているでしょう?

選択I   子猫
選択II   子犬
選択III  子豚

「おいおい、いくら何でもIIIはあり得ないだろ。常識的に考えて」
「え~そうですか? でもちゃんと意味あるんですよ」

……女の子向け雑誌ってこんなんばかりなのかね。日本の将来が心配です。
だが何か選ばなければ……それじゃ、無難なところで……。

Iを選択。

「にゃ~んだな。俺って猫派だからなやっぱり」
「あ~そうなんですか~。小鳥は気まぐれ猫な悠人先輩に食べられちゃう運命なんですう」
相変わらずの軽口に、俺は笑ってやり過ごす。
「ふーん。悠って猫好きなんだ」
「マンションじゃ飼えないけどな」    ニムントール
                       LOVE +5

あれ? 何か今視界の隅に。
「なあ、今」
キーンコーンカーンコーン。昼休みが終わっちまった。あ、そういえばウチのコタツ調子悪いんだよな。
唐突に思い出したけど修理した方が安いかな……。

IIを選択。

「男なら犬だろ。公園でフリスビー投げたりしてるの見てると憧れるよなあ」
「なーにが男ならよ。こーのケダモノが! 佳織ちゃんにセクハラしまくりな言い訳にでもなるってーの?」
「えーセクハラなら小鳥にしてくださいよっ、先輩なら大歓迎です! あ、でもでも、子犬の横にはあなたって事ですよねえ。
憧れちゃうなあ。家は小さくてもいいですからね悠人先輩!」
真顔で申告後、頬を染める小鳥はホントに忙しい奴だよなと思う。
黙ってればカワイイんだけど。     ヘリオン
                       LOVE +5
                       
あれ? 今何か見えたような。
「おい、今そこに」
キーンコーンカーンコーン。あーあ昼休み終わっちまった。次の授業は……ヤバ、体育じゃん!
校庭を見ると当然ながらみんな集まってる。しかも雪降ってきてるし。犬は喜び庭かけ回るって言うけど俺は勘弁だなあ。

IIIを選択。

「いや、あり得ないし」
でも……しかし……自爆ボタンを押したくなる誘惑とでも言うんだろうか? 滅びの美学に俺は酔いしれつつ、
ポチッとな。

…………
……

「ユートさま。起きて下さいませ。ユートさま!」
う、うぅん。あれ、ここは……? 視界がぼんやりしておかしい。
ここは、詰所の食堂……だ。夢……だったのだろうか。小鳥や今日子とのやり取りが無性に懐かしい。

「もう。居眠りなんてしちゃいけません。次の問題ですよ」
三重だった輪郭がフォーカスされたエスペリアとホナクル(勉強)をキハロナ(始める)する。
「ラ、ソゥ、ユート、ヤァ、エスペリア、イス、カンケルゥ」
えーと、確かラは「は」で、ヤァは「が」だったよな。カンケルゥって何だろう?
答えられないでいる俺にエスペリアはにんまりと笑みを浮かべて「分からないならお仕置きですっ(はーと)」なんて腕まくりしている。
あれ、でも俺エスペリアの言うこと完璧に理解してるよな。
なのに一部の単語だけ意味が抜け落ちてる……。変だな……あれ?、凄く、眠い。

…………
……

「目が覚めましたか?」
目を開くと、大きな月と一緒に綺麗な人が俺を見下ろしていた。とても優しい表情で深い所まで見通すような黒い瞳が印象的だった。
きっと巫女さんなのだろう。月光で染まっているけど、赤と白のいわゆる紅白の衣装が目に入る。
そして今さらながら、俺はこの女性の膝の上に頭を載せていることに気が付いた。
ベンチに横になった俺の体には毛布が掛かっていて、この寒空でも余り寒くない。
記憶にないけど神社で倒れたんだろう。これはかなり迷惑掛けた気がする……。
気遣いに感謝した俺は慌てて起きようとするけれど、
「あれ? 力が入らない」
本当にダメだった。金縛りにあったときの不快感とは違うけれど、体が言うことを聞いてくれない。
その女性はふわりと俺の体を抑えると、小さく首を振る。そうして毛布越しに円を描くように撫でてくれた。

こんな綺麗な人に膝枕され、間近で笑いかけられてるのに、俺は不自然なくらい自然だった。
「もう少し、こうしていた方が良いでしょう。しばらくすれば――元に戻りますから」
彼女の童顔にわずかに走った痛みのようなもの。俺はそれを理解することもなく、
感覚が何処かに迷いこんでしまった体のことを忘れて、言いようもない安堵感を覚えた。

俺は、「そうだな」と聞こえるか分からない呟きを返すと、
彼女に見守られながら素直に目蓋を降ろした。毛布が俺の肩まで引き上がる感覚。

――りぃぃん。
何処かで、何かが鳴っている。高く澄んだ不思議な音。
俺は躊躇いもなく、そのままもう一度まどろんでいった。

――夢。
ああ、夢だな。

まだ、ばあちゃんの家にいた頃だ。
いつだったろう、佳織が河原で拾ってきた……段ボールに入った小さな命。
完全に忘れていたけれど、俺の魂には刻まれていた。
飼うの飼わないのという議論など起こることもなく、それ以前に、ただ、ひっそりと、佳織の腕の中で消えていった命。
こぼれ落ちる命をただ見ているだけだった、俺と佳織。
今なら、どうだろう? 俺の手は、片腕だけでも伸ばせるだろうか?
今なら、掴めるだろうか? 思い立って、片方の腕を伸ばしてみる。触れるのは馴染み深い、固い金属の感触。
もう片方を伸ばしてみる。そっと何かに触れた。